第5話 2ON2(鬼と座敷童対金と黒)

軽くシュート練習しながらクレアと美里は、まだご飯の話をしていた。趣味がバスケと食べることと、まさかの一緒だったらしく友情の握手をガッシリと交わし、気が合うもの同志どうし、すぐに意気投合いきとうごう相思相愛そうしそうあい以心伝心いしんでんしんした。


「美里のシュート低っ!低すぎてコーヒーを飲みたくなったー」

「驚いた?これが私のシュートだよ。ちなみに私はココアが飲みたい」


意味不明な会話をしながら、二人はガンガン3Pポイントを決めていく。

クレアのシュートフォームは、軽く膝を曲げてツーハンドのシュートフォームだ。ただ、普通のシュートではなく打点がもの凄く高いのだ。自分のお凸よりも少し上辺りで打ち、190cmの長身にジャンプ力が加わり、体感的には2mぐらいの場所で打つことになる。あの高さで軽くシュートを打たれたら、まず容易にチェックはされないだろう。精度も高くまさにオールラウンダーにふさわしい、才能の持ち主だ。


「ちょっといいかな?」


クレアの才能に関心していると、黒霧さんに声をかけられる。


「いいよ、何かあった?」

「まだ正式に自己紹介をしていなかったなあと思って、今ここで自己紹介するわ。私の名前は“黒霧 舞くろきり まい”漢字は白黒しろくろパンダのくろに、霧島神宮きりしまじんぐうきり日本舞踊にほんぶようと書く、高校は“純真蝶羽じゅんしんちょうば高校”に通っています。どうぞよろしくお願いします」


自分の漢字まで紹介してくれる珍しい自己紹介の仕方に、こちらも合わせないといけないと思い、俺は必死に考えて漢字を思いつく。


「お、俺は“玉枝 縁呼たまえ えんこ”と言い、えー漢字は、玉手箱たまてばこたまに、えだえだ縁起物えんぎものえんに、だれかをぶのと書いて、えー、クン読みでと読みます。それで“えんこ”と呼びます。高校は“薩摩甲虫さつまこうちゅう学園に通っています。よろしくです」


全く上手いことを言えずに自己紹介を終えてしまった。今になって、冷静に考えると己の知識のなさに恥ずかしくなり、顔が赤くなってきたのがわかる。こんな自己紹介は初めてだったので、新感覚で楽しかった。


「甲虫!さつま町の甲虫学園?何で・・・強豪の高校に行ったんじゃないの?」

「行ってないよー、俺も美里も地元の高校に進学したんだ。バスケは中学3年の全国大会が終わった後に辞めた」

「そんな、あれ程の実力と実績があるのに辞めたのは、もったいない」

「しかたないよ、俺はバスケに飽きて、美里は燃え尽きたんだってさ」

「それじゃあ、何故隣町に来てまでバスケの練習を?」

「それはね・・・」

MBエムビーにて優勝――――!」


大きな声で美里が割って入ってきた。


Mエム・・・Bビー・・・本当?」

「そうだ、私たちはその大会に参加して優勝するために、再びバスケを始動させた。大金はがっぽりこの中囿 美里の通帳に頂く」

「独り占めかよ」

「Woooo!最高、あなたたちぶっ飛んでるねー。その大会は各国で行われるけど、どこも優勝するのは難しいよ」

「だからここで練習を・・・」

「そういうこと、ちなみにバスケを始めて1週間も経ってないから、今日はお手柔らかにお願いします」


私が憧れていた人は、高校でバスケをしていなかった。たくさんの大会で探してはいたが・・・なるほど見つからないわけだ。バスケを辞めたと聞いたときはショックを受けたが、それよりもこうして会えて、話していることの方がとても嬉しかった。


