第10話 チーム完成!

――――午後6時、サブコート


皆が休憩している平穏をぶち壊すように、その男はやってきた。


「熊が襲撃してきたー」

「よく見なさい、ただの巨人よ」

「大きい人だなー」


それぞれ思ったことが口に出ており、その男の巨体に驚きを隠せないでいた。皆が警戒しているのにドシンドシンと大地を揺らしながら、ゆっくりと近づいてくる。


「おーい、ごめーん・・・本当は5時に着いて一緒に練習するつもりだったけど、バスに間に合わなくて、遅れちった」


その男は縁呼を見つけると、手を振り野太い声でもったりとしたペースで遅刻した理由を話す。


「構わん、来てくれただけでも助かる。良く来てくれたね・・・さあ、ここに座って休憩しろ」

「誰あれ?縁呼の知り合い?デカ――――」

「美里ー、良く顔を見てみろ」


すぐに目を細めてその男の顔をじっくり見る。その男も見られていることに気づき、見つめ返すがすぐにやめて、手を大きく降り笑顔になる。


「おーい、美里だー・・・久しぶりー、元気だった―」

「はぁー、あんたもしかして海人かいと?マジー」

「そうだよー、海人だよー」

「うおー、そうじゃん、海人だー」


走り出し、美里はお腹にダイブする。


ボヨーン


そんな擬音が聞こえてくるぐらい、弾力があり優しく彼女の体を受け止める。


「うははーい、やわらかーい、ナニコレ、中学のときと比べ物にならないほどふかふかで気持ちいい」

「この3ヶ月で僕の体は急成長して、2mはとっくの昔に超えたよ」


2人は感動の再会を果たした、飼い主とペットのように見える。


「あの人は誰なの?」

「裕也、蛹御門に大きな控えのセンターがいるの覚えてる?」

「あぁ、あのビックマンか。思い出した、中学の中に大人がいると注目されてたあの人か。なるほど、どうりで美里さんと仲がいいわけだ」


この大きな男の名前は“万福寺 海人まんぷくじ かいと”と言って、かつて蛹御門で縁呼と美里と一緒にバスケをやっていた技巧派センターだ。中学を卒業後は川内にある“川内六門商業高校せんだいろくもんしょうぎょうこうこう”に進学した。身長は2m07cmで体重120kgとヘビー級で、今もなお成長中の高校1年生だ。


「あれで私たちと同じ学年、初めて2m越えの人を見たわ」


自分よりも大きな人に会ったことがなかったのか、上から下へ下から上へと何度も首を縦に振って、観察していた。


「海人、良く来たな。久しぶり」


お腹をぶつけあい、挨拶を交わす。


「誘いを受けたときは嘘だと思ったけど、本当にメンバーを集めていたとは驚きだよ。美里もいるし、MBで優勝する気なんだね」

「ああ、ここにいるメンバーで頂点を目指す。お前もこのチームに参加してくれるか?」

「もちろん、また2人とバスケできるとは思わなった。他のみなさんもよろしくね。僕のことは海人って呼び捨てで構わないから、好きに呼んで」


裕也と葵さんと握手して挨拶を交わす。葵さんはまだ海人の体型に驚いているのか、チラチラと見ては首を振り、考えて納得していた。


「よっしゃー、これで5人揃ったー」

「そうだねー、これで試合ができるよ」

「デカい、私よりも何もかもデカい」


サプライズは成功したようだ。今朝早くに縁呼のスマホにメールを送った人物は、この万福寺 海人だった。昨日の夜に縁呼から誘いのメールを受けて、久しぶりに会いたいと思い次の日の早朝にメールした。それを見た縁呼は海人の存在を驚いて貰おうと、誰にも言わずに黙っていたのだ。


