第8話 昔話

――――6時30分、かぐや姫総合体育館


「はぁ、はぁ、はぁ、・・・あー、もう無理」


体力を使い果たしコートに倒れる美里。足もガクガクして限界を迎えていたが、山之口 裕也は、黙々とシュート練習をしていた。


ガコン スパッ スパッ ガシャーン


何度も何度も3Pシュートを打っては、リバウンドを取りに行く。昨日まで現役だった彼にとって、このぐらいは簡単で物足りないのだろう。


「あれが現役と私たちの差かなー」

「そうだ、体力作りもしっかりやらないとダメだってことだな。さあ、立って汗を拭け、風邪をひくぞ」


手を差し出して美里を起き上がらせる。


「今の私たちじゃ、1Qクォーター10分も無理だね」

「ああ、徹底して走り込みをする。その後は、ひたすら自主トレで筋トレと肉体改造が優先だな」


美里は休憩しながら山之口のシューティングを眺めていた。そして、俺の方に来て何故、彼がこのチームに入ってくれたのか質問してきた。


「まずは自己紹介をしとくか。おーい、裕也ー・・・練習をストップして、ちょっとこっちに来てくれないか?」

「いいよー」


三人はそれぞれタオルを首にかけ給水をすると、センターサークルの中で座り込み話をし始めた。


「それで、何で部活を辞めてこっちに入って来たわけ?」

「この3ヶ月で自分のレベルを悟ったから・・・かな」

「何?もう高校バスケのレベルに着いていけなくなったの、私たちよりも断然上手いのに」

「今、俺たちの高校のバスケ部はどれぐらいの強さ?」

「うーん、今年のインターハイ予選がベスト16で、鹿児島水神甲南すいじんこうなん高校に負けてベスト8に入らなかったぐらい」

「甲南って昔から強い高校じゃん、何点差ぐらいで負けたー?」

「74対60の14点差で負けました・・・ちなみに優勝は、後光ごこうひきいる草獅子高校だったよ」

「おぉー、茜のいる高校じゃん・・・早くも全国に行くのかー、後でメールしようっと」


久しぶりに茜の名を聞いて嬉しくなったのか、持っていたボールをバシバシ叩いて感情を表現していた。


「3年生は引退したから、1・2年生の体制になって部員数はどれくらい?」

「1年が20人、2年が18人の計38人、3年生は8人の合計46人で15人のベンチの枠を争い、練習をしていた」

「結構いるじゃん、そこそこのレベルと聞いてたけど・・・組み合わせの運が良ければベスト8も夢じゃない」


お得意の手のひらでボールをコロコロしながら、美里は前向きな言葉を裕也に対して浴びせる。


「うん、今の主力メンバーは2年のキャプテンでエースの“貝柱 良介かいばしら りょうすけ”さんと言って、1年生からスタメンに選ばれた実力者で外のシュートがめっぽう強い人だよ」

「誰?どこの中学出身?」

「“川内釈迦中央せんだいしゃかちゅうおう中学”出身だよ」

「・・・7番で左利き、そして試合中に、仲間に声を大きく出せと常に言ってた人だ」

「あぁ、はいはい、分かった・・・あの、左シューターの人か」

「俺がマッチアップしてたから、実はあんまり印象に残ってないんだろ?」

「うん、顔は思い出せないけど、一つ上に仲間に指示をしたり、コミュニケーションをとる人がいたなーと、うっすら覚えてる」

「うん、その人で合ってるよ。仲間思いや後輩の面倒見の良さから、キャプテンに抜擢ばってきされた尊敬できる先輩だよ」


その他にも、裕也は今の薩摩甲虫学園バスケットボール部の内情を教えてくれた。まず、初めに紹介されたキャプテン貝柱の他に副キャプテンの“蟹木 秀明かにき ひであき”ポジションはPGで、貝柱と同じ釈迦中しゃかちゅう出身。コンビでこの高校に入学して、甲虫旋風こうちゅうせんぷうを巻き起こしたいらしい。パスが上手く、ゲームメイクも冷静に見極める人だ。Cを務めるのは裕也と同じ千馬越中出身の“烏賊白 ツム”、中学から始めたらしく身長は180cmでミドルシュートが得意な、技巧派センターだと、スタメンに2年生はこの3人しか入っておらずに、残りの2枠は1年生だと教えてくれた。


