魔族の趣味嗜好

 ほんの数日で王都から離れた場所に人を送るのは不可能だ。普通なら。

 だがこちらにはモイラと聖女であるフィーネがいる。常人を凌駕した魔力を使って、各地に人を送ってもらった。触れている相手しか送れないので時間はかかったが、なんとか間に合った。


 そして今、集められた騎士がせっせと天幕を張っている。

 私がいるのは、快楽主義の魔族――ラストが待機している僻地だ。村は近くにはなく、多少騒がしくしても迷惑にはならないだろう。


 ラストの近くに置かれた看板には「触るな危険」とご丁寧に書かれている。話に聞いたときにも頭を抱えたが、こうして実際に目にしても頭を抱えてしまう。

 まさか本人が考えた、ということはないだろう。しかし魔王の指示だとしても、意図が掴めない。


「どうせ深い考えはないと思います」


 看板とその横で座っているラストを胡乱な目で見る私にモイラが声をかけてくる。


「それよりも、準備が終わりそうです」


 張り終わった天幕とこちらを心配そうに見る騎士を一瞥してから、ラストに近づく。興味深そうに騎士たちの動向を見ていたラストは私の姿を認めると気安く片手をあげた。


「おー、久しぶりだな。元気だったか?」

「そこまで経っていない」


 千年ぶりに会ったときと同じ風に言われるほど会っていなかったわけではない。こいつらは本当に適当だ。


「それもそうだな。んで? 俺の相手はクロエがしてくれんの?」

「いいや」


 首を振り、待機していた女性陣に視線を配る。煌びやかで煽情的な装いをした彼女たちは彼のためだけに用意した――高級娼婦だ。






 魔族とまともに戦ったら被害が出るのは明白。騎士団を総動員し、教会の手を借りて一人ずつ対処することならできるかもしれないが、その間に別の魔族を放っておくことになる。

 だから私がフレデリク陛下に話したのは、彼らの戦う気を削ぐ方法だ。


 これなら人員は最小限で済むし、被害を被るのは国庫とフレデリク陛下の評判ぐらいで済む。幸い国庫に関しては教会からの支援もあるので、長引きすぎなければ大丈夫だろう。

 フレデリク陛下の評判は――本人が納得してのことなので気にするのはやめた。



 そして色事に目のないラストを攻略するために手配したのは、口が固く、危険かもしれないこと、睦み合うのが人間ではないことを聞いても相場の数倍の給金で雇われることを了承してくれた人たちだ。

 日給制なので役割が中々回ってこなくても不満の声は上がらない。念のため彼女たちの護衛として連れてきた騎士集団からは不満の声が出るかもしれないが、そこは仕事だと思って割り切ってもらおう。


 女性の一人の手を取り天幕の中に消えるラストを見送り、モイラに次の場所に行くように指示を出す。

 ラストは女性に乱暴することはないので、よほどのことがない限りは大丈夫だろう。




 モイラの転移魔法によって運ばれたのは、退屈そうに看板に腕を置き頭を預ける魔族の所だった。

 桃色の髪に、時代錯誤な服装――話には聞いていたが、実際に目にするとなんとも言えない気持ちになる。


 待機している騎士に指示を出し、集めてもらった魔道具を彼のもとに運んでもらう。


 彼は非常に可愛いものが好きで、凝り性だ。シチューを教えたら「これじゃまだ駄目だ、極められる気がする」と毎日毎食シチューになったのは今思い出しても頭が痛くなる。

 敬語を使えるし一人称私だからという理由でモイラに言葉を教える役目を与えたのだが、やるならば徹底的にと主張し、女言葉を身に着けるために女性の恰好をしはじめ、その最中に可愛いもの好きに目覚め――後は語るまでもないだろう。今の有様がすべてを物語っている。


「あら、なんです?」


 差し出された大袋を前に首を傾げ、頭の高い位置で結んでいる髪が揺れた。過去に戻れたらと願わずにはいられない光景だ。


「御使いさまからです」

「まあ、貢物だなんて嬉しいです」


 こちらを見て満面の笑みで手を振っている。苦笑を返すことしかできない。言葉選びは最低最悪だが、好意的に受け止めてくれたようだ。

 大袋から魔道具を取り出し遊びはじめたので、大丈夫そうだとモイラに声をかけようとして――


「これを作ったのはどなた?」


 やめる。

 不満そうに口を尖らせるのを見て、騎士たちの視線が一点に集中した。

 後方で魔道具を作っているパルテレミー様は視線の中心に自分がいることに気がつくと、不機嫌そうに眉をひそめた。


 パルテレミー様は使用者の感想を聞くことで改良案が生まれるかもしれないと無理矢理ついてきた。無茶だ無謀だと止めたのだが聞く耳もたず、仕方ないので同伴させたのだが、ご指名が入るのなら連れてきてよかった。いや、よくないのかもしれないが。


 パルテレミー様は手に持っていた工具を置くと立ち上がり、不機嫌な顔のまま彼の前に立った。


「私ですが、何かご不満でも?」

「ええ、不満です。動くのはいいですけど、鳴き声がないだなんてどういうつもりですか」


 猫を象った魔道具を差し出され、パルテレミー様は小馬鹿にするような笑みを浮かべる。

 