「いいわ、それでは今から2ON2を始めましょう」

「クレア、あなたはもう準備できた?」

「うん、体はもう温まったよ」


3Pラインに立っていた彼女はそう言いながら、持っていたボールを地面に叩きつけて走り出す。


ドギャッ


リングに向かいジャンプすると軽々と頭がリングを超えて、バスケットボールを右手で鷲掴わしづかみワンハンドダンク。


「オッシャー、早く試合始めようよ」


俺と美里は普通にダンクする彼女に驚き、立ち尽くしていた。


「見た?今の・・・スッゲー、ダンクだー」

「あぁ、これは超新星と言われるはずだ。俺たち勝てるかな?」

「それは、勝ちに行くでしょ。勝負ごとに情けはいらない、どんなに上手かろうが容赦なく潰す」


喜んでいたのは数秒で、その目はすぐに獰猛どうもう狩人かりうどの目になりクレアを捕えていた。


「じゃあ、クレアは美里がマッチアップ。俺が黒霧さんでいいかな?」

「うん、それで問題ない」


臨床体制に入り、二人は手を合わせてハンドシェイクする。


「舞、あの二人はブランクがあるとか言ってたけど、本当に気をつけた方が良いよ」


クレアは肩を組み、耳打ちしながら警告をする。


「それは分かってる。たぶん、私が美里さんでクレアが玉枝君とマッチアップすると思うから、ドライブに気をつけてね。一番彼が得意とする技だから」

「うーん、それはどうかな・・・私の相手が美里かな。さっきから殺意を感じるしねー」


彼女の目線が私から、二人の方に移る。私も同じように追いかけると鳥肌がたった。


「なっ・・・」


玉枝と美里は冷たい目で彼女たちを見ていた。雰囲気ふんいきも全く違い、笑顔ではなく、真顔まがおまゆ一つ動かさない“ゼロの顔”をしていた。


「今気づいた?・・・すでにあっちはやる気だけど、気合をいれていこう」

「うん、心してかかろう」


――――時刻は夕方6時ちょうどがらっぱアリーナのサブコート


「じゃんけんで決めよう、いっくよー」

「じゃーんけん、ポン」


美里とクレアが先攻後攻を決めるため、じゃんけんで勝負を決める。


「あいこでしょ・・・シャッ――――!」


美里がグー、クレアがチョキではなく、口でチ―と言い勝負がついた。


「ワー、しまったー。ごめんね舞、負けちゃった」


クレアは舞に抱きついて不貞腐ふてくされているのところを、頭をでてもらいなぐさめられていた。


「私たちは後攻でじっくりと手の内を観察させてもらう」


さっき相談した通り、俺が黒霧さんで美里がクレアにマッチアップした。身長差はかなりあり、ミスマッチにも程があるが当人は全く気にせずに、ハンズアップしてDFをしていた。


「美里、私とマッチアップなんて舐めてるの・・・上からダンク叩き込んであげる」

「やってみろ、リングには近づけさせずにカットしてやる」


両者、啖呵たんかを切りながらバチバチに言い合っている。

(どっちもバスケになると熱くなるのかい)

呆れながら二人を見ていると


「クレア、油断はしないでよ」


黒霧さんが注意を呼び掛けるが耳に届いていなかった。


「黒霧さん、諦めよう。あれは当分とうぶんパスが回ってこないよ」


こちらはやることがないので、二人で会話しながら見守っていた。


ダムダム ダム ダム


クレアがドリブルを始めてゲームが始まった。

クレアの巨体が縦横無尽にドリブルを突き、美里を揺さぶる。


「どうしたー、遅れて来ているよ。それが美里の実力かい?」


左手でクイッ、クイッと挑発する。


「これから本気出すんだよ。今はウォーミングアップ中」


強気なことを言っているが、息があがり辛い表情をしている。


「とりゃー」


左右に振り美里が遅れたところを、右ドライブして抜き去る。


「しまった・・・」


ドギャン


さっき見せたダンクよりも音が激しく、リングが揺れていた。


「まずは一本!どうした早く本気を見せないと終わっちゃうよ」


くねくねと体を揺らして煽りに煽るクレア。美里は軽く舌打ちをしてボールを受け取る。


「おい、オフェンスはどうする・・・手伝おうか?」

「いらない、勝負させて」


言い終えるとドリブルを突き、クレアと同じようにタイミングを見計らい、ドライブを仕掛けようとしていた。しかし、長い腕を活かしボールに手が伸びてきて、得意の低いロントチェンジすらスムーズに行わせてもらえなかった。それでも持ち前のハンドリングで、クレアのDFをかいくぐっていた。


