【隠す気ないよね】

 あの後――私が逃げ出した後、なんとも言えない空気になって解散となった、ということを翌日遊びに来たヒロインに聞いた。ヒロインがあの場に立ち寄ったのは王太子の動向とかを私に確認するためだったらしい。

 部屋にいなかったので、リューゲにどこにいるかを聞きいたそうだ。

 私が逃げこんだとき部屋は荒れていなかった。リューゲは反抗することなく私の居場所を吐いたのだろう。私の言うことは聞かないくせに。

 私を探していたヒロインには悪いけど、王太子については何も知らない。なので正直にそう告げるとヒロインは残念そうにしながらも大人しく帰っていった。


 そして何事もなく月日は流れ、空の月ももうすぐ終わるという頃にヒロインが駆けこんできた。

 星の月は長期休暇なので家に帰るための準備をしていた私は、悲壮な面持ちで部屋にやって来たヒロインに驚きを隠せなかった。悪役に助けを求めるヒロインとかいるはずがない。


「どうして殿下が私に話しかけてくるのかわからないんです」


 切々と訴えてくるヒロイン。その顔には絶望が広がっている。ヒロインにここまで拒否されているとは王子様も可哀相に。

 私は王子様に同情しながらもヒロインに話の詳細をせがんだ。


「憩いの場であなたとお会いしたことがありましたよね。ほら、私を置き去りにしたあの件です。あれ以来殿下が私に話しかけてくるようになったんですよ。どうでもいい天気の話や、どうでもいい都市部での行事や、どうでもいい王妃様のお話など。フレデリク殿下のお話はしてくれないのに、どうでもいいことばかり話してくるんです」


 ヒロインは王子様自身をどうでもいいものとして扱っていそうだ。王子様とヒロインが恋仲になるためには、ヒロインの意識改革が必要なのかもしれない。


「殿下に言い寄られているのなら、悪い話ではないように思うわよ。駆け落ちを阻止した後も人生は続くのだから、殿下を生涯の伴侶にしてみてはどうかしら。この国の王子で優秀、顔も悪くないし性格もそう悪くはないわよ。邪険にせず真摯に向き合ってもいいんじゃないかしら」


 結ばれるかもしれない相手のひとりなのだから、相性が悪いはずがない。ヒロインが王子様と向き合うことを選べばすべてが丸く収まる。

 そして私は王妃の座とかそういったしがらみから抜け出して引きこもる。全員幸せになれるお話だ。


「そう思うのでしたらあなたがルシアン殿下と結ばれればいいのではないでしょうか。マザコ――いえ、ルシアン殿下のお人柄は私には合いません」


 ヒロインが言いかけたことは聞かなかったことにした。


「それに、怖いんですよ。どこにいてもルシアン殿下が来るんです。情報を集めるために色々なところに行っているのに、行く先々でお会いして、情報収集もろくにできないしで、困ります」


 ヒロインの気もちはよくわかる。私も王子様がいつの間にかいて何度肝を冷やしたことか。わかるわかると同意しかけたところで、黙々と茶菓子を食べていたリューゲが口を挟んできた。


「それは魔力によるものだろうね。どこにいるかわかるんだよ」

「お前には聞いていない」

「いえ、ちょっと待って。私は聞きたいわ。魔力によるものってどういうこと? 私にはわからないわよ」


 リューゲの言い分を一刀両断するヒロインを遮る。ヒロインは胡散臭いものを見る目でリューゲを見ているけど、私は話を聞きたい。

 からくりがわかれば私も扱えるかもしれないし、そうでなくても王子様から隠れることができるかもしれない。


「それは属性が違うからね。前も話しただろう? 一番優れている属性によって、感覚が強化されるって。彼の属性はそういった探知能力が強化されるものなんだよ。まあ、ボクほどではないだろうからこっちにいるかもしれないぐらいだろうけど」

「リューゲも誰がどこにいるのかわかるの?」

「だからキミの居場所を彼女に教えることができたんだよ」


 実情から考えてリューゲの話に嘘はなさそうだ。それでも本当のことを語っていない可能性は残されている。リューゲはそういう魔族だ。

 だけど真実を見極めることは私にはできない。魔力という分野において、私はリューゲに劣っている。魔族に勝てる相手なんてそれこそ同じ魔族しかいないと思うので悔しくはない。

 だから私は王子様から逃れることができないということと、人探しができないという事実を素直に飲みこむことにした。


「じゃあ、学園に来た初日に人探しを頼んだときも本当はできたということかしら」

「キミが誰を探したがってたのかは知らないけど、ボクはボクが知っている人しか探せないよ」


 ヒロインの部屋を知るために魔族の不思議魔法に頼ろうとしたことがあった。そのときはリューゲに呆れた顔をされた。

 ということを思い出した私はリューゲを詰問しようとして、できなかった。私がリューゲに聞いたとき、リューゲとヒロインは会ってすらいなかったしヒロインの中身がリューゲの知る勇者であるということもわかっていなかった。

 ついでに誰を探すのかすら私は言っていなかったのだから、わかるはずがない。


「つまり、私が逃れる術はないと、そう言いたいのか?」

「そうだなぁ。水で隠すか、闇で誤認させるかならできると思うけど、ボクに頼るの?」

「いいや、お前に頼るつもりはない。以前の私はお前らを頼り、見捨てられたからな」


 暴れないだけマシだけど、このふたりは本当に険悪だ。どうしてそんなに仲が悪いのか不思議に思った私は、単刀直入に聞いてみることにした。

 そして返ってきたのは勇者は最終的に加護によって死に至るという話だった。何それ怖い。夢に出てきた勇者が使命を放棄したのも頷ける。


「助けを求める私を、こいつはしかたのないことだと言って見捨てた。救う努力すらせず姿を消したこいつらを、私は許すつもりはない」

「救えないとわかっているんだから、努力したところで無駄でしょ。それに死んだ者が蘇らないことを知らなかったんだからしかたないよね」


 魔族の価値観が恐ろしい。



 王子様と魔族が怖いという結論が出たところで、ヒロインは王太子を尾行するために帰った。多分尾行の途中で王子様と会って台無しにされるのだろう。


「キミにとってはいい話だったんじゃない?」


 ヒロインを見送った私は、後片づけをしているリューゲに話しかけられて首を傾げた。怖い話しか聞いていない。


「キミは逃げてたから、彼女に心変わりしたと聞いて嬉しいんじゃないかと思ってね」

「まあ、悪い話では、なかったわね」


 そう、悪い話ではない。ヒロインの思いはどうあれ、王子様はヒロインを見ている。それは、私が望み続けたものだ。

 それでもどこか釈然としないのは、私が何もしていないからだろう。


 何もしていないから、ヒロインに悪役だと思われていない。

 何もしていないのに、王子様はヒロインを選んだ。


 私だけを蚊帳の外に置いて話が動いている。



「――だけど、いい話でもなかったわ」


 私が目指しているのは悪役だ。ヒロインと王子様の恋路の障害になるために、これまで頑張ってきた。

 だからこそ、許せるはずがない。


「リューゲ、殿下と彼女が接近したら教えなさい」

「本当にそれでいいの?」

「当たり前でしょう。障害があるからこそ、ハッピーエンドは輝くのよ」


 だから私は王子様の邪魔をする。

 すべてはハッピーエンドのために。

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