面倒臭いよお
玲華と二人で教室へ戻ると、自席へ着く間にまた視線を感じた。そしてやはり敵意も感じる。また例の真人くんだ。
「玲華」
「何?」
「そろそろあいつ何とかしてくんない?」
右隣に座る玲華に、頬杖をつきながら言う。
こうあからさまに敵意を向けられると、やはり何となく気になる。
「いっそのこと争ってみれば? 私を巡って」
にっこりと微笑む玲華。
「それって降参していいの?」
「む……降参するの? せっかく童貞を卒業するチャンスなのに」
「よし。戦闘準備は万端だ。誰でもかかってこい」
「ぷっ。それサイテー」
「ベストアンサーだろ」
「うん。じゃあとりあえず真人くんに言ってみよかな。隣の男に犯されそうだって」
「お前何か俺に恨みでもあんの?」
こいつほんとむちゃくちゃだな。だってノリでも酷くない? そっち系の冤罪とか怖いって。
「まあいいや。何かうまいこと考えとくね」
「お、おう」
結局考えてくれるのか。
何か対処してくれるのかもしれない。
玲華の答えに満足した俺は、しばらく様子を見ることにした。
それから数日間、玲華は以前にも増して俺に絡んでくるようになった。
「ねーねー涼くん。プリント運ぶの手伝って。先生に頼まれたの」
「ああ。まあいいけど」
一人だと大変なのかなと思ったので、彼女について行き、二人で職員室からプリントを運んだ。
こいつって意外とこういう教師の手伝いとかするんだよな。やっぱり優等生だ。
また次の日の休み時間。
「涼くん、花壇の水やり行くから一緒にきて」
「えぇ……」
何それ? 花壇の水やりをする生徒とか聞いたことないんだけど。あったとしても何か委員会とかの仕事じゃないの?
「一人だと大変なの」
「……じゃあ、まあ、いいけど」
校舎の外にある花壇へいくと、二人でジョウロを使い、花壇の花へ水やりをした。
「お前普段からこんなことしてんの?」
「まあ、そうだね」
玲華はにこっと笑顔で答えた。
本当かよ。
そしてさらに、毎日ことあるごとに俺に絡む金髪ギャルの玲華。
「涼くん、チョークを取りに行くから」
「チョークは一人で行けるだろ」
「高いところに置いてあるから」
「……わかった」
俺は身長170センチくらいしかないので、何か違和感のようなものを感じつつ、玲華について行った。
「いや、これ普通に届くじゃん」
「あ、ほんとだー」
チョークは女子でも普通に届きそうなところに置いてあった。これ俺が一緒に来る必要ないじゃん。
また別の日。普通に教室でのこと。
「涼くん、チョコレート買ってきたんだけど一個あげる」
「おう、さんきゅ」
「はい、口あけて」
「え? いや、自分で食うから」
「いいからいいから。はい、あーん」
仕方なく口を開けると、玲華は一口サイズのチョコレートを放り込んできた。クッキーが付いているやつで美味しかった。
しかし何かがおかしい。さすがの俺も何かを疑い始めた。
さらに翌日。
「涼くん、一緒にジュース買いに行こ」
「……お前何企んでるの?」
「まあいいからいいから」
「待て。嫌な予感がするからもう行かない」
「涼くんの眼鏡が伊達眼鏡ってこと、みんなに言っちゃいそう」
こいつは悪魔か?
しかもこいつ、この眼鏡の下が俺の弱みだと気づいてる。マイブームだって言ったのに。
これが伊達眼鏡だとバレるだけなら大丈夫か? と一瞬考える。
俺には友達がいないし誰も俺に興味がない。だから別に伊達眼鏡くらいバレてもいいはずなんだけど。
『うわ、何で片目だけ緑なの?』
『ほんとだ! 気持ちわる!』
何となく過去のトラウマが……
眼鏡に興味を持たれるのも不安だ。例えばそれが祐美だけでも。伊達眼鏡だということに興味をもたれれば、当然「外してみて」となる。
仕方なく玲華と一緒に飲み物を買いに行った。
そんな感じで玲華に絡まれつつ数日が経過すると、事態は起こった。
昼休みに自分の席でパンを食べていたところ、近付いてきたのは茶髪を外ハネにした桜井真人くん。カースト上位グループ筆頭のチャラ男イケメン。
「ちょっと話があるんだけど」
「何?」
「別のところで話そう」
仕方なくついて行くと、やってきたのは各クラスとは少し離れた物理室。そして窓際に誘導されて追い込まれた。
昼休みなので誰もいない。つまり二人きり。こいつ俺に何する気なの!
っていうBL的な甘い展開なわけはなく、俺に敵意の表情を向けてきた。
「お前、玲華とどういう関係なの?」
予想通りの質問。
くそ、玲華にやられた。こうなるってわかるよね、普通。
だって日に日にこいつの視線から敵意が強くなってたし。他からは悲しげな視線もあったけど。
あんにゃろうもこうなるとわかっててやりやがったな。まさかマジで天使みたいな顔して悪魔なのか?
「どんな関係も何も席が隣ってだけだ」
窓際の柱に背中を預け、腕を組みながら答える。
桜井は近くの机に軽く腰掛けている。
「特別仲が良いように見えるんだけど」
「そう見えるよね、やっぱり」
だって、あーんとかされてたし。手伝いとかで一緒に教室を出て行くのとかも全部見てたんだろな。
「それにお前、あの性格がきつい祐美も何か手懐けてるじゃん」
「うーん。そう見えるよね、やっぱり」
もしかしてそれで危機感持ったとか?
でも祐美はともかく、玲華はそう単純な奴じゃないだろ。
彼女はいつもにこにこしていて、何を考えてるのか分かりにくい。祐美の方が好き嫌いがはっきりと見える。
「とにかくお前は玲華のこと、どう思ってんの?」
「別に。基本的には良い奴なんじゃないの。みんなに愛想良くて」
「それだけ?」
うーん。こいつ面倒臭いな。ちょっとムカついてきたし挑発してみるか。
「いや、もう少ししたら好きになるかもな。あいつ超可愛いし?」
「お前、やっぱり!?」
桜井は突然焦ったような表情になった。わかりやすい奴。
「っていうか真人くんさあ」
「な、何だよ?」
あ、思わず名前で呼んじゃった。玲華たちがいつも真人くんとか言ってるから。
「さっきから俺に質問ばっかりしてるけど、お前はどうなの?」
「は? 何が?」
「いや、玲華のことが好きなんじゃないのってこと。普通今の流れでわかるだろ」
「いや、俺は……」
何やら少し頬を赤らめて口ごもる真人くん。言いにくいのか。
「違うって言うなら俺があいつと仲良くしようが好きになろうが関係ないよね?」
「くっ……そうだよ。あいつのことが好きなんだよ」
そうだよね。そう言うしかないよ。素直なとこはいいと思う。でもまだ顔がね。怒ってらっしゃるからやめてくんないかな。
「だったらさっさと告白でもすればいいだろが。何で俺に絡んでくんの?」
「そっ、そんな簡単に告白なんか出来るわけないだろ」
「何で?」
「だってあいつ、今までめちゃくちゃ告白されてるんだぞ。でも一度もOKしてないんだ」
「マジ? あいつってやっぱり人気があるんだな」
「そうなんだよ!」
いや、そんな必死で抗議されても。
真人くんの口振りからすると、玲華は俺の予想以上に人気があり、告白などもされているようだ。
まああいつ本当に可愛いからな。いつもにこにこしてて愛想が良いし、そりゃモテるよね。
ちなみに玲華は他の学年の男や全然知らない男子からも告白されているらしい。
詳しいね、お前。
「でもそれなら俺なんか余計相手にしなくていいだろ。結局あいつが誰とも付き合わないんだから」
「いや、でもお前だけ他のやつより仲良さそうっていうか……」
そりゃあいつの作戦だろが。お前が俺に突っかかってくるように仕向けたんだよ。何故かはわかんないけど。どうせ面白そうとかそんな理由だろ。
そしてこいつ面倒臭いな。
「真人くんさあ、もし仮に俺が玲華と仲良いとして、仮に付き合えるとしよう。でもどっちみち告白しないお前に何か関係あるか?」
「……!」
チャラ男の真人くんは何やらハッとなって俺を見る。
「そう。関係ないよな? だってお前が告白しないってことは、どうせお前以外の誰かのものになるんだから」
「お前、俺に告白しろって言ってんのか?」
「言ってねーよ。バカ者めが」
「あ、いや、ごめん……」
「告白しない奴が人に構うなって言ってんの」
「た、確かにその通りだけど……」