「人は揃ってるじゃん、1年生はあの2人組かな?」

「そう、知っての通り“川内朱雀南せんだいすざくみなみ中学”出身のツインズ、“雨無 綾あまね あや”ちゃんと“傘音 鏡花かさね きょうか”ちゃんだよ」

「こっちも普通に活躍をしてるのね」

「さすが、“ねねコンビ”・・・高校で早くも頭角とうかくを現してきたか」


この女子の二人は俺たち蛹御門さなぎみかどに牙を向け続けてきたライバルだ。どんなに、劣勢れっせいになろうが心が折れることは決してなく、二人で鼓舞し合い、毎試合平均50点を得点する超攻撃的なバスケをする選手だった。


「試合は全戦全勝したけど、毎回監督がツインズに許す得点を、オーダーしてきたけど、守れたことなかったよね」

「あぁ、ツインズによる失点は30点以内ならOK、監督にそう言われたけど・・・守れなかったねー、どんなにDFを厳しくしても、執念しゅうねんでシュートしてくるから恐ろしかったぜ」

「くっそー、今思い出してもあのOF力は凶暴すぎたー」

「二人とも、あのツインズ相手に圧倒してたけど実際は違うんだね」

「そうだよ、いつも内容はダメダメで朱雀中すざちゅうとの試合の後は、1時間以上のミーティングが行われてたんだ」

「試合に勝ったけど、勝負には負けた気分になってたなー」

「御門中は、雰囲気が怖くて、別格で秘密の組織みたいだったから・・・こうやって実際に話を聞いてみると面白いね」


何故彼が御門中のことを秘密の組織と例えたのかと言うと、北薩地域の中学による大会での過ごし方に答えがある。北薩地域のバスケ部は全部で5つの地域から集まってできている。


1.がらっぱの町“川内せんだい”ここにある中学は6つ“川内東青龍せんだいせいりゅう”、“川内西白虎せんだいにしびゃっこ”、川内南朱雀せんだいみなみすざく”、川内北玄武せんだいきたげんぶ”、“川内釈迦中央せんだいしゃかちゅうおう”、“平成秀へいせいしゅう”である。パワーバランスは毎年違い、どこが強いのかは、その年の新人戦で戦わないと分からない。


2.温泉と歴史の町“入来町いりきちょう”ここの中学は2つ、“王麓おうれい”、“千馬越せんばごえ”、どちらも古くからある中学で堅い守備が特徴だ。


3.藤川天神にて臥龍梅がりゅうばいが植えてある“東郷町とうごうちょう”ここにある中学は1つ“真聖東郷しんせいとうごう学園”


4.竹の町“さつま町”ここにある中学も1つ“蛹御門さなぎみかど


5.鶴の町“出水”広大な土地と海が綺麗であり、たくさんの中学がある。その数は川内と同じ6つ“鶴出水つるいずみ”、“野々乃ののの”、“鷹絵野たかえの”、“百米ひゃくまい”、“港阿久根留みなとあくねる”この中学がしのぎを削るりながら、バスケをしていた。


