ルポ・3:ここはギガ=ラニカ

ピュアが発した衝撃発言によって精神的ダメージを受け、突っ伏してしまった厳に向かい、メイリィが口を開く。


「とりあえず、あなたが普通の人間なのかそうでないのかがハッキリするまでは食べないから安心して。とにかく、肩の手当てをするから起きてちょうだい」


「んあ……?」


 肉体的ダメージに加え、精神的ダメージも増す一方の厳だったが、死人のような顔色を晒しつつもノロノロと体を起こし、胡坐をかく。


「はれ……? いひゃみをあまり感じなくなってきひぇる……」

「ああ、麻痺が始まったのね。ちょっと急がなきゃ」


メイリィはそう言いざま、厳のツナギの肩部に手の爪を掛け、その下のTシャツともども躊躇なくビリビリと引き裂いた。


「にゃ!? にゃんてことをするにょら!」


 あっという間に上半身を裸にされた厳は文句を言うが、舌が痺れて言葉がうまく出ず、どこぞのネコ娘キャラのようなセリフを吐いてしまう。

 だが、間もなく50の大台に乗らんとするおっさんがネコ語尾を駆使しても不気味なことこの上無いのだが。


「なんだかとってもムカつくのです」


 それどころか、ピュアは相当イラっと来たらしく顔を顰めて厳を睨み付けた。

 メイリィは無表情のまま、壺からドロッとしたゲル状の緑液体を取り出し、ピュアの爪に掴まれて穴が開いたようになっている患部の奥まで練り込むように塗り出す。


「ぎにゃあ!?」


 麻痺が始まっているとはいえ、傷を更に抉るかのような痛みに厳は悲鳴を上げてしまった。


「ちょっと、動かないで!」

「しょんにゃきょと言ったっていひゃいひゃいんにゃきゃらしょうがにゃいにゃりょ!」

「ああもう! ピュア、人間の体を押さえて!」

「はいなのです」


 激痛に身もだえする厳だったが、ピュアにぐっと抱き着くように抑え込まれて身動きできなくなる。

 というか……


「にょ!?」


 ピュアは厳の胡坐に対面で座るように乗っかると脇の下に腕……というか、畳んだ翼を廻し、厳を正面から抱きすくめる様にして抑え込んだ。つまり、厳の裸の胸にピュアの超巨大ビッグ大砲ミサイルおっぱいがこれでもかとばかりに押し付けられたのだ。


