『仕掛けは上々。後はどう実を結ぶか』

 ヒロインを巻き込んでの勉強会は後期に入っても続いていた。

 図書室の主のような宰相子息とそれに付き添う焼き菓子ちゃんはもちろんのこと、ヒロインは一度約束したからと毎回やって来る。律儀なことだ。

 王子様はヒロインに逃げられずに済むからかかかさず来るし、私も自分が提案したことだからしっかり出席していた。隣国の王子も何故か毎回参加している。


 避けられたり嫌味を言ったりする間柄ではあるが、勉強会の間だけは静かなものだ。私が嫌味のひとつでも言おうとすると、宰相子息が「静かに勉強してください」と叱ってくるので静かに勉強するしかない。

 教えたり教わったりする以外は黙々と勉強するだけなのだが、さすがに今回ばかりは二の足を踏んでしまう。


 王子様から婚約について切り出されてから数日が経ったが、いまだに話ができていない。クラリスもあれからは何も言わず私に付き従っている。

 そんな状況だから勉強するだけの場とはいえ気まずい。王子様はヒロインに勉強を教えるだけだというのはわかっているが、気まずいものは気まずい。

 それにヒロインとも顔を合わせにくい。部屋に来る度にリューゲに頼んで帰ってもらっている。ヒロインと悪役が仲よくするのもどうかと思ってのことだったが、勉強会で会うことを忘れていた。


 どうしようかなどうしようかなと悩んでいたら自然と足が遠のいていたようで、気づいたら学舎を出て外を歩いていた。勉強会は学舎の図書室で行う。

 授業が終わったらそのまま図書室に行って勉強していたから、今から行っても遅刻だ。後から入って注目されるのも嫌だから、今日は行かないことにしよう。

 これは不可抗力でしかたないことだ。


「……どうしようかな」


 降って沸いたような空き時間。このまま部屋に戻っても、リューゲが自堕落に生活しているのを見るだけだ。私の帰りが遅い日だとわかっているから、どうせ悠々自適に過ごしているに決まっている。


「レティシア嬢」

「……何かしら」


 何をしようかと悩んでいたら声をかけられた。

 勉強会に行っているはずなのに、どうしてこんなところにいるのだろうか。


「暇なら俺とお話しようよ」


 そう言って、隣国の王子は微笑んだ。

 正直に言おう。嫌だ。


「どうして私があなたと話さないといけませんの」

「前々から話がしたいって言ってたでしょ。目を光らせてた奴がいたけど、今日はいないし、色々聞きたいこともあるからさ」


 だからいいよね、と言うように小首をかしげている。

 私からは話したいことなんてない。それに、これ以上逢引疑惑を増やしたくない。


「勉強会にでも行ったらいかが?」

「レティシア嬢がいるから行ってただけ。君が行かないなら、俺も行かないよ」

「あら、そうでしたの。でも私はあなたとお話したいことはございませんわ」

「エミーリアから君の従者について聞いたんだけど」


 リューゲ関連か。それこそ私に聞かれても困る。愛妻家だという設定しか覚えてない。


「……ここじゃ人目があるから、静かに話せる場所に行こう」

「冗談じゃありませんわ。殿方とふたりだなんて、できるわけがないでしょう」


 王太子もふたりは駄目だと言っていた。私はちゃんと学習している。


「それもそうか……。じゃあ、そこの君。一緒に来てくれ」


 隣国の王子が指さした先にいた少年が飛び上がった。ただの通行人だったのに巻き込まれて可哀相に。

 よく見たら気弱だけど度胸のある子爵家の男の子だった。もしかしたらこの子は不運の星の下にでも生まれついているのかもしれない。


「え、僕ですか!?」

「君以外に誰がいるの。ほら、一緒に来て」


 有無を言わせぬ態度で隣国の王子は子爵家の男の子と私を引きずって歩き始めた。ふたりの腕を掴んで歩いている姿は、ペットの散歩をしている飼い主のようだ。この場合ペットが私になるので、今考えたことは忘れよう。

