第9話 久我と関取

ピッコーン


『今日、学校が終わったら、かぐや姫に来るよ』


朝早くに縁呼のスマホにメールが入る。起きたらすぐにご飯を食べて、ゆっくり過ごすので着信に気づくのは家を出て自転車に乗る瞬間に、チェックして初めてそこで気づく。


「よし、これでチームが完成する・・・早く試合がしたいぜ」


送り主が誰なのかは今日の練習の時間に正体があきらかになる。皆を驚かすためにも、縁呼は誰にも言わずに今日の学校生活を過ごすことにした。


「行ってくる」

「行ってらっしゃいませ、お母さまの愛情弁当は持たれましたか?」

「持った・・・今日は遅くなるから晩御飯は先に食べてと母さんに伝えて」


カバンから大きく玉枝の文字が刺繍ししゅうされた巾着袋きんちゃくぶくろを取り出す。


「分かりました」

「じゃあ、行ってくる」


自転車のペダルが外れるぐらい全力で漕いで、甲虫学園に登校する。家から学校までの距離はおよそ3km、信号に止まらなければ10分もかからずに到着することができる。しかし、全力で漕ぐのは家を出て100mぐらいであり、あとの道のりはゆっくりと漕いで風を切りながら、朝の日常風景を楽しみリッラクスした状態で学校に向かう。


「今日もいい天気だ・・・最高だ」


田んぼ道を我が道のごとく、堂々としたヤンキー姿勢で漕いでみたり、手放しで運転してみたり、誰も見ていないことを確認して、ちょっとふざけてみたりする高校生活を満喫まんきつする男がいた。


「ふぉー、ア――――、ひゃー」


意味もなく急に奇声きせいをあげたり、ぶらぶらと蛇行だこう運転したりストレスを発散する。誰かがこの行動を見ていたら、通報されてもおかしくない。しかし、この暴れてみたい衝動に駆られるのは皆も人生に一度は体験したのではないだろうか。この男も、今、まさにそれだ。広い田んぼの中で周りには家も建っておらず、車も通らない場所だからこそできる、ある意味縁呼にとって安息あんそくの場所なのかもしれない。


――――午前8時10分、甲虫学園駐輪場


キキ― ガチャン


駐輪場と言っても簡素な造りでトタン屋根に、鉄骨が数本支えておりだったぴろいスペースがあるだけだ。好きな場所に自転車を止めてカギをロックする。しっかりとロックしなければ生徒指導の先生に、後で呼び出されて怒られることになる。


――――午前8時15分、甲虫学園靴箱


ガコン ギ―


(今日もラブレターが投函とうかんされていない!まあ、今どき靴箱に入れる人がいるわけないか)


そんなことを思いつつも、腕を奥まで入れてしっかりと探していた。が、あるわけもなくいつもの上履き以外、他には何も変わったところはなかった。


「縁呼君、おはよう」


後ろから挨拶をしてくる女子の声がする。


「おはよう!」


ぎこちない笑顔で後ろを振り向き挨拶を交わすと、そこには萩原さんが立っていた。


「どうしたの?何か良いことあったの?・・・顔がにやけているけど」

「いや、うんっ・・・別にこれが俺の通常スマイルだから気にしなくていいよ」


(朝から女子に、しかも向こうから挨拶をしてくれるとは・・・嬉しすぎる。あぁ、今日は本当に良い一日になりそうだ――――)


「そう、ならいいんだけど、あっ、そうだ今日の練習は顔を出せるよ。初めてのバスケだけど一生懸命頑張るからよろしく」

「いいね、こちらこそよろしく・・・ところでシューズは持ってきた?」

「一応、体育館シューズで練習するつもりだけど、大丈夫だよね?」

「OK、履く物があれば何でもいいぜ、バスケが楽しいと思えるように教えてあげるから、安心して」

「ありがとう、ここは人がたくさん来るから、歩きながら話しましょう」


靴箱から移動して廊下を歩きながら、チームのことやバスケの基礎を教えてあげる。


「動画や教科書でバスケ用語はある程度覚えたけど、ステップやシュートの種類は実際にやってみないと、分からないものね」

「確かにステップやシュートは、動画を見てできると思っても、実践じっせんしてみるとこんがらがって分からなくなるよね。それは、コツコツ練習して体に覚えさせるしかないな。・・・葵さんはどんな選手になりたいんだ?」

