地震2

「はぁ?」


 リューゲが珍しく間の抜けた声をあげ、信じられないものを見るような目で私を見下ろした。

 私は好奇心旺盛だ。しかも先ほどの話でファンタジーな世界に心躍らせていたところだ。面白そうな予感がするのに、飛びこまないはずがない。


「リューゲがいなくなったらすぐに屋敷を抜け出すわよ。そうなったら、監督不行き届きで怒られるんじゃないかしら」


 私が胸を張って脅すと、すごく嫌そうな顔を返された。


「あのさぁー―」

「めんどくせェこと話してねェで、さっさとしろよ」


 聞いたことのあるようなないような声が、リューゲの言葉を遮る。窓の外にいたはずの鳥が、いつの間にか部屋の中にいて床の上にちょこんと佇んでいた。


「来たいっつってんなら勝手にさせりゃいいだろ」

「そう簡単な話じゃないから、黙っててくれるかな」

「簡単な話だろ。俺は行けねェし、自由に動けるのはお前だけだ。なら、そこのガキも連れてけよ」


 おそらく使い魔的な何かだとは思うが、こうして動物が喋っているのを見ると、声帯とかがどうなっているのか気になってしまう。本来、動物の声帯は人語を操れるようにはできていないと聞いたことがある。

 そう考えると、使い魔は動物の枠組みから外れているのかもしれない。あるいは魔法で喋っているように見せているだけか。


「……しかたないなぁ」


 私が思考にふけっている間に話がついたようだ。リューゲが疲れた顔で溜息をついている。鳥はその様子に満足そうに頷くと、忽然と姿を消した。動物ではなくて、魔法で作り上げた的なものなのかもしれない。


「言っておくけど、危ないよ」

「あら、リューゲが守ってくれるのでしょう?」


 私が笑みを作ると、リューゲは目を瞬かせ、困ったように笑った。


「じゃあ、しっかり掴まってるんだよ」


 そう言って、引き寄せられ――視界が暗転した。




 地震とは違う足元がおぼつかないような浮遊感が終わる。

 掴まるとか掴まらないとかの問題じゃない。一拍すらも置かれずに、どうやって掴まれというのか。普段だったら文句のひとつでも言っているどころだが、今の私にはその余裕がなかった。

 視界が黒で染まっている。右も左もわからないような暗闇は、今が昼間だということを忘れてしまいそうだ。何も見えない中で、手に触れる布の感触だけが頼りだった。

 しがみつきながら首を動かすが、視点が変わっているのかどうかすらもわからない。


「明かりでもつけるか」


 リューゲの声が頭上から聞こえたと思った次の瞬間、ほのかな明かりが周囲を照らした。足元には岩肌が広がり、視線を上げると火の玉がふたつ。よくある幽霊とかではない、文字通り火でできた玉がリューゲの近くに浮いている。

 火の玉によって照らされている場所以外は相変わらず暗闇が広がっている。どのくらいの広さなのかわからないけど、少なくとも部屋ひとつ分以上の広さはありそうだ。


「ここは?」


 答えが返ってくるよりも先に、地面が揺れた。先ほどの地震とは比べものにもならない揺れに、しがみついている布を握る手に力がこもる。リューゲは足に杭でも刺さっているかのように微動だにしていない。魔族ってすごい。


「ここはアンペール領の地下だよ」


 揺れてる最中に言われても、それどころじゃない。もう少し状況とかを考えてほしい。倒れないように満身の力でしがみついているから話すこともできない。

 口を開いたら舌を噛みそうだ。


「ほら、地震が多発しているって話していたよね。ここが震源地」


 確かにそういう話はしていた。しっかりと覚えていないけど、王太子の婚約者がどうこうとかの話をしていたときだった気がする。我が家の領地にも行ってみたいという願いはまだ叶えられていない。

 お父様にお願いしたら「学園を卒業したら」と言われてしまったせいだ。卒業寸前に婚約破棄、引きこもりを計画している私では領地に行くのは当分先のことになりそうだ。領地で引きこもることも視野に入れたほうがいいかもしれない。


 思考が横道に入りそうになったとき、ようやく揺れが収まった。私はリューゲから一歩離れて、再度周囲を見回す。これといって変わったところのない、ごつごつとした岩肌が足元に広がっているだけだ。

 この状況自体が変わっているのかもしれないけど、面白そうな何かはとりあえず見当たらない。


「ここにどんな用があるの?」

「少し歩くよ」


 答えることなくリューゲがさっさと歩きはじめる。火の玉が遠ざかると、当然暗闇が近くなってくる。背後から暗闇が迫ってくるような気がして、私も急いで後を追った。

 戦々恐々と足元を見ながら歩いていたが、大きな虫を見た瞬間から前だけを見ることにした。幸いごつごつとした岩肌は乾ききっているのか、足を滑らせそうにはない。たまに出っ張っている石に躓きそうになったのはご愛嬌。転ぶ前にリューゲが体を支えてくれたから、大惨事にはなっていない。


「この辺りかな」


 そう言って、リューゲが足を止めた。端まで歩いた、というわけではない。まだ前にも後ろにも、それどころか左右にまで暗闇が広がっている。目の前にも何もなくて、歩いてきたのと同じような地面があるだけだ。


 どうして? と聞くことはしなかった。


 何もなかったはずの空間がぐにゃりと歪み、そこに茶色い何かが浮かびはじめる。


「おめでとう。キミは初めて魔族の誕生に立ち会った人間になったよ」


 リューゲの声が耳に入ることはなく、ただただ目の前の光景に目を奪われていた。

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