「バスケはやめたのか?」

「うん、4月に入って2週間も経たないうちに辞めちゃった・・・バスケが中学と比べて楽しくなかったんだ」

「そうか・・・ぬえのやつは元気か?」

「今は化け物みたいにバスケが上手いって聞いてる。インターハイ予選でも大暴れだったらしいよ」

「らしいな、六校ろっこうを一人でベスト4に押し上げたんだ。茜率いる草獅子に惜しくも負けたが、必ずウインターカップで借りを返すために牙を研いでいるはずだ」

「中学よりも凶暴きょうぼうになって、六校バスケ部ではエースらしく先輩に対しても噛みついているって噂だよ」

「ははっ、お前鵺が嫌で、本当は辞めたんじゃないのか?」

「それもある・・・六校がベスト4に行けたのは、たくさんの選手が入ったからなんだ。鵺の他に中学で有名で現、鵺の相棒・・・釈迦中の“鯱幡 勘三郎しゃちはた かんざぶろう”、青龍東の“梅津 義弘うめず よしひろ”、市内の中学から“丸中学まるちゅうがく”出身の“岡 公門おか くもん”、メンツが凄すぎて中堅チームから、あっという間に強豪チームに早変わりってわけだよ」


説明し終えるとリュックからおにぎりを取り出し、食べ始める。同じような光景を何度も見たことがあるが気のせいか?


「鯱幡が相棒か、高校でやつも開花したとみる。鵺の相棒を努めるなど、なかなかできることじゃない。どんやつなんだ」

「すごく優しくて、気が利くお兄ちゃんみたいな人だよ」

「鵺・・・あいつは苦手」


話を聞いていた美里がチョコを食べながら、一言だけつぶやきカバンからバナナを取り出す。うん、見たことある光景は美里とだったわ。良く、部活中にパクパクといけるものだ。


「美里、そのバナナと僕のおにぎりを交換しよう」

「鮭が良い、それかエビマヨ」

「鮭もエビマヨもあるよ。さっき、コンビニから大量に買ってきたからね」

「よし、バナナの他にみかんもあげる。再会祝いだよ」


物々交換をしてそれぞれ口に運び、幸せそうな顔をしていた。


「ちょうど良い塩加減、硬めの米に鮭のふっくらとした身がうまー・・・おにぎり最高」

「このバナナ、カグヤマートのバナナだね。小さくて細いのが特徴でケータリングにはぴったりな食べ物だね」


食に詳しいふたりは、今から走ったり、跳んだりするのにそんなに食べて大丈夫なのか。


「山之口君、さっきから話題になってる鵺って誰?」

「そっか、萩原さんは知らないか・・・蛹御門のバスケ部出身で僕たちの世代ではNO.1の点取り屋さんだよ」

「そうなの、とてもバスケが上手な人だと分かった」

「あと、意地悪でむかつくゲス野郎って覚えておいて」

「美里と鵺は仲が悪かったからね。良く、掴み合いの喧嘩をして先生に怒られ、謹慎を良く食らっていたよね」

「個人プレーをするあいつが悪い、私はいつも注意しただけだ」

「そこから掴み合いに発展したら、どっちも悪い。暴力はダメだと鬼童先生に言われていただろ」


美里と喧嘩ばかりしていた鵺という男は、本名“鵺魏 凛太郎ぬえぎ りんたろうと呼び、中学は蛹御門であり身長は180cmを超えていた。非常に好戦的でやられたらやり返すを座右の銘にしており、マッチアップした選手の心がへし折るまでボコボコにプレーで圧倒する。得点に貪欲でボールを支配しなければと考え、パスが来なかったら味方にも容赦なく危害を加えるほどだ。そのせいで、全員バスケを大事にしている美里と衝突をたびたび起こしていた。中学を卒業して強豪に行くと思いきや、その性格の悪さからどこからも推薦の声がかからずに自ら六校に進んだ。