3Pスリーポイントを武器とした選手になりたいわ」

「スリーね、いいじゃん!スリーだったら美里が得意だから、今日の練習で教えて貰えばいいよ」

「ええ、ぜひそうさせてもらうわ」


こうして並んで歩くと、俺の頭が彼女の肩ぐらいで見上げなければ、顔を見て話すことができない。クレアもそうだが、今の女子の発育の成長には驚かされる。


「ちなみに葵さんは、どうやってその長身を手にいれたのでしょうか?」

「今はバイトでお金を稼ぎ、ご飯をたくさん食べることができているけど、うちは知っての通り超絶貧乏だから、小さい時は、ご飯はそんなに食べれなかったわ・・・でも、お腹を満たすために山に狩りにいったり、海に釣りにいったりと常に食料を探して生きていたわ、筋力もついたし栄養が高そうなものばかりを食べていたから、そのせいじゃないかしら」


彼女の幼少期の過ごし方が野性そのもで、無人島でも普通に生きていけそうなぐらいたくましすぎる。


「おぉ、何かすみません」

「気にしないで、生きていくことに必要だったから、私は自分のことをちっとも可哀想かわいそうだとは思っていないわ」

「青龍東出身だから川内に家があるってこと?」

「川内の“久我くが”に住んでいるわ」

「あー、それはすごい」


久我とは川内の東に位置する広大な森と山に囲まれたジャングル地帯にある。そこに踏み入れた者は二度と出てこれなくなるほど、広く入り組んでおり、道しるべがなければ絶対に帰ってこれない。そこのジャングル付近に集落があり、その集落こそが“久我”という名前になる。噂では、“人食い一族が住んでいる”とか、“呪われた村”や、“縄文時代”など、危険な場所として知られている。そこにすんでいる人に会えるとは、人生何があるかわからないものだ。


「実際はどんな場所なのか教えてください?」

「いいけど、もう教室に着いたから・・・放課後教えてあげる」


そう言って彼女は1年3組の教室に入って行ってしまった。まさか、彼女が久我に住んでいるとは1mも思わなかった。色々なエピソードも聞けそうだし、放課後が楽しみだな。縁呼もまた、彼女と同じで放課後が待ち遠しくなってしまった。


――――8時25分、1年1組の教室


甲虫学園は8時30分までが登校時刻で、8時40分までの10分間でHRがあり、担任の先生から1日の日程を説明される。1時間目の授業は8時50分から始まり、10分間の休み時間&移動時間が設けられている。


「――――以上、今日の連絡は終わりです。しっかりと、教科ごとの先生の授業を聞いて、寝ないようにしてください」

「はい」

「では、少し早いけどHRを終わります」

「起立」


日直の本田さんがすぐに号令をかけて、終わりの挨拶をする。


「姿勢、礼」

「あざしたー」


皆、朝のHRはまだ眠気が残っており、テンションがなくぼそぼそと挨拶をしている。だるくて家に帰って、お布団で寝たい生徒もたくさんいそうだが、単位のために頑張って朝のHRを乗り越えた。


「うわー、皆、元気が無いけど・・・1時間目から寝ないんだよ?わかった?」

常先生が心配して注意するが、果たして何人かの生徒の心に届いたのか分からない。

「・・・はぁぃ」


ゾンビのような声で返事をして、眠らないことを約束したが絶対に眠ってしまう。1年1組の生徒は、今日も平常運転で変わりはない。

4月のフレッシュな顔をした生徒はもう、どこにもおえらず・・・高校生活に慣れたベテランの顔をした生徒になっていた。


「全くもう、皆、帰りのHRに会おうねー」


一人元気が良い先生だけが、笑顔で俺たち1年1組の生徒と別れ、教室を出て行ってしまった。


(あの先生は本当に朝が強いなー)