「低く細かいドリブル・・・上手いねー」


クレアは目をキラキラさせ、ボールで遊ぶ犬のようにワクワクしながら、勝負中に話しかける。


「・・・・・・絶対にやりかえす」


右にドライブしてフェイント、ロールターンでクレアの右腕を通過した。


「オラー、抜いてやったぜ」


黒霧さんがヘルプに行くと思ったが、二人の勝負を見届けるために行かなかった。

美里はそのままリングの正面から、レイアップの体勢に入りシュートする。


「もーらい」


美里は完璧に油断してしまった。完全に抜き去りリングに入れるだけと思い込み、クレアの存在を忘れていた。美里の背後ろから黒い影が迫り、放ったボールはリングではなく地面に急旋回して落ちていく。


バッシ―ン


「アマ――――い!!!!」


遅れて来たクレアが、スーパージャンプしてシュートをブロック・・・強制的にシャットダウンしてしまった。


「まじで強いね・・・クレア・・・頼むから私に失望して力を抜かないでよ。必ずこのゲームで勘を取り戻すから」

「アハハハハ、don't worry・・・抜くわけないじゃん」

(本気でDFしたのに抜かれてしまったのは、ビックリしたなー)


また攻守交代して両者気合を入れる。


「私たちっている意味あるかな?もう、あの二人に気が済むまで1ON1をさせてた方がいいんじゃない」

「大丈夫、後1,2回でパスが回ってくると思うよ」


今度は力比べを始める二人、クレアがパワードリブルで押し込み、美里は腕で逆に押し返してDFしていた。


「オーラ、オラッ、力じゃ私の方が上だー」


ワンドリごとに体をぶつけて押し込もうとするが、本気になった美里の前には意味がなかった。


「オワ―、ちょっと・・・美里はいったいどこにこんなパワーを隠しているの・・・重い」

「言ったでしょ、パワーじゃ負けないって・・・オラー」


グイグイ体を張って3Pライン外に弾き出す。

(俺と同じようにクレアも、パワープレイで負けてしまったか)

諦めたのか満足したのかは分からないが、雑に3Pを打って攻撃を終わらせる。


ガシャーン


二人は見つめ合い笑う。


「ハハ、もういいよね」

「ああ、もう実力は分かった。今度はチームでどちらが上か決めよう」


深くき合い健闘けんとうたたえ合う、その表情は、もう全力を出し切り悔いがないようだ。


「おい、二人ともこっちはまだ始まってすらいないんだよ。さっさとボールを持って再開させろ」


ジ――――


抱き合ったままこちらを見る二人、俺の顔を凝視ぎょうししながらまたヒソヒソ声で話し出す。


「何だよ、文句があるのか、あぁ、・・・本当ムカつくなーそのキョトンとした顔」

「まあまあ、楽しくいきましょう。はい、二人ともゲームを始めますよ」


小学1年生に優しく接する先生のように黒霧さんは、声をかける。俺の呼びかけには返事すらしなかったのに、お母さんがご飯できたよと呼んだら、一目散にテーブルにあつまる子供みたいに、元気よく返事をした。


「やっぱこんな風に優しく呼ばれた方が気分がいいよねー」

「私のマミーも舞みたいに、優しいよ。あんな野蛮な言い方はちょっとブルー」

(コイツらー・・・)


縁呼は拳を握りしめて手の平に大量の汗をかき、行き場の無い怒りをどこにぶつけようか考えていた。


「・・・にぃ~~ヴぃ」


変な声を発しとりあえずガス抜きをした。


「縁呼、次はパスを回すから好きに動いていいよ。スクリーンやバックドアなどの合図は、右の髪をファサーってしたらスクリーン、左の髪をくるって指に巻いたらバックドア、前髪を撫でたら・・・攻撃!」

