第九話 共通のゲームの好みで得た信頼

 休日のお昼過ぎ、五日ぶりにあかつき宏輝こうき仁奈にいなの家にやって来た。『年上彼女をコンプリートⅢ』の発売日以降、仁奈が全てクリアするまで掃除はしないと言い張ってようやくエンディングまで終わったと連絡がきたのだ。

「今日は網戸の掃除よね? ふふっ……」

 掃除に乗り気なのは嬉しいことだが、そのあとの仁奈のこぼした笑いが暁には引っかかった。

「そうだけど、なんで笑ったんだ?」

 なんとなく理由はわかっているが、暁はあえて聞く。

「暁が掃除を優先させた時のこと思い出しちゃって……」

 仁奈は口元を手で覆って笑いを堪えようとしている。あの時、暁が仁奈を家に入れさせまいと考えて咄嗟に出た言葉がツボだったようだ。それでも暁はいつ家に行かせろと言われるかわからないため、警戒を続けることにした。

「ゲームクリアしたみたいだけど、ネタバレはやめてくれよ。俺は途中までしかしてないからな」

「えええ!? 一気にプレイしないの? ボクなんてリリとのエンディング何回見たか……」

 どうやら暁と仁奈のゲームプレイスタイルは違うらしい。仁奈は暁のプレイスタイルに驚きながら、ゲームのエンディングでも思い出しているのか上の空だ。

「俺はちょっとずつプレイして楽しむ派なんだよ」

 珍しく暁は口を尖らせている。

「わかった、ネタバレしないように気をつけておくわ」

 今日の仁奈はやけに素直だ。共通のゲームが好きで親近感でも湧いたのだろうか、機嫌がよさそうに見える。

「……今日は宣言通り網戸と窓を拭いていくからな」

 暁はカバンの中からフローリングワイパーとシートを取り出した。

「天気が曇りだから、けっこうな窓掃除日和だな」

 窓の外を眺めながら、暁がポツリと呟く。

「はあ? なんで?」

「晴れてると、湿度が低くて空気が乾燥してるから、窓に付いた汚れも落ちにくいんだ。適度な湿度があればやりやすい。欲を言えば、雨の日が一番いいけどな」

 真面目に解説をする暁に、仁奈は冷めた目線を送っているが気づいていない。

「網戸と窓はフローリングワイパーで拭けば、簡単にきれいになるぞ。窓は新聞でもいいけど、取ってないからな」

 仁奈が聞いていなくてもよさそうに話す暁はシートをワイパーにセットしている。そして準備が整うと、フローリングワイパーを仁奈に手渡す。

「やってみろよ。びっくりするくらい取れるから」

 暁の汚れのない表情を見つめながら、仁奈はおずおずとワイパーを受け取った。

 網戸の上から下へ順にゆっくり拭いていく。少し緊張しているのか、仁奈の手は震えていた。一面を拭き終わったあと、仁奈は興味本位でワイパーをひっくり返して汚れの付いた面を確認する。

「ほんとだ……汚い。こんなに汚れが付いた網戸を使ってたなんて考えたくない……」

 あまりの汚れのひどさにビックリする仁奈の様子を見て、暁は得意気で嬉しそうだ。

「そうだろ? 掃除の重要性に気付いてくれたか……とは言っても、俺も最近調べて気付いたんだけどな。自分の部屋を掃除したとき、仁奈サンと同じ気持ちだったよ」

 暁の言葉に仁奈はハッとしたのか、顔を上げた。

「暁も部屋の掃除したの? ボクに教えるために……?」

 暁の努力に申し訳なさを感じているのか、仁奈の眉は下がっている。

「『教えるため』って言ったらなんか偉そうだけど。きっかけがなにであれ、思ってたよりも楽しいものだぞ。部屋がきれいになると、自分の心まで晴れたみたいになるんだ」

 自分で言っていて照れているのか、暁は仁奈から目線を外して頬をかいている。

「この話はいいだろ。残りも全部終わらせよう」

 暁はあからさまに話をはぐらかして、仁奈に掃除の続きをするように促した。

 そのあとも掃除は順調に進んだ。仁奈の部屋の網戸と窓はもちろん、宏輝の部屋、リビングまで終わらせてしまった。文句を言うこともなく淡々と掃除をこなしていく仁奈を、暁はただぼんやりと後ろから眺めているだけだった。


 家のすべての網戸と窓を拭き終わった頃には、日が暮れていた。フローリングワイパーを片付けて、暁は帰る支度をする。その間、なぜか仁奈は暁のそばから離れなかった。

 支度ができると、仁奈が先に玄関へ歩いて行く。いつもは暁が先に玄関へ向かうが、どういう風の吹き回しだろうか。疑問に思いながらも、暁は仁奈に続いた。

 仁奈がドアを開けたまま、暁が出るのを待つ。暁がドアを通っても、いつものようにすぐに閉めない。

「ありがと。暁のおかげで、ボク変われてる気がする」

 仁奈の声が小さくて、暁にはおぼろにしか聞こえなかった。

「今なんて……」

 暁が聞き返すと、仁奈は口元を綻ばせただけで答えることなく、ゆっくりとドアを閉めて鍵をかける。もう一度聞き返すのも悪いと思い、暁はおとなしく帰路へ向かう。

 しかし、ここで仁奈を引き止めなかったことを後悔することになるとは考えていなかった。仁奈の様子がおかしいことを知っていながら、その理由を知ろうとしなかった。掃除を教えて、たまに『かのコン』の話をして、暁の任務が終わるまで変わらない日々を過ごすことしか描いていなかった。

 

 その後三日連続で宏輝が学校を休み、仁奈とも連絡がとれなくなってしまうまでは。

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うちの妹をどうにかしてください! シロナシ @seven_9

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