第7話 女神と韋駄天

川内で新しい出会いを果たした縁呼と美里は、今度は自分たちが通う“薩摩甲虫さつまこうちゅう学園”で新しい出会いをすることになる。


「縁呼、放課後に私の教室に来てくれないか?」

「いいぞ、後で顔を出す」


2時間目の休み時間に美里が俺の教室に訪れてきた。用件が済んだら、タッタと歩いた去ってしまった。


「おい、今の中囿さんだろ?何、どういう関係なの?やっぱり、あの噂は本当だったのか?」


一部始終を見ていたのか、すぐに“山本 慎太郎やまもと しんたろう”が、いやらしい顔をしながら近づいてくる。


「顔が緩みきっててキモいぞ」

「そりゃあ、緩むさ、彼女は、1年生の中で五本の指に入るほど人気がある有名人。小さい体型にあのぱっつんと独特の特徴がマッチして、男子の中でも可愛い系として上位にランクインしている。しかし、彼女がTOP5に入ったのはそれが理由じゃない。彼女が上位に入った理由・・・それは、あの“性格”、誰に対しても変わらず、強気な態度がMっ気のある男子にとって、何か“心”にクルものがあるのだろう。少し、口調は強いが優しく、裏表がない、だからそれに気づいた男子がファンとなり、たくさんの票を獲得した彼女がTOP5に入っているんだ」


まるで自分の彼女が人気者と言わんばかりの話し方で、とても饒舌じょうぜつに話す山本。


「何でそんなに詳しいんだ?それにそんなランキング・・・俺は知らない」

「だろうな、お前はそういうのに興味が無いと思い聞いていない。このランキングは、各クラスの選ばれし男子スペシャリストつどい、クラスの全男子から聞いた結果であり、厳正げんせいな審査と熱いファン投票で決まった」

「へー、確かに美里は可愛いが、そこまで人気があるとは思わなかった。性格が男勝りだから、男子はあんまり敬遠しがちかと」

「おー!お前も可愛いとは思っていたのか・・・確かに近くで見るとなお可愛いんだよ」


思い出しながら照れているのか、顔が赤くなっている。


「山本、お前・・・美里のことが好きだろう?」

「いや、まあ、気になってはいるけど、お前が仲が良いとは思わなかった」

「俺と美里は小学からのバスケ仲間だ。お前が思っている仲ではないから安心したか?」

「黙れ、俺は別にお前と中囿さんの仲を調べようとしたわけじゃない」

「うん、ただ、好きならすぐに行動に移せ。人生1度きり、悔いは残すなと言うだろう。俺との仲が気になるぐらい、好きというのはバレてるぞ」

「・・・実は俺、中囿さんのことが入学式で見たときから、一目惚ひとめぼれしてしまい、好きになった。でも、フラれたら嫌だろう。ぞれにどうやって彼女と距離を取っていいか分からない。玉枝君、彼女と仲が良いんだったら助けてくれないかな?」

「嫌だ、人の恋を応援したくない。自分で頑張って成就させるんだな・・・そのときは、祝ってやる」

「うそーん、そんなことある?・・・とりああえず、俺は“遠くから見つけたり、廊下ですれ違ったりと、中囿さんを見られるだけで心がキュンとして、モンモンとする毎日”の現状維持でいいわ」

「ヘタレが・・・そんなことしてると他の男に告白されてOKされちまうぞ」

「いや、彼女に限りそんなことは無い」


何故か腕を組み、どーんと構える山本。どこにそんな根拠があるのか知らないが、美里が彼氏をつくらないときっぱり言い切った。


「なぜあいつが彼氏を作らないと分かるんだ?」

「お前がいるからだ」

「なぜ俺だ、俺はさっきも言った通り、可愛いとは思うが好きとは言っていないぞ」

「チッ、チッ、チッ、チッ、チッチー」


人差し指を振って舌打ちしながら、上から目線で言ってくる。


「お前、学校中の噂になってんぞ・・・放課後、毎日彼女と歩いて帰ってるって、サッカー部の連中も皆見たと言っているんだ。付き合っていないんなら、何をしているのか真実を言え」

「あー、バスケの練習をしにかぐや姫まで行ってるんだよ。だから、体のウォーミングアップにはちょうど良い距離で、一緒に歩いて行ってる」

「本当か?」


しっかりと説明するが、まだ疑う山本・・・これはもう、しっかりと疑いを晴らさないと何を言っても完全に信じてはくれないみたいだ。


「そんなに疑うならここに美里を呼び戻し、あいつの口から真実を話してもらうことにしようか」

「いや、それは勘弁・・・信じるから、なっ、でもバスケの練習って、お前辞めたんじゃなかったのか?それに、うちの高校にバスケ部はあるじゃないか、どうして、そっちに入らない?」

