【それがいいかはわからないけど】

 またもや変な夢を見た。というか、あれは本当にただの夢なのだろうか。ここまで立て続けに見ると、ただの夢とは思えなくなってくる。


「女神様が出てくる夢を見るのよね」


 だからとりあえずリューゲに相談することにした。長生きしているリューゲなら、何かしら知っているだろうと思って。


「ああ、それは女神が見せている夢だろうね。女神には夢を見せる力があるみたいだから」


 そして、普通に教えてもらえた。頭がおかしいと思われないか不安だったのに、なんてことのないように教えてくれた。

 そうか、あれは女神様が見せている夢だったのか。どうしてそんなものを私に見せているのかはわからないが、本当に女神様はいたようだ。これまで半信半疑だったのが申し訳なくなる。


「どんな夢だったのかな?」

「変な夢よ。女神様と女の子が話しているだけの夢」


 魔族に拉致監禁されている女の子が出てくる夢とは言えなかった。何しろ拉致監禁していた本人が目の前にいるのだから。あなたの犯行を知っていますよだなんて、命が大切な私には言えない。


「気になるんだったら直接女神に聞いてみればいいと思うよ」

「話せるの?」

「普通は話せないと思うけど、キミに用があるなら答えてくれるんじゃないかな」


 なるほど、そういうものなのか。私が思っていたよりも女神様は身近な存在なのかもしれない。リューゲの口振りからすると、女神様と話せた人を知っていそうだ。それは夢に出てきた妹かもしれないし、別の誰かかもしれない。




 なので、眠る前に女神様と話せますようにと念じ続けて一ヶ月。夢はまだ見ていない。

 ヒロインに対する嫌がらせもあの一回だけで、何事もなく時間だけが過ぎている。週に一度の勉強会は行われているけど、王子様とヒロインの仲が急接近しているようには見えない。少し気になったのは、たまに宰相子息がちらちらとヒロインを見ているぐらいだろうか。

 

 土の月も半ばに差し掛かり、少しずつ暖かくなりはじめている。星の月は長期休暇のため、前期は残るところ一か月半。長期休暇が終わればまた学園に戻ることになるけど、後期があるからと悠長に構えてはいられない。

 だけど私に何ができるのだろう。ヒロインは毎週末は王太子のストーカーをしているし、そうでなくても情報収集に走り回っている。嫌がらせをする隙がない。誰かとい感じにならないものかと見張ってはいるけど、その気配は微塵もない。

 隣国の王子がちょっかいをかけようとしてはあっさりとかわされているのを何度か目にした。騎士様はそもそもとしてヒロインとの接点がない。話しているところすら見たことがない。


 どうするかなぁ、と緑が濃くなってきた中庭を歩いていたら逢瀬の場に出くわしてしまった。


 噴水の横に取り付けられた椅子に座る男女は固く手を結び、涙ながらに何かを語り合っている。


「許してくださらないわ」

「それでも、俺は君と一緒にいたいんだ」


 人目につくところでする話ではないと思う。恋に溺れた人間というものは盲目にでもなってしまうのか、私がいることには気がついていなさそうだった。そっと立ち去ろうと踵を返した私の肩に手が置かれた。


「ひゃっ」


 情けない声を出してしまったのはしかたないと思う。ラブロマンスのさなかにいる男女に気を取られていたので、近づく人影に気づいていなかった。だから、不意をつかれた。


「おっと、静かに。邪魔したら悪いだろう」


 人差し指を私の口元に当て、隣国の王子は悪戯坊主のような笑みを浮かべた。




「ここまで来れば大丈夫だと思うよ」


 恋人同士の逢瀬を邪魔したくなかった私は大人しく隣国の王子について行くことにした。あそこで逃げ出して騒ぎになったら、あの二人に申し訳ない。

 そうしてつれてこられたのは、寮の裏手にある憩いの場だ。昼を過ぎているからか騎士様と女騎士様はいない。せっかくの休日だから二人で出かけてたりするのかもしれない。


「知ってるかい? ここ最近恋仲になる男女が増えているそうだよ」

「学園の生活にも慣れ、開放感に酔いしれているのかもしれませんわね」

「先ほどの二人は侯爵家と男爵家の者で、身分差に悩んでいるとか」


 どうりで見覚えのある顔だと思ったわけだ。男の子の方は上級クラスで目にした顔だった。話したことはないので、見覚えあるなぁぐらいだったけど。


「――でも、そんなことで悩む必要なんてないのに……馬鹿だと思わないかい」

「まあ、身分に差があるのでしたら悩むのもしかたのないことでしょう」

「王ですら愛だ恋だという理由で相手を選ぶ国なのに?」


 それを言われたら何も言えない。でも、こんなことを言っている隣国の王子がゲームでは愛を理由にヒロインを選んでいる。本当の愛を知ったとかなんとか言って、ヒロインと結ばれていた。


「よりよい相手をと考えるのも親の愛でしょう。どちらの愛が勝るかのお話かと思いますわ」

「それでも結局は当人の愛が勝るだろうね。これまでもそうだったのだから」

「ずいぶんと我が国について詳しいようですね。ローデンヴァルトでは細かなところまで教えられるのでしょうか」

「いいや、そういうわけではないよ。個人的に知っているだけさ」


 じっと私を見ているせいで逃げる隙が見出せない。折角の休日なのにこんなところで時間を潰したくない。用事があるわけではないけど、逃げ出したくてしかたない。


「ただひとりを愛するというのは、どんな感じなんだろうね」

「一説では充足感を得られるそうですよ」


 それから執着心も芽生えるとか。しかも国に持ち帰るほどの執着心だ。

 王子という立場上婚姻相手を国に連れて帰らないといけないのは避けられないことだとは思うけど、私としては知っている人が誰もいない土地には行きたくない。

 だけどヒロインは隣国の王子についていくことを決めた。それもまた、執着なのだろう。


「君は誰かを愛したことは?」

「残念ながらまだありませんわ」


 ヒロインと王子様の間に愛を芽生えさせることすらできていないのに、自分自身の愛にまで気を回せるはずがない。そういうことはすべてが終わってからだ。そのときには貰い手がいなくなっているかもしれないけど。


「なら、その相手に俺はどうかな」


 そう言って隣国の王子は私の髪を一房持ち、口づけを落とした。

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