決闘の行方
後期に入ってからというもの、ルシアンの距離感がおかしい。いや、休みの間からおかしかったような気もする。陰険魔族の魔法にかかっていた間もおかしかったような。あれ、いつからおかしいんだ。
と考えれば考えるほど混乱した。口にしたらよりおかしくなったから、考えること自体やめることにした。
休日にたまにある茶会ではやはりペルシェ様の話題で持ち切りだった。たまにサミュエルの名前が出るが、皆腫物には触りたくないのかすぐに収まる。
そして決闘の日がやってきた。
ペルシェ様がヴィクス様に決闘を申し込んでから二週間後の休みの日、普段は魔法学の授業に使われる開けた場所が決闘の舞台として整えられた。
決闘という物々しい響きに難色を示していた教師だったが、ペルシェ様とヴィクス様両人が希望しているということと、ルシアンの助力とか、その他諸々あって許可を出したらしい。
決闘の場を縄で円に囲い、その周囲を生徒が囲む。次期騎士団長とその婚約者の決闘という早々お目にかかれない大舞台に皆浮かれているようだった。
「賭けませんか?」
そんな中で私に話しかけてきたのは弱気だけど度胸のある子爵家の男の子だった。いつ見ても、この子の雰囲気は変わらない。
「賭け?」
「はい。皆さん快く賭けてくれているので、一口いかがですか?」
ちょっとした小銭稼ぎをしているらしい。稼いだ金の半分は学園に寄付するということで教師の許可も得ているそうだ。いいのかそれで。
そして賭けになっているとは思えないぐらいにヴィクス様の圧勝だった。ペルシェ様に賭けている人も少しだけいるそうだが、雀の涙程度のものだ。
「それでよく皆さん乗ってくれるわね」
「お遊びの一環としてですので。賭け事なんて早々できませんから」
それもそうか。
私もとりあえずペルシェ様に一口賭けることにしよう。当たれば儲けだし、当たらなくても痛くはない金額だ。
そしてはじまった決闘だが、開幕早々どよめきが生まれた。
両手に剣を持つペルシェ様の姿は、あまりにも騎士らしくない。ヴィクス様もそう思ったのか、眉をひそめている。
「付け焼刃の剣術で俺に敵うと思っているのか」
「ああ、思っているとも」
そして互いに打ちあう――かと思いきや、剣がペルシェ様の手から離れた。どこかで見た光景だ。
投擲される剣を撃ち落とすヴィクス様の顔が不機嫌に歪む。勝負において剣を手放すことがどれだけ愚策だと思っているのか、と心の中でなじっているのだろう。
だが、その不機嫌な顔はすぐ、驚愕に変わった。
「なっ……!」
「さて、いつまで耐えられるか見せてもらおうか」
再度現れた二振りの剣。そしてそれを先ほどと同じように放つペルシェ様。
完全にどこかで見た光景だ。いや、あのときは剣は一本だけだったが。
「お前、それはなんだ」
「何、魔法で生み出しているだけだとも。おかしなことはないだろう」
間髪入れず放たれる剣をそれでも油断なく落とすヴィクス様。剣を放ち、次の剣が出現するまでの間はあまりない。だからか、ヴィクス様は距離を詰めようとはしていない。
あるいは、何を企んでいるのかと警戒しているのかもしれない。
「早すぎる……。まさかお前、光石でも積んでいるのか!」
「いやいや、そのような卑怯な手段など使わないとも。相手に読まれぬようにと口を動かさずに詠唱する術と、早く唱える練習をしただけだ」
腹話術で早口言葉のように呪文を唱えているということか。
無詠唱でイメージだけ作るのと、腹話術で早口言葉を言いイメージを整える――どう考えても後者の方が難しい。
それを成し遂げるペルシェ様を讃えればいいのか呆れればいいのか。
放たれた剣が地に落ち、霧散する。それを何度か繰り返し、いい加減痺れを切らしたのかヴィクス様が間合いを詰めようと近づき、明後日の方向に剣を振った。