「いろいろ事情があるんだよ。そのことは話すことはできない。だが、安心しろ・・・俺と美里は彼氏・彼女の関係じゃない。そのことは、他の生徒にも伝えろ。変な噂を立てられると、俺も美里も学校生活を送りづらくなる」

「ああ、任しとけ・・・いやー、でも・・・そうかそうか、ほぉ~、彼氏じゃないか」


俺の顔を見ながら嬉しそうに笑う彼は、俺に対しての疑いが晴れて久しぶりに、雨があがり日の光を見て、外で遊びに行ける子供ぐらい上機嫌になっていた。


ガラガラガラ


3時間目の現代文の先生である“荒木先生”がたくさんのプリントと、分厚い辞書を持って教室に入ってきた。あいかわらず、この先生は休み時間のチャイムが鳴る前に教室に入ってきて、黒板を一度綺麗に消し、教卓に教科書を開いて準備万端の状態にする。


「やっべ、次は荒木先生じゃん・・・教科書あったっけ?」


すぐに自分の席に戻る山本は、教科書とノートがあるか机を探しまわっていた。忘れ物があったら、授業が始まる前に職員室に行き報告しないと雷が落ちる。それぐらい、荒木先生は忘れ物に厳しい人なのだ。


ブオーブオー ブオーブオー ブオーブオー ブオーブオー ブオーブオーブオーブオー ブオーブオー ブオーブオー


ほら貝のチャイムが鳴り始まると目を閉じて直立しながら、耳を澄まして聴いている。その間に教室出ていた生徒が電車に滑り込むように入ってくる。まだ。チャイムは鳴り止んでおらず、先生は目を開かない。皆が席に着いてシンと静かになり、チャイムが休み時間の終わりを告げて、3時間目の授業を知らせる。


「日直さん、号令の挨拶をお願いします」


ついに目を開き、教室を見まわすと日直の“豊洲さん”に声をかけた。


「起立、姿勢、礼」

「よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします。今日の授業を始めます」


この日一番の長くて緊迫した授業が始まった。生徒全員、この先生の授業はふざけず、寝る生徒も一人もいない。皆、分かっているのだ・・・先生が授業態度に提出物とテストの成績、これらにすぐ反映させて赤点を取ったものには、スペシャルな補習が待っているということを。


――――午後4時30分薩摩甲虫学園1年3組


放課後に約束通り、美里がいる1年3組に来ていた。美里の席の上に大きなカバンが置かれて、チャック全開で大きく開いていた。上から見えているものだけで、その中には練習着やタオルが入っていたが、他にも熊のぬいぐるみにバナナ、リンゴ、ポテチの袋にチョコの詰め合わせパックなどの大量のお菓子が入っていた。どんだけ、お菓子を学校に持ち込んでいるんだ。確かにうちの学校はお菓子やジュースなど認められているが、こんなにも持って来る生徒はまずいない。