「ふわあ……ピュアのマーベラス・パイ、とっても柔らかくて暖かいナリィ……」


 両肩の痛みよりも、胸の快感が勝ったのだろうか。

 キモいネコ語は鳴りを潜め、今度はキテレツなロボットのようになる厳である。


「……薬が効いてきたみたいね」


 そんな厳の様子を見たメイリィは、ちょっと引きながらも冷静に判断を下す。


「むふふふ、この人間ピュアの魅力にメロメロなのです」


 しかし、頭が残念と仲間たちから評価されているピュアは、グニャグニャなだらしない顔でナリナリ言ってる厳を見てご満悦であった。

 厳がグニャっている隙を突き、両肩についた爪痕にしっかりと薬を塗り込んだメイリィは満足げに頷き


「ピュア、もう人間を放しても大丈夫よ」


 と言った、のだが……


「んん……人間の血、おいしいのです……んふ、私の初めてをあげるから、子種をたっぷりと出すのですよ……」


 いつの間にか、円らな瞳を食欲と淫欲で濡らしたピュアが厳の胸元を牙で傷付けて流れ出る血を啜りつつとんでもない事を口走っており。


「ああああああ……星が掴めそうだよママン……よーしパパハッスルしてたっぷり出しちゃうぞ~!」


 厳はピュアの牙から傷口に流し込まれた媚毒により、正気と理性を失い掛けていた。


「いい加減にしなさい!」


 そんな二人の痴態を見せられブチ切れたメイリィが、折り畳んだ翼を器用に使って二人の頭をこれでもかとドツく。


「きゃいん!?」

「ぐはっ!?」


 強力な一撃を食らったピュアは鳥のくせに犬の様な悲鳴を上げ、厳は再び気絶してしまうのだった。






「……はっ」


 メイリィにドツかれてからどれほどの時間が経っただろうか。

 厳は目を覚ましたが、視界は暗闇に覆われており、何も見えない。


「俺は……もしかして死んだのか?」


 鈍い頭痛に顔を顰めつつ、厳は失神する前の事を必死に思い出す。


「……そうだ、俺はピュアに血を吸われて喰われそうに、いやその前に犯されそうになって、そしたらスモール娘にぶっ叩かれて気絶したんだ」


 なんとか戻った記憶に顔を顰めつつ、厳は何度か瞬きを繰り返す。

 と、瞳が暗闇に慣れだしたのか、なんとなくだが状況が視え始めた。


「ここは……」


 恐らく、巣穴の壁に空いた小穴の中だろう。どうやら、小穴はハルピュイアたちのベッド・ルームになっている様である。


「なんだか、カプセルホテルみたいだな……」


 厳は、そんな益体もない感想を覚えて苦笑する。

 と、少しずつ戻って来た肉体各部の感覚の中で、一際気になる部位がある。

 その部位とは、右腕。そこに感じる温かく柔らかな、何とも言えず心地好い感触に目を向けると、そこには厳の右腕を豊かな胸の谷間に挟むようにして抱え込み、スヤスヤと眠るピュアがいた。

 厳は上半身裸のままなので、もともとほぼ全裸であるピュアの柔らかな肉体の感触がダイレクトに伝わって来て、思わずあちらこちらが反応してくる。


「むう……俺もまだまだ若い、って事か」


 ここ数年忘れていた感覚。

 厳はなんとなく嬉しくなり、蠱惑的なピュアの肉体に欲望の視線を向けてしまう。だが。


「いやいや、何考えてんだ俺。今はそれどころじゃないだろ」


 なんとか理性のディスクブレーキを利かせ、頭を振って己を正気に戻した。


「んう……」


 と、厳の動きに反応したのか、ピュアがイヤイヤをするように首を振って微かに喘いだ。


「こうして見てると、可愛らしい女の子なんだけどなぁ……」


 赤子のようにあどけない寝顔を晒すピュアを見ていると、交尾だの喰うだのととんでもない言葉を連発していたのが嘘のように思える。

 しかし厳の体に回されたその腕は、人間のそれとは異なる真白な翼であり。


「……八重歯に見えなくもない……ってことはないな。どう見ても牙だ、これ」


 そう、ポテッとしたコケティッシュな朱い唇からチラリ、と覗く牙も人間の犬歯やら八重歯とは全く違う鋭さを見せる。そう、これは野生の肉食動物が持つ『牙』そのものだ。


「やっぱ俺、喰われちまうんだろうか……いや、でも……」


 メイリィ、と呼ばれていたあのミニマム娘は、厳の正体が解からないうちは喰わないと言っていた。

 その証拠に、ピュアに掴まれて出来た肩の傷を治療してくれたではないか。


「そう言えば、傷はどうなった?」


 思い出して己の両肩を見ると、まだ痛々しい痕は残っているものの、薬の効能なのか空いていた爪穴はほぼ塞がりかかっている。

 また、痛みや麻痺、痺れなどは全く感じず、少々引き攣るが感覚も正常のようだ。


「……それにしても」


 朝起きてから、これまでの怒涛の展開。

 居室から工房に繋がっているはずのドアを開けてみたら、そこは見たことも聞いたこともない場所だった。

 そして、慌てたせいで高所から落下し、現在横で眠っているピュアに、結果的にとはいえ命を救われ……


「……ったく何がどうなってるんだよ。っつーか、ここは一体どこなんだよ」


 厳は、自由な左腕を顔に乗せつつそうごちた。そして、ふっと思い出したことがある。


(そういえば、工房に来る若い連中が夢中になっている小説だかゲームだかにこんな荒唐無稽な話が合ったような……なんだっけ、異世界? 転移? 転生? そんな事が俺の身に起こった……のか?)

 厳が思考の波に呑まれ掛けたその時。


「ここは、ギガ=ラニカなのですよ」


 眠っていたはずのピュアの瞳――空色だったはずの瞳が金色こんじきに輝いて開かれており。

 暗闇の中鮮やかに、だが決して眩しくはなく柔らかに輝くを厳に向けて、静かに囁いた。






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