ルポ・1:落下して異世界
「のわああああああああ……」
情けない悲鳴と共に、厳はひたすら落ちていく。
仰向けに落下しているため、厳の目には今しがた落ちた突き出た岩が見えている。
もちろん、刻一刻と岩は小さくなっており、その代わりに地面が近づいているはずだ。
厳の予測では、その高さは10000メートルを超えている。
こんな高さから落下しては、命が助かるはずもない。
「くっそ、こんなわけわからん状況で死ぬなんて!」
厳の手に握られているのは外れたドアノブ。
さっき、考えなしの力任せに引っ張ったせいでぶっ壊れたものだ。
「もっと落ち着いて対応していれば……!」
厳はうかつな己を呪うが、もはやどうすることも出来ない。
身を捩って下を見れば、いよいよ地面……というか、樹海の緑色が近づいて来ている。
「これで最後か……!」
厳は半ば諦めの境地に至り、ぐっと瞼を閉じる。
と、その時。
「人間、GETですー!!」
突然の声と共に、唐突に落下感が緩和された。
「……え?」
何が起こったか理解できず、間抜けな声を上げつつ閉じていた瞼を開くと、厳の体は落下を止めて宙を舞っている。と同時に。
「痛ってえええええ!?」
両肩を襲う激痛に、厳は苦鳴を上げた。
「くう~、この人間重いです! デヴりすぎです! 太りすぎです!! ブタ野郎なんです!!!」
厳が肩の痛みに呻いていると、上のほうからとても失礼な言葉が降って来る。
「なんだと!? いてててて!」
最近、中年太りが気になりだしていた厳は瞬間湯沸かし器のように沸騰したが、肩の痛みにその怒りはすぐにしおしおのパーと萎びてしまった。
しかしそこで厳ははたと我に返る。
「……って、今俺何がどうなってんだうおおおおお!?」
まずは痛みのもとを探ろうと肩に目をやると、そこには脚と爪。
明らかに猛禽類と思われる黄色味掛かった脚と、白く鋭い爪。
その、喰い込んだ爪が肩の痛みの正体である。
「ななななな」
そして視線を肩から上にあげてみれば。
「ふっふ~ん♪」
なにやらご機嫌な声と共に厳の視界に飛び込んできたのは、圧倒的な胸である。
バスト。おっぱい。乳。ブレスト。ファイヤー!
それはあまりにも巨大過ぎた。あまりにも大きく、デカく、ビッグだった。
「おっぱいが空飛んどる!?」
「なんだとー!?」
厳の叫びに、おっぱいは怒った。
「だれがおっぱいですか!」
「どう見てもおっぱいだ!!」
いやしかし。よく見てみるとおっぱいの左右には白い翼が生えている。
「おっぱいから翼が生えとる!!」
「なんだとーー!?」
しかし、翼が有ろうと無かろうと、空飛ぶおっぱいには変わりがない。
厳の再びに叫びに、おっぱいはさらに怒った。
「だれが翼の生えたおっぱいですか!?」
「どう見ても翼の生えたおっぱいだ!!」
あまりといえばあまりにも不毛なやりとり。
そして厳の脳みその耐久力は限界を超えた。
「そうだ、これは夢なんだ。
俺は今、夢を見ているんだ。
目が覚めた時、俺はまだ18歳。
起きたら5年ローンで買ったばかりの
いろは坂を攻めに行くんだ……」
「何をブツブツと訳のわからないことをのたまってるですか! まあいいです。油が多くて不味そうですが、とりあえず巣に持ち帰ってから食べ方を考えます」
うつろな目で呟き続ける厳を掴んだまま、羽の生えたおっぱいはひゅう、と風に乗って舞い上がる。
その姿は、人の顔と肉体に巨大な翼を生やし、猛禽類の脚を持つ魔物……
そう、ハルピュイアであった。
首にかかる程度の長さの髪は金色で、オカメインコのように頭頂部に冠羽が跳ねている。
あどけない、と思えるほどの幼さが見える顔は愛らしく、大きな瞳は空色に輝き。