「来たね、もうちょっと待ってて」

「うん、しかし、美里よ。お菓子こんなに持ってきてどうするんだ?全部ひとりで食べるの?」

「あっ、見えちゃった。そうだよ、このお菓子は全部私が休み時間に食べる栄養補給えいようほきゅうだ」

「そうか、そのぬいぐるみは大切なおもちゃか?」

「これは私が小さい時から遊んでいる熊の“みーちゃん”だ。お守りで肌身離はだみはなさず持ってる」

「それで、今日は何の用だ?もしかして、萩原さんに会わせてくれるの?」

「良く分かったね・・・そうだよ。彼女がチームに入ってくれると約束してくれた。でも、今は職員室に行っててもう少し時間がかかりそうかな」

「こっちも上手くチームに入ってくれる人を探しといた」

「誰?」

「俺と同じクラスでバスケ部の“山之口 裕也やまのくち ゆうや”、“入来町いりきちょう”の千馬越せんばごえ中学出身で、足がやたら速い背番号6番がいたでしょ」

「ああ、あの小さくてすばっしこい男の子がいたね。髪型がきのこヘアの子でしょ?」

「そうそう、マッシュだったね。今は普通のスポーツ刈りでバスケ部に所属しょぞくしてた」

「バスケ部からスカウトしてきたの?それはやるじゃん」


カバンからバナナとリンゴを出して、バナナは皮を剥いて食べていたが、リンゴに関してはそのまま丸かじりで歯型をつけながら、シャリシャリと頬張ほおばって食べていた。


「リンゴを丸かじりって歯茎が痛くならないか?」

「全然、このリンゴは甘くなくて微妙だからあげる」


ごろっと食していたリンゴを手渡された。


「いや、今お腹減ってないし、食いかけだし、微妙なの渡されても困る」

美里は無視してバナナの方を食べ、チョコの袋を開けていた。いろいろな種類のチョコがたくさん入っており、開封と同時にカカオの匂いがふあっと鼻に広がる。他の生徒も匂いに気づいたのか、美里をチラ見して何を食べているのか確認している。

「そのチョコも食べるのか?とりあえず、窓を開けろ・・・教室が色んなに匂いが漂って消臭剤も1つじゃ効かないぐらい、派手な状態になってる」

「やっば、それは不味い」


バナナを口に入れながら、校庭側の窓を全部開けて換気する。心地よい風が一気に外に匂いを運んでいく、派手な匂いから落ち着いたいつもの教室の匂いに元通りになった。


「おい、せっかく貴重な食料をあげたんだから残すなよ。存在も跡形あとかたもなくその林檎りんごは食べてよ」


人差し指をびしっと食べかけのリンゴに突きつけ、完食を促してくる。


「黙れ、旨いものなら喜んで食べるが不味いものを渡しやがって、食欲が失せるわ」

「まあまあ、この私が毒見をしてやったんだ。ありがたく思いなさい」


自分はチョコとバナナの他に、ポテチとジュースも口に運んでいた。


「何が毒見だ、おいしそうに食べやがって、そっちの食べ物も俺に食べさせろ」

「それを食べたらねー」


体で覆い被さりカバンを亀のように甲羅を盾にして、食料を我が子に見立て守っている。


「分かった、見てろよ。これが丸かじりってやつだ」


口を大きく開けてリンゴを一口でいこうとしたが、そんなことはできず、前歯でシャリッとかじる程度だった。


「・・・・・・不味いな」

「そうでしょ、失敗したー。だから大安売りになってたんだ・・・今思えば、そうだった、主婦の人が買ってなかったもん」

「そうだぞ、主婦は買い物のプロだ。安いのに、その人たちが買ってないといえば・・・必ず何か理由があるんだ」


リンゴに苦戦しながら食べていると、教室の後ろの方に、美里のことを呼ぶ女子がいた。


「中囿さん・・・今終わりましたわ」


そう言って、こっちに近づいてくるその女子の身長は、180cmを軽く超えており、クレアよりもちょい下ぐらいの長身だった。


「おー、葵ちゃん。お疲れー、はい、チョコあげる」


2・3個手に取り、彼女に投げると眼鏡めがねをクイッと左の中指で上げると、右手でカッコよく、素早すばやくスマートにみスカートの右ポッケに入れた。

(いー、カッケー)


「あなた、またこんなにお菓子を持ってきたのね」


さっきの動作は何事もなかったかのように、会話を続ける。


青春せいしゅん謳歌おうかする乙女おとめは、カロリーなんて気にしない」


こっちもカッコつけているが、口の周りに食べかすがついており、台無しだ。良く見ると、制服にも食べかすがついており、カッコ悪さの方が悪目立ちしていた。


「お前、制服をそんなに汚したら、またお母さんに怒られるぞ」

「げっ、ポテチの残骸ざんがいが制服に・・・もう怒られるのは嫌だ」

「はい、ハンカチを貸してあげるから、口を先にいたらどうかしら?」


彼女がスカートの左ポッケから出てきたのは、富士山の絵が描かれている高級そうなハンカチだった。それをお構いなしに汚す美里は、ハンカチの価値など知るかという具合に使っていた。


「ありがとう、これでママに雷を落とされなくても済む」

「そう、ちなみにまだ顎に少しついてるわよ」


優しく手を伸ばし、美里の顎に付着しているポテチのくずをつまみ取り、ごみ箱に捨てに行った。


「縁呼、あれがバスケを一緒にしてくれる“萩原 葵はぎわら あおい”だ。優しくて頭も良い、クラスの委員長で面倒見の良い1年3組の女神様だぞ」

「女神様じゃなく、俺はお前の保護者様に見えたぞ」

「後で1ON1でボコボコにしてやる・・・綺麗な人でしょ?」

「うん、クールで大人の女性って感じだな・・・美里と違って」

「オラー、これもらっとけ」


いきなり手に持っていたバナナを食べさせようと口に突っ込んでくるが、手首を持ってギリギリで防御する。それもまた食べかけの物でうんざりだ。


「謝るからやめようか、もう俺の胃は満腹なんだよ・・・悪かった、もう馬鹿にしないからあきらめろ」


美里は聞こえないふりをして俺をにらみつけて、突っ込む手をゆるめはしなかった、グイグイその手に力を入れて徐々に押し込まれてしまう。


「食わせてやるー、さあ、お食べ――――、ハハッ」


鬼婆が人肉を調理して料理を振る舞うように、目が鬼のようにギラギラして怖い。本気で食べさせようと暴走していた。


「やめなさい、嫌がってるでしょう」

「だってこいつが馬鹿にしたから・・・制裁しないと」

「暴力はいけないは、せっかくの顔が可愛くないわよ」

「・・・・・・わかった」


彼女の言葉には素直に従い、バナナを口に入れるのは諦めてくれた。


「うっうん、すみません・・・自己紹介がまだでしたね。私の名前は“萩原 葵”です。中学は“川内青龍東中学せんだいせいりゅうひがし”出身、部活は吹奏楽すいそうがく部に所属していたわ、担当はフルート、バスケは未経験よ。これからよろしく」


そして、細い黒ぶち眼鏡をクイッとあげて自己紹介を終える。髪は黒色のストレートを茶色のヘアゴムで一括りに、後ろに垂らしポニーテールにしていた。委員長にもなるぐらいだから、制服もしわひとつ無い完璧な着こなしで、THE真面目まじめの言葉が似合う女子高生だった。これで20歳のOLオーエルと言っても信じるぐらい、バリバリのキャリアウーマンに見えるのもまた事実。俺は彼女の大人びた性格に何故か人として、“尊敬”しなければいけないと思ってしまった。この人が言うのなら間違いないのだろう、何故かは知らないがそう思える。きっと美里もこの得体の知れない彼女のオーラに屈したのだろう。じゃなければ、あの気が強い彼女が人の言うことを聞くはずがない、しかも、知り合って3ヶ月しかたっていないとなれば、なおさらだ。


「ああ、よろしく・・・俺は1年1組の玉枝 縁呼だ。美里とは小学生からバスケをやっている。チームに入ってくれてありがとう、これから大変だと思うが頑張って一緒に優勝を目指そう」

「ええ、話は中囿さんから聞いています。学校でもちょくちょく見かけていたので、顔は知っていましたが、なかなか礼儀正しい人で安心しました。私のことは、好きに呼んで構いません」

「じゃあ、葵様で」


冗談じょうだんで言ってみるとニコっと笑い一言。


却・下きゃっか


ギョロッ


笑っているが細目の間から、見てはいけない殺気をびた目玉が顔をチラっと覗かせていた。


「すいやせん、葵さんでお願いします。俺のことは縁呼と呼び捨てで構いません」

「はい、それでよろしくお願いします」


パチッ


殺気さっきはどこかに消えてしまい、綺麗きれい純真無垢じゅんしんむくひとみに戻っていた。


「さっそく聞きたいことがあるのだけど、葵さんはなぜ、この話に乗ってくれたか教えてくれないかな?」

「いきなりそれを聞くの?せっかく入ってくれたのに、テンション下がること言ううなー」

「いいのよ、中囿さん・・・あなたにもちゃんと理由を聞かせてあげるから、聞いといてね」


美里の隣の席に座り、眼鏡を外し、リボンをとり、髪を揺らし、深呼吸して、葵さんは話し始めた。


「私の将来の夢は“国語の先生”と“お嫁さん”になること、それと“フルート奏者”になりたいと思っていたの。しかし、その3つのうちの一つはついえてしまった・・・それが、“フルート奏者”の夢。諦めたのは私が中学2年の時よ・・・父が病気で倒れてしまい、一気に家は経済的に苦しくなり、吹奏楽部をやめることになった・・・弟や妹の面倒を見ながら知り合いのメロン農家でバイトをしながら家計を助けたわ」

「分かった、家族を助けるのと夢を叶えるために話に乗った?そうでしょ」

「ええ、その通りよ。部活じゃなく、個人でチームを作ったから厳しい制限はないと中囿さんが教えてくれたわ、バイトをしながら優勝賞金も手に入る。こんな夢のような話・・・乗らなきゃ大損する思って即OKしたわ」