「すごい癖のある合図だな、まずは普通に一本大事に行こう」


クレア、舞チームも作戦会議を始める。


「あの男が一番不気味、ぶきみホラーだから火の用心」

「うん」


一緒にいる時間が長く、ある程度はクレアの言っていることが分かるようになった舞は、耳をかたむけて頭の中で、言葉の意味を解きながら話を聞いていた。


「やろうか、クレア」

「カモ―ン、美里」


縁呼がボールを手に取り黒霧さんと対峙たいじする。


「ヘイッ」


さっそく美里が前髪を撫でて、攻撃の合図を送ってくる。俺との距離を離れ、クレアをゴール下まで誘い出す。


「舞、1ON1来るよ・・抜かれても守るから安心して」


すぐに状況を理解してクレアは舞に伝える。


「分かったわ、抜かれたらヘルプお願い」

「伝達が早いねー、でも中では勝負しない・・・外で一本もぎとる」


ゆらっ、ゆらっとピボットを踏んでボールだけは胸の前で、しっかりと固定していた。

(こうやって対戦するのは初めてだけど、憧れた人のプレーは何度もビデオで見て研究はした。たぶん、右に一回ドリブルして、クイックでシュートを打ってくる)

舞の予想通り、縁呼は左のつま先をちょっとだけ右に向け、ボールを突いた。その一歩目を狙い、ボールが手から離れた瞬間にカットする。


パシーッ コロコロコロ


誰もいない半面のコートにボールが転がっていく。


「あれ、取られた」

「何、やってんの?もう交代じゃん」


美里が怒っているのが見なくても分かる。それよりも気になるのが、彼女にカットされたことだ。あの反応の速さは、瞬発力とか条件反射の動きではなかった。あれは、あきらかに俺がそうすると読んで予想した動きだった。もしかして、この人は俺の動きを研究していたかな?そうじゃないと、初見で俺の動きを予測できるはずがない。予想を立てながら、からくりの正体を考える縁呼。この尋常ならざる状態に驚き、その事態に気付いたのは、心無いヤジを飛ばしていた美里だけだった。


「イエーイ、ナイス舞。次の攻撃も頑張ろう」


ハイタッチして喜ぶクレア。


「どうした?あの女にあっさり取られるほど、下手になったか?」

「いや、ちょっと油断していた」

「・・・・・・ならいいよ。次は頼むよ」


文句の一つでも、ガツンと言ってやろうと決めていたが、微妙な縁呼の反応に何かを感じ取り、言葉を飲み込んだ。きっと、彼女に対して考えていたのだろう。自己解決してクレアの所に戻って行った。


