好物
隠しキャラについて詳しいことは知らない。画像をちょっと見たのと、感想を見たぐらいで、どんな内容なのかとかは調べなかった。
前作のキャラが出てくると書かれていたが――十中八九魔族のことだろう――私の近くにはすでに前作に登場していた魔族がいる。そうなると、隠しキャラについて私が気をつけないといけないのは、ヒロインが彼と結ばれることだけだ。
私はどのストーリーにも関わってくる悪役だ。前作でのライバル役は中々悲惨な末路だったらしいから、同じようにハートフルと呼ばれるストーリーで悪役がどんな末路を迎えるのか――想像するだけで身震いする。
「はじめまして、サミュエル・マティスです」
お兄様の後ろで小動物のように挨拶する教皇子息を見ながら、決意を固める。他の攻略対象はいいけど、あなただけは絶対にヒロインに近づけない。
「お初にお目にかかります。レティシア・シルヴェストルですわ。従弟、だそうですけれど今までお会いしたことはございませんでしたね」
お母様が教会の出だということは知っている。お父様の手記で教会の反対を押し切りとかなんとか書いてあった。
教皇子息が従弟だとすると、お母様は教皇と兄妹だということか。お母様のほうが姉かもしれないけど。
「レティはあまり教会に行かないし、サミュエルもあまり教会の外には出ないからしかたないさ」
「まあ、そうでしたの。これからは仲よくしましょうね」
にこにこと笑う私を教皇子息はうかがうように見ている。裏はありまくりだけど、危害を加えるわけではないので、あまり警戒しないでほしいものだ。
「殿下はしばらく城から出られなさそうだし、招待を受けたらサミュエルと行くといいよ。レティもサミュエルも見聞を広めたほうがいいからね」
お兄様、あなたの後ろで教皇子息が真っ青になってるけど本当にいいの?
これはなんと答えたものかと考えこんでいたら、思わぬところから助け船が飛んできた。
「教皇のご子息様とおっしゃると……確か星の月に誕生祝が開かれるご予定ですよね。まずはそちらに参加されてみてはいかがでしょう」
「あら、そうなの? じゃあマスティ様は私の一つ下なのですわね」
恭しい態度のリューゲの言葉に乗っかることにした。社交の場に教皇子息を連れ出すかどうかはひとまず置いておく。
「はい、星の月で十歳になります」
「私のほうがお姉さんなのね。弟ができたみたいで嬉しいわ」
とりあえず教皇子息の警戒をとかないといけない。きっと今の私は慈愛に満ち溢れる優しい笑顔を浮かべているだろう。
胡散臭いものを見るような視線が背中に突き刺さる気がするけど、気のせいだと受け流す。
「普段はどのように過ごしてるのかしら。外遊びなどはするの?」
「いえ、本を読んだりなどしか、してません」
砕けた口調で話しかけることによって親しい仲だと誤認させる計画はいまいちそうだ。完全に困惑している。
だからといってまた敬語にもどすのもおかしな話なので、このまま貫き通そう。
「まあ、私も本を読むのが好きなのよ。趣味が合いそうね」
第二手段は共通の趣味を持つことだ。外遊びが好きとか言われなくてよかった。馬車にしか乗ったことのない私は、遠乗りが好きですと言われてもついていけない。
「それなら書庫にでも案内するわよ。色々本があるから、気に入るものもあるんじゃないかしら」
「え、あの……本、といっても、教典などしか、その、読んだことがありません」
教会育ちをあなどっていた。
品行方正な集団は、子供まで品行方正だった。
「だ、だったら、そうね。えぇ、と……」
じゃあ他にも色々読んでみたら、と勧めることは簡単に出来る。
でも教典しか読ませないのが家庭の方針だったら、私が口を挟むべきではない。教会の常識なんてほとんど知らない私は、助けを求めるようにお兄様を見た。
「……レティに教会の話を聞かせてあげたらどうかな?」
「そう! それがいいわね。私、教会とかって女神様のお話ぐらいしか知らないのよ。色々教えてくれたら嬉しいわ」
おろおろと教皇子息の視線が泳いでいる。だけどお兄様の助け船を投げ捨てることはできない。リューゲに目配せして、お茶の用意などをはじめてもらう。
私が教皇子息とヒロインが恋仲にならないために考えた計画はこうだ。
まず、教皇子息と仲よくなる。信頼を得て、ヒロインとはお近づきになっちゃだめよと教える。
そうすればヒロインとの縁はできない。なんて完璧な計画だろう。
それに裏から手を回して邪魔をするって、とっても悪役っぽい。
「色々聞かせてちょうだい。私ぜひともあなたと仲よくなりたいの」
素早く教皇子息の手を握ってお兄様の後ろから引っ張り出す。教皇子息はお兄様と私とを交互に見て、逃げ場はないかと視線をさまよわせている。
「それじゃあ、僕はまだ色々しないといけないから……後でまた来るよ」
教皇子息の伸ばした手は、無情にも閉められた扉のせいでどこにも届かなかった。
取って食いはしないから、安心してほしい。
「それで、教会ってどういうところなの? 眠りの週で市民を招き入れているとは聞いてるけど、私は行ったことがないの」
「え、そう、ですね……眠りの週のときには、たくさん人がいます……。それ以外だと、その、祈りにきた人か、それから、治してほしいという人が、きます」
椅子に誘導して座らせ、目の前にお茶をおき、話を促していく。
「そんな固くならないでいいのよ? 従姉弟なんだから、もっと気安く話してほしいわ」
「え、えと……ごめんなさい」
しゅんと小さくなる教皇子息を見て、思わず苦笑いしてしまう。どうやったらハートフルと呼ばれるルートを、この気弱で小動物のような少年が歩くことになるのだろうか。
教会が何か関係しているとか? そもそも、何故彼のルートにだけ魔族が登場するのだろうか。わいてくる疑問に答えは出ない。
こんなことならもっと調べておけばよかった。
「えーと、そうね。えーと……あなたは好きなものとかはあるかしら。私は甘いお菓子が好きなのだけど」
「これといって、その、好き嫌いなどは……あの……」
声がどんどん小さくなる。視線を机の上に落として、なんだか悪いことをしているような気分になる。
おろおろと視線をあげると、リューゲが教皇子息の後ろで空中に文字を書いていた。
え、何その技術、ぜひとも教えてほしい。
リューゲが指を動かすたびにうっすらと輝く文字が浮かび上がる。興奮しながら眺めていたら、じろりと睨まれて文字が消えた。
リューゲが書いていたのは、教会では食物はすべて女神から授かったものなので、好きだとか嫌いだとか思ってはいけないということだった。
「えーと、そう、そうだわ。私の家の焼き菓子は中々評判がいいのよ。殿下も毎回全部食べちゃうぐらいだから、ぜひとも味わってみてちょうだい」
そう言ってリューゲに焼き菓子の乗った皿を出してもらう。しっとりと焼き上がったお菓子からは、香ばしい匂いが立ちこめている。
いつ用意したのかとは気にしないことにした。
「あ、はい……ありがとうございます」
とりあえず断られることはなかった。焼き菓子をひとつ摘まんで口に運ぶと、教皇子息はすぐにたいらげてもうひとつと手を伸ばし――はっとした表情で伸ばしかけていた手を引っこめた。
「遠慮しなくていいのよ。さっきも言ったけど、殿下も全部食べちゃうんだから」
「いえ、でも、その……」
やはり子どもだ。甘いお菓子の誘惑には勝てないのだろう。
ちらちらと焼き菓子を見ながらも、その顔には後悔のようなものが見えている。
「私はたくさん食べれないの。だから、残されるともったいないわ」
好きなものを好きだと思ってはいけないのがどんなものなのか、私には想像することしかできない。きっとそれはとても大変で、辛いことだろう。
家庭の教育方針だとかそんなものはこの際投げ捨てる。
「だから、よければたくさん食べてちょうだい」
そっと焼き菓子の皿を教皇子息の前に押し出した。
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