全部で16校、鹿児島の地区の中でもトップレベルに力があり、それぞれのスタメンは実力者ばかりだ。その中でも俺たちの代は“蛹御門”が群を抜いて強かった。この強さも鬼童先生が就任してからであり、その前の代は、かろうじて王の座を守りぬいていたらしい。それでも、王になっているのだから蛹御門の力は伊達じゃない。ここまで、中学の勢力図を少し紹介したが、やっと山之口 裕也が秘密組織と言った理由を説明していこう。中学のときの大会の会場と行ったら、川内にある“太陽の体育館”通称サンアリーナ川内で行われる。二階の観客席にそれぞれスペースを確保して試合をするのだが、ここで俺たちの中学は隅でひっそり場所を確保して、大人しく小声で話す。他のどの中学の人と交流することはせずに、ボールを持ってひたすら手の平で遊んでいた。試合も挨拶だけで、済ましたらすぐにチームで作戦会議。優勝しても写真撮影はせず笑顔もこぼさずに、どのチームよりも早く体育館を後にする。徹底して、他のチームとの接触を絶っていた。相手から見たら異様なチームに見えるかもしれないが、チームの仲は非常に良く、内輪だけでは盛り上がっていた。緊張など一切せずに、試合が始まると鬼童監督のオーダーに応えるために全力を尽くす。そう、この大会での一連の動きは全て鬼童監督のオーダーなのだ。鬼童先生いわく、全国優勝するなら馴れ合う必要なし、自分のチームメート以外の選手は全てて“敵”、そう教えられて倒すことだけを考えて観察する。だからと言って、リスペクトは忘れず、全員バスケでの優勝などでチーム仲は良かった。本当の兄妹みたいに思えるぐらいに・・・これが、彼が言った秘密組織の由来だ。


「他からはそう見えていたかもしれないけど、普通にバスケを好きな子が集まった中学生だよ」

「そうだ、大会中に仲良く喋って良いのはチームメートだけだから、小声で試合じゃないときは馬鹿話ばっかりしてたんだぞ」

「へー、でも確かに試合中は皆で楽しんで笑ってたらから、それが不気味で仕方なかったよー、何より強いし」

「ベンチに入っている時だけは、俺たち蛹御門だけの空間だから、ふれあい、楽しむ時間なんだ」

「もう、中学の話は良いから・・・まだアンタがこっちに入る理由を聞いてない」

「あー、そうだったね・・・それは二人がいるからだよ。知らないだろうけど、他の中学にとってあの時の蛹御門は注目の的で人気だった。特に、後光さんは人気があったけど、俺は中囿さんと玉枝君のコンビプレーに憧れていたんだ。玉枝君から話を聞かされたときはびっくりしたけど、二人と一緒にプレーできるならと、ぜひやってみたいと思い、退部してMBモンスターレアバスケを優勝することに決めたんだ」

「へー、それは・・・照れるね」

「お、おう、照れるな」


二人はそわそわして顔を赤くしながらニヤけていた。あー、本当に蛹御門の選手は普通の男子と女子と変わらないんだ。皆、話かけようとしていたけどオーラに圧倒されて近づけない空気だったし、他の中学何て眼中に無いんだろうなと思っていたけど、実際は優勝するために戦いの準備をしていたとは、最強なはずだ。裕也は憧れていた二人の真実を知れて感動していた。


「よーし、理由は分かった・・・これから君はチームだ。よろしくね」


手を出して握手しようとする美里。


「うん、こっちもよろしく」


固い握手を結び、正式に4人目のメンバーとなってくれた。


「これで4人目が集まった。後、一人はすぐに見つけてくるから心配するな」

「3P百発百中のマシーンみたいな人をスカウトしてきて」

「そんな人、そこら辺にいるかよ・・・俺はもう一人長身のパワータイプが欲しいなー」

「えー、やるならスモールラインナップで超速攻バスケでしょ」


美里は裕也とパスをしながらチームの方針を勧めてきた。どうやら、スピードで相手を圧勝したいバスケをしたいらしいが、とても難しい。


「それはメンバーがまず5人集まってから、決めよう。一応、頭に入れておく・・・裕也は参考までにどんなバスケをしたいか、聞いておきたい」

「・・・・・・俺は身長が低いから、スモールもありだけど真正面からぶつかるパワーバスケがしてみたいかな」

「パワーバスケにスモールバスケ・・・いいねー、いっそ全部組み込んで自由な型のバスケチームを目指したいねー」

「賛成、あれもダメこれもダメよりも、ストレス溜まらなくて私はその考え好き」

「僕もそっちのほうが自由にできていいと思う」

「いやー、二人ともありがとう・・・天才でごめんね」

「きも、やっぱ無いわー・・・スモール一択で」

「おい、急に真顔で心に突き刺さる言葉吐いてんじゃねーよ。さあ、飲み込め、キモの言葉を探し出し飲み込め―」

「もう、空気に溶けて飲み込むことはできません。期限も切れたので返品も受け付けておりません。残念でしたー・・・ベ――――っだ!」


右目の下を人差し指で引っ張り、下まぶたを伸ばして白目をむきながら舌を出してあっかんベーと、小学1年生のようなあおりをしてくる。怒りはわいてこない、なぜなら幼い感じが可愛くてgood。彼女は恥ずかしげもなく全力でやっているので、なお可愛い。これは、人気が出るはずだ・・・俺は改めて美里の可愛さに気づき、とんだ小悪魔な女子高生だと思った。


「・・・よーし、練習するかー三人だけど円陣を組もう」

「いいねー、気合が入るよー」

「私が言うから返事をしてね」


音頭をとるのは私だと、確実に変なことをいうつもりだと確信したが、わざわざ止める理由もないので、そのまま黙って見守ることにした。


「絶対優勝!どんな敵でも必ず打ち崩すことができる!自分には厳しくチームメートには優しく!」

「おー!」


俺たちは美里の言葉に続き、げきを飛ばしていた。


「練習後はココアを飲むぞ――――!」

「お――――!・・・・ん?」

「それはお前だけだ、練習後に甘ったるいものなんて飲めるか」

「アハハ、二人とも本当に面白いね」


三人は円陣を組み終わると、残りの使用時間を使いシュート練習にはげんだ。親睦を深めるために最後のモップ掛けは、フリースロー対決で決めることにした。


「10本連続でシュートを放ち、一番多く入れた人が勝ちでいいね?」

「それでいいよ」

「どうせ、私が1番であがるから関係なーい」

「外したら即終了だからね・・・絶対に俺が勝つ!」


じゃんけんで順番を決めた結果、俺が1番目、美里が2番目、裕也が3番目の順で打つことになった。二人はゴール下に立ちボール拾いをしてくれるが、美里の位置があきらかに近い、俺のすぐ目の前に立っている。万歳してさっそく邪魔をしてくる。


「おい、目障めざわりだ・・・どけ」

「どかない、どうしてもどいて欲しいと言うなら・・・ココアを奢りな」

「今お前が飲みたいだけだろ・・・ココアはおごらんし、目障りでもない、10本入れて俺が勝つ!見てろ」


裕也は二人のやりとりを見て気づいたことがある。それは、中囿さんは僕に対してはまだ優しく接してくれるが、本性は見せてくれていないことだ。

関わってまだ数時間だから仕方ないけど、あんな風にふざける合うぐらいの仲になれるだろうか。それに、僕も彼らと同じように中学のチームメートとこうして集まって、バスケをすることができるだろうか・・・いいなぁ、ああいう相方みたいな関係が羨ましいな。裕也は、縁呼と美里の関係に憧れを抱き、自分もいずれあの中に入れることを目標に頑張っていこうと決めた。


「さあ、時間がないから早く始めよう」


ガコン


「ああ、もう俺の番は終わった・・・裕也、次はお前の番だぞ」

「早っ!もう、終わったの?」

「うん、0本だ・・・誰かさんのおかげで1本目から外してしまったよ」

「下手だから外した、私は全く関係ない」


美里はスキップしながらコートを走り回っていた。


「じゃあ、軽く10本入れるかな」


裕也はフリースローラインに並ぶと、ボールを二回両手で突く、キャッチすると手のひらでボールをぎゅっと押しつぶす感じで、力を入れてからまた2回ドリブルを突く。


「なかなか見ないルーティンだね」

「ああ、珍しい」


彼のフリースロールーティンに目を奪われていると、ようやくシュートを放つ。サブコートだが教室の3倍はある空間が、急に静まり返る。裕也の顔がリングを向き、集中を高めて1本・1本次々に決めていく。


シュパッ ダン ダン ダン


リングに当たらずネットが軽く擦る音と、3回バウンドして自分の元に帰っていく。


「わー、綺麗にボールが返っていく・・・シュートうまっ」

「あれが本気を出した裕也の実力かな?」

「それだったらヤバい」


俺たちの会話など彼の耳には入っておらず、軽快なリズムでネットを揺らす。スムーズな流れ作業のように放つ、入れる、戻る、取る、そしてまた放つ、この繰り返しで、乱れることなく、10本連続で簡単に決めてしまった。


「ふー・・・良かったー、入って、さあ次は中囿さんの番ですよ」


ゴール下に移動しながらリバウンドの準備をして、美里に場所を譲る。


「う、うん。次は私の番か・・・もう、これは優勝は彼でしょ」

「ああ、そしてモップ掛けは俺だろうな・・・もし、美里が外したらどっちもモップ掛けだ、いいな!」


縁呼はモップをすでに持ってきており、の先にあごを乗せて待機していた。


「うん、それでいい、正直10本連続で入れられる気がしない」


確かにあんなものを見せられた後に、やれと言われても、圧倒されて自分のリズムを狂わされる。


「大丈夫、1本決めればモップ掛けはやらずに済む。緊張してるなら、邪魔して心を落ち着かせてあげようか」

「やって、ガチャガチャされている方が返って落ち着く」

「任せろ」


飛び跳ねたり、回ったり、でんぐり返しを披露して、彼女のミスを誘ってみるが、美里も同じようにルーティンを開始する。裕也がドリブルを2回突いてボールを押しつぶすのに対して、一回深呼吸して左手の平の上で、ボールを回転させてシュートする。


「あっ、短い」


ガシャン ガシャ ガシャ ガシャ――――


リングに弾かれ上に跳ねて外すと思いきや、またリングの上に落ちて来て小刻みに、バウンドする。


「入れ――――!」


美里の魂の叫びが室内に児玉する。


ポスッ


小さい音とともにネットを揺らして入ってしまった。


「よっしょー、私の勝ちー!」

「俺の負けかー!!!!」


入ったと同時に小走りでモップ掛けを始める。雑に掛けずに丁寧に掛けた場所が被るように、モップを少しづつずらしながら、オールコートを何度も往復していく。


「もう、荷物を持ってロビーに出ておいて、7時にもうすぐなるから次のバレーの人たちが、入って来るよ」

「分かった、アンタの荷物は?」

「俺のも頼む、悪いけどロビーに持って行ってくれないけ」

「ほ――――い」


美里は右肩に自分の荷物をからい、左肩に俺の荷物をからう。両手には通学カバンを持ち、完全武装してロビーに向かおうとしていた。


「僕も手伝おうか?」


裕也がモップ掛けを手伝おうと用具室に行こうとするが、すぐに美里が呼び止める。


「へい、好少年こうしょうねん・・・手伝わなくていいんだよ。ばつゲームだからしっかり受けさせないと、ゲームした意味がないでしょ」

「そうだぜ、なさけは無用むよう。ほっといてロビーに向かいな」

「うん、ごめん・・・じゃあ、お先に」


親指を立ててOKサインを裕也に送り、小走りからスッテプを踏みながらモップ掛けをしていく。全部のフロアを掛け終わり用具室に戻しに行こうとしたところで、ママさんバレーのおばちゃんが扉を開けて入って来た。


「こんばんはー」

「はい、こんばんは・・・遅くまでお疲れ様です」

「お疲れ様です。すみません、少し時間が遅れてしまって・・・今、コートをピカピカにしたので、どうぞ」

「はーい、ありがとうねー」


縁呼と挨拶をしたこの女性の名前は“谷山 弓香たにやま ゆみか”さんで、高校生と中学生の娘がいる2児の母である。髪は黒く動きやすいショートカットにしており、年齢は30後半だが、バレーと美容に力を注いでおり、年齢よりも若く見える。普段はきりっとして怖そうだが、話すと明るく笑顔が可愛い大人の女性になる。普段は事務員として働いており、チーム“光かぐや”のキャプテンを務めている。誰よりも早く体育館に来て道具の準備をしている。いつも7時から借りているので、ロビーや受付などで会ううちには話すようになり、仲良くなった。


「縁呼、あの人と仲良いよね。知ってる?あの人この前の大会で、強烈きょうれつなサーブを放って相手の選手の顔面に運悪く当たって、鼻血が出たらしいよ」


ロビーに行くと美里がストレッチをしながら、大量のチョコを食べて失われた糖分をマッハで取り戻そうとしていた。俺と谷山さんの会話が聞こえていたのか、そんなエピソードがあったことを教えてくれる。


「それは痛そうだな」

「ねえ、私とそんなに身長は変わらないのに、どこにそんなパワーがあるんだろう」

「美里が言うか、お前もパワーじゃ負けてないぞ」

「そうかなぁ?・・・今度、サーブを見せて貰おうっと」

「ところで裕也はどこに行ったんだ?」

「あぁ、トイレに行くって言ってた」

「着替えたらカフェに寄って帰ろうか?」

「よっしゃー、すぐに行こう・・・ココアが私の助けを待ってる」


ストレッチをやめてそそくさとバッグを持って更衣室に着替えに行ってしまった。どれだけココアが好きなのか・・・聞いてから行動に移すのが光の速さだった。筋トレや練習であいつがごねたら、何回かはこのココアで釣ってやる気を出させることができるな。切り札を多く用意するために、ネタを集めるのも優勝へたどり着くために必要なことだ。縁呼は、そう思いながら受付で手続きをして料金を支払った。


「いつも料金を出してるの?」


トイレから戻ってきた裕也が気配を殺して後ろに立って、声をかけてきた。


「ビビったー、心配するな・・・このチームのスポンサーは俺のこと玉枝に任せなさい」

「本当に大丈夫?」

「問題ない、裕也はそんなことは気にせずに練習に打ち込むんだ。優勝するには強くなるしかない、分かった?」

「・・・うん、そこまで言うのなら、僕はもう何も言わないよ」

「それでいい、分かってくれてありがとう」


完全に納得はいっておらず、曇った表情のまま自分の荷物の所に戻り、バッシュの手入れをしている。


「おし、行くぞー!」


そんな彼の心の内を知らない女子高生が一人、元気に声を出し、右腕を天高くあげて、早くカフェに行きたくてうずずしていた。


「どこに行くの?」

「近くのカフェに行くんだ。裕也も一緒に行くだろう?」

「いいね、一緒に行くよ」

「よし、行こう!!!すぐに行こう!!!」


皆のカバンを持って靴箱に向かう、両手がふさがっているので足で器用に靴を取りだし、たたきにぶん投げる。


カコン ガコン


あらい、あらい・・・革靴かわぐつだから危ないですよー」


美里の大雑把で豪快な性格に驚きながらも、しっかり注意をしたり、お金のことを心配してくれたりと、裕也は本当に優しい性格なんだと分かる。


「平気、平気・・・ありがとうございましたー」


受付のおじさんたちに元気よく挨拶して体育館を出る美里。おじさんたちも姿が見えなくなるまで笑顔で見送っていた。


「今日もあの娘は元気やなー」

「ほいでよ、ここ最近見るようになったけど、孫を見てるみたいでかわいかなー」

「あのぱっつんがよかなー」

「あの子は声が太かで、なんか知らんが元気が吹っ飛ぶどなー」

「んじゃ、っじゃ」


窓ガラスの向こうで美里のファンになったおじちゃんたちが、談笑をしながら業務をこなしていた。


「ははー、美里のやつ、ここでもすでにファンができてる。本当に愛される性格をしてるよ」


うっすらと話が聞こえていた縁呼は、自分のことのように嬉しくなっていた。


「どうも、ありがとうございました」

「はい、気をつけて帰りなさい」


一人のおじちゃんが窓を開けてわざわざ、見送ってくれた。

午後7時10分、かぐや姫総合体育館を後にする。


「最後に出たあの男は、あの娘の親みたいに見えっどな」

「礼儀は正しいし、同級生には見えんな」

「アッハッハッハッハッハッハ」


おじちゃんたちは今度は縁呼の話題で盛り上がる。ちなみに、美里はぱっつんだったが、縁呼のあだ名は、手続きをするときに名前を書くので毎回“タマエ”と記入しており、そのままタマエとして呼ばれている。


――――午後7時15分、近くのカフェ


「ココア、全部マシマシで」

「俺はミルクティーでお願いします」

「僕はコーヒーと苺ケーキでお願いします」


ピッ、ピッ、ピ、ピッ


「以上の注文でよろしかったでしょうか?」

「はい、以上でお願いします」

「お会計1430円になります」


いつも通り俺がお金を出そうとすると、裕也が財布を出して500円玉を渡してくる。彼の性格なら必ず自分の分を出してくると思っていたが、当たっていた。


「はい、おつりの10円玉だ。残りの代金は俺が出す」


1430円をきっちり払い、商品が出てくるまでレジの隣で待っていた。


「コーヒー飲めるなんて大人だね」

「中囿さんはコーヒーは嫌い?」

「大嫌い、コーヒーだけじゃなく、にっがい味が全般的に大嫌い、一口食べただけで、体の細胞がしびれてテンションが落ちる」

「テンションが落ちるってなかなかだね」


二人が会話をしている間に、爺やにメールをして迎えに来てくれるように、手配をする。


「裕也、家は入来だけどバスで帰るのか?」

「うん、さっきスマホで調べたら、近くのバス停に7時42分頃出発で入来に向かう便があったから、それに乗って帰るよ」

「それじゃあ良かった、無事に帰れるんだな」

「そういえば入来だったね。今度、晩御飯食べに遊びに行って良い?」

「うん、えっ?晩御飯!・・・まあ大丈夫だけど」


晩御飯を食べに初めて行く家に遊びに行くとは、恐らく美里だけじゃないだろうか?裕也も一瞬、止まってしまうほどの衝撃を受けていたぞ。


「絶対行くから、近いうちに呼んで・・・連絡先を教えて?」


次々に話が進んでいく美里の超ハイスペースに、かろうじて着いていっている。1ON1のときと、まるで逆の展開になっている。


ピロリン


連絡交換が終わり、約束も決まってしまう。ここまで30秒もかかっていない、完全に美里のペースにはまり、抜け出せなくなっていた。


「お待たせしましたー、80番でお待ちのお客様」


俺たちが頼んだ商品ができあがり、それぞれ受け取る。席を確保してゆっくり楽しもうとしたが、なかなかの人の多さでテークアウトにしてもらい、店を出て来る。


チュ―――――――――――――――――ッ、パッ


「ウマ――――」


美里は一息ひといきで半分を飲み切り、ココアを摂取せっしゅしていた。


「そうか、明日もこれで頑張れるな」

「当たり前じゃん、ご馳走になります」


俺のカップに乾杯とぶつけてきて、お礼を言ってくる。


「おう、もっとうやまえよ」


チュ――――


「ウマっ、アマっ、ヤバっ」


全然話を聞いておらず、ココアに夢中になっていた。


「そろそろ迎えが来るから移動するぞ」

「あっ、じゃあ僕はここで・・・あっちにバス停があるから、また明日」

「そうか、また明日頑張ろうぜ」

「ばいばーい、明日はぶち抜くから覚悟しといて」


もう空になったカップを振って挑発をしていた。よっぽど、負けたのが悔しかったのだろう、きっちり、借りは返すと決めて裕也に別れを言っていた。


「うん、僕も負けないよー・・・じゃあ、ばいばーい」


これで裕也との仲も少しは深まったかな・・・分からないが、そんな気がする。裕也とは仲良く別れ、今日の一日が終わる。

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