「あの人本当は大した事ない?強い人だと思ったけど、私の思い違い?」

「まあ、静かに見ていればいい。すぐに実力を発揮するから・・・縁呼はかなり警戒心けいかいしんが強くてまずはじめに、様子見ようすみをするんだ」

「へー、随分ずいぶん彼のことを知ってるんだね。付き合いは何年になるの?彼のこと好きなの?とても詳しく教えてー」

「黙れ、付き合いは小学からでチームメートになったのは4年生からになる。だから、かれこれ9年来の付き合いになる。後、天地がひっくり返っても好きにはならない」


美里は仁王立ちしながら、ドーンと宣言する。


「もう、嘘つきだなー・・・好きと素直に言えばいいのに」


後ろから抱き着き、頬ずりをするクレア。その姿は、飼い主に甘える大型の猫に見える。


「・・・・・・殺す、好きじゃないと言ってるだろうがメス猫がー」


頭を掴みぐりぐりしようとするが、ふわりと交わし猫の鳴き声で挑発する。


「ニャーオ、どうしたのそんなに怒って・・・可愛い顔が台無しだよー」

「絶対殺す。逃げんなコラー」


言い合いになり遊んでいると舞が助けを呼ぶ。


「クレア、ボールを貰いにきて・・・」

「そんなに焦ってどうしたの?風の如くパパっと抜いちゃいなよ・・・」


舞の方を見ると、ピッタリとマークされて攻めあぐねていた。ドリブルをしながら打開しようとするが、コースを完璧に防がれ取られまいと保持するだけで精一杯だった。


「あら、これはふざけてる場合じゃないね」

「いいぞ、縁呼!そのままDFしてて、パスはさせないから」

「残念でした!バスケは高ければ高いほど有利ということを忘れたの?」

「あ?」


クレアはゴール下で動かずに指を使い天井を指す。


「舞、はるか上でもいいよー」


それを聞いた途端にドリブルを止めて、リングに向かいシュートを放つ。タイミングも体勢もバラバラで入りそうにもない。


「やられた」


縁呼が悔しそうにボールの行方を追う。その軌道きどうはリングではなく、クレアの頭上ずじょうにたどり着く。


「ナーイスパス、どっこいSHOW――――」


ジャンプして見事にキャッチしたかと思ったら、着地してすぐにスーパージャンプをする。


ドッカ―ン


今までのダンクで一番の迫力だった。美里は空中戦では無力であり、ジャンプは一応していたが、彼女のテリトリーには手さえ届かなかった。思う存分暴れられて、バスケは高さだよと教えられているようだった。


「ハイ、ボール」


わざとらしく丁寧にクレアはボールを渡してくる。


「あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・すぅー」


怒りの頂点に達した美里は、高速で縁呼にパスをする。そして、もう一度前髪を撫でて反撃しろと伝える。

(かなりキレてんな、こっちもからくりを明かすために、試してみるか)

黒霧さんが本当に疾風しっぷうみたいな速さの持ち主ならお手上げだが、もしも、本当に俺のくせを知り尽くされているならば・・・楽に攻略できる。

さきほどと全く同じようにドリブルをして、得意の1.2のテンポでリズムを掴む。さてここからが実験だ、まずは右にドライブと見せかけてフロントチェンジ、そして左に行くとフェイントしてステップバック・・・3Pを狙ってみよう。これは俺がまず初めての相手に必ずする攻撃パターンだ。今までこれを食らい最後までついてきたものはいないぐらい、簡単にスペースが空いてスリーを打って来た。彼女はどこまで初見でついてこられるかな?


ウキウキしながら実験を開始する。名付けて“一見いちげんさんお断りフェイク”だ。


「行きます」


ダム ダム ダム ダム


1・2、1.2のリズムでドリブルを突き、5回目でドライブを開始した。

右に大きく一歩目を歩くと彼女もピッタリとDFしてくる。急ブレーキをかけてフロントチェンジをする。少し遅れてきたがまだ追いついてくる。左に体を倒し本気で抜きにかかるふりをする。


「抜ける」


彼女に聞こえるぐらいに、わざと喜んでドライブすることを伝える。

すると、案の定ゆっくりと素早くコースを塞ぎに、サイドステップして追いついてくる。バランスは右側に集中して左の方は軽くなっているはず。重力には逆らえず、いきなり切り返すことができない。それを確認すると、左手でドリブルしたまま右斜め後ろにステップバックする。スペースはがら空きになり、後はゆっくりと自分のペースでシュートを打つだけ・・・


彼女はまだバランスを保とうと踏ん張って、チェックしようと次の行動に移そうとしていた。やっぱり、気のせいだったのね。たださっきのはまぐれで手を出したのが、ボールに当たっただけだ。からくりが分かり、安心してシュートを放とうとすると、彼女の手がもう顔面近くにあった。


何――――!?