ガキン、と打ち合う音が響く。いつの間にかヴィクス様の後方に回っていたペルシェ様の剣がヴィクス様の剣によって阻まれた。
「目で追わずにはいられないだろう。だが、私にばかり注視していては足元を掬われるぞ」
普通に追えなかった。
舌打ちと共にヴィクス様が足元からせり出してきた剣から逃れるために飛びのく。
これ、人外の戦いだ。
そう気づいた私は早々にふたりの戦いを見るのを止め、周囲の様子をうかがうことにした。
ぽかんとした顔で戦いを見ている者が大多数だが、真剣に見ている者も少数だけどいる。ルシアンとクロエとモイラ、それから鍛えていそうな人と、後ディートリヒ。
パルテレミー様はきゃいきゃい騒いでいるマドレーヌを宥めるので忙しそうで、そもそもふたりを見ていなかった。クラリスはびくびくぷるぷる震えるサミュエルと一緒に観戦している。
万が一どちらかが大怪我を負ったらサミュエルに治療させると、決闘前にクラリスが言っていた。
そしてわっと場が沸き、戦いに視線を戻すと、何がどうなってそうなったのか、鎖がヴィクス様の腕に巻きついていた。
「剣を使え、剣を!」
「騎士が剣しか使わぬと誰が決めた」
歯噛みしたヴィクス様が勢いよく腕を振り、鎖を持つペルシェ様ごと引き寄せようとする。だがペルシェ様は鎖を手放し、代わりに鎖の先についた岩のような塊がヴィクス様に迫った。
そしてそれを切り捨てるヴィクス様。人外だなぁ、という感想しか抱けない。
「そこまでして、何故騎士の道を選ぶ! 家を守り、夫の帰りを待つべきだとは思わんのか!」
「私の母のようにか?」
激高するヴィクス様とは正反対に、冷静に返すペルシェ様。その言葉の意味はわからないが、ペルシェ様の発した言葉はヴィクス様を硬直させるには十分なものだったようだ。
一瞬の隙、その隙をついてペルシェ様がヴィクス様を蹴り倒した。
「死ぬかもしれぬ場に夫を送り、いつ帰ってくるだろうか、まだ帰らないのだろうかと不安がれと、お前はそう私に言いたいのだな」
「そんなことは……!」
ペルシェ様の足が腹部に乗っているが、ヴィクス様は払おうとはしない。ペルシェ様の問答に答えるのに必死なのだろう。
「同じことだろう。私はそんな母の背を見て育った。帰らぬ人となった夫を待ち続ける母を見て、思ったのだよ。――それほど待ち焦がれるのならば、自らも戦地に赴けばいいのにと」
「……民を守りたいと言ったのは、あれは嘘か」
「いいや、本当だとも。お前を守ることは、民を守ることにも繋がるだろう。民を守り、お前も守る。私は欲張りなのだよ」
ヴィクス様が苦悶の表情を浮かべる。それを見下ろすペルシェ様は実に楽しげだ。
「だから、お前の背を私に守らせろ」
ペルシェ様の手に現れた一振りの剣がヴィクス様の顔の横に突き立てられた。
「ならば家は誰が守る」
「お前が第二夫人を迎えればいい。その者も守ることを望むのならば、第三夫人を娶れ。家を守りたいと志すものが現れるまで娶り続ければいい」
ペルシェ様の足が深く沈み、ヴィクス様の口から嗚咽が漏れた。
「私が愛したお前は、数人を同時に愛せぬほど小さな男ではないだろう」
それは、間違いなく愛の告白なのだろう。
だが状況と言動と、ペルシェ様の表情が噛み合っていない。
「ひとつ聞くが」
「なんだ?」
「……今回負けた場合、お前はどうするつもりだった」
「無論、剣を捨て鎖鎌の道でも選んでいたとも。それも駄目ならば斧を――徒手空拳に至るまで何度も挑んだだろうな」
は、とヴィクス様が乾いた笑いを漏らす。
そして、未だ手に持っていた剣を手放すと、諦めにも自嘲にも似た笑みを浮かべた。
「いいだろう。ならば、俺の負けだ。そこまで付き合ってやるほど、俺は暇ではない」
――そして勝者が決まった。
私は一体何を見せられていたのだろう。
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