ストーカーぽくね?

 おいおい、マジかよ。

 こうなるってわかってたっていうのか?


「怖いな、お前」

「そんな大したことじゃないよ」

「いや、俺まあまあ驚いてるんだけど」

「真人くんは基本的には悪い人じゃないから、涼くんが普通に話せば丸く収まるよ」


 平然と言う玲華。もちろんいつもの笑顔。


『そろそろあいつ何とかしてくんない?』

『何か上手いこと考えとくね』


 先日、彼女とした会話がこんな感じ。


 その後、玲華は俺に執拗に絡み、真人くんが俺に突っかかってくるよう仕向けた。


 それが出来たのは、彼が玲華に好意を持っていることを、玲華自身がわかっていたからだ。


 結果、俺と真人くんで話は丸く収まり、彼が俺に敵意の視線を向けてくることはなくなった。


 しかし、それについては疑問が残る。


「どうやって丸く収まったかわかってるの?」

「真人くんが私に告白するってことになったんでしょ」


 玲華は頬杖をつく。


「マジかよ」

「だって普通に考えたらわかるし」


 まあ確かに流れからしたらそうなるんだけど。俺もあいつには当たり前のことしか言ってないし。


「じゃあお前告白されるけどいいの?」

「さあね。でも涼くんが何とかしろって言ったんじゃない。それに真人くんのことは遅かれ早かれだし」

「まあそうだけど。お前けっこうやるな」

「そう? じゃあ褒めて褒めて」


 そう言ってにこっと微笑む玲華。


「いや、そこ褒めたくないって」


 だって怖いし。



※※※



 その後数日、チャラ男真人くんは何度かくだらない相談をしてきた。


「玲華って好きなやつとかいるのかな」

「いやそんな風には見えないな。彼氏もいないって言ってたし」

「おう、そうか」


 みたいな感じ。

 そして俺は昼飯を奢ってもらう。

 いいの? こんなんで。



 今日も学園内の食堂で真人くんの奢りで食事中。空いていた壁際のテーブルで向かい合わせに座っている。


「涼くん、玲華と遊びに行きたいんだけどさあ」


 彼もいつの間にか俺を涼くんと呼ぶようになっていた。


「別に、誘えばいいじゃん」


 うどんをずるずるとすすりながら答える。けっこう美味いな、これ。

 ちなみに真人くんが食べているのはカツ丼。


「いや、でも玲華は全然遊びに行かないし、誘っても断られそうで」

「休みの日ならあいつも遊べるんじゃないの?」

「え、そうなの?」

「ああ。この前そう言ってたよ」

「じゃあダブルデートとかどう? 祐美と四人で」

「断る。そんなもんお前らのグループのメンバーで行けばいいだろが」


 だって面倒臭いし。ダブルデートとかいう響きがもう面倒臭い。


「またまたー。あいつらだと協力してくれないじゃん」

「バカ者。俺が相談に乗るのも昼飯を奢ってもらってるからだ。それ以上付き合えるか」

「もうちょっと協力してくれてもよくない? ほらこのカツ一個あげるから」


 真人くんは箸でカツを一つ掴み、俺のうどんに乗せた。


「ふむ。ダブルデートは無理だけど、あいつと遊びやすいように探りを入れてみよう」


 玲華が放課後に遊びに行かないのは、家庭が厳しいからだ。多分、門限でもあるのだろう。


 しかし、高校生にもなって厳し過ぎないだろうか。


 玲華は放課後は大体いつもすぐに帰宅している。


 例えば「暗くなると危険だから」と両親が心配しているということであれば、彼女が帰宅さえしていればいいはずだ。


 というわけで、外でなければ遊べるのではないか、という屁理屈作戦。


 教室へ戻った俺は隣の玲華に尋ねる。


「玲華、今日お前んちに遊びに行ってもいい?」

「は? 何? 突然」

「ちょっと今日暇なんだよ。で、どうなの?」

「多分、駄目」

「だよね」

 

 わかってたよ。


 俺もこいつの家庭の事情というものが少し気になってきた。そして玲華が不満を感じつつ、それを受け入れているということも。



 玲華は髪は金髪にしていてギャルっぽく、祐美やイケメンたちと仲が良い。しかしイメージとは違って成績も良く、教師の手伝いなんかもよくしている。美人でいつもにこにことしていて人当たりも良く、男にモテる。賢く、他人のことも良くわかっている。


 うーん。結構な完璧人間じゃないか。ただし、小悪魔っぽい部分も大いにあるが。


 放課後、いつも通り玲華は「ばいばーい」と言って帰って行った。


 直後、真人くんが「やあ涼くん。ちょっとお話が」とか言って声を掛けてきた。またかよ。


 周りからは、「最近あいつら仲良いな」「意外な組み合わせー」みたいな声が聞こえる。


「真人、俺は今からやるべきことがある」


 もう面倒臭いので呼び捨てにした。


「……」


 あれ? 何でこいつ、ちょっと頬を赤らめてるの? やめてよね。怖いから。


「……やるべきことって?」

「玲華の後を尾ける」


 それを聞いた真人は目を丸くして驚いた。


「何で?」

「お前は玲華が何故放課後に遊べないか知ってるか?」

「家が厳しいからだろ?」

「俺もそれは知ってる。問題はその実情だ」

「いや、そんなに詳しくは知らないけど」

「だよな。それを探る。とにかく行くぞ」


 鞄を肩に掛け、教室を出る。


 真人も「マジ?」とか言いながら後から付いてきた。


 玲華と一定の距離をあけ、見つからないようにこそこそと隠れながら移動。


 玄関を出た玲華はなぜか校門には向かわず、左へ進路を変更。


 おかしいな、と思いながらも尾けて行くと、どうやら彼女は体育館の方へ向かっているらしい。


 玲華は体育館の入り口を素通りし、裏へと歩いて行く。


 これはまさか。予想出来る状況の中で、確率の高いものが一つ。


 体育館の裏に着き、二人でこっそりと覗く。


「倉木玲華さん、好きです!」


 やっぱり。

 男子生徒が真剣な表情で告白した。

 多分、玲華は手紙か何かで呼び出されていたのだろう。

 俺と真人は息を潜めてそのまま覗き続ける。


「ごめんなさい」


 やっぱり。

 玲華は頭を下げて断った。


 男子生徒はがっくりとうなだれている。

 ついに見てしまった。玲華が告白されてるの。あいつ本当にモテるんだな。


 その後、玲華は「ありがとね」と笑顔で言い残し、こちらへ引き返してきた。


 慌ててその場を離れ、体育館の玄関に二人で身を隠す。


「な、あいつモテるだろ」と真人。

「ほんとだな」


 真人は「はあ」と溜め息をつく。


 ていうかあいつ、断り方も優しい感じだったな。さすが完璧人間。


 その後、今度こそ校門の方へ歩いて行く玲華の尾行を再開。


 校門を出て右へ行くのを確認し、小走りで校門まで移動。顔だけ出して玲華が歩いて行った方向を覗く。


「なあ、これストーカーぽくね?」

「ぽいっていうかまさにストーキングだな」


 不安げに尋ねてきた真人に答える。


 視線は玲華の背中のまま。彼女から目を離さない。


 再度動き出そうとしたところ、


「あの、涼くん、何してるんですか?」

「うわっ、何だお前か」


 振り返ると、そこには訝しげな表情の祐美がいた。


「びっくりした。急に声を掛けんなよ」


 真人も驚いている。


 少し離れたところには、真人や祐美がいつも一緒にいるカーストトップグループのメンバーたち数人が見える。玲華が向かった先とは反対の方向だ。今から遊びに行くらしい。


 祐美は俺たちを発見し、一人その集団から抜けて来たらしい。


「もしかして玲華の後を尾けてるんですか?」

「そうだ」

「私も行きます」


 祐美はグループのメンバーに断りのメッセージを入れて尾行に参加。


 さらに玲華の後を追いかける。


「なあ、もうやめようぜ」

「嫌なら勝手に帰れ」


 困り顔の真人を放っておき、祐美と一緒に玲華を追跡。結局真人もついて来た。


「実は、玲華を迎えに来てる人、苦手なんだよな」


 何やら嫌そうに言う真人。


「え、お前会ったことあるの?」

「私も、ありますよ。真人くんと一緒に」

「お前もか」


 祐美も自分からついてくると言ったにも拘らず、何か不安げな表情。


 もしかして結構怖い人が来るのかな。


 二人は以前、玲華の帰宅時に「途中まで」と付いていったところ、迎えの人に出くわしたらしい。そしてその人が怖かったとのこと。


 しばらく歩いていくと、大通りに出た。

 左に曲がってすぐの辺りに、黒塗りの高級車が停まっているのが見える。


 曲がり角の塀に身を隠しつつ覗く。

 玲華は高級車に近付いて行く。

 どうやらあれが玲華の迎えの車だ。


「どうすんの?」