バシッ


またしても彼女に抑えられてしまった。これで本日2回目の敗北を喫する。彼女の表情はホッとしていた、チェックして喜ぶのではなく、まず安堵あんどしていた・・・なるほど、これではっきりした・・・実験は大成功。彼女は俺の行動パターンや癖が全て頭に入っているらしい。きっと何度も何度も俺のプレーを観察・研究していたのか・・・素晴らしい、黒霧 舞くろきり まい、勘を取り戻すにはぴったりの相手じゃないか。からくりが分かりすっきりした縁呼は、どう攻略するかもう、頭に浮かんでいた。一方舞は、予想通り上手くいったことに安堵してしまい、彼を観察することを忘れ、不敵な笑みの表情を見逃してしまった。彼女はまだ手の内を知られていることを知らずに、OFを開始した。


「また取られちゃったね、OFはまあまあかな」

「・・・・・・にー、あの女はもう相手になんねーよ」


縁呼の表情を見逃さなかった人がここに一人、徐々に勘を取り戻す彼を見習い彼女もまた、同じように不敵な笑みを浮かべ、DFに集中する。


「無視かよー、でんでんむしー」

「誰がか、人間だよ」


クレアの変な呼び名には思わず反応してしまう。きっと中学時代、さんざん座敷童ざしきわらしと言われてきたから、名前には敏感びんかんになっているのだろう。


「舞、こっちにパース」


フリースローラインの角でポストアップして、ボールを要求する。


「ヘルプお願ーい」


力では勝っているが、高さはどうしようもないので縁呼にすぐ助けを求める。


「任せろ」


すぐにクレアへ寄り、舞とクレア両方とも視界に入れつつDFしていた。


「ふーん、DFは堅そうだから返すね」


舞にリターンパスして仕切り直す。ゴール下に引き下がり舞に1ON1のスペースを空ける。


「舞、二人はやっかいだから一人で打開して」


彼女に攻撃を任せてあくびをする。それを見て縁呼はヘルプDFは止めて黒霧一人に集中する。


「スクリーン、左、左」


慌てて声をかける美里の方に首を向けると、左後ろ10cmもない至近距離にクレアがいた。


「えー、やる気なく立ってたのは芝居かよ」


完全にクレアにしてやられスクリーンが成立、クレアにぶつかり舞の姿が隠れるよに彼女の後ろに消えていく。


「スイッチ、頼む」


美里に舞を任せるが、クレアがここでさらに動く。ボックスアウトして俺の侵入を許さず、ゴールに向かいパスの要求をする。あっという間に1対2の状況を作られて美里の挟み、空中でパスを行い左手のトマホークダンクを決める。


ズギャッ


「よっしゃー、“死体ゾンビ作戦”大成功、イエーイ」


作戦を最初から決めていたらしく、舞を高い高ーいして喜びを味わっていた。


「分かった・・・分かったから降ろして、ちょっと怖くなってきた」


青ざめた舞は背中をさすってもらい介抱されていた。


「ぎゃー、大丈夫・・・いったい誰がこんなことを」

(アンタでしょ、アンタが空中にお手玉みたいに投げたから、気分が悪くなったと思うが)


「TIME」


クレアが手でTのポーズを作り、休憩きゅうけいを申し込んできた。


「分かった、こちらも作戦会議があるから、それまでに黒霧さんを回復させておきなさい」

「ほーい」

「美里、ここに集合・・・どうした?あんなダンクを3連発も浴びて、戦意喪失せんいそうしつしたか?」

「ううん、やっぱあんな間近でダンク見たのは初めてだよ。やっぱり、バスケ選手だったら一度はダンクをしてみたいよねー・・・いいなー」


無用な心配だったらしく、やる気に満ちてダンクをどうしようか、難しく考えていたらしい。


「リングの高さが3m05cmある。美里の身長が160cmだとすると、腕の長さを考慮しても、最低でも確実に1mはジャンプしないといけないぞ」

「1mかー、肩車をしてくれるか土台になってくれたら、いけるかな?」

「・・・やってみるか?」

「・・・・・・一度試してみよう」


黒霧さんの体調が戻ってくるまで実験してみることにした。実験その2、彼女がダンクできるか様々な方法を試してみよう。名付けて“ドリームダンクダンクを夢見るバスケ選手作戦”。