おじいちゃんだが、年齢を感じさせない言動に関心をしていると、山本が走って近づいてくる。


「玉枝君!おはよう・・・今日は朝から美女と歩いていたね」

「美女って萩原さんのことか?」

「そうだ、いつからあんな美しい女子と知り合いになったんだ?」


俺の肩を掴んでぐわんぐわんに振ってくる。


「やめろー、吐くわ・・・美里経由で知り合ったんだ」

「羨ましい、羨ましいぞ、俺にもその経由を繋いでくれよ」


次は頬をペチペチと叩いたり、人差し指でぷにぷにとつっついたりと懇願しながら、頬ずりしてくる。


「まず、お前は美里がすきだっただろう?それに、俺を頼っても仲良くはなれんぞ、どっちも今は恋愛には興味がないっぽいからな」

「えっ!・・・ならいいや、ほっといておいても彼氏ができることはない、そうかー、それなら安心だ」

「ああ、バスケを一緒にやるからそんな暇はない」

「へー、一緒にバスケをするのか・・・頑張れよ。大会の日は必ず呼べよ、応援にいくから」

「ああ、それは助かる。楽しい試合をするからお弁当を持って来いよ」


ガラガラガラ


「おはようございます」


大学を卒業したばかりの新人教師、“釜沼かまぬま先生”が入ってきた。いつ見ても紺色のスーツを着用しており、ネクタイが曲がって皮靴がボロボロだ。きっと、慣れない一人暮らしに、追われる教師生活に精いっぱいなのだろう。


「今日はミニテストをやるから、頑張ってね」

「えー、先生・・・それは成績に加点されますか?」

「いいや、されないけど、1学期末の予習にはなるからしっかり、取る組むこと」


1時間目が始まる前にテストを配り始める。


ブオーボーブオーピュー ブオーボーブオーボー ブオーボーブオーボー ブオーボーブオーボー


すでに一日が始まっているが、学生にとっては1時間目の授業の始まりこそが、今日の長い一日の始まりである。


(あー、めんどくさい、あー、帰りたい)


心の声でつぶやいている人はこの教室にどれぐらいいるだろうか?皆、思っているのだろうか?分かりはしないが雰囲気で察する限り、そうだろう。


――――午後4時40分、甲虫学園1年3組


「3組に何の用だ、1組のスパイめ!」

「誰がスパイだ、お前に用は無い、葵さんに会いに来たんだ」

「葵にねー、でも、今は職員室に行ってるかいないよ」

「そうか・・・そうだ、美里は葵さんが久我出身って知っていたか?」

「うん、今度、家に泊まりに行くんだ。久我という危険地帯を攻略する」


遊びに行くというよりも、冒険に行って宝でも探そうとする気満々の感じだった。


「そうか、俺は昔話を聞きにきたんだ。朝の続きをしにな」

「まだ、時間がかかるんじゃない」

「なら、一緒に体育館を向かいながら話を聞くか」


縁呼は、3組を後にして荷物を取りに1組に帰る。


「靴箱に集合な」


美里がチョコを食べながら集合場所を伝える。最近あいつと会うときは、食べ物を食べていないときがないほど、食べているな。


――――午後4時45分、さつま町の商店街


アーケードの下を女子高生2人と男子高校生1人が歩いている。縁呼は自転車を押して歩き、そのかごには二人の通学カバンが入っている。後ろの荷台には自分のカバンを結び、重くなった自転車をカラカラと転がしていた。


「マジ、芋虫や蛇も食べたことあるの?」

「ええ、家にはお父さんの仕事の影響でサバイバルや調理、昆虫や人体、病気などの本がたくさんあったから、それを見て学んで空腹を凌いでいたわ」

「お父さんは何者?」


相当興味をひかれたのか、美里は目を輝かせてぐいぐいお葵さんに質問をしていた。


「研究員・・・何の研究をしているかは教えてくれないけど、自室の研究室に引きこもり日夜なにかをしているわ」

「すげー、お父さんも葵の過去も漫画のような人だね」

「漫画・・・まあ、私からしたら普通だけど他の人はそう感じるのね」

「今度、遊びにいくときお父さんにも会えるかな?」

「話をしておくから、きっと会えるわよ。でも、本当に中囿さんは変わっているわね。私の家に遊びに来るなんて好奇心が強すぎるわ・・・それは本心で言っているの?」

「うん、本心だよ。今は夏だからカブトムシを捕まえよう・・・カブトムシって美味しいの?」


おいおい、美里のやつ・・・マジでカブトムシを食べるつもりなのか?本気で質問してるじゃないか。想像するにカブトムシは固くて食えるところは少なくないか、食べるとしたら幼虫じゃないだろうか。冷静に頭の中でカブトムシを思い出すが、やっぱり茶色で角があり、鎧のような殻で覆われている・・・絶対に食べれないはず。

