第二話 目に入れても痛くない妹

「そういえば、お前の妹ってどんな子なんだ?」

 放課後になり宏輝こうきの家に向かう途中、肝心の妹についてあかつきはなにも知らないことに気がついた。

「めっっっっっっちゃ可愛い。地上に舞い降りた天使。その天使がオレの妹だなんて……これ以上の幸せはない!」

 清々しいほどに予想通りの回答に、暁は真顔だ。

「悪い悪い、ついクセで。ちゃんと話すから」

 宏輝は打って変わって、凛々しい眼差しで語りはじめた。

「名前は日下部仁奈くさかべにいな。年はオレ達より一コ下だから今年で十六歳。でも実は訳あって高校には行ってないんだ」

「そうなのか? なんで?」

 宏輝は暁の反応を予測していたのだろう。眉ひとつ動かさずに暁の顔をチラッと見たあと、話を続けた。


 --仁奈は中学生のとき、成績優秀、スポーツ万能、容姿のよさから一目置かれる存在だった。だからか友達を作ろうとしても、周りの人間のレベルが低く見えてしまい友達ができなかった。

 ひとりの時間が増えて人付き合いが苦手になり、やがて高校に行きたくないと考え始める。でも両親は『高校までは行ってくれ』と毎日のように説得。聞く耳をもたない仁奈に無断で、寮がある女子校に入学させようとするが、本人にバレてしまう。

 痺れを切らした仁奈は家出。そのことを知って宏輝が慌てて仁奈を探しに行くと「もう家には二度と帰らない」と泣いている仁奈の姿が。この頃から妹思いだった宏輝は、二人で暮らすことを提案して仁奈も承諾。

 それでも両親は『高校までは絶対に通わせる』と意思を変えない。仁奈の将来を心配して、世間体を気にしてのことだと思うがここまでくると宏輝も両親に腹を立て始める。

 そして宏輝と仁奈が話し合った結果、二人とも家を出て行くことを決意。現在は二人暮らしで、両親とはそれ以降連絡をとっていない。家を出て行く前にまとまったお金はもらったものの、そのお金には手を出したくないと放置。宏輝はバイトを掛け持ちしながら、家事と学校の勉強に励んでいる--


 懐かしむように妹と自身の過去を語る宏輝。穏やかで優しくて、今の表情は純粋に妹を心配する兄そのものだった。

 暁は言葉が出てこなかった。正確にはなにを言えばいいのかわからなくて、なにも言わない選択をした。

 宏輝とは中学校からの友達だが、家族の話なんて軽くするくらいで詳しく聞きたことはない。そもそも、暁は家庭の事情にわざわざ首を突っ込むような性格ではない。

 暁は一人っ子で、両親と三人で暮らしている。中学生の頃に少しグレていた時期はあったものの、今は世間一般に言われるごく普通の家族らしい生活を送っている。

 暁にとって宏輝は一番付き合いが長くて、夜のオカズのこと以外はなんでも話せる数少ない気を許した友人だ。そんな宏輝から、理由はどうであれ頼ってもらえるのは暁にとって嬉しいことに変わりはない。

 いつの間にか二人は住宅街へ入っていた。様々な家がまばらに建っている道を進んで、宏輝は三階建てのアパートの階段を上っていく。宏輝に続いて、暁も階段を上っていった。

「着いたよ。ここ」

 宏輝はごくシンプルなデザインのドアの鍵を開けた。

「ただいまーー、仁奈」

 宏輝は少し声を張り上げて同居人へ帰宅を告げる。

 左側のドアから軽やかな足音が聞こてきた。いよいよ宏輝の妹に会えるワクワクと緊張からか、暁の手には汗が滲んでいた。

「おかえり、兄貴。……ってソイツ誰?」

 初対面にも関わらず、暁の来訪が気に入らないのか容赦なく睨みつけ、不機嫌オーラを出す仁奈。その鋭い眼差しに暁は目が離せなかった。

 綺麗な二重に濁りのないまっすぐで大きな瞳が特徴的で、人形のように整った顔立ち。腰ぐらいまである髪を、リボンでまとめてポニーテールにしている。そして陶器のように美しい肌、すらりと伸びた手足に抜群のプロポーション。宏輝が妹を褒めちぎるのも納得するレベルだ。

「家に呼ぶのは初めてだな。同じクラスの友達の瀬戸暁。三人で話をしたいんだけどいいか?」

 宏輝の声は段々小さくなり、隣にいる暁でなんとか最後まで聴きとれるくらいのボリュームだった。

「兄貴……なにか企んでる?」

 仁奈は、暁を睨んだときと同じ視線を宏輝に向けた。

「えっ……いや……そんなことは……」

 宏輝は見事に図星を指されて動揺が隠せず、表情がこわばっている。

 宏輝は嘘をつくのがとても苦手だ。思ったことがすぐ顔に出てしまうせいで、ゲーム勝負は必ず負けてしまう。

 暁でさえ嘘を見抜けてしまうくらいだから、幼い頃から一緒に生活している妹なら尚更だ。明らかに仁奈はなにかを察した。

「だいたい想像はつくけど、一応聞いてあげるよ。ボクも暇じゃないんだから手短にお願いね。早く上がったら?」

 呆れながらも話を聞く気はあるらしく、暁への警戒心を少し解いたのか家に上がることを促してくれた。

「お、おじゃましまーーす……」

 おそるおそる暁は靴を脱いで床へ足を運ぶ。

「あ、オレは飲み物とお菓子持ってくる。先に仁奈と部屋に行っておいてくれ」

 宏輝は逃げるように右側の部屋へ進んでいった。そして、初対面同士で取り残された暁と仁奈の間には気まずい空気が漂う。

「兄貴の部屋はこっち。入って」

 沈黙を破った仁奈は、宏輝の部屋のドアを開けた。宏輝の部屋も暁の部屋と同じくらいの広さで、家具やインテリアも最小限だが生活感はある。

 仁奈は定位置のように迷うことなく宏輝のベッドに腰掛けた。一方で暁は仁奈の隣に座るのは気が引けるため、床に座った。ちょうどそのとき、宏輝が飲み物とお菓子を持って、部屋へ入ってきた。テーブルに飲み物とお菓子を置いて、宏輝は暁の隣に座る。

「待たせたな、時間もあまり無いし始めるか」

 仁奈に図星を指されて動揺していたさっきまでとは違い、宏輝の瞳には覚悟が宿っていた。

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