まず試した方法がゴール下に俺がうずくまり、できるだけ背中を平らにして台を作り、それを蹴りジャンプの高さを上げる方法だ。


結果は・・・・・・


失敗、グラグラして安定せずに服との摩擦で、バッシュが滑り空想のようにはいかなかった。


「じゃあ、次は私を肩車してできるだけジャンプしてね」

「おう」


これはリングに届くと思ったが、その前にアクシデントが起こった。軽いと思うが美里を肩車して移動するのが、もうキツかった。これはジャンプできるほどの力がないと無理だ―。


御免ごめん無理むり跳躍ちょうやく禁止きんし筋肉きんにく悲鳴ひめい地獄じごく天国てんごく―」

「おい、もう少しで届きそうだから頑張って耐えて、肩車から俺の肩に足を乗せて立ち上がろうとしていた。


ブルブルブルブル


足の筋肉、腰の悲鳴、肩の重さ、俺の体が限界がきていることをサイレンを鳴らし、教えてくれている。


「うお――――、まだかー、筋肉が・・・痛――――」

「よし、立てた、足首から手を放していいよ」


パッと手を放し、グラグラ揺れる自分の震えを止めて、美里に影響がいかないようにしていた。


「よいショー」


ガコーン


ようやくリングに届いたのか、ダンクを成功させた。パワーはそれほどないが及第点だろう。リングにぶら下がりながら、ゆっくりと手を放し着地する。実験はかろうじてだが成功した。


「イエーイ、ダンクできたー・・・これでもう試合に集中できる」


ガッツポーズしながら踊っているのを、休憩していたクレアと舞が見ていた。舞はすっかり気分が良くなり、縁呼と美里の行動を観賞していた。


「あの二人、本当に仲がいいね。やりとりをみていると、こっちが恥ずかしくなってくるぐらいに」

「あれで好きじゃないとか言うんだから信じられないよねー、UFO」

「ははは、確かに信じられないかも」


――――時刻は午後6時45分


アリーナの使用終了時間午後7時まで時間がない、4人は2ON2の続きを断念して、片付けと掃除にとりかかる。少しでも時間を過ぎたらこっぴどくスタッフさんに怒られるので、急いでモップをかけてコートを綺麗にする。その後は、着替えを後回しにして、荷物を持って外に出る。電気の消し忘れやごみが落ちていないか確認して、受付に報告する。


「はぁ、お腹すいたー・・・結局12対2の完敗だったー、悔しい」

「私たちの連係れんけいプレーに手も足も出なかったねー」


クレアがタオルで汗を拭きながらどや顔する。


「全部ダンクで決めてきやがって、羨ましいぞ・・・このー」


美里がタオルを奪い取り、クレアの頬をぐにぐにとする。


「あぁ~、それ気持ちイー・・・その調子で肩もお願いしまーす」

「誰がやるか」


すぐに喧嘩する二人を止めて黒霧さんが更衣室に連れていく。


「更衣室で着替えて早く帰りましょう。外はもう暗いので親御さんが心配します」

「やっばー、もうそんな時間じゃん。お婆ちゃんは晩御飯が食べるのが早いから、何か食べて帰ろうっと」

「じゃあ、ハンバーガー食べよう。縁呼が奢ってくれるって言ってたよ」

「おい、奢ろうかなと言っただけで、本気で行ったんじゃないからなー、おい、聞こえてるか?」


取り残された俺はパパっと着替え、三人を待つことにした。

とてもパワフルな二人が友達になったものだ。あれが同じチームメートだったら、まとめるキャプテンや先生は大変そうなー。

しかし、良いこともある。美里とクレアの天真爛漫てんしんらんまんな性格は、とても元気をもらうことができる。一緒にいるだけで笑顔が絶えず、常に笑っているのでこちらも自然に笑顔になってしまう。中学のときにどれほどあの性格と笑顔に助けられたか、今思えばとても感謝している。


一人、ひっそりと思い出に浸り懐かしむ縁呼は、MBに向けてよりいっそう本気で目指すことを決めた。

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