 正直逃げたいが、私が逃げ出した後に子爵家の男の子が八つ当たりされては可哀相だ。彼には何かと助けられたから、見捨てられない。




 連れて行かれたのは学舎の裏手で、木々が並ぶ森のような敷地との境目だった。


「ここは教会の敷地と近いから人が来ないんだよね」


 どうしてそんな場所を知っているのかとかは聞かないことにしよう。どうせ女の子でも連れこんでいるに違いない。


「ずいぶんと強引ですのね」

「こうでもしないと話せないと思ったからね。普段の俺はここまで強引じゃないから勘違いしないでくれよ。ロレンツィ家のことがあるから、どうしても話したかったんだ」

「そう言われましても、私はロレンツィ家について詳しくありませんわ」

「君の従者に会わせてくれるだけでもいい。いや、俺の話を伝えてくれるだけでもいいんだ」

「どうしてそこまでロレンツィ家にこだわりますの?」


 隣国の王子の伯母がロレンツィ家の奥方とは聞いた。だけど隣国の王子が気にする理由がわからない。


「……俺の父がそこで死んだから」

「ローデンヴァルト王が?」

「いや、そうだけど、そうじゃなくて……どこから話せばいいのかな」


 長い話になりそうだ。聞くんじゃなかった。


――俺は伯爵家の娘と商会の息子の間に産まれんだ。


 隣国の王子はそう話を切り出した。


 ローデンヴァルトは王族だけでなく貴族も子沢山で、隣国の王子の母親は伯爵家の九人目の子どもとして産まれた。

 長男が家督を継ぐのが通例で、他の子どもたちは他家や他国に嫁入りしたり婿入りしたりする。伯爵家もその例に漏れず、縁やらなんやらを使って子どもたちの嫁ぎ先を探した。ときには息子の第二、第三夫人にすると約束し、ときには金銭で話をつけ――そうやってなんとか八人目の子どもまでは迎え入れてくれる家を見つけることができた。

 だがどうしても九人目の子どもの嫁ぎ先だけが見つからない。

 子沢山の国とはいえ、子沢山なのはどこの家も同じだ。互いに蹴落とし合ったりしながら、嫁げる家を探す。使える縁は八人目までに使い切り、他家を蹴落とそうにも伯爵自身の年が年だった。

