3話:再び谷さんの話
谷さんとは5年以上売春関係とは言え付き合っていたのに、
彼から貰ったラブレターやプレゼントやお金が一つも残っていないのはどういう訳でしょう?
プレゼントの方は後に説明しますが、ラブレターに関して言えば何通も何通も谷さんや他の方からも貰ったのに、当時の私は全て捨てたのです。
(余談ですが、谷さんからのラブレターは毎回達筆で美文調で書かれていた事を覚えています。)
人から貰ったラブレターを全て捨てるという私の行為は、当時の私がどこかで20歳で人生が終わるだろうと思っていた事と関係する気がします、
実際、15歳当時の私は「18になったら死のう」
18になった時には、「20になったら死のう」
と思いながら、20を超えてもダラダラと生きているわけですが...
話が逸れましたが、当時の私は「ラブレターを貰ったところで未来なんて無いんだから」
と思っていたのです。
「20になったら薹が立ったと男に捨てられるのが分かっていてどうして15の頃のラブレターを取っておける?
未来がもう無いのに?男に捨てられるのが分かっていて?ラブレターを残せると?」
今から言えば逃げたのです、歳をとって男に捨てられた時にラブレターなんか持っている惨めさからの逃避。
プレゼントが残っていないのは、16歳か17歳か何人も馴染みのお客がついた頃、
お客から貰ったプレゼントやお金を別のお客に渡すという事を繰り返していたからです。
簡単に言えば自転車操業。
例えばAから3万円貰ったとする、その3万でカシミアのマフラーなんかを買いクリスマスイブにプレゼントとしてBに渡す、
するとBからは3万とお返しのプレゼントがついてくるので、そのプレゼントを大晦日に会うCへ、CからDへ、DからEへ、EからAへ....
この繰り返しでしたからプレゼントが残らない。
そう言えば谷さんから貰ったプレゼントに捨てる訳にも他人にあげる訳にもいかなかった物が有りました。
オルゴールなのですが、開くと「また君に恋してる」が流れるので歌詞的に使いどころが無いのです。
ところで「また君に恋してる」とは谷さんが自分自身に言い聞かせていたのか、本当に愛が有ったのか今となっては分かりませんが、
これを貰ったのが確か18を過ぎた頃だったのでマンネリが有ったのは確かでしょう。
「いつもの娘とする時にゃ、あの手この手でせにゃならぬ」
それにしても谷さんから貰ったお金が残っていないというのはどう言う事でしょう?
(私は気に入ったお客に自費で誕生日や季節のイベント毎にプレゼントを送るたちでしたが、
それも別のお客から貰ったお金ですし....)
谷さんと知り合って一年半くらい経った頃でしょうか、
谷さんに「この前計算してみたら、100万くらい君に使ってたよ」
と冗談半分で言われた事があります。
谷さんは笑いながら話していましたが、どこか悲しげな、寂しそうな表情を浮かべていました。
なぜ谷さんがあの時寂しそうな表情を浮かべていたのか、今なら分かるような気がします。
というのも、谷さんとドイツ料理屋へ行った時の事、
私に渡す筈の3万円を封筒に入れていたそうなのですが、その封筒を無くしたと悔しがっていた事がありました。
私は「いいんです、いいんです、実は俺は金になんか興味ないんですよ」
なんて返事しましたが、谷さんは1時間くらいずっと悔しがったり私に対して何度も「ほんとにごめんね」
と謝っていたのを覚えています。
当時の私は(酒が入っていた事もありますが)
「3万無くしたくらいでなんでこんなに1時間も悩んでるんだろう?」
などと不思議にすら思っていたのです。
お金が無くなり社会人になった今分かります、谷さんは3万円の重みを知っていたのだと。
そして100万円使った事の重みに対しても。
あの時どこか寂しそうな表情をしていたのは、谷さんにとっての100万円が、
当時の私には紛失した3万円と同価値程度にしか思っていなかったという価値観のズレへの悲しさ、寂しさだろうと。
「お前のために百万円も使ったのに
お前は笑い飛ばすだけでなんとも思ってくれないのか
お前のために3万円用意したのに
お前にとってはどうでも良かったのか」
私が捨て忘れた「また君に恋してる」のオルゴールのように、ラブレターも残しておくべきだったかもしれない。
これらは実家に置いて有る限り、過去から現れては、
「20を過ぎ男に捨てられても人生は否応無く続くのだ」という逃避できない現実を、苦々しい教訓を、思い出させてくれるのですから。
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