第七話 仁奈が信頼できるかの試験

「なんで気づいてくれないの!? あんたは鈍感ラノベ主人公か!!」

 眉をつり上げて、顔を歪ませながら仁奈にいなが叫んだ。あかつきは訳がわからないまま、目を見開いて口をポカンと開けている。

「見てわからない!? 髪おろして、スカート丈短くして、タイツ履くのやめて、掃除も率先してやったのに!!」

 自らの長い髪に触れ、短いスカート丈を引っ張り、脚を少し内股にして今までと違うところをアピールする仁奈。

「なんか違和感はあったけど……まさかなーって思って」

 顔を引きつらせて、分が悪そうに暁はポリポリと頭をかいた。一瞬、仁奈は戸惑った表情をしたが、すぐに戻った。

「ボクの力不足か……それとも暁の好みじゃなかったのかな?」

 今度は眉を下げて困った顔をする。そしてあごに手を当てて、仁奈が暁を上目遣いで見つめる。今の視線は無意識に行ったのか、とても自然体だった。

「さ……さあ。どっちだろう……」

 サッと視線を逸らしてしまった暁の様子を、仁奈が見逃すはずがなかった。

「ねえ、どんな人が好みなの? 髪は短い方がいい? 胸は大きく方がいいの? 年上? 年下?」

 暁の異性の好みに興味津々な仁奈だが、当の本人はかたくなに口を開こうとしない。仁奈は暁の態度に不満なのか、だんだん目が薄くなっていく。

「なんで答えてくれないのよ。ボクが好みなら、そう言えばいいじゃない。違うなら、はっきり否定してよ」

 口を尖らせて仁奈が腕を組む。誤解を生むことがないように、暁はいったん口を開いた。

「べ……別に、俺の好みなんてどうでもいいだろ。俺に、す……好きになって欲しいのか?」

 しかし、思わず自意識過剰としか言いようのない言葉を口走ってしまった。仁奈の顔がボッと赤くなったことに気づいた暁は撤回しようとしたが、仁奈の方が早かった。

「そんな訳ないでしょ! ただ……あとから裏切られるより、ずっといい!!」

 寂しそうに、震える声を絞り出しながら仁奈が吐き捨てた。

「おい! どういう意味だよ?」

 仁奈の言葉に疑問を持った暁が手を伸ばしたが、仁奈は乱暴に振りほどいて拒絶した。

「っ……触らないで!」

 振りほどかれた手をよそに暁はなにもできずに、ただ仁奈を見つめていた。

「アンタだって、どうせアイツらと変わらないんでしょ!? ボクに……に、ひどいことする気なんでしょ!?」

 仁奈は耳を手で塞いで、暁の言葉を聞こうとしない。どうやら暁を警戒し、なにかに脅えているようだ。

「落ち着けよ! 誰と一緒にしてるんだ? なにをされたんだ!?」

 仁奈を刺激しないように距離をとって、暁はどうにかしてコミュニケーションをとろうとする。しかし仁奈は心を取り乱していくばかりだった。

「た……たすけて……おにいちゃん……」

 仁奈は床に座り込んで、身体はガタガタ震えている。目と唇をギュッとつむっており、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。どうやら暁の存在自体に恐れている。

 暁はカバンの中からスマホを取り出し、電話をかけ始める。

宏輝こうき、今すぐ帰って来い。妹がどうなっても知らないぞ」

 留守電に脅迫まがいの短いメッセージを残して、暁は電話を切った。

 仁奈が立ち上がる気配はない。暁は仁奈から一番遠いリビングの端で座り込んで、宏輝の帰宅を待つことにした。


「仁奈!! 大丈夫か!? 」

 電話から約十五分後、乱暴に玄関のドアを開けて帰宅してきた宏輝は、息を切らしながらも妹の安全を確認する。

「おかえり、宏輝。早かっ……」

「テメエ……仁奈になにをした!! 」

 一目散に暁の元へ歩み寄り、宏輝は留守電の主であり友人の胸ぐらを掴んだ。宏輝の表情には怒りしかなくて、明らかにキレている。暁は今まで見たことのない宏輝に恐怖を覚えた。

「悪い。こうすれば早く帰って来るかと思って……」

 暁はたとえ緊急事態とはいえ妹をだしにしたことを深く反省した。宏輝は仁奈が無事であることがわかると、ひとまずホッと胸を撫で下ろして暁から手を離した。

 そして宏輝はゆっくり仁奈に近づき、優しく声をかける。

「仁奈、前にも言ったけど暁は大丈夫だ。オレが言うんだから信用してくれるだろ?」

 仁奈がようやく顔を上げる。どれだけ涙を流したのだろうか、目にはまだ涙が残っているし腫れている。宏輝は仁奈の頭をポンポンと優しく撫でた。

「でも、異性の好み、教えようとしなかった。怪しい、信頼できない」

 仁奈が嗚咽混じりに弱々しい声で、宏輝にだけ聞こえるボリュームで呟いた。仁奈の背中を撫でたあと、宏輝は暁のいる方向を向いた。

「暁、言ってやれ。お前の好みを」

 暁がいるリビングの端まで宏輝が近づいてくる。すると仁奈も宏輝のあとを追ってやって来た。

「ええ……いくらなんでもそれはちょっと……」

 暁はもちろん躊躇う。言うべきだとは思うが、言いたくないのが本音だ。

「頼む、そんな細かいことまで言わなくていいからさ。大まかに、仁奈とは明らかに違うところだけでも」

 仁奈は宏輝の背中に隠れていて、暁から表情は見えない。しかし、宏輝の肩にのせている手はまだ震えている。それに、たまに鼻をすする音が聞こえる。どうやら仁奈から信頼を得るためには、教えるしかないようだ。

 仁奈からの信頼を失って、立派な人間にさせることができなくなるか。信頼されるために自分の好みを教えて、また家事を習得させるか。

 今の状況にデジャビュを感じながらも、暁の選択は決まっている。

 暁は意を決して口を開いた。

「……俺の好みは……年上だ」

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