地震3
人の形が形成されていく。緑色の髪に、褐色の肌。長い耳は魔族のもので、ゆっくりと開かれた瞳の色は赤。感情の読み取れない虚ろな目が私とリューゲを見据えている。
「……?」
こてんと首を傾げ、緩慢な動きで手を上げた。
「危ないなぁ」
空中に土でできた杭が現れたと思ったら、今度は目の前に火の壁が立ち上った。天井にまで届きそうなほどの火が轟々と燃え盛っている。触れていないのに熱気で燃えそうだ。
もはや何がなんだかわからない。不思議体験を求めてついてきたけど、リューゲの目的も突然現れた魔族についてもわからないことだらけだ。
「……彼は?」
「んー、見てのとおり魔族だよ」
「そんなこと見ればわかるわよ。そうじゃなくて、彼は何が目的でこんなところにいるのよ」
「目的なんてないよ。ただ、ここで生まれただけだからね」
そういえば、先ほどリューゲが誕生かどうこうとか言っていたような気がする。不思議な光景に見惚れていたから、しっかりと聞いていなかった。
原理はよくわからないけど、魔族は何かから産まれてくるわけではないということか。木の股から産まれてくるという私の予想は外れたようだ。
「魔族ってぽんぽん生まれてくるものなの? 自然発生型だとすると、あちこちでわいてきそうだけど」
「ぽんぽんってほどではないかな。まあ、お喋りはこのぐらいにしておこう。早くしないと面倒なことになるからね」
火の壁が消えて、褐色肌の魔族が座りこんでいるのが見えた。外傷を負っているようには見えないのに、うずくまっている。火の壁で阻まれている間に彼の身に何が起きたのだろう。
「立ってるの……疲れた……」
小さく息を吐く、無気力としか言いようのない魔族。言葉もか細くて、気力が微塵も感じられない。
私は褐色肌は元気溌剌元気っ子なイメージを持っていた。私の中のイメージ像ががらがらと崩れはじめる。
「性格は同じままかぁ」
落胆したようにリューゲが肩を竦める。
「まあいいや。あまり時間をかけたくないし、とりあえず連れて行くよ」
「よくわからないから……壊そう」
その一言を皮切りに、先ほど見た土杭がが現れ、間髪入れず投擲される。音を立てて迫って来る杭が火の玉によって撃ち落とされるのを、私はじっと眺めた。無闇に動くと流れ玉に当たりそうだ。
リューゲには攻撃する意思がないのだろう。迎撃するだけで、火の玉を魔族に向けてはいない。ただ黙々と火の玉を生み出しては杭を落としている。
状況は相変わらずよくわからないままだ。とりあえずわかっているのは、先ほど見た土杭は無気力魔族が生み出したもので、それをリューゲが火の壁で防いだということぐらいか。
生まれた瞬間から攻撃を仕掛けるとは、魔族の戦闘意欲は計り知れない。
そして今も、無気力魔族はこちらに攻撃を仕掛けている。どんどん沸いてくる土杭に、リューゲの表情に焦りが浮かぶ。
環境を考えると、周囲の魔力は地属性に溢れているに違いない。火など微塵も存在していないのに、リューゲは先ほどから火属性の魔法ばかり使っている。どう考えても無気力魔族の方が有利だ。
三十本目の土杭が撃ち落とされる。汗をかきはじめているリューゲとは違い、無気力魔族は表情ひとつ変えていない。
私に何かできることはないだろうかと少し体勢を変えたらリューゲに睨まれた。これはじっとしていろということだろう。大人しく息を潜めてじっと見守ることにしよう。
「邪魔」
首根っこを猫のように掴まれて放り投げられた。
「むぎゃっ」
鈍い音を立てて、背中から着地する。地面に強かに打ちつけられたからか全身が痛い。芋虫のようにもぞもぞと這いながら元の場所に戻ろうとしたら、目の前に火の壁が立ちはだかった。
燃え盛る火は近づくことを許さないほどの高温を発している。後少し動いていたら、私はこの火によって焼かれていただろう。
慌てて後方に下がり、熱から逃げる。迂回しようにも、全身が痛いせいか立ち上がれない。先ほどまでは縦に長かった壁は、横に長くなっている。高さは人ひとり分ぐらいで立ち上がれたとしても壁の向こうは見えそうにない。
「キミはそこで大人しくしてるといいよ」
壁の向こうからリューゲの声が聞こえた。なんという蛇の生殺し。魔族同士が戦うところなんて、そう見れるものではないはずだ。
かといって、好奇心を満たそうにも今の私は無力も同然。火の壁を払うことも、立ち上がることすらもままならない。
それならばせめて、一音たりとも聞き逃してやるものかと耳をすませる。
そうやって耳に全神経を集中させていたら、靴音が聞こえてきた。音の方角は、壁の向こうではない。
全身の毛が逆立つようなぞわりとした寒気を最後に、私は気を失った。
目を開け、刺すような光に思わずまた目を閉じる。
「ああ、起きた?」
のんびりとした、聞き慣れたリューゲの声に、今度はゆっくりと目を開けた。
「ここは?」
視界の端に木が見えた。どう考えても先ほどまでいた場所ではない。傍らに座るリューゲを見ながら、私はゆっくりと体を起こす。頭がぐらぐらして、全身に力が入らない。
「地上だよ。もうあそこに用はなくなったからね」
「……用って、あの魔族?」
「そうだね。時間切れになったけど、まあ問題ない範囲かな」
私が気を失う前に聞いた、第三者の靴音。
「……あれは、誰?」
ぴくりとリューゲの頬が引きつる。どうやらあの靴音の主はリューゲにとって並々ならない相手のようだ。黒い鳥の魔族は親しそうだったから違うだろうし、私があとリューゲの知り合いで知っているのは冷酷な魔族ぐらいだが、残念ながら私はあの魔族の名前を知らない。
どうやってかまをかけようか悩んでいたら、意外にもあっさりとリューゲは教えてくれた。
「――魔王だよ」
忌々しそうな表情に、嘘はなさそうだった。
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