真人くんは一応は納得したらしい。
まあこいつが意外と話がわかるやつでまだよかったかな。
山田みたいなヤンキーの場合、話し合いが無理だからね。すぐ殺すとか言うし。この前山田が言うことを聞いてくれたのもどこかの狂犬佐藤のおかげだし。
「いいか。俺から見ると玲華はお前らのグループの奴らと一番仲が良い。他のクラスメイトから見ても同じだろう」
「そ、そうか……?」
「そして、お前はあのクラスでも一番イケメンだ。多分」
「お、おう。そうか……」
ちょっとだけ照れたような表情になった真人くん。意外と悪い奴じゃないかもな。何となく。
「つまり、お前が告白して無理ならどうせみんな無理だ」
「えっ……!? そうなの?」
「ああ」
実際にはそうじゃないかもしれないが、もう面倒臭いからそれでいいだろ。
「マジかよ……何かちょっとだけ自信が出てきたぞ」
「そりゃ良かったね」
呆れて溜め息をつく。何かこいつのこともちょっとだけ可愛く見えてきた。
「で、でももしフラれたらどうすれば……?」
おいおい。こいつどこまで他人に頼りきりなの? フラれた後のことなんて知らないよ。ていうか何で俺に訊くの。こういうのってあまり友達に相談出来ないのかな。
「そしたらしょうがないから諦めれば? どうせ誰もあいつとは付き合えない。まあ諦めないっていうなら好きにすればいいけど」
「そ、そうだな……」
「やっと分かってくれたか」
お前が納得したみたいで俺も一安心だよ。さ、教室帰ろう。
そう思ったが、また真人くんが尋ねてきた。
「でもどのタイミングで告白すれば……いつも周りにみんないるし」
そんなの知らないよお。面倒臭いよお。誰か助けてよお。
っていうかやっぱり周りの奴らには言ってないんだな。仲良しグループの関係を壊したくないとか?
「電話は?」
「いや、さすがに告白は目の前で言いたいだろ。アイのりみたいに」
マジかよ。チャラそうなくせにけっこう重い告白するんだな。まあこいつも真剣なんだろう。
あと祐美とヤンキーもどき山田のどうでもいい別れとは違って、面と向かって告白したいのはわかる。
「じゃあどこかに呼び出せばいいじゃん。こんな感じで」
「お、おう……確かにそうだ……」
ダメだこいつ。告白のことを考えて頭が回らなくなってる。
俺もやるだけのことはやった。あとはこいつ次第。もう話を終わらせよう。
「まあとにかく今後は俺に構うなよ。お前が告白すれば済む話なんだから」
「……ああ。わかったよ」
「よし」
そう言って物理室を出ようと入り口へ向かう。
「な、なあ」
「ん?」
呼び止められたので振り向いた。まだ何かあるのか。
「あの、また相談乗ってくんない?」
「えぇ……」
何で? もういいじゃん。結構相談乗ったし、結論も出てるじゃん。
祐美のときよりさらにやる気が出ないんだよな。だってこいつの相談ってさっきからアホらしいし。
「んなもん友達にしろよ」
「あいつらには相談できないんだって」
「そうでしたね」
やっぱり相談出来ないのか。
「頼むよ、今度昼飯奢るから」
「よし。いいだろう」
昼飯を奢って貰えるならまあいいか。
真人くんは何かほっと安心したように「ありがとう」とお礼を言った。
ほんとにこいつってそこまで悪い奴でもないのかもな。まだわかんないけど。
「ああ。じゃあ教室戻るから」
俺は今度こそ物理室を後にした。
教室に戻った俺は隣の席に座る玲華に言う。
「やってくれたな」
「何のこと?」
玲華はにこっと微笑む。
とぼけてはいるけど全然ごまかそうとしてない。
その後、真人くんから敵意の視線はなくなった。
隣の席である金髪ギャルにもそれがわかったのだろう。彼女はにこにこと笑顔を俺に向けて言う。
「ね、上手くいったでしょ」
え、マジ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます