うちの妹をどうにかしてください!
シロナシ
第一話 墓場にまで持っていく秘密
「頼む! オレの妹を立派な人間にしてくれ!」
暖かな日差しの下で、お昼休みの高校の屋上に響き渡る男の声。そこには二人の男の姿がある。ひとりは土下座をしていて、もうひとりは呆然と立ち尽くしている。
「はあ……?」
立ち尽くしている男、
「話したことなかったけど、オレには妹が一人いるんだ。めっちゃ可愛くてマジで目に入れても痛くないって自信があるほど」
少し早口になりながら、真剣な表情で妹への愛を語る宏輝。その様子が気にくわないのか、暁は真顔だ。
「妹いたんだな。ただの妹自慢か? シスコン」
暁は棒読みで宏輝をわざと貶すような言い方をする。
「黙ってて悪かった。でも妹がいるって知ったら、写真見せろって言われるだろ? そうなったら誰でも絶対一目惚れしてしまうから……!」
シスコン度が高すぎて全く申し訳なさが伝わってこない。しかし、気にせず暁は質問を続ける。
「だったらなんで俺に教えたんだ? それに『妹を立派な人間にしてくれ』ってどういう意味だ?」
宏輝の性格を知ってるからこそ、暁は話を進める。宏輝の話にひとつひとつツっこんでいたら、キリがないことは十分知っていた。
「理由は長くなるからあとで話す。とりあえず、今からオレの家に来てくれ」
「いやいや、いきなりすぎるだろ。その前に俺は引き受けてないぞ。他に適任者がいるんじゃないのか? 実際に妹がいるヤツとか……」
「いや、お前じゃないとダメなんだ」
暁の言葉を遮った宏輝は、どこかニヤニヤしているように見える。なんとなく嫌な予感がした暁は身構えた。
「いいのか? オレは知ってるぞ、暁の秘密を」
暁に近づき、宏輝は小声で話す。
「前に暁の家に遊びに行っただろ? そのときに、オレは見てしまったんだ」
「ちょっ……ちょっと待ってくれ! それより先は……」
暁の言葉が聞こえていないのか、宏輝は息を大きく吸い込み目を開けた。
「クローゼットの中の夜のオカズを見て、オレは確信した! お前になら任せて大丈夫だと!」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああ」
暁は必死に叫んだ。宏輝の声をかき消すためだけに。
「年上好きなんだな。それも五歳以上離れていないとダメなんだよな? だったら妹に惚れることもないだろうし、他のヤツより安全だ」
どうやら宏輝は、一方的に暁に絶大な信頼を置いているらしい。しかし当の本人は嫌な予感が的中し、顔を両手で覆っている。
暁にとって宏輝の放った言葉は地雷だった。誰にもバレたくない、墓場まで持っていく秘密だった。それをあっさりと友人に知られていたことに、恥ずかしさと情けなさでいっぱいになった。
「……引き受けてくれるよな?」
暁の肩に手を置き、宏輝は有無を言わさない笑顔を浮かべる。宏輝が優位に立った今、秘密を知られた暁に逆らえる権利はない。
「今日はまっすぐ帰りたいんだけど……。明日じゃダメなのか?」
引き受けるのは仕方がないものの、心理的なダメージを食らったばかりで気力は起こらない。しかし宏輝は引き下がらない。
「今日は特に予定ないらしいから、時間はたっぷりある。明日は忙しいんだって。だから今日行こう」
まだ放心状態の暁を気に留めることなく、宏輝は勝手に話を進めていく。
「いいけど、立派な人間にさせるのなんて兄の務めじゃないのか?」
それは禁断の質問だったのか、暁の肩を掴む手の力が強くなった。
「わかってるよ! でもオレは妹が大好きだから、なにをされても、なにを言われても全部許せちゃうんだ。兄として叱ってやることも大事だ。それでも、できないものはできないんだよ……」
本当に心の底から悔しいのか、宏輝は話すにつれて声が弱々しくなる。同じように、暁の肩を掴む手の力も抜けていった。その様子を見て宏輝が本気で悩んでいると気付き、暁は正気を取り戻す。
「わかった、今日行くよ。なにができるかわからないけど」
暁の言葉を聞いた途端、宏輝の顔がパアっと明るくなった。
「ありがとう! 放課後よろしくな!」
目的を果たした宏輝は、教室へ戻ろうと足早に屋上をあとにする。
「ちょっと待ってくれ! アレ、絶対誰にも言うなよ」
宏輝が人目につく場所へ行く前に暁は口止めをする。
「当たり前だろ! オレだって妹がいることバラされたくないから、これでおあいこだ」
宏輝の言うとおり、お互いに秘密を知り合った今の状況は対等な関係なのかもしれない。暁はひとまずほっとしたが、大事なことを思い出した。
(家に帰ったらアレ、場所移動させないとな。
今度は絶対誰にも見つからないところへ。
どこがいいだろうか……)
夜のオカズの保管場所を考えながら、暁は屋上をあとにした。
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