第三話 覚悟が宿った温かい眼差し
最初に口を開いたのは、この場の最年少である
「兄貴、どうせボクに『働け』か『家事手伝ってくれ』って言うんでしょ?」
ストレートな言葉で話を切り出した仁奈に、どうやって話を始めようか悩んでいた年上二人は驚いた。
「そうだよ……。仁奈に働くか、家事を手伝うかしてほしいんだ」
仁奈に倣って
「なんで? 兄貴がやってくれてるじゃん」
仁奈は目を見開いて、不思議そうな顔をする。
「それはそうなんだけど、バイトして、家事して、学校の勉強して。このままじゃオレの身がもたないんだ」
宏輝はまっすぐに仁奈を見つめて、はっきりと自分の気持ちを伝えた。
「だらしない。もっと頑張ってよ」
口を尖らせながら不満そうな仁奈。ここで黙っていられず
「なあ、それは宏輝のことを考えて言ってるのか?」
「「えっ……?」」
暁が話に入ってきたことが予想外だったらしく、宏輝と仁奈の声が重なった。
「宏輝の身になって考えてみてほしい。さっきも言ってたけど宏輝は学校に行って、バイトして、家のことも全部やってる。これがどのくらい大変なのかは俺にはわからない。でも、全部をこなすのは難しいと思うんだ。それこそ妹のためにって頑張れる理由があるからできてると思う」
暁は必死に説得の言葉を考えている。このままだと本当に宏輝は倒れるまで無茶をしてしまいそうだから。
しかし仁奈に暁の言葉は刺さらない。
「いや! 絶対働かないし、絶対家事もしない!!」
「お願いだから! 働くか家事を手伝うかしてください!!」
突然、宏輝が叫んだ。宏輝の声に驚いた仁奈の身体が一瞬ビクッと跳ね上がる。
「本当は仁奈にこんなことお願いしたくなかった。家を出て行くと決めたときから、オレは仁奈の世話を見るつもりでいた。苦労をなるべくかけないようにすることを目標にしてたんだ。でもオレには限界がある。だからどうかお願いします!!」
仁奈を大事に思いすぎて、今まで言えなかった本音が宏輝からあふれ出した。明らかに宏輝は仁奈の兄として以上の責務を果たしている。宏輝が仁奈を思う気持ちに、暁は尊敬の念を覚えた。
「宏輝もこう言ってるんだから、断る前に少し考えてくれないか?」
今すぐ仁奈に納得してもらうことは不可能だ。一旦宏輝の思いと向き合う必要があると考えた暁は、なだめてこの場を締めようとした。
「はあ!? これはボクと兄貴の問題なの! 部外者は黙ってて!!」
そのとき、プツンッと暁の心の中でなにかの糸が切れる音がした。
暁と宏輝がどれだけ話しても頑なに拒否する仁奈。理解しようともしてくれない態度に、暁はこりごりだった。そして暁はいきなり立ち上がり、部屋中に響き渡る声で叫ぶ。
「なにが成績優秀! スポーツ万能! 容姿がいいだ! ただのわがままな子供じゃないか!!」
突然の暁の叫びに宏輝と仁奈はポカンと口を開けている。刹那、仁奈の顔が赤くなっていき、誤魔化すようにテーブルを強く叩く。
「なっ……。バカにしないでよ! 子供!? ボクのどこが子供なのよ!」
「どこからどう見ても子供だろ!? 宏輝と俺が頼んでも子供みたいに嫌だ嫌だって駄々こねて!」
「だったらアンタも子供でしょ!? ボクの気持ちも考えてよ! 親も、アンタも、なんでボクを否定しかしてくれないの!? どうしておにいちゃんみたいに優しい言葉をかけてくれないの!? なんで好きなように生かしてくれないの!?」
「っ……」
暁はなにも言い返せなくなってしまった。ついさっきまで言おうとしていた言葉が脳内から全て消えたから。
なにより、仁奈の目に涙が浮かんでいるのが見えたから。
「ちょっと兄貴! 兄貴からもなにか言ってやってよ! そもそも、なんでこんな奴連れてきたの!?」
こぼれそうな涙を無視して、仁奈は矛先を宏輝へ向ける。
「暁なら頼れると思ったから、連れてきたんだ。仁奈、オレは本気だよ。これ以上無理してたら、オレは確実に倒れる。お前のためにって思っても身体が先に壊れてしまう。倒れて仁奈に心配をかけたくないんだ」
落ち着いた声で深刻な内容を話す宏輝。今まで見たことのない兄の様子に仁奈は少し怯えている。
「おにいちゃん……?」
暁と言い争っていたときとは別人のように、微かな声で兄を呼ぶ仁奈。しかし愛する妹の声にも、顔色を全く変えない宏輝の冷静な眼差し。
「……ちょっとアンタ……暁、こっち来て」
兄の目線に耐え切れず仁奈は立ち上がり、部屋を出て行く。暁も仁奈のあとに続き、無言で部屋を出て行った。宏輝の部屋を出て廊下を進み、仁奈は玄関のドアを開けた。そして仁奈は華奢な両腕に精一杯の力を込めて、暁の腕を引っ張る。
「え? ちょっとなにして……」
仁奈は暁の腕を引っ張ることに集中している。そして暁を玄関の外まで引っ張っると、ようやく仁奈は手を離した。
「出て行って。そしてニ度と家に来ないで」
涙の混じった目で暁を睨みつけたあと、仁奈は乱暴にドアを閉めて鍵をかけた。なにが起こったのかわからず、暁は呆然と立ち尽くしているがドアが開く気配はない。
暁は宏輝の家の前に放り出されてしまったのだ。
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