ちょっとマイブームで

 昼休みになってあることに気付いた。


 財布がない。

 どうしよう。結構腹が減ってるんだけど。


 机の脇に掛けてある鞄の中を確認した後、財布探しを諦めて頬杖をついた。


 廊下側の席辺りにいる数人の男女の姿が目に入った。


 祐美と玲華が仲良しグループのメンバーと昼食を摂っている。男女三人ずつのいつも騒がしいカースト上位グループだ。


 その中の男子たちの中でも目に付くのが、茶髪を外ハネにしたチャラ男イケメンの桜井真人とか言う奴。祐美の隣の席の男子で、何度か俺のことを睨んでいるのを目にした。多分、彼は玲華に好意を持っているのだろう。


 そして祐美のことも自分のグループメンバーだと思っているので、元々良く思っていない俺を彼女が優先するような行動を取るとムカつくって感じなんだと思う。


「えー! 祐美、彼氏と別れちゃったの?」

「そうそう。別れちゃった。昨日ね」

「マジか? 急にどうしたんだよ?」

「私電話で聞いたけど面白いよー」

「えっと、涼くんが電話で話してくれて……」


 うわ、何か俺のことを話しているっぽい。声がでかいから丸聞こえなんだよ。あいつらちらちらとこっち見てるし。


 とにかく教室から出よう。何となく居た堪れない。


 俺はすっと立ち上がって教室後方の入り口へと向かう。


「マジー? まあとにかく失恋残念会した方が良くね?」

「おー、それいい! カラオケ行こうぜ」

「いいね! 行こ行こ」


 何やらわいわいと盛り上がっている。仲が良くて楽しそうだ。ああいうのが友達なんだろうな。


 しかし玲華はにこにこと微笑んでいるだけで、カラオケの話題に参加する様子はない。


 いつもあんな感じだったらちょっと可哀想かもしれない。放課後も遊べないなんて、あいつって一体どんな家庭なんだろう。


 祐美辺りが昼飯を分けてくれないかなあとかほんの少しだけ思ったのだが、何も相談などがないときに食べ物をせびるのも申し訳ないと思い直す。


 まあ祐美なら頼めばパンを買ってきてくれるかもしれないが、俺にカツアゲの趣味はないので、大人しく断念。


 仕方がない。最終手段を使おう。


 俺は教室を出て、突き当たりの階段へと廊下を歩く。


 我が校の二年生の教室は二階にある。一年生は一階。三年生は三階。


 俺は階段を下りて一階へと向かった。


 妹がいるはずの一年A組の教室に辿り着くと、教室内を覗いて様子を伺う。


 窓際の席に芹菜を発見。しかし周りには生徒たちがごちゃごちゃと彼女を取り囲むように集まっている。机も散乱した状態。芹菜を取り囲む生徒は全部で十人ちょいくらいで男子と女子が半分ずつって感じだ。


 一瞬妹が人気者なのかと思って尊敬したが、直後その光景の異様さに気付いた。


 芹菜の周りの生徒たちは、それぞれ弁当や購買のパンを食べている。しかしその視線は、こちらから見える範囲では全て芹菜へと向けられている。彼らの頬は紅潮し、瞳は潤んでいる。中にはただ両手を組み、拝んでいるような者も数人いる。


