地震6

 縦ロールになりきれていない中途半端な金髪を後ろに払いながら、クラリスはじっと私を見つめている。気持ち悪いと言いながら歪んだ顔は真剣なものに変わり、何かを見透かすような眼差しを向けてくる。


「な、何……?」

「……聖女の血を継いでいるというのは本当だったようね」


 いたるところで耳にする聖女の話。百年ぐらい前にいた、大勢の傷を癒した存在。学園を設立したりとこの国に多大な影響を与えたともいわれている。そして、私の曽お祖母様、あるいは曽々お祖母様。何代前なのかまでは調べていないが、おそらくそのぐらいだろう。

 その曽お祖母様がどうしたというのだろうか。


「わたくしを治癒したのはレティシア様でしょう」


 聖女云々などという役職は悪役には相応しくない。嘘のひとつやふたつ今さらだから、否定するのが得策な気がする。


「ちが――」

「ぼんやりとした意識の中で、あなたの声が聞こえたわ」


 どうやら質問ではなかったらしい。否定するよりも早く言葉を被せられた。


「教会の教育を受けていないあなたが治癒魔法を使えるのは、聖女の血があるからなのかしらね」

「わざわざ聞いて、どうしたいの?」


 クラリスの中ではそう結論が出てしまっているのだろう。なら、私が否定したところで意味がない。

 教会を嫌悪しているクラリスなのに、意外なことに私に対する嫌悪は感じない。聖女は教会と密すぎる関係だ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い精神はクラリスにはなかったらしい。


「……別に、ただお礼を言っておこうとおもっただけよ」


 つんとそっぽを向くクラリスの耳がよく見たら赤い。乱れた口調とか、つんけんすぎる態度はどうやら照れ隠しだったようだ。



 わあ、ツンデレだ。などと微笑ましく見れるはずがない。

 現実のツンデレはただひたすら面倒なだけだ。



「起きてから一度も感謝の言葉をかけられた覚えがないわね」

「それは、その……か、感謝してるわ! これで満足!?」


 手を強く握って、眉間に皺を寄せている姿はどう甘くみても感謝しているようには見えない。でもきっと、これがクラリスの限界なのだろう。


「あら、子どもだってもっと立派にお礼を言えるはずよ」


 だけど私は甘くなるつもりはない。クラリスには散々やりこめられてきたのだ。

 ここぞとばかりに追撃をかける。


「……あ、ありが……とう」

「口下手なサミュエルに教育がどうこう言っていたのは、どの口だったかしら」


 クラリスはわなわなと唇を震わせながら俯いた。少し苛めすぎただろうか。

 私が少しだけ反省しはじめた時、クラリスが顔を上げた。意を決したような、真剣な表情がその顔に浮かんでいる。


「わたくし、クラリス・アンペールはレティシア・シルヴェストルに多大なる感謝をしております。命には命をもって、報います」


 重い、重すぎる。あと言い切ってやったとばかりに胸を張っているから台無しだ。

 だけどここで本音を漏らすと悪役然とした振る舞いが台無しになるので、私は強張りそうな表情筋を一生懸命動かして口元を笑みの形に歪めた。

 

「六十点ね。まあ、我慢してあげるわ」

「何様のつもりですの」

「命の恩人様かしらね」


 クラリスの敬語も戻ったことだし、これで万事解決だ。

 

 外の様子からすると、だいぶ時間が経ってしまっていそうだ。気を失う前はまだ明るかったのに、薄暗くなっている。それに家を作れるクラリスがこんなところで悠長にしているのなら、ある程度復興の目途がついたということだろう。


「被害状況はどうなってるの。そもそも、どうしてクラリスがティエンにいるのよ」

「ほとんどの人の治癒は終わっています。瓦礫の撤去作業は残っていますが、仮住まいも完成していますし、問題なく暮らせるはずですわ。わたくしがティエンにいたのは視察が――」


 クラリスの話を最後まで聞くことは出来なかった。


 慌ただしい足音と共に、私のいる家もどきに飛びこんできた人がいたからだ。


「レティシア!」


 低い、聞き慣れない声。一目散といった様子で私に駆け寄る、背の高い男性。


 ――誰?


「ああ、よかった。どこも怪我はしていない? 倒れたと聞いて、気が気でなかったよ」


 ぎゅうぎゅうと私を抱きしめる硬い腕。筋肉質な胸板といい、いや、本当に、誰。


「――どちらさま」


 かろうじて絞り出した私の声に、男性が傷ついたような、悲しそうな顔をしてよろめいた。抱き締めた状態でよろめかれると私まで倒れそうになるからやめてほしい。

 寝台の上にいるから大惨事にはならないと思うが、倒れこんで硬そうな体に押しつぶされたらたまらない。


「どこか、悪いところでも打ったのかな? 自分の名前はわかる?」

「いや、わかりますよ。そうではなくて――」


「ルシアン殿下。まだ起きたばかりですから、あまり乱暴にされないでください」


 クラリスの告げた名前に、私の顔が引きつる。


 ああ、うん、わかってた。さすがに、特徴的すぎる銀髪とか紫の目とかは昔のままだから間違えようがない。ただ現実を見たくなかっただけだ。


 ふわふわと柔らかそうだった子どもが、まさかたった四年でここまで成長するなんて思っていなかっただけだ。成長期を舐めていた。

 声変わりももう終わっているのだろう。低すぎるというわけではないが、子供の頃の高い声を覚えているから違和感しか抱けない。

 それに、ゲームではひょろっとした細身の男性だったはずなのに――どこをどう間違えたのか――筋肉がついている。筋力トレーニングが趣味ですというほどではないし、シルエットは細身だが、それでも確かに筋肉がついている。

 騎士団長子息やヒロインが守ってあげなくても、隣国からの刺客ぐらいはひとりで倒せそうだ。


「……かわいくない」


 そして何よりも、見た目だけなら天使だったはずの容姿が――多少幼さが残っているとはいえ――男性の顔つきになってしまっている。

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