第八話 好みは五歳以上年上です
「……そうなの……?」
泣きすぎたせいか、かすれた声で
「そうだよ。だから、おま……仁奈サンを好きになることはない。宏輝が俺を信用してくれてるのはこれが理由だ」
暁はキッパリと言い切った。
暁の好みの異性は年上だから、年下の仁奈を好きになることはない。これで仁奈の誤解も解けたであろうと安心しつつ、暁はゆっくりと視線を仁奈に向けた。
「なんだ……心配して損した。それならそうと早く言ってよ……」
仁奈は安堵したのか泣いて真っ赤になった目を気にすることもなく、暁の方を向うとする。しかし、暁と目を合わせるよりも早く仁奈の表情が一変した。
「なんて言うと思った!? そんな簡単な言葉だけで信じられるわけがないでしょ? 証拠を見せなさいよ! 年下を好きにはならないって証拠を!」
宏輝の後ろに隠れたまま、仁奈は暁を威嚇する。暁と仁奈の間に挟まれている宏輝は、困った表情をして首を傾げているが助け舟を出す者はいない。
確かに、言葉だけでは説得力に欠ける。暁はパッとひとつ証明する方法を思いついたが、絶対に行いたくないため考えるフリをしておくことにした。そして仁奈も、顎に手を当てて考えている。仁奈はなにか閃いたのか、宏輝の肩から乗り出した。
「暁、アンタの家に連れて行きなさいよ。そこで信じてあげる」
「え……?」
暁は一瞬戸惑った。
暁が引っかかったのは、以前に宏輝に見つかってしまった夜のオカズのことだ。それを見せることが一番の証明になるだろうと暁も思った。しかし、誰も夜のオカズを他人に見られたくないし、見せる相手が友達の妹なら余計だ。暁はなんとしても阻止したい衝動を隠しながら、冷静に対処していく。
「俺の家に来てどうやって証明させるつもりだよ? 証明できるものなんてなにもないぞ」
「それはナイショ。とにかく、いいでしょ。なにもやましいことなんてないだろうし」
まだ同性の宏輝だったら暗黙の了解があったが、仁奈には通用しない。変に話題を変えたら逆にバレてしまう。この場を切り抜ける手段はないのか、必死に脳をはたらかせてもなにも思いつかない。たまらず宏輝に視線で助けを求めるが、目を合わせてくれない。自分自身でどうにかするしかない、暁は決意した。
「その前に! 明日は窓と網戸の掃除だ。まだベランダの掃除も残ってるぞ」
予想外の反応だったのだろう。仁奈の目が点になっているし、宏輝はポカンと口を開けている。やってしまった、暁の額に冷や汗が流れた。
「ふっ……あはははははは」
仁奈が抑えきれずに、声を出して笑った。
「こんな時に掃除の心配する? 先に自分の心配しなさいよ……。本当、変な人」
仁奈は控えめに笑いながら、暁を見た。
「でも、明日は無理。一日中ゲームするから」
次の瞬間、仁奈は真顔で掃除の予定を断った。
「おい、掃除よりゲームを優先させるのか?」
「当たり前でしょ! 明日は待ちに待った『年上彼女をコンプリートⅢ』の発売日なんだから! やっと新作が出るんだよ!? 当日に取りに行って、やり込むに決まってるじゃない!! 兄貴も一回やってみなさいよ! どのキャラクターも可愛くて魅力的なのはもちろん。悲しい過去や恋の障害を乗り越えて永遠の愛を育んでいくの! 涙無しにはプレイできないわ……。全員のエンディングを見るまでボクは寝ない!」
目をキラキラ輝かせたまま、仁奈が早口で語った。宏輝は無反応だが、ここで暁が大きく動いた。
「えええ!! 『かのコン』やってるのか!?」
暁は驚きのあまり思わず声が大きくなった。
「暁もしてるの!? 身近でやってる人、初めて会った!」
「俺もだ! あのゲームのよさをわかってくれる人がいたなんて……」
仁奈も驚きつつ、弾んだ声で嬉しそうだ。暁と仁奈が共通に好きなゲームの話をしている間、宏輝は話題についていけず置いてけぼりだ。
「一応聞くけどさ、その『かのコン』ってどんなゲームなんだ?」
「「18禁エロゲー」」
宏輝からの問いに、暁と仁奈の回答が重なった。
「ふうん……『かのコン』が好きなら、そりゃあ年上好きでしょうね」
仁奈は暁がどこまで年上好きかを見極めている。
「ちなみに、どの子が一番好き?」
「俺はアリサ一択だ! 見た目に一目惚れしたのもあるけど、仕事中の真剣なオーラと普段の時とのギャップが好きなんだ! 『かのコンⅠ』の三章十五話の仕事終わりに主人公が迎えに行ったシーンでの甘え方が最高に可愛くて……。仁奈……サンは誰が好きなんだ?」
「ボクはリリが好き! もしリアルにいてくれたら一緒にゲームして遊びたいし、一緒にお風呂入りたいし、膝枕してもらいたいし、もう彼女のヒモになりたい! あと『かのコンⅡ』のラストシーンで泣いた!」
暁の質問に、仁奈も同じくらいの熱量で返す。その様子を見て、宏輝はどこかホッとした。仁奈が趣味についてここまで熱く語り合っている姿は最近見たことがない。人付き合いが苦手だった仁奈がここまで他人に心を開いている。妹の成長に寂しさと嬉しさを感じながら、宏輝は仁奈と暁を微笑んで眺める。
「なあ、仁奈。暁のことは信頼できそうか……?」
話の途中に割り込んでしまうことを申し訳なく思いながら、おそるおそる宏輝が口を開いた。
仁奈は満面の笑みを浮かべて、答えを出した。
「いいわ、認めてあげる。暁は本物の年上好きだわ」
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