 まるで宗教団体だな。


 廊下からその光景を眺めて唖然となっていると、後ろから声を掛けられた。


「涼くん、何してんの」

「おう。お前か」


 表情なく声を掛けてきたのは、一つ年下の後輩、拓也。青みがかった少し長めの髪、綺麗に整った顔のジャニ系美少年。彼はいつも冷静で感情をあまり表に出さない。


 制服のズボンのポケットに両手を突っ込み、何か余裕のある感じ。

 彼は前島家の近所に住んでおり、芹菜の小学校からの同級生だ。


 ていうかめちゃくちゃイケメンになったな、お前。女子たちがお前のことを見て「きゃー」とか「カッコいい」とか言いながら通り過ぎて行くぞ。


「芹菜に用?」


 そんな女子たちに見向きもせず、拓也は尋ねてきた。


「ああ。ちょっとな。っていうかあれ何なの?」


 教室内に視線を向けながら尋ねる。


「よくわかんないけど芹菜の信者だって」

「マジかよ」


 俺もいるけどさあ、似たようなやつが一人。でもこれは格が違うな。


 教室内を眺めていると、不意に芹菜の視線がこちらに向いた。


「えっ!? お兄!?」


 うわっ、バカ! あいつ俺に気付いてめっちゃリアクションしやがった。


 芹菜は立ち上がり、信者たちの間を通り抜け、たたたっと小走りで近付いてきた。


 正直こんなわけのわからない奴らの見ている中で近付いてきて欲しくないのだが、時すでに遅く、やはり信者たちの注目がこちらに集まっている。


「な、何してんの? こんなとこに来て」


 何やら狼狽えつつ、頬を赤らめて上目遣いで尋ねてくる芹菜。


 彼女が戸惑うのも仕方がないかもしれない。俺がこいつの教室に来ることなんてほとんどないからな。


「ああ。えーっと、金貸して」


 手のひらを差し出しながら言う。


「は? 何でよ」

「昼飯がなくて財布もないんだよ」


 そこまで言うと、芹菜の信者たちが立ち上がり、わらわらと詰め寄ってきた。何やらお怒りのご様子。


「貴様! 芹菜さんに金を貸せだと?」

「何て身の程知らずでバカな人なの? 信じられない!」

「無礼者めが!」

「成敗してやる!」


 こわー。マジで狂信者じゃん。ていうか何か武士系?