「とにかく、葵は会場や道端で会っても他人のふりをして、鵺とはできるだけ関わらないように」

「ええ、肝に銘じておくわ」

「僕も中学のときに彼をよく見かけたけど、化け物みたいで恐ろしかったよ」

「とにかく、鵺のことは忘れて君もおにぎり食べな」


海人が葵さんを美里の隣に座るように招き、おにぎりの種類を選ばせる。カバンの中にはコンビニ袋が6つぐらい入っており、その袋1つ1つに大量のおにぎりが姿を見せていた。


「いったい、どれだけのおにぎりを買ってきたんだ」

「各地のコンビニに寄って、人気のおにぎりに高級なにぎり、爆弾や巻きずしなどたくさんの種類を買ってきたんだよ。縁呼と小さい君も一緒におにぎり食べない」

「食えるか、吐いてしまうわ」

「僕も遠慮しておきます」


断る男子ペアとは対照的に女子ペアはおにぎりパーティーを始めていた。


「このサーモンいくらおにぎり美味しいわね」

「エビマヨもぷりぷりでたっぷり入っているし、うめー」

「2人とも分かってるー・・・じゃあ、ぼくはこの新発売の青椒肉絲チンジャオロース炒飯チャーハンおにぎりを」


大きな手で包装フィルムを器用に片手で破り、もう片方の手にはレジ横にあるホットショーケースに鎮座されているチキンやコロッケなどを食べ始める。


「本格的に食事をしてんじゃねーよ、さっさと着替えてバッシュを履け」

「えー、今食べてるものを完食したら始めるよ」

「お前たちもそのおにぎりを食べたら練習を再開するだぞ」

「んー、ふぁわったわかった・・・うま」


その後3人が食べ終わるのを待ちながら縁呼と裕也は、シューティングをしていた。

その姿を見て海人は完食すると、手を合わせてごちそうさまをする。そして、美里に今の気持ちを伝える。


「また縁呼と美里とバスケをできるって嬉しいよ」

「うん、私も嬉しいぞ・・・海人、アンタはこのチームの守り神になるんだ」

「・・・任された」

「葵にも挨拶あいさつしなさい」

「こんにちは、海人です。これから一緒にバスケをやっていこう」

「私は萩原 葵です。初心だけど一生懸命頑張ってチームの力になれるように、上手になるわ」

「おー、初心者には見えないけど・・・良かったね、このチームには縁呼と美里がいるんだ、異次元のバスケを常に間近で体験できる・・・最初から、ハイレベルな環境でバスケができる。それは、とても凄いことだから焦らずに頑張ることだよ」