というか、葵さんが食べていないことを願う。


「カブトムシはお腹の筋肉の部分が美味しいわよ」


食ってたー、やっぱこの人久我出身なだけある。立派すぎるわ。


「横線がいっぱい入ってぶりっとした部分?あれって、お腹なんだ・・・尻だと思ってた」


ゲラゲラ笑いながら昆虫食のトークはまだまだ終わらない。


「成虫は固くて食べれない部分が多いから、おすすめしないわ。食べるなら小ぶりの幼虫がおすすめよ」


指で幼虫の太さを表現してと眼鏡をあげていた。


「すっごい楽しみなんだけど、縁呼、あんた何黙ってんの・・・顔色悪いけど大丈夫?」

「もしかしてゲテモノトークで気分を悪くしたのかしら?」


察しが良すぎる彼女は不敵な笑みでいやらしく、こちらを見下していた。


「ちょっと想像したらグロテスクすぎて、体の力が抜けただけだ」

「良かったら、縁呼君も家に遊びに来てもいいのよ・・・なんなら一晩泊まっていってもいいのだけど」

「・・・・・・遠慮する、身が持たん」

「いいじゃん、縁呼も一緒に山に冒険に行こうよ」

「絶対に行かん、虫とか苦手なの知ってるだろ」

「大丈夫、私が手作りのけものの毛皮でった武者鎧むしゃよろいを着させてあげるから・・・防虫効果は絶大よ」

「獣って何?イノシシとか鹿、熊もいるのー」

「毎年、冬のシーズンに狩猟しゅりょうが解禁されて“久我猟友会”《くがりょうゆうかい》に参加してお手伝いするの、報酬ほうしゅうに肉と皮を貰えるから萩原家にとっては恵のシーズンよ」

「もうこれは、夏休みに葵んちで合宿するしかないね」


一人だけテンションがあがり、夏休みの計画がどんどん埋まっていく。合宿もいいけどバスケはどうするつもりだ、葵さんの下で修業して猟師にでもなるつもりなのか。


「分かった、来たその日は村の皆を招いて歓迎会を開きましょう」


本気で合宿をするらしく、約束が決まってしまった。


「美里、怪我だけはするなよ。バスケができなくなるとか、勘弁な」

「大丈夫、大丈夫」

「・・・縁呼君も招待しましょう、断ったら断ったで・・・強制的に迎えにいにきますね」


葵は、二人には聞こえないように独り言を言う。関係ないと思っている縁呼の予定も埋まってしまった。彼女は二人とも、初めから招待しようとしていたらしく、夏休み初日に久我に行くことになるとは、縁呼はまだ知らない。