 燃え尽き症候群だった伯爵は苦肉の策として「お前は自由に生きなさい」と九人目に自由を与えた。


 自由を与えられた娘は、その足で商会の門を叩いた。


「ずいぶんと行動的なお母様ね」

「自慢の母だよ」


 ローデンヴァルトは王族や貴族だけでなく、裕福な家も子沢山で、隣国の王子の父親は裕福な商会の七人目の子どもとして産まれた。

 六人の姉に囲まれて育った彼は、姉たちが全員嫁ぐ頃には弱気で女性嫌いな男性に育っていた。


 商会の主は息子の性格に頭を抱えた。商会を継がせるには気が弱すぎる。息子の子どもを跡継ぎにと考えても、浮いた話のひとつもない。

 どうしたものかと悩んでいたところに、伯爵家の娘が現れた。ここで働かせてほしいと乞う伯爵家の娘を、商会の主はお試しで雇うことを決めた。

 気が強く、自分を玩具のようにして遊んでいた姉たちとは違い、気立ても感じもよい伯爵家の娘に商会の息子はすぐにのぼせあがった。


「ずいぶんと篭絡しやすそうなお父様ね」

「異性に慣れていなかったんだよ」


 伯爵家の娘と釣り合うようにと商会を盛り立て、毎日花を届けたりとけなげに慕った。ここまで想われては伯爵家の娘も悪い気はせず、商会の息子の求愛を受け入れた。


 この展開に一番喜んだのは商会の主だった。息子の性格が変わっただけでなく、どこに出しても恥ずかしくない嫁まで現れた。それはもう飛び上がらんばかりの喜びようだった。

 喜びすぎて、記念として五割引きで商品を卸すほどだった。


「商人としてそれってどうなのかしら」

「言った俺が悪いけど、今は関係ないから忘れてほしいな」


 伯爵家の娘と商会の息子は三人の子どもにも恵まれ、順風満帆な人生を送っていた。

 そんなある日、他国の男爵家に嫁いだ姉から「遊びに来ない?」と連絡があった。

 親戚一同が集うのだが、小さな子どもを持つ家がいない。自分の子どもは全員巣立ってしまったので、たまには小さな子どもと会いたい。堅苦しい場でもないし、あなたのお嫁さんのほうが家位が上なぐらいだ。他の姉妹も呼んでいるからあなたもよかったらいかが? と、そういう誘いだった。

 伯爵家の娘と商会の息子は折角だからと頷いた。


 だが、そんな大人ばかりの集まりに子どもだった隣国の王子は馴染めなかった。兄たちは大人に片足突っこんだような年齢だったので、まだ大人の話に付いていけていたが、隣国の王子には無理だった。

 しかも子どもの頃とはいえ弟を玩具にしていたような姉妹が集っている。玩具とまでは言わなくても、可愛い可愛いともみくちゃにされ、完全に嫌気が差していた。


「可愛かったの?」

「今の俺を見てわかるだろ? 天使のようだと言われていたよ」


 隣国の王子の戯言は聞き流して、話の先を促す。


 隣国の王子は一日で音を上げ、翌日には遊びに行きたい外に出たいと駄々をこねた。我が子の癇癪に困った伯爵家の娘は、断りを入れて隣国の王子とと一緒に外に出た。


 そして、帰ってきたときには全員死んでいた。

 父も兄も、働いていた使用人に至るまでの、そのとき家にいた全員が死んでいた。

 押し入られた形跡もなく、家のどこも荒らされず、ただ人だけが死んでいた。


 それから伯爵家の娘の苦難が始まった。

 商会を継いだ夫も、その教えを受けていた息子も、先代や商会を見て育った姉妹たちの全員があの日あの場に集っていた。

 主人の死に商会から出ていく者もおり、伯爵家の娘はなんとか商会を立て直そうと頑張った。

 だが元はただの箱入り娘。出ていく者たちを止めることもできず、残ってくれた人たちと一緒に頑張ろうにも赤字に赤字が重なっていく。商会を畳むか、敵対関係にある商会に助力を乞うしかない――そう思っていたところに手を差し伸べたのが、今の隣国の王子の父親であるローデンヴァルト王だった。


 自国の伯爵家の娘が困っているということ、懇意にしていた商会が破綻しかけているということ、その年の嫁がまだ決まっていなかったこと、色々なことが重なった結果、伯爵家の娘は王に嫁ぎ、商会は赤字の補填以上の支援金を手に入れた。


「――母だけでなく、俺のことも受け入れて養子にしてくれた父上には感謝しているんだ」

「商会はその後どうなったの?」

「優秀な者が継いでいるよ。将来的には俺に継がせようという動きもあるらしいけど、正直柄じゃないからやめてほしい」


 たしかに商人をしている隣国の王子は想像できない。遊び人だから一代で財を食い尽くしそうだ。


「……感謝しているし、今はなんの不自由もしていない。だけど、どうしてもあの日何があったのかが知りたいんだ。どうして、父と兄が死なないといけなかったのか……生き残りがいたのなら、話がしたい」


 隣国の王子の気持ちもわかる。私だって同じ立場だったら何があったのか知りたいと思う。

 だけど、リューゲのあれはただの詐称だ。隣国の王子が知りたい情報は得られない。


 視界の端で子爵家の男の子が居心地悪そうにそわそわしていた。

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