「海人ー、難しいことを言おうと頑張った結果、意味不明でちんぷんかんぷん。簡単に言うとバスケを頑張って・・・これでいいの」

「大丈夫、ちゃんと何を言いたいか伝わっているわ。海人君、これからよろしく」

笑顔を見せてシュートしにリングに向かう。その彼女の表情に海人の心は撃ち抜かれた。

「・・・タイプだ」

「惚れてんじゃねーよ・・・葵よりもまずはバスケに惚れなさいな」

「分かった、分かったからお腹をつつかないでー」

「何をしてるんだ、休憩は終わりだー・・・ささっと着替えんかー」

「ほら、怒られた」

「うるさい、うるさい、雷がまた落ちないうちにわたしは一足先に退散」

「ああ、美里・・・ずるいぞ」

「早くしろ―」


ピカッと雷が落ちる。


「今いきまーす」


機敏な動きでテキパキと片づけを始め、練習着に着替える。赤と黒のハイカットで重そうなバッシュに足を入れて、戦闘準備が完了する。


――――午後6時15分、練習が再会される


パスの練習から、ドリブルの練習に移行していた。


「葵さん、最初は右手でボールを突いてみて・・・最初は何もアドバイスはしないから俺の動きを見て感じて思うままにしてみて」


縁呼は右手で腰の高さからドリブルを突いて、手本を見せる。本当に何も教えないまま、棒立ちしてボールを突いていた。


「えっと、右腕を動かしボールを地面に叩きつける感じかしら」


ダム ダム


始めの1回は上手く手に帰ってくるが、2回目のバウンドは手に帰ってこずに足に当たり失敗してしまう。


「はい、ストップ・・・どうだった?初めてのドリブルは?」

「とても難しいわね、ボールが暴れてしまって上手にできる気がしないわ」

「大丈夫、今から強制的に感覚を覚えさえてあげる・・・美里、頼む」

「よし、今から葵は力を抜いて私の操り人形になってもらうね」


体の力を抜いてダランと突っ立つ。美里は葵の後ろに立ち、右腕を持って腰を少し低くさせる。


「ドリブルを突くときは、手とボールにゴムが一本繋がっていると思えばいいんだよ。そのイメージができたら、腕をゆっくり平行にして上下に何度も動かす」


エレベーターのように何度も下にいったり、上にいったりを繰り返す。


「次は手首をだけ上下に動かして見て」


パタパタと手首を動かしあっちに行けのポーズをしている。


「手首はそのまま動かしといてよ」


腕を再び上下に動かすと、右腕が生きた蛇のようにと波をうつように、動いていた。


「このスムーズな動きがドリブルをするコツだよ」

「これでどうやってドリブルを突くの?」

「この動きを大きくゆっくりと上下に動かすと、今度は肩が動いてない?」

「ええ、しっかりと動いているのを感じるわ」


蛇から今度は鳥の羽になり、片腕だけで大空を飛んでいるわしのように見える。


「もうちょっとだけ動かすから、この感覚を体に覚えさせて」

「分かったわ」


バーッサ バサッ バサ バサ


数分、美里に腕を動かされて感覚をじっくりと覚えていた。


「よし、終了・・・忘れないうちに今度は私がドリブルをやってみるから見ててね」


ダム ダーッム ダム ダム


ゆっくりと力強く右腕でドリブルを突く、右腕はさっきの羽の動きをしている。


「どう、さっきの動きと同じでしょ?」

「ええ、同じだわ」

「今は肩の高さにボールが来ているけど、これを段々小さくしていくと」


ゆっくり大きく突いていたボールは胸の高さ、腰の高さ、太ももの高さと低くなっていく、そして、右腕も波が小さくなっていき、高さと比例していくように腕の振りが無くなり、手首の動きだけになり、指先の動きだけでドリブルをしだす。


ダムダムダムダム


「最終的にコートすれすれでドリブルを突いているか、分からないぐらいに突けるようになる」

「すごい、低くなるごとにドリブルが速くなっていってる」

「葵さんもすぐ、美里みたいにドリブルが上手くなるよ。いや、絶対に上手くならせてあげる」


縁呼がボールを差し出し、約束をする。


「僕もまだまだドリブルが下手だから一緒に上手くなろうよ」


裕也が美里の真似をして超低空ドリブルをするが、失敗を繰り返し上手くいっていなかった。


「安心して信じていいよ。僕も2人にドリブルを教わったから、すぐ上手になるよ」


海人はあの大きい手で、見事に美里の真似をしてドリブルを披露ひろうしていた。


「おー、どっちのドリブルが速いか勝負だ」

「負けないよー」


高速でレッグスルーのドリブルをする美里に対して、海人はコザックダンスをしながらレッグスルー、バックビハインドで対抗していた。


「あはは、何だよその動き・・・ウケるー」


体型をものともしない動きに美里は爆笑してコートを転げまわる。


「あれもできるかしら?」

「うーん、どうだろう・・・リズム感さえあればいけるんじゃないかな」

「リズム感がすごい・・・僕もやってみたけど体幹もすごくないとあの体勢でドリブルは難しいよ」


今度は海人の真似をしていたが尻餅をついて、こっちでも転げまわっていた。


「さあ、アイツラは放っておいてドリブルの練習を始めようか?」

「お願いするわ」

「さっさとお前らも右のドリブル・左のドリブルの練習を始めろ」

「はーい」


それぞれが自分のペースでドリブルの練習を始める、美里は2個のボールを使い両手でドリブル、裕也は足を開きレッグスルーの練習を、海人は散歩するようにコートを歩きドリブルしていた。縁呼は葵さんへのドリブル練習を教える、中々飲み込みが早くすでに10回以上は連続でドリブルを突けるようになっていた。


