ルポ・2:ハルピュイアの巣穴にて
「う~ん……あいててて……」
いつの間にか気を失っていた厳だが、肩の痛みで目を覚ました。
「くっそ、ヘンテコリンな夢見ちまったぜ……っつーか、夢でケガした肩が痛いってのはどういう訳だよ」
ぶつくさと文句を垂れつつ、ゆっくりと体を起こそうとするが……
「痛ってぇ! なんだこれマジで痛ぇ!?」
その動きにより発生した激痛に跳ね起きる。そして肩の状態を見て愕然とし、更に廻りを見回すと。
「……うわあ。夢じゃなかったのかよ」
そこには、ピュアをはじめとするパルピュイアたちが厳を見下ろしていた。
ちなみに、ハルピュイアたちはほぼ全裸に近い恰好であるが、乳首部には羽毛で造られたカバー状のものが張り付いており、また大事な部分は腰回りに生えた羽毛に覆われていて丸見えというわけではない。
しかし、彼女らを見上げる格好の厳の視界には大事な部分がチラチラと見えており、そんな過激かつ蠱惑的な視覚的刺激により、厳はこれが夢や幻でない現実であることを認識させられた。
はあ~、と深いため息を吐く厳。
幸か不幸か、両肩の痛みにより精神は逆に冷静になって来ている。
忍者とかが、自分の足や手を刃物で突き刺して正気を保とうとするのと同じような現象かもしれない。
「えーと……あ、居た」
肩の痛みをこらえつつ、厳はぐるりとハルピュイアたちを見廻してピュアの姿を見出し。
「お、いたいた。そこのキミだよね? 俺の肩をボロボロにしてくれた空飛ぶおっぱいちゃんは」
のほほんとした声でそんなことをのたまった。
「な!? 誰が空飛ぶおっぱいちゃんですか!?」
「いやだから、君が空飛ぶおっぱいちゃんだろ?」
なぜ、厳は自分の肩を掴んで飛んだのがピュアだと見抜けたのか。
それは単純明快な理由がある。
「だって、その無駄にでっかいマーベラス・パイに見覚えがあるもの」
「はあっ!? そ、そんなこと言って、ピュアを誑かす積りですか!?」
そう、厳を囲むハルピュイアたちの中でも、ピュアは群を抜いて立派な胸を持っていたからだ。
そしてなぜか、とても失礼な暴言を吐かれたはずのピュアは、白い頬を朱に染め、満更でもなさ気な雰囲気を出している。とてもチョロそうだ。
「まあそれに、俺は一度見たおっぱいは忘れないという特技を持っているからな」
ふふん、と鼻息も荒く暴言を重ねる厳。
「それはすごいです! それなら、一際おっきくてカタチの良い胸を持つピュアのことを覚えていても不思議じゃないですね!」
現代社会の公共の場ならば、逮捕不可避な暴言を発した厳であるが。
だが、それを聞いたピュアは、手・羽・先・についた小さなコブシをギュッと握りしめて感心したように叫ぶ。
世界や種族が違えば、常識もまた違うということが証明された瞬間であった。
「で、何か私に言いたいことでも有るのですか?」
「ああ、どうやらキミのおかげで助かったようなので礼を言わなきゃな。ありがとう」
少し身構えつつ誰何したピュアに向かい、厳はそう言いながら深々と頭を下げる。
「え……? い、いえ、別に助けようと思ってやったわけじゃないですし、別にお礼を言われる筋合いなんてないですよ?」
肩を痛めたことに対する罵声でも飛んでくるかと身構えていたピュアだったが、そんな厳を見てあたふたしてしまった。。
「それでも、俺がこうして生きていられるのはキミのおかげだ。ありがとう」
「ふ、ふええ……」
率直な礼を言われ、更に頭まで下げられてしまったピュアはどう反応してよいか解らず涙目になって困惑する。
「……あの人間、只者ではないわね。いろんな意味で」
「……肉体も、狩猟能力も、戦闘能力も一族最高なのは確かだけど、頭が残念なのが玉に瑕よね、ピュアは……」
そんな二人を見ていた他のハルピュイアたちは、呆れとも感心ともつかない言葉を交わす。
「……とりあえず、他の獲物を捕ってこねばな」
「あ、ついさっきピーニャたちが野ブタの群れを見つけた、って飛んでったから大丈夫だと思うよ」
見つめ合ったまま動かなくなった厳とピュアから離れ、穴の奥へと向かうハルピュイアたち。
穴の奥は高さ、幅ともに一段と広がった空間が有り、地面は綺麗に均された上で枯れ草が敷き詰められている。
壁には作り付けの棚や座るための座などがあり、広場の中央にはかなりの大きさのテーブル状の岩が置かれていた。
さらに、広場の壁のあちこちにさらに小部屋へと続く穴が幾つもあり、壁から染み出す水をためる部屋、その隣には台所らしき部屋など、機能的に分けられている。
その穴の一つに年嵩のハルピュイアが入っていき、ドロリとした緑色の液体が入っている壺を持ち出して来て。
「メイリィ、これをあの人間の雄に塗ってやれ」
そう言いつつ、小柄なハルピュイアに壺を渡した。
「え。良いの? マギー」
「ああ、どちらにしてもあの人間の雄の正体がわからん以上、喰う訳にはいかん。ならば、早めに手当てをせねば我らの爪毒で神経マヒが始まってしまうからな。そうしたら、話をするのも儘ならなくなってしまう」
「うん、わかった!」
メイリィと呼ばれた小柄なハルピュイアは壺を受け取り、滑空するようにして我鳴り合う厳とピュアのところへと向かう。
それを見送ったマギー、と呼ばれた年嵩のハルピュイアはため息を一つ吐くと。
「これは、もしかすると言い伝えに有るあの時が近づいているのかも知れんな……」
そう、瞳を閉じつつ呟いた。
「人間、肩を出しなさい」
「え?」
ピュアと見つめ合ったまま、機能停止していた厳だったが、横からか掛けられた声に振り向く。
と、そこにはピュアと比すると色々とミニサイズなハルピュイアが一羽、奇妙な形をした壺を手にして立っていた。
「メイリィ、何をするのです?」
厳と同様、メイリィの乱入によって再起動を果たしたらしいピュアが尋ねる。
「このままもう少ししたら、この人間はピュアの爪毒でマヒが始まるでしょ。だから、その前に無効薬を塗るのよ」
「……爪毒だって? キミらの爪には毒があるのかよ……しかも遅効性の麻痺毒って……」
二羽の会話を聞き、さすがの厳も顔色を悪くする。
しかしピュアはメイリィに向かってきょとん、とした顔を晒し、
「麻痺したらサクッと交尾した後に焼くか煮るかして食べるんじゃないですか?」
と、とんでもないことを口走った。
「喰うんかい!? って、その前に! 交尾ってなんだよ!?」
あまりにも酷い言葉に厳が叫ぶ。
「え? 交尾を知らないのですか? 交尾は子作りのことですよ。しっかりと搾り取ったら、そのあとは抜け殻のようになったお前を美味しく食べるのです。何のためにお前を捕まえたと思ってるのですか?」
愛らしい顔で、とんでもないことをケロッと口走るピュア。
酸素の足りない金魚のごとく、しばらくパクパクと口を開閉していた巌だったが。
「うわあ……なんだかとんでもないことになっちまったぞ……」
肩の痛みも忘れ、頭を抱えて地面に倒れ伏してしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます