第4話 金髪(キンパツ)と黒髪(くろかみ)と筋肉(エンジェル)

練習を再開して3日目、ホームコートである宮之城総合体育館ではなく、隣町の“川内せんだい”に来ていた。


「いつも学校が終わったら歩いて練習に向かうのに、何で今日はバスに乗って隣町に来たの?」

「いつも使っている体育館が雨漏り工事で休みだからです」

「サブコートにもポタポタと、何か所か落ちて来るポイントがあったけど・・・ついにメスが入ったか」

「ちなみに修繕費はお父さんが寄付したそうです。俺たちがお世話になってるからと、地域活性にも力を入れていくようです」

「恐ろしいね、君のパパさん・・・私が頼み込んだら“おいしいタピオカ屋さん”を都会から引っ張って来れたりする?」

「美里、それを知ったらもう、こっちの世界に戻ってはこれないよ」

「・・・・・・今のは無かったことにして」


とぼとぼと川内の繁華街はんかがいを歩き、物騒ぶっそうな会話をしていた。二人の地元と違い、かなり栄えておりファーストフードや中華店など、良い匂いを漂わせる店がいっぱい並んでいた。


「なんか食べていこう?あっちのラーメン屋さんとか学生割をしてるってー、あっ、あっちのカフェはセットで頼めば1杯無料だってさ」

「却下、却下、そんなもの食べたら練習中にぶちまけてしまうぞ」

「えー、じゃあ練習が終わったら何か食べてかえろう」

「まあ、それならいいよ」

「イエス!」


スマホでメニューの看板や、ショーケースに飾られている食品サンプルの写真を収めながら、何を食べるか吟味ぎんみしていた。食べることが大好きな彼女にとってこの通りは、天国だったらしい。


「そろそろ目的地に着くぞ、その口から垂れてるを拭いてシャキッとしろ」


繁華街を抜けて人通りが少ない道に出ると、さっきまであんなに人・ひと・ヒトがいたのに、俺たち以外に人っ子一人いにない。


「一つ角を曲がったら誰もいないね」

「あぁ、食べ物の匂いもしなくなったな。もう、練習が終わったら何を食べるのか決まったのか?」

「もちろん、悩みに悩みぬいて決めたよ。ハンバーガーショップでポテト大盛、メガントバーガー、ドリンクはコーラの腹ペコセットと、デザートにアイスクリーム屋さんで学割をフルに活用する」

「そんなに食べるのか?・・・しょうがない、アイスは奢ってあげる」

「ありがとう、さすがスポンサー、今日の練習気合入ったー」


分かりやすくテンションがあがり、肩をぐるぐるとまわして気合が入