「玲華を止める」


 また真人が不安げに尋ねてきたので、玲華から目を離さずに答える。


「マジ? 無理っぽくない? っていうかあまり余計なことをすると嫌われるかもしれないし」

「俺には関係ない。何故なら元々友達がいないからな」


 そう答えると、くいくいとブレザーの袖を引かれた。


「涼くん、私は何なんですか……?」


 何やら少しむくれている茶髪ギャルの祐美。


 そして「俺ももう友達だろ?」とイケメンチャラ男の真人。


 え、そうなの? 何か恥ずかしいんだけど。まあ今はそんな話をしている場合じゃない。玲華が車に乗ればすぐに帰ってしまうだろう。


「とにかくちょっと行ってくる」


 俺は大通りへ出て玲華に小走りで近付いていく。


 車の左後部座席の扉を開けようとしている彼女が、俺に気付いた。


「えっ、涼くん!? 何してんの?」

「追いかけて来た。それがお前の迎えの車?」

「……うん」


 玲華は少し戸惑いながら答えた。


「玲華、今日は一緒に帰ろう」

「え……? そんなの無理だよ」

「今から用事でもあるの?」

「いや、用事はない、けど……」


 困ったような表情の金髪ギャル。そりゃ困るよね。予想出来たよ。


 直後、運転席の扉が開き、スーツ姿の男が降りてきた。

 黒髪をオールバックにしており、眼鏡をかけている。目つきが悪く、キリッとした佇まい。確かに怖そう。


「玲華さん、早くお乗りください」

「あ、はい」

「そちらは?」

「こちらはクラスメイトの前島くんです」

「そうですか」


 男は運転席の扉を閉め、車後部から周りこみ、すっと近づいてきた。


「私は倉木家の執事の宮野だ。玲華さんに何か用かな?」


 宮野とやらは眼鏡をくいっとあげながら言う。

 背が俺より高いので見下ろしてくる感じ。さらに鋭い目で俺を睨んでいる。超威圧的。


 でも執事がいるなんて結構なお金持ちだな。しかも車も高級車だし。


「玲華さんと一緒に帰ろうと」

「駄目だ」


 ギロッと睨んでくる執事宮野。怖い。


「何故ですか?」

「玲華さんは帰宅の時間だ。すでにいつもより遅い」


 告白されてたからだろな。しかし、そこまで時間が掛かったわけでもない。ていうか帰宅の時間が早過ぎ。


「まだみんな遊んでる時間ですよ」

「そんなことは関係ない。お父様の指示だ」


 玲華の父親が厳しいのか。


 ていうかこのワル執事、しかめっ面がめちゃ怖いんだけど。


「でも、特に用事はないんでしょう」

「お前には関係ない」


 いや、まあそうだけど! 何かムカつく! このワル執事!


「さ、行きますよ。玲華さん」

「はい。涼くん、ごめんね」


 そう言って微笑むと、玲華は車の後部座席へ乗り込んだ。

 そして宮野が運転席に乗り込むと、車は走って行ってしまった。


「にゃろう」


 走り去っていく車を後ろから睨む。


 残されて立ち尽くす俺のそばに真人と祐美が駆け寄ってきた。


「こわー。俺あの人マジで苦手」

「私も。だって超怖い目で睨んでくるし。涼くん、よくあんな怖い人と話せましたね」


 何やらワル執事宮野にビビる真人と祐美。


 まあ確かに怖かったしめちゃくちゃ睨まれた。


「祐美、お前でも怖いの?」

「怖いですよ。私を何だと思ってるんですか」


 いや、結構お前も怖いと思うぞ。主にオタクの方たちからすればな。


「まあいいや。俺も帰ろ」


 そう言って歩き出す。結局玲華も帰ってしまったし、もうここにいても意味がない。


 すると祐美が追いかけてきて、隣に並んだ。


「あの、涼くん。せっかくですしたまには私と遊びませんか……?」


 頬を赤らめながら上目遣いで尋ねてくる茶髪ギャルの祐美。可愛い。


 さらに後ろからやってきて祐美の横に並び、「あ、俺も行っていい?」とイケメンチャラ男の真人。ちょっとだけ可愛い。


 俺は先程のことを思い返した。


「なあ真人。お前が教室で帰り際に声を掛けてきたのって」

「ああ。一緒に遊びに行こうと思って」

「あ、そう」


 遊びに誘おうとしたのか。何か照れ臭い。

 でもこいつって、やっぱりいい奴かもしれない。


 その後、微妙に引きずられる形で二人にゲームセンターへ連れて行かれた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る