「やめて。これ私の兄だから」


 芹菜が冷めた口調で言う。

 お兄をこれとか言いやがったな。


 すると集まっていた連中の表情が恍惚としたものに変わった。


「芹菜さんのお兄さんなんですか!?」

「何と尊い」

「お兄様と呼ばせてください」

「一生ついていきます!」


 おおう……変わり方がすさまじいな。


 そこの男子、一生付いてくるのはやめてね。ウザいから。


 ガヤガヤと騒ぎ立てる信者たちに、芹菜は冷たい視線を向けて言い放つ。


「あっち行って」


 信者たちは「はい」と返事をしてわらわらと元居た場所へ戻って行った。


 目の前に残ったのは、何やら呆れたような表情で信者たちの背中を見送る芹菜と拓也。


「何でこんなことに?」


 俺は唖然としながら尋ねた。


「わかんないわよ。何か友達の相談とか乗ってたらいつの間にかこうなったの」


 どこかで聞いたような話だ。


「いや、多くない? だってお前入学したの最近じゃん」

「男子のほとんどは何もしてないけど勝手に増えた連中よ」

「それって単にお前の取り巻きなんじゃないの? ファンクラブみたいな」


 狂信振りがそんなレベルじゃないけどね。


「そんな感じかもね……」


 芹菜は何やら諦めたような表情で溜め息をついた。


 まあこいつ、顔は可愛いからな。クソ生意気だけど。


「拓也、お前はそれに入らないの?」

「俺が芹菜の取り巻きに? 冗談でしょ」


 ハッと笑い飛ばす拓也。


 そうだよね。お前があんなのになっちゃうと俺も嫌だよ。


 っていうかこいつも生意気なんだよな。まあ根は良い奴だから嫌いではないんだけど。


 ちなみに拓也も俺の目のことは知っているが、今まで態度に何ら変化はなかった。お前のそういうとこ大好き。


「まあいいや。とにかく腹減った」

「はい。五百円あればいいでしょ?」

「ああ」


 芹菜が差し出す五百円玉を受け取る。


 妹から五百円を恵んでもらう兄の図。うーん。普通にカッコ悪い気がする。

 しかしそこまでのプライドがない俺はありがたく頂く。


「今度から気を付けてよね! いきなり教室に来られても気まずいから」

「へいへい。もう来ないようにするよ」


 そう言って背を向ける。

 あまり見たくない光景もあるしな。


「……ちょっと待って」

「ん? 何?」

「や、やっぱり困ったらいつでも来ていいから」


 頬を赤らめながら、ぷいっと顔を逸らす芹菜。

 え、いいの? たまに兄思いのいい妹だな。


「ああ。じゃ、購買行ってくるわ」

「うん。じゃあね」


 芹菜、拓也と別れ、購買へと向かう。


 歩きながら頭に浮かぶのは、妹の心配だ。

 だってあいつらどう見ても異常だよ。


 今のままならまだいいけど、あいつらって芹菜がピンチのときに守ってくれる親衛隊になるか、もしくはストーカーになるか紙一重じゃないの?


 前者であって欲しいと願いながら、俺は購買でパンを二つとお茶を購入した。



 教室に戻るのは気が引けたので、どこで食べようか考えながら廊下を歩く。


 そして階段の下まで来たときに、ふと屋上で食べようと思い至った。


 階段を最上階まで上がり、屋上へ出る扉を開けた。


 屋上は安全のため、フェンスで囲まれている。風が気持ちいい。


 扉を閉めると、その裏に一人の女子が三角座りをしていた。


 おおう……びっくりした。


 俺は彼女を見て驚いた。金髪ギャルの玲華だ。


「涼くん……!? 何でここに……?」


 玲華は驚いたようにこちらを見上げる。


「何やってんの、お前?」

「何かみんなでカラオケに行く話をしてたから抜けてきちゃった」

「お前は行かないの?」


 そう言って、玲華の隣に腰を下ろす。


「行けないの」

「そんなに家が厳しいのか?」

「うん」

「休みの日は?」

「ノリで今日行こうとしてるのにわざわざ都合なんか合わせてくれないでしょ。私も気を遣わせるのは嫌」

「ふーん」


 こいつはこう見えてぼっちに近いのではないだろうか。


 先程購入したペットボトルのふたをあけ、お茶を口に流し込む。


「そんなことより、涼くんは何で伊達眼鏡なんかしてるの?」

「ぶっ」


 思わず飲んでいたお茶を吹いてしまった。


「……ちょっとマイブームで」

「全然似合ってないのに?」


 玲華はクスクスと笑う。

 似合ってなかったのか。


「……何故わかった?」

「わかるよー。レンズを見れば」


 やっぱりそうだよね。普通の眼鏡ってレンズ越しに見ると輪郭がずれたりするしな。


 っていうかこいつ観察力があるな。今まで誰にもバレてないのに。多分だけど。指摘してくれる友達がいないからわかんない。


「誰かに言ったか?」

「言わないよ。意味ないし。祐美は分かんないけど、それ以外の人はあんたに興味ないし」

「お前は笑顔で人を傷付けるよね」

「童貞でも傷付くんだー。意外」


 むちゃくちゃ言うな、この女。童貞なら傷付かないとでも思ってるのか。全然意味がわからない。


「俺を何だと思ってんの?」

「いつもエロいことを考えてる人」


 え、マジかよ。祐美と彼氏の話をしてたときのことか?

 体目当てだとかエッチなことをしたいとか色々言っちゃったしな。


「あれは不可抗力だろが」

「祐美にエロいコスプレを着せるのは?」

「いや、それは何かノリで? 昨日クレープを奢らされたんだからそれくらいいいだろ」

「それなら仕方ないね」


 そう言ってにこっと笑う玲華。うわ、超可愛いな。天使みたい。でも仕方ないの? それ。


「つーかそこまでエロいやつは着せないっつの」

「本当?」

「多分ね。心配だからついてくるんだろ?」

「うん。そうだね」

「じゃあ休みの日にしてやるよ」


 玲華は一瞬驚いたような表情を見せ、「うん」と微笑んだ。

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