「ボールを手のひらに引き寄せる・・・吸い込ませるようにする。ミスしても構わず続け、がむしゃらにするんだ」

「そうだ、ミスしても何も怖くない・・・恥ずかしくないし、誰でも通ってきた道だからねー」


美里が隣に移動してきて、葵をはげます。


「私も2個で練習してもいいかしら?」

「いいぞ、人の2倍以上努力するとはさすがだ・・・利き腕の右と違い、左はさらにコントロールが難しいから、ゆっくりやるといい」


両手に持っていざドリブルするが、右は上手くいったが左はどこかに行ってしまう。体勢も左に偏って変な感じになっている。


「まだまだ、集中して美里を観察して真似をするんだ」

「はい!」


葵さんは、何度も何度も失敗するが果敢かかんに挑む。


「頑張れー!」


海人が遠くから応援しているが、本人にはスキップしながらコートをドリブルして遊んでいた。


――――6時30分、ドリブル終了


「コツコツと短い間で集中してやる方が上達する。物足りないのなら、ずっとボールを持って手に馴染ませるといいよ」

「中囿さんがやっているアレをすればいいのね」


くるくると腕の中でボールを回転させて、休憩していた。


「そう、アレでいいよ・・・ボールを触っているだけで上達するからおすすめだ」

「ねぇ、次は何をするの?あと30分しかないけど・・・1ON1でもして今日はもう終わる?」


時計を見るとすでに6時30分になっていた、時間がたつのがはやすぎる。2時間しか体育館を借りられないから仕方ない。


「そうだな、1ON1で今日はしめよう」

「じゃあ、えーっと・・・そこの小さい君、名前は何だったけ?」

「裕也、山之口 裕也だよ。何、僕に何か用だったかな」

「君がこの中で一番強いね。僕と1ON1をしようよ」


海人はいきなり裕也を相手に指名する。何かを感じたのか期待に満ちた表情でスクワットをしてDFについていた。


「先攻はあげるよ。いつでもかかってきな・・・」

「おい、次は私が相手だからな」


指名されなかった美里が怒って話の途中に割って入る。


「ちょっと美里は向こうで縁呼と相手をしててよ。ちゃんと後で勝負するから」

「よーし、それならいい」


裕也がボールを持ちドリブルを突いて海人にパスをする。


「美里、大人しく二人の対決を見ようじゃないか」

「どっちが勝つかな、私は裕也に1票」

「俺は海人に1万票、1本でも取れれば大したものだよ」


キュッ


お互いのバッシュのスキール音が鳴り、勝負が始まる。


「いくよ」

「どんと来い」


身長差は40cm以上もある。子供と大人の対決に見え、裕也の方が不利に見えるが、1ON1となると身長差は関係ない。なぜなら、1ON1で最も必要なものはドリブルだからだ。駆け引きを行いドライブかシュートをするためには、ドリブルをして時間を稼がないといけなくなる。しかし、その時間を稼げるほどのドリブルのスキルがなければ、相手にならない。裕也にそのドリブルスキルがあるかが、勝算の鍵になってくる。


ダム ダム ダム


「さっきから、フロントチェンジで距離を測りつつ動かないね。私のときみたいにスピードで抜けばいいのに」

「・・・そろそろだな」


裕也が右にドライブを斬り込みスピードで勝負をしかける。海人は一瞬で左横を抜かれて負けが決定してしまう。


(よしっ、あとはレイアップで決めるだけ)