――――午後5時、かぐや姫総合体育館


ガコーン


「あー、今日は外れたー」


美里はサブコートに入ると、コートに出ていない状態のリングにシュートを放つ。今日のバスケの運勢を占うために、毎日やっている恒例行事だ。


「じゃあ、今日はとことんシュートが入らないな」

「シュートが入らなくても、ダンクすれば百発百中だし」

「リングに手が届くようになってからいいな」


用具室から“長い棒(調節ハンドル)”を引っ張りだして来て、壁に備え付けてある折りたたまれたリングの裏にある輪っかにひっかける。


くるくるくるくるくる


最初は腕だけで回していたが、手首のスナップだけで回す。それでも半分ぐらいしかリングが出てこず、体全体で回ってくるくるハンドルを回す。


「美里、後半分を回してくれない?」

「ココア飲ますなら動く」

「・・・・・・・・・・・・」


ぐるぐるぐるぐるぐるぐるグル


「無視して回してんじゃねーよ。冗談で言っただけでしょ、変わるから機嫌を直してよ」

「そう言ってる間に彼は、もの凄い速さで終わらせてしまったわよ」

「ココアはそう簡単に飲ませはしないぞ、今日はしっかり練習をしてもらうからな・・・覚悟するんだな」

「私は筋トレだけは断固拒否する」


カバンを持って美里は葵さんを更衣室に連れていく。


「ごねたら、ココアで釣ってやる。断固を続溶してやる」


ちなみに続溶とは断固の対義語で無理矢理今作った、造語である。実際には存在しない言葉だ。


ガラン


「ちはー、練習はまだ始まってないよね?」


裕也が少し遅れて合流する。


「いや、今俺たちも着いたところだ。他の人たちは更衣室に着替えに行ったから、俺たちも早く着替えて練習をしようか」

「ほーい」


裕也は荷物を置き、制服を脱ぐとすでに練習着を着ており、後はバッシュを履いて準備完了の状態だった。


「よし、練習しますかー」

「早っ!シューティングして体を温めておいて、後で萩原さんと自己紹介してもらうからそのつもりで」

「そっか、今日から萩原さんも合流したんだね」

「ああ、今日からバスケを経験するスーパールーキーだ」

「そうなんだ、早くこないかなー・・・どんな人かまだ名前しか知らないんだよね」


スパッ


美里と違い、裕也は3Pを一本目から決める。リングにあてずきっちりネットだけを揺らすとは、さすがとしかいいようがない。


――――午後5時15分、サブコート


「初めまして、1年1組の山之口裕也と言います。これから一緒にバスケ頑張っていきましょうね」

「ええ、初心者で未経験だけどよろしくお願いします」


軽い自己紹介が終わり、まずはストレッチに体操とウォーミングアップを始める。


「皆、センターサークルでストレッチを始めようか」


円を囲みコートに座り込んでゆっくりと腕を上に伸ばし、背伸びをする。


「あらかじめ何種類かのストレッチメニューを考えてきたから、俺の真似をしてくれればいい」

「うわー、ねむたーい」


美里は、大きなあくびをしながら背伸びをする。確かに、学校も終わり夕方の5時を過ぎているこの時間帯にリラックスした状態でストレッチをすると、眠たくなってくる。


「私は、体育館シューズと体育服だけど練習には支障があるかしら」

「いいや、体育服は問題ない。服装なんて動きやすい服なら何でもいいよ。ただし、シューズは怪我を防止するためにも、ちゃんとしたバッシュを履いた方がいい。近いうちにシューズを一緒に買いに行こう。スポンサーであるこの俺がぴったりのバッシュを選んであげる」

「いいな、私もバッシュ欲しい。葵、一緒に見に行こう、バッシュ選びは楽しいよ」

「ありがとう、お言葉に甘えてできるだけ高級なバッシュを買わせてもらうわ」

「そこは、普通の無難な値段のバッシュを買いますって言えばいいんだよ」


美里、クレア、舞といい、どうしてこう遠慮しない女子ばかりと知り合いになるんだ。もっと、おしとやかで大和撫子で男性をたててくれる女子と知り合いになりたいな。いや、でもそんな女子は無理してる感じがして嫌だな。やっぱり、自由奔放で自分を貫いている女子の方がいいな。うん、俺はそっちの方が気が楽で好きだな。


「ニヤニヤしてる。キモ」

「あれはエロいことを考えているわね」

「考えてないわ、あと、きもくないし」

「いや、あのニヤケ顔はおぞましく感じたよ」


裕也が俺のニヤケ顔を再現してくれたが、似ているかどうかは分からないが・・・確かにきもかった。


「それはキモイな・・・美里すまん、お前が正しかった」

「ならココアをプレゼントしろ、それで許してやる」

「ココアは・・・飲ません」


それから、ストレッチをやって軽くジョギングをする。コートを往復して軽く汗を流す。


「よし、今日は基礎の基礎を徹底的にやっていこう。皆、初心に帰り頑張ろう」

「基礎とか何するの?パス練習からでも始めるの?」

「合ってるぞ、パスやドリブル、DFの練習など本当に基礎の練習をやる」

「まじかー、でも葵に教えるにはピッタリな練習だね」

「そう言わずにさっそく始めましょう」


美里と違い、葵さんはやる気満々だった。


「俺と裕也、美里と葵さんでペアを組んでパス練を始める。まずはチェストパスから」

「よーし、葵。私の華麗なパスを見て学ぶんだ・・・こうやるんだよ」


左脚を後ろに下げて、胸の前にボールを持ってくると勢いよく腕を前に伸ばして、ボールを真っすぐ飛ばす。


「両手の平はパスをした瞬間に外側を向いていることが重要。しっかりと前に飛ばすには手首のスナップが大事だからね」


合掌してつま先を自分に向けて、そのまま腕を伸ばし徐々に開く、タコさんウインナーの足が開くみたいに最後は手の平が外側を向いている。その動作を葵さんは何度も確認しながら、練習している。