つん、と尖った形の良い鼻の下には少し厚めな朱い唇。よく見ると、小さな牙がふたつ、覗いている。
そのあどけない顔を裏切るかの如く、どん! とばかりに突き出された胸はとてつもない大きさと張りを誇り、巨大な翼を駆動させるための筋肉で出来ているのではないか、と思わされた。
広げた状態で3メートルを超えそうなほど大きく真白な翼の中ほどの先端には、人と同じような掌と指があり、長い爪が生えている。
厳という重量のある獲物を掴みつつ飛ぶために、細くしなやかな腰はぐっと後ろに引かれているので、掴まれた厳からは脚と胸しか見えなかったのだ。
腰に続いて後ろに向かって突き出された尻は胸に負けず立派なサイズであり、とても淫靡な曲線を描いて太腿へと続く。
膝のあたりまでは人間のような足は、膝下から脚に代わり、鋭い爪を持つ脚首へと続いていく。
その姿、現代世界の常識から見れば明らかに異形。
だが、楽し気に微笑みつつ空を舞うハルピュイアの少女は、まるで天使のように美しくも見えた。
しばらく、岩山の壁面に沿って飛んでいた少女は、ぽっかりと空いた穴にすい、と入っていく。
地面から100メートルほどの高さにあるその穴は、高さ6メートル、幅20メートルほどの大きなもので、厳をぶら下げた少女であっても余裕で飲み込む大きさだ。
「ピュア、お帰り!」
「ピュア姉、おかえり~!」
「帰りましたか、ピュア」
と、穴の中の壁に空いた縦横1メートルほどの小穴群から、わらわらとハルピュイアが湧き出てきた。その数およそ100羽ほど。すべて雌、というか女である。
「ただいまです! 今日はなかなかの大物をGETしたのですよ!」
いつの間にやら気を失っていた厳を床に下し、ピュアと呼ばれた少女はふんすと鼻を鳴らしてドヤ顔を晒す。
「これは……人間の雄なの?」
「確かにおっきいけど、なんか臭そう……」
「脂身が多くて不味そう」
だがしかし、仲間からの評価は芳しく無い。
「だーっ! 贅沢を言うんじゃないのです! 最近この辺にはL
キレ気味にそう主張するピュアだったが、それを聞いたみんなの反応は一変する。
「え……?」
「ニシル岩山の上から落ちてきた……て」
そんな、わずかなざわめきの後に静まり返る場。
「な、なんです?」
さすがにおかしさを感じ、ピュアは誰何した。
すると、群れの中でも一際年嵩と見える1羽が、ピュアをじっと見つめながら口を開く。
「ピュア、この人間の雄がニシル岩山の上の方から落ちてきた、と言ったわよね?」
「い、言いましたよ?」
「……この、ニシル岩山の上の方まで登れる人間……いえ、登れる者が居るというの?」
「……あ!」
ここに至り、ピュアはやっと気付いた。
そう、この山……ニシル岩山は、地球でいうところのテーブルトップ・マウンテンのような形状をしていて、すべての面が断崖絶壁で構成されており、岩肌は脆く崩れやすいので、空を飛ぶ以外に登る術はない。
更に、ピュアたちハルピュイア族が棲んでいる、地上100メートル程度に位置するこの穴から上は、わずかにだがオーバー・ハングとなっているのでなおさらだ。
また、山の高さははるか上空……星の世界まで続いていると謂われ、頂上に至ったものは居ないのだ。
『そこは、神の住まう場所である』
そう伝説にも謳われているニシル岩山から落ちてきたモノ……
「じゃ、じゃあコイツはなんなのですか……?」
震える声でそう言いつつ、ピュアが恐る恐る振り向いた時。
「う~ん……? あいてててて……」
その男――宇賀神 厳が目を覚ました。
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