「見ろ、まずは裕也の勝ちだ」

「甘いな美里・・・空中戦を忘れているぞ」


ドスン ドスン ドスン


裕也の後ろで大きな足音が急に消えてしまう。あきらめたのかな・・・裕也は、そう思って楽々シュートしようとするが、どこからともなく現れた、大きな手が真上に存在していた。


「ハイ、アタック――――!」


バチ――――ン


バレーのスパイクが炸裂さくれつするように、裕也の手から放たれるはずのボールは、物凄い力でコートに叩きつけられた。


(何てパワーだ・・・手がちぎれそうなぐらい強烈きょうれつなブロックじゃん)


「なー、完全に忘れてたー・・・海人のやつ、風船みたいにふわーっと飛んでたよね」

「ああ、あの跳躍力は素直に羨ましい」

「すごい、私よりも大きいのに動きも早いなんて驚いたわ」


みんな規格外きかくがいのブロックよりも、ジャンプの滞空時間や高さに驚いていた。


「良いスピードを持っているね、完全に置き去りにされるとは思わなかった。次はDFでも力を見せて欲しい、僕もスキルを惜しみなく見せてあげるね」

「うん、あんなブロックは初めて食らったよ。もっと、僕も万福寺君と戦ってみたいと思ったからよろしく」


2人は性格の相性が良かったのか、意気投合してお腹をぶつけながらコミュニケーションをとっていた。次は、海人の攻撃の番で・・・最初から背を向けて押し込む作戦をとり、1本目を確実にとるつもりだ。


「スピードの次はパワーを見せて欲しい・・・ほら、腰を落として僕の体に全体重を乗せないと止められないよ」


ぼよん ぼよん ぼっよーん


一歩、一歩確実に歩みを進ませて、ゴール下に侵入しようとしてくる海人に、負けじと押し出そうと小さい体をフルに使いDFしていたが、圧倒的重量の前に勝てるはずがなく、あっという間にフリースローラインまで後退させられてしまった。


「・・・うぅ、うっ・・・くっそー」


裕也はそれでも必死に海人のパワードリブルに負けないように、DFをしていた。


「DFはまあまあだね、体の使い方を覚えないとあれじゃあ、いつまでやっても勝てないよ」

「ああ・・・彼もしっかり鍛えて、小鬼のようなパワーを身に着けさせるさ」

「2人の戦いをみていたら、私も1ON1がやりたくなってきたわ」

「おっ、葵も戦いたくなってきたー?じゃあ、あっちのリングで私と1ON1しようよ」

「待て待て、まずはあの戦いを見届けてからにしろ」


海人はフリースローラインまで来ると、ドリブルをやめてピボットでステップを踏み、裕也の猛攻もうこういかわしていた。


「パワーはまずまずだね・・・でも最後まで諦めないDFをしたのはGOOD!裕也君、僕は君を気に入ったよ。お礼に無敵のシュートを見せてあげるよ」


(無敵?ここからダンクとかする気なのか?)


ゆっくりと後ろに巨体がジャンプして飛んでいき、裕也との距離を0から100ぐらいの距離に離れていってしまう。そう思えるぐらいに彼の体が風船のようにふわーっと風に流されている。


(まさか・・・嘘でしょ!)


慌てて裕也も追いかけてジャンプする。


「遅ーい!・・・・・・これが無敵のシュートだよ」


ステップバックしてさらに後ろに飛んで打つ“フェイダウェイシュート”を、打って見せる。裕也が手を伸ばしてチェックしようとするが、もう届く距離にボールはいなかった。


スパッ


ボールはリングを真上から通り入ってしまった。


「やばっ、あんなのチェックできるわけないじゃん」

「中学のときはできなかったシュートを習得したんだな。フェイダウェイはシュートのスペースをDFから強引に作る高等テクニックのひとつだ。体を反らして打つことになるから体幹もしかっりしていないといけない・・・バスケを辞めたと言っていたが1人で練習していたな」