「鳴き声を付けるには光石が二種類必要になります。それでは採算が取れません」

「ですが、鳴き声ないのでは未完成でしょう? 最初から鳴き声を付けるつもりがないのなら、鳴かない生き物を象るべきだったのでは? どうして猫になさいましたの」

「……猫を飼いたいと言っていた者がいたので」


 パルテレミー様はそう言うとそっと視線を外した。

 それを言っていたのが誰なのかは考えない方がよさそうだ。パルテレミー様の名誉のためにも。


「それならば尚更鳴き声を付けるべきでしょう。誰かのために作ったものなら採算を度外視するべきです」

「お言葉ですが、仕上げた魔道具はどれも市場に出すものです。採算の取れないものを作るわけにはいきません。光石は高額で、使える者も限られているんですよ。……人の生活に疎いあなた方にはわからないかもしれませんが」

「ええそうですね。私はそんなささいなことなど気にしませんもの。光石も潤沢にありますし、魔力もあなた方では考えもつかないほどありますので。……ああ、あなたが頭を下げて乞うのでしたら光石を差し上げてもよろしいですよ?」

「光石の発掘と売買で生計を立てている者が困るので結構です。人の範疇でできるものがそちらの魔道具でした。それだけの話ですので、気に食わないのでしたらどうぞ別のものを手に取ってみてはいかがですか」

「パルテレミーの人間は本当、生意気ですね。私が恵んでやると言っているのですから、泣いて喜ぶべきではないですか」

「あなた方魔族は私をパルテレミーの者と呼びますが、あなた方がおっしゃっているのは何代も前の方のことですよね。まったくの別人を持ち出されたところで、私が聞く耳を持つとでも?」


 ――まあ、大丈夫だろう。


 パルテレミー様は色々なことが重なった結果肝が据わったようだ。




 次に訪れた先では、地面に転がっている魔族がいた。

 様子を見守る騎士の中では「死んでいるのでは」という声まで出始めている。大丈夫だ、死んでいない。


 彼は非常にものぐさだ。私と旅をしているときも、動くのが面倒だという理由で地面を動かして移動しようとしていたほどだ。地殻変動とかが怖いのですぐにやめさせた。

 しかも百年前も戦うのが面倒だという理由で人間に殺されている。復活したのはつい最近だそうだが、どうやら何も変わっていないようで安心するような、不安になるような、微妙な心境だ。


 私は地面に寝転がる彼にそっと抱き枕を渡す。


「……ひさし……」


 ちらりとこちらを見て、緩慢な動きで抱き枕を受け取り、言葉の途中で寝た。寝る必要がないのに起きているのが面倒だからと眠り続けるのは、彼ぐらいなものだろう。

 彼はモイラに次いで私のそばに居続けてくれた。まあ動くのが面倒だっただけだろうが、いてくれたことには変わりない。

 だから放っておいても大丈夫だとわかっていたのだが、何かしらあげたくて抱き枕を用意させた。これは完全に私の我儘なので、私の財布から出ている。

 新しい生地とやらで作った、現状世界に一つしかないものなので大切にしてもらえたら嬉しい。


 羨ましそうに見ているモイラに声をかけ、次の場所に移動する。




 そして四番目に訪れた場所では、すでに色々はじまっていた。

 歌う者、楽器を鳴らす者、それを楽し気に聞いているのは、フィーネに何かあったときには私を頼るようにと言伝していたノイジィだ。


 最初は魔王のことは伏せて楽団に依頼を出したのだが、危ない場所はちょっと、と断られたので騎士団の中から音楽に精通している者を選んだ。剣ではなく楽器を握れると喜んで引き受けてくれた彼らは騎士団には向いていないのではと思ってしまうが、この際細かいことは置いておこう。


 音を途切れさせないように指示を出してあるので、途中で交代したりなどして休んでいる者もいる。その中にレティシアの推薦で参加したルシアン殿下の護衛の姿を見つけた。

 何があっても兜を取らないと聞いていたが、今も兜を取る気はないようだ。あれで歌えるのか疑問だが、細かいことに口を出すのはよそう。変に彼らの気を害して歌うのをやめられたら困る。


 そして地面に座り聞きほれているノイジィに視線を向ける。ノイジィは魔王をよくは思っていないようなので放っておこうかと思ったのだが、暇だからと歌われたらたまったものではない。

 他人が歌っているところを邪魔をするほど無粋ではないので、ここも大丈夫だろう。




 魔族たちは何かに傾倒している者が多い。

 それ自体は様々だが、与えられれば他のことを放り出すほどだ。だからといって攻撃を加えたら怒るので、下手に手出しをしないように言いつけてある。


 好きなものがわかりやすく用意しやすいこの四人は今のところ問題ない。

 問題なのは、好きなものを差し出せない相手だ。


「モイラ、フレデリク陛下の所に」

「あら、もういいんですの?」

「ああ。ライアーのところは見なくても平気だろう」


 知的好奇心を埋めるためならなんでもするライアーに与えられるようなものはない。

 そしてルースレスは御使いを渡すつもりはないと聞くとすぐに姿を消したと報告を受けている。


 だから私がこれから行くのは、私が会ったことのない、好きなものがわからない魔族の所だ。

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