今までで一番のテンションで理由を話してくれた葵さんは、苦労人で金に困った女子高生だった。


「ありがとう、葵さん・・・俺らは本気で優勝を目指しているから君みたいな、ハングリー精神がある人を待っていたんだ。歓迎するよ、ようこそバスケの道へ」


縁呼君と中囿さんの雰囲気が変わる。今までの二人とは明らかに違う、元気で無邪気な中囿さんの目も、おふざけでへらっとしていた縁呼君の目も、初めて感じる威圧的な目をしていた。二人とも、強豪中学出身と聞いていたが、本当の意味で強者なのかも知れない。私はもしかしたら、とんでも無い人たちと関り、道に入ったのかも知れない、ただただ、私はその二人の空気に圧倒された。しかし、圧倒されたのはそれだけじゃない、私は確信した・・・この選択は間違ってはいないことに。


「・・・・・・よろ・しく・・・お・ねがい・します」


――――午後5時ちょうど、かぐや姫総合体育館


「これで3人目だけど、後2人はどうすんの?」

「後1人だ、山之口を忘れているだろ」

「おお、そうだった・・・それで、いつから来るの?その山之口ってやつは」


縁呼と美里がサブコートでシューティングしながら、話をしている。葵さんは、今日のバイトに行くため、学校で別れた。練習に参加するのは明日かららしく、話が済んだら風のように教室を出て行ってしまった。


「もうすぐ来ると言っていたよ」


バタン ギ――――ッイ


扉が開いて緑のエナメルバッグとリュックを背負った男性が入って来た。身長は美里よりも少し高く、いがぐりみたいなスポーツ刈りをしているのが特徴的だ。


「こんにちは、ここで合ってるよね?」

「そうだよ、今から練習するからちゃっちゃと着替えちゃって」

「はーい、あっ、こんにちはー」


その男は美里に気づくとペコリと頭を下げて挨拶をするが、ジーっと男のほうを見て黙って挨拶を返さない。


「おい、お前に挨拶してるぞ・・・ちゃんと返してやれよ」

「・・・・・・・・・・・・」


反応せず、美里はずっと男の方を見ている。


「・・・こんにちはー・・・あのー、俺、何かしましたか?」


いきなりメンチを切られてびっくりしている男は、恐る恐る理由を尋ねる。それもそうだ、挨拶ではなくメンチが返ってくるとはパンピーにとっては非日常すぎて、不安になってしまう。本来、こんなことをするのはヤンキーぐらいしかいないだろう。


「私と今すぐ1ON1しろ、山之口 裕也!!!!」

「いきなりバトルとか、喧嘩売ってんじゃねーよ。いいから早く、頭を下げて挨拶をしろ」

「こんにちは・・・さあ、早くバッシュを履いてウォーミングアップを済まして来て」


どんだけ気にくわないのか渋々しぶしぶ頭を下げて、山之口をかさせる。


「どうした?そんなに殺気立って・・・山之口のことが嫌いなのか?」

「縁呼は気づかなかったの?あの男が入って来た時に感じた“神の気配”に」

「気づくか、そんな神の気配何て分かるかー・・・本当に何か感じたの?」


嘘は言っておらず、ずっと山之口の方を見て警戒していた。美里が血相を変えて言うのだから本当なのだろう。


「中学の時は正直言って選手としては、眼中になかった小物だったが、あのスピードだけは私は評価して頭のすみに入れていたんだ。もし、彼が中学のバスケを引退してもからもずっと練習を続けていて、高校に入学して3ヶ月で化けていたら・・・すごい選手になってるかも」

「ふ――――ん・・・彼がねー」


山之口は着替えてすでに足踏みしながら、体を動かしていた。


「もう少し待ってて、今から体を温めるから」


軽いジョギングにドリブルをしながら、コートを周回し始めた。今のところ、気配も何も感じない、ただの男子高校生だが試合になると、その正体を現してくれるだろう。彼に期待と楽しみを抱き、俺もシューティング練習を再開する。


――――午後5時20分


「お待たせしました。1ON1やりましょうか」


汗をびっしょりかきながら息を切らした彼が、美里に近づいて勝負を受けた。


「まずは、汗を拭いて来いよ。タオル持ってる?」

「あるからいいよ、ちょっと待ってて」


エナメルバックから大きなバスタオルを出して、汗を拭いてスポドリを飲んで戻ってくる。


「さあ、やりましょうか?」

「よし、7本先取のセカンドチャンス無・3Pは2本とするルールでいいね?」

「それで全然構いません」

「ファールやトラベリングなどのヴァイオレーションは、やり直しでリスタートだから、気をつけてね」

「はい」


美里が説明をしていよいよ、二人の勝負が始まる。身長は同じぐらいだが、彼の違う所が大きく2つある。1つが脚の筋肉が太いということ、特に太ももが発達しており、美里の1.5倍はある。厳しいトレーニングを積まないとあそこまで太くならない、きっとかなりの筋トレをしているに違いない。そして、2つめが腕の筋肉でがっしりとゴツくて、小さいゴリラのような筋肉のつけかたをしている。あきらかに、身体能力が高く、怪我にも強い強靭な肉体をしている。腹筋もバキバキに割れて6パックになっているかも・・・試合がが終わったら、見せて触らせてもらおうかな、俺がそんな事を考えていると二人のじゃんけんの勝負が決まった。


「じゃんけーん・・・ポン・・・よし、私の勝ち―!先攻は貰ったよ」

「じゃあ、俺は後攻で決まりですね」

「絶対に勝つ!」

「さあ、来い・・・小手調べといきましょう」


最後に小さくそうつぶやき、DFの距離を詰める。


ダンッ ダ―ン ダンダン ダンダン


いつものゆっくりのドリブルではなく、本気のハンドリングで力強くドリブルを突いていた。どこか、山之口を怖がっているようにも見えるが、レッグスルーで様子をうかがい得意のチェンジオブペースで抜こうとするが・・・


「よっと」


反応が遅れたにも関わらず、一歩のステップで完全に彼女の行くコースをふさいでしまった。


「・・・くっ」


きょをついたつもりが、逆につかれてしまい、その速さに驚いた美里は思わずドリブルをミスしてしてしまう。


「攻守交代」


ボールは山之口の手に転がって、あっけなく美里の攻撃は終わってしまった。


「あ――――、しまった」


悔しがり地団駄を踏むが、すぐにDFに戻り試合を進める

キュ キュッ キュキュッ


ピボットだけを踏み余裕な笑みを見せており、なかなかドリブルをつかない山之口。その動きに、ぴったりと密着してカットしようと必死になる美里。カットできるんじゃないかと期待していたが、勝負は一瞬でついてしまった。


ダンッ


一回だけボールがバウンドする音が聞こえたと思ったら、山之口は3Pラインを少し入ったミドルレンジから、レイアップの態勢に入っており、大きく1歩、2歩とステップを踏んでシュートをしていた。


ふわっ


この音がぴったりなぐらいボールは浮いていた、スピードは伝わっておらず指の先だけで、コントロールされており優しくボードに当ててリングに入った。


「よーし、先制点」


美里は置いてけぼりにされて3Pラインに突っ立っていた。確かに、美里が脅威を感じ取ったのは正解だった。この山之口 裕也という男は、当たり前だが進化している。しかし、その進化の成長具合が恐ろしい。もう、俺たちが知っている彼のイメージは捨て去った方が良い・・・新しい彼のイメージはきのこヘアから、まさに神様のイメージに変わった。速さの神様と言えば・・・・・・“韋駄天いだてん様”そうだ、韋駄天だ。良くは分からないがパッと思いついたのが、その神様だった。


「あ――――、やっぱり私の勘が当たったー、滅茶苦茶めちゃくちゃ上手くなってるじゃん。良いよー、その速さ・・・山之口 裕也君、私の名前は中囿 美里、さっきは失礼な態度をとってごめんね。今から君のスピードに慣れるから、どうか本気でお願いします」


深々と頭を下げて謝罪をし、挑戦者として山之口に勝負を挑む。美里も眼中に無いどころか、今は自分より上という現実を見た瞬間に直感したのだろう。だから、すぐ見極めるために勝負をしかけたのか。


「いいよ、とことん勝負してバスケを楽しもう」


彼はあくまでバスケを楽しむためにやっている。美里とは全く違うが、この笑って心から楽しむ姿勢が強くなった秘訣ひけつだろう。


「次、お願いします」


7本先取だったが、二人とも満足するまで、何度も何度も攻守交代して時間を忘れてバスケを楽しんでいた。


これで2人増えて、後1人でチームが一応完成する。怪我人や病気などで交代要員も欲しいので、欲を言えば8人は欲しいが、今は贅沢ぜいたくは言えない。早く、もう1人をスカウトして大会に出たいなあ。


縁呼はやりたいことが次々に増えて、未来の計画を立てることに楽しみを覚えて、ワクワクしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る