「そうそう、そうやって胸の前で力をためて一気に放つ感じだよ」


美里の独特の教えにチェストパスの練習が始まっていた。


「俺たちもやるか?」

「うん、高校になってここまで基礎をじっくりやるとは思わなかった。100回ぐらいパスをするの?」

「回数じゃなく、気分で決めよう。しかっりと体の使い方を復習しながらやっていこう」

「了解」


バシッ バシッ バシッ バシッ


縁呼と裕也ペアは、キャッチしてステップをゆっくり踏んで、腕をしっかり使い体全体でボールを押し出していた。


(一球、一球が速くて重い・・・距離は結構離れているのにスピードのせいで近く感じる)


裕也は縁呼のパスに驚き必死にキャッチしていた。体の使い方が上手く、とんでもないスピードでバスケットボールが飛んでくるが、必ず胸に構えた手の中にすっぽりと入ってくる。


(くそっ、基礎練習なのにパス一つで上手いと思わされるほど、センスが滲み出ている。これが、全国を経験した選手。ブランクがあるとはいえ、やっぱり上手いなー・・・でも、負けるわけにはいかない)


裕也は縁呼のバスケのセンスに嫉妬をしていたが、いずれ超えてやると心に誓いパスの練習を続ける。


「はい、チェストパス終了。次はバウンドパス・・・正面、ステップを踏んで左右から、頭の上からと3種類のパスをそれぞれ気が済むまでやって」

「はーい、葵、左右から出すパスは、右から出すときは右足を斜め前に出して腰辺りからバウンドさせる。左はさっきと一緒で左足をだしてパスをする。簡単でしょ?」

「こうかしら」


右足を大きく斜め前に踏み込み、思い切りコートにバウンドさせる。


「OK、さあやろう」


ゆっくり交互にステップを踏み、数えながらバウンドパスをやっていた。


「裕也、俺たちはもっと離れてからやろうか。バウンドするときに加速するからしっかりキャッチしろよ」

「加速?何でバウンドしたら加速するの、一体どういう原理?」


態勢を低くしてボールをお腹に構えて、全体重を乗せ、銃弾じゅうだんのように弾き出す。


ダム    ボッ    バッシ―ン


バウンドした瞬間に加速して裕也の顔面すれすれを通り、後ろの壁にぶつかる。


「大丈夫?顔に当たってないよね」

「えー、どういうことなんでそんなに速いパスができるの?」

「ボールに強力なスピンをかけているから、加速することも減速することも可能だ。お前もボールにスピンをかけることを意識してやってみろ」


裕也もボールにスピンをかけて正面にパスするが、速くパスしただけでバウンドしても加速しなかった。


「まあ、スピンはかかっている。練習すればできるようになるから、次は左右のバウンドパスに驚いて貰うぞ」


指先に力を込めてボールを鷲掴みにすると、右足を出し裕也の方向ではなく、そのまま足のつま先である斜め45度の方向に叩きつける。


(どこに向かってバウンドさせてるの・・・力みすぎて変な方向にパスしちゃってるじゃん)


グリッ


叩きつけたボールはそのまま誰もいないところに真っすぐ飛んでいくのではなく、強引に方向転換して裕也に向かって一直線に向かっていく。


ズド――――ン


またもやボールは顔面スレスレを通り、壁に激突する。


「・・・・・・エ――――!どういうこと」

「練習すればいける。そう驚くな」


驚きと興奮を隠せない裕也を無視して、どんどんバウンドパスの練習をしていく、気づけば時間は5時45分をまわっていた。


「休憩!」

「やっとだ・・・もう手が痛くて、腕もパンパンでマッサージしないとダメだわ」

「手は仕方ないとして、腕の方は普段使っていない筋肉が早くも悲鳴をあげたんだ。基礎練を真面目に取り組まず、実践練習ばかりやっていた証拠だな」


(思い返せば、甲虫バスケ部の練習はストレッチをした後、DFをしてすぐにシュート練習に入る。その後は2対2や3対3、オールコートを使って2メンや3メンなどの走る練習ばかりで、基礎練習は全くしていなかった)


「こんなに基礎練習がきついと感じたのは、小学生のときにバスケを始めた以来だよ。あの時は、試合も練習も参加できずに基礎練ばかりだったから、早く卒業して練習に参加したいばっかりに、真面目に取り組んでたなー」