「・・・・・・」


葵さんは初めて見ることばかりで、食い入るように2人の1ON1を見ていた。


「今のは完璧に無敵のシュートだったね。いやー、僕の完敗だよ」

「ありがとう、君も届きはしなかったけど、最後までチェックしようとしてたね。諦めない気持ちは大事だよ」


健闘した物同士、握手を交わしやっぱり1本目で1ON1をやめてしまう。実力を見極めたら満足するらしく、何本も勝負をしていいのにそれ以上はしなかった。


「次は葵さんと美里で1ON1をやってみたらどうだ?」

「いいね、葵さっそくやろう、すぐやろう」


火がついて燃えている彼女の誘いにのると思いきや、彼女は断ってしまう。


「ごめんなさい、私はもっとあなたたち経験者の技や動きを見てみたいと思ったわ。だから、中囿さんのバスケも私に見せてくれない?」

「・・・わかった、じゃあ、海人をぶっ飛ばすからちゃんと見ててね」

「今度は美里か、油断ならない相手だなあ」


ボールを海人に渡し、DFの方につく美里。いつもなら、じゃんけんでずるをしててでも勝ってOFをするのに、何も言わずにDFにつくなんて何かおかしい。


「来い、ボッコボコにしてやる」

「本気だね、そういうときの美里は強いから気をつけないと」


ダムッ


裕也にやったのと同じようにパワードリブルで勝負をしかける。


「山之口、これが大きい相手の止め方だ」

腰をしかっり落とし、どすこいとお相撲さんのように構えて海人の巨体に、体をぶつける。


ミシッ


骨が軋むような音が聞こえるが、折れたりヒビが入っているわけではない。指に力を入れて形状を変化させると鳴る音だ。顔は鬼のように血管が浮き上がり、全力で海人のパワーに立ち向かう。


「えー、止めてるんだけど・・・一体どんなパワーをしているの?」

「裕也、驚くのはまだ早い、海人の次のスキルが見られるぞ」


小学生を相手に大の大人が本気で相手をしている光景が見られるのは、そうそうないだろう。


「おー、やっぱり美里はすごいね。1mも押し込むことができないんだけど・・・どっこいしょー」


背中で全ての障壁を破る勢いで、美里にぶつかっていく。


「ぐおー、そんなものか海人・・・少しパワーが落ちたんじゃない」

「はーっはっはっは、舐められたものだ、僕の本気はまだまだみせていないよ・・・諦めてスピードで勝負」


図星だったのかパワー勝負をあっさりやめて、スピード勝負に移行する。くるっと大きな体を回転させるロールターンで抜いていく。


「はーっ、万福寺君って本当に何者なの?なんであの体で素早く動けるの?」

「ほお、器用に抜いたな・・・けど」


簡単に読まれていた美里にコースを塞がれて、抜き去ることはできなかった。


「まだまだ、このスキルを見よ」


レッグスルーしながら左にロールターン、と見せかけて後ろからレッグスルーをして右手に持ち、ドライブを仕掛ける。


「オラー、最初から右に行こうとしてたのは分かってたよー」


完璧に呼んでていた美里は手を伸ばしカットしようとする。


「・・・・・・ありがとう、美里なら反応してくれると思ったよ」


ピタッと右手でボールを掴み、急ストップする。そして、上体をすぐに起こしボードにボールを投げつけた。


バンッ


「僕の勝ちだー」


跳ね返ったボールを取りに走り出す。


「させるかー」


先にジャンプをしているのは海人だった、ボールを持った瞬間にシュートしか選択肢が無かったが、瞬時に新しい選択肢を発掘する。それは、一人アリウープだ。ボードに当ててそのまま空中でキャッチしてダンクをすれば、美里に勝ち目は無くなる。


「海人ダーンク!」


ボールをキャッチして自分の名前が入ったダンクを大声で叫ぶ。完全に海人の作戦勝ちだった。ここにいる皆、そう思っていた・・・


「うるせー、変な技名言ってんじゃねーよ・・・フンッ!」


ダッシュで追いついた美里が、思い切りジャンプして右手で掴むボールに、手のつま先を少しだけ触れて見せた。


チッ


それだけで右手のバランスを崩し、ダンクを外してしまう。


ガシャーン ガシャン


リングにぶら下がり悔しい顔を見せる海人。


「やられた、ボールを掴み損ねた・・・美里、そこを抜け目なく狙ってきたね」

「当然・・・あんたが右手でしっかりと掴んでいたら少し触ったくらいじゃ、びくともせずにダンクされてただろうね」

「くっそー、負けたー」

「おっしゃー、勝ったー!見たか私の実力」


どれだけ悔しいのか、地団駄を踏み巨体を揺らしていた。あまりの激しさに、サブコートが振動していた。


「よし、もういいだろう・・・掃除して帰るぞ」

「もう、そんな時間かー、そうだ、今日はみんなでカフェに寄っていかない」

「今日はじゃないだろ、毎日寄ってるだろうが」

「いいねー、寄っていこう。僕、もうお腹がすいて倒れそう」


美里と海人はカフェに行く気満々だ。お腹がすいたといっているが、大量にあったおにぎりはどうしたんだ。俺は、海人に質問するとドリブル中やシューティングの間に、食べてもうなくなったらしい。誰にも気づかずに練習をしながら食べていたとは、忍者並みの気配をしていた。


「葵さんと裕也はどうする?寄っていくかい?」

「ええ、付き合うわよ。この前中囿さんから聞いていたカフェに行くのね、ココアを楽しみにしていたわ」

「僕は今度は“牛肉ハンバーグ&牛ヒレバーガー”を食べようっと」


皆、カフェに行くことになりチーム完成と海人の参加祝いをすることになった。


「よし、じゃあ今日はこれで練習を終わります。一同、礼」

「ありがとうございました」


みんなでエンドラインに並んでコートに感謝の気持ちをこめて、挨拶をする。今日この日から、かぐや姫総合体育館のサブコートで、チーム名はまだ決まっていないがMBを本気で目指し、優勝賞金を掻っ攫う集団が誕生した。


蛹御門の全国を経験した“玉枝 縁呼”、“中囿 美里”、“万福寺 海人”この3人が中心となり、チームを引っ張っていく。そして、千馬越の“山之口 裕也”、持ち前のスピードは他の選手を圧倒できるほど速く、シュートも上手い。鍛錬を積んで体質変化をマスターすれば、もっと強くなる。最後に、川内青龍東の久我出身でありスーパールーキーの“萩原 葵”、バスケは未経験だが身体能力はこのチームの中でトップのポテンシャルを秘めている。向上心も根性もあり、1年でどれだけ進化するか楽しみだ。少数精鋭ではあるが一人一人粒が揃っており、ハイチームなだけに怪我や病気は気をつけていきたい。一人でも欠けたら今の状態では試合を棄権せざるを得ない危険性がる。


縁呼はそれだけは絶対に防がないといけないと、危惧して今日も無事に練習が終わったことに、安心していた。


「今日はココア飲んで、私も山之口が食べると言ってたバーガーも食べたいなー」

「僕はパンケーキが食べたいけどあるかなー、ケーキバイキングもあったら最高だね」

「チョコケーキとココアを私はいただくわよ」

「皆、結構お腹すいてる系だね。僕はバーガーの他に何を飲もうかなー?」


心配など露知らず、カフェで何を食べようか真剣に話し合っていた。


「まずは、掃除だろうが」


時間が迫ってきているのに、のんびりしている皆を急かす。このチームは、自由すぎて面白い、これからより一層バスケが楽しくなる・・・俺はそう直感した。

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モンスターレアバスケ 戸田 博子 @toda-hiroko69

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