第四話 誰かのために頑張れる理由
「マジかよ……荷物部屋の中だし、靴は玄関なのに……」
宏輝はどうなっただろうか、
どのくらい時間がたっただろうか。空が暗くなってきた頃、静かにドアが開いた。
「悪いな。仁奈があんな態度とって」
ドアを開けたのは宏輝だ。家の中に忘れた暁のカバンと靴を持っている。
「いや、俺も悪かった。妹の気持ちを考えないで、自分の気持ちをぶつけてただけだ」
暁は宏輝からカバンを受け取り、靴を履いた。
「今日はなにもしないほうがいいと思う。わざわざ来てもらったのに、すまない。仁奈にはちゃんと今度謝るように言っておく」
働いてくれ、家事を手伝ってくれとは言えないのに、謝れと言うことはできる宏輝を、暁は不思議に思ったが心の中にしまっておくことにした。
「気にするなよ。いきなり働くか家事を手伝うか迫られて、宏輝の本音を知って、思考が追いついてないと思うからさ。また仕切り直そう」
今は急ぐよりゆっくり気持ちの整理をつけたほうがいい。二人の判断は同じだ。
「オレとしては、働くよりは家事を手伝ってほしいな。バイトが終わってクタクタになって家に帰ったら、エプロンを付けた仁奈が晩ご飯を作って待っててくれてる。その妄想が現実になれば最高だ!」
相変わらず妹のことになると宏輝は目を輝かせる。
「宏輝はブレないな。俺もちょっと作戦を考えてみるよ」
変わらない宏輝の言動に一安心し、暁は思わず笑みがこぼれる。
そして宏輝に見送られながら、暁は帰路を急いだ。
翌日の朝、暁はいつもどおりに登校した。昨夜から作戦を練っているもののなにも思い浮かばず、自席からぼんやり空を眺めていると宏輝が暁の元へ走ってくる。
「暁! 今日オレの家に来てくれないか?」
急いで来たのか、宏輝は汗だくだ。
「いいけど……焦ってどうしたんだ?」
朝からそんな体力がある宏輝をすごいと思いながら、暁はタオルを渡した。
「家を出る前に仁奈から『暁と話がしたい』って言われたんだ。オレ、今日バイトあるから一人で行けるか?」
昨日の今日でなにを話すのだろうか。気持ちが変わったとは思えない、昨日の文句でも言われるのだろうか。どう考えても暁の脳は悪い方向にしかはたらかなかった。
「うん……道順だけ教えてくれないか?」
なにが理由でも逃げるべきではない。散々な発言をした自分にも責任はある。直接本人に会って話を聞こうと暁は行くことにした。
「わかった、今教える。でも暁……お前に限って不祥事なんてないと信じてるからな……」
いくら年上好きの暁とはいえ、妹と二人きりになることは心配な宏輝。一方で暁は怒られるか、泣かれるか、殴られるか、不安が渦巻いてばかりだった。
放課後になり宏輝から送ってもらった地図の画像を頼りに、暁は一人で昨日の道を歩いて行く。画像がわかりやすくてすんなりと宏輝の家の前まで着き、暁はインターフォンを押した。
「来たわね、瀬戸暁。早くあがって」
昨日とは違い、強気な表情をした仁奈がドアを開ける。仁奈は暁をリビングにとおした。そして暁と仁奈はテーブルを挟んで向かい合ってソファーに座る。
「昨日、初めて知った。兄貴が無理してることも、ボクが兄貴に甘えすぎてたことも」
仁奈は目を伏せていて、暁からは口元しか見えない。
「昨日からずっと考えてたの。どうして兄貴は、ボクのためにあんなに頑張ってくれてるんだろうって。……結局、ボクのことを大事に思ってくれてるって結論しか出てこないけどね」
暁の顔を見ることなく、まるでひとりごとのように下を向いたまま仁奈は微笑んだ。
「ボクのことは、兄貴から聞いてるよね? ボクは高校に行ってなくて、家事もしない、働きもしない、ヒモだって」
仁奈は自分を客観的に見れているようだ。暁は自身の目を覗き込む仁奈の視線に、不覚にも吸い込まれそうになる。
「このままでいいと思ってた。ボクは好きなことだけして、生きていていいんだって。でもそれじゃあ、ダメだ……アンタに言われて気付くなんて最悪だけど。ボクも兄貴のために頑張りたい」
昨日は決して見せなかった仁奈の本気の表情に、暁は宏輝を重ねた。
「宏輝は『家事を手伝ってほしい』と言っていたけど、できそうか?」
仁奈の眼差しは宏輝によく似ていて、暁に冷静さを取り戻させる。
「オッケー。働くよりはまだできそう」
どこから自信が湧いてくるのか不明だが、仁奈のやる気はあるようだ。
「そうか。宏輝に教わればすぐできるようになるだろう」
暁は一安心した。あとは宏輝に任せておけば大丈夫だと思ったから。
「ちょっと待ちなさいよ。兄貴は忙しいのよ? 他に頼れる人なんていないし……アンタ、昨日散々ボクをディスったくせに口だけじゃないよね?」
仁奈はテーブルに肘をつき、表情も声も挑発的なものへ変わる。
「ねえ、料理って楽しいの? 掃除って楽しいの? 洗濯って楽しいの? 誰かのために頑張るのって、どのくらい楽しいの? ボクに教えてよ」
純粋で汚れを知らない子供のように、澄んだガラス玉の瞳で仁奈は暁を見つめる。しかし仁奈の目線に耐えきれず、暁は思わず逸らした。
「俺……家事できないんだけど」
気まずい空気が部屋を漂う。
当然だろう。ろくに家事をしたことのない奴に、『家事を手伝ってやれ』と友人の妹に説教する資格なんてない。
「でしょうね。だから、アンタもボクと一緒に頑張りなさいよ。アンタにできるなら、ボクにもできるでしょ」
どうやら暁に逃げ場はないようだ。受ければ暁自身も家事ができるようになる必要があるが、断れば仁奈は家事をしない。暁は仁奈に家事をしてほしいから、答えなんてひとつだ。
「……わかりました」
どうして
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