「強豪の高校は基礎を大切にするほど、基本に忠実だ。基礎がしっかりしていればどんな相手でも冷静に応用できるからな。だから、基礎を厳かにしてはいけないよ」

「うん、そうだね・・・でも、あのパスはいくら練習してもできる気がしないよ」

「いや、できる!よく言うだろう、できると思えばなんでもできる・・・きっとできるぞ」


そう言って彼は手を見せてくれました。手の平は皮がズル剥けて、豆がたくさんできており、どんな練習をすればそんな風に指が鋼鉄のように固くなるのか、努力をした後が残っていました。


「俺にたくさんバスケを教えてください」


その手に感動した僕は、気づけば縁呼君に頭を下げてお願いしていた。今は僕の方が上手いんだろうけど・・・それはすぐに抜かされてしまうだろう。初めて天才という人に会ったと思うほど、その才能は圧倒的だった。


(ああ、超えると決めたばかりなのに、くじけそうだ)


心がぽっきりと折れそうになっていると、彼が握手をして願いを受け入れてくれた。


「任せとけ、お前を俺以上の選手にしてやるよ。だから、あきらめずに一枚づつ壁を破って成長しようぜ」

「うん、ありがとう。絶対に超えてみせるよ」


威張りもせずに本気で俺を育ててくれるその懐の広さに、僕の心は立ち直った。


「縁呼君がさっきしていたパスは、中囿さんもできるの?」


その質問にぴくっと眉が反応して、真面目なトーンで話し出す。


「できるよ。私もできるからやって見せようか?」

「ぜひ、やって見せて」


美里も同じようにバウンドパスをすると、加速させたり減速させたりと、自由自在に変化させる。


「すごい、私にも教えてくれないかな?」

「・・・このパスは今は教えることができない。ううん、教えても絶対にできないから意味がない」

「どういう意味?運動神経は良い方だけど・・・何か他に理由があるの?」


美里はちょいちょいと手招きして、葵を近くに呼ぶ寄せる。そして、彼女の顔の前に手を見せると思い切り力を入れる。


ビキビキビキ


手の血管が浮かび上がり、指が鋼鉄こうてつのようになり獣の爪のような形になる。


「えっ!私もそれならできるよ」


ビキッ


一瞬で両手を変化させてダイヤモンド並みの硬度こうどを誇る固さに変化させる。


「あれっ?何でできるの、私がこれを習得するのにどれほど苦労したか分かってる?」

「山で小さい時から鍛えてるの忘れたの?お父さんに“体質変化”の修行をつけて貰っていたから、同年代の女子には負ける気がしないよ」

「そっか、そうだったね。・・・カッコつけてセリフを言ってた私、恥ずかしすぎるー」

「アハハ、大丈夫、結構様になってたから問題ない」

「うるさい、笑うな!ボールを思い切り掴んで強力な回転をかけたら、できあがり・・・ほら、やってみ」


美里の教えに従い、両手でボールを掴み全体重を乗せて正面にバウンドパスを放つ。


シュボッ    ギュン       ズッド――――――ン


今までで一番の衝撃音がサブコートに響き渡る。


「わーお、合格!これからは葵の成長する姿を見るのが楽しみだ・・・ようこそ、バスケの世界へ」


美里は、拍手をしながら葵のポテンシャルの高さにやっと気づき、とんでもない逸材が来たと思った。


(縁呼のやつめ、気づいておいてわざとあんなパスを見せたな。彼女ならできると知ってあえて挑発したとみた。後、私をはずかしめるために・・・ムカつくから、今日の1ON1でボコボコにしてやる)


2人も休憩するためにカバンのところに向かい、給水しようと歩き出す。


「縁呼君、今日は私と1ON1しようね」


(さっそく来たか、察しが良すぎてもう何もかも気づいてるな。顔は笑っているのに声は全然優しくない。殺すオーラが後ろから漂ってきてるのがビシバシ感じる)


「いいだろう、逆にボコボコにしてやるよ」

「てめー、やっぱりわざとパスを葵に見せつけたな・・・おかげで私がどれだけ恥ずかしい思いをしたか、サンドバックにして完全勝利してやる」


バチバチと火花を飛ばし言い合いしていると、突然、扉が開き誰かが入ってくる。


ギギ―ッ


「こんにちはー、今到着しましたー」


入ってきたのは大柄な男で、学ランを着ていた。身長は葵よりもはるかにでかく、横にもとてもでかい、その姿はまるでお相撲さんのような体型で、横綱の風格をしていた。


この男はいったい誰なのか?一人の男を除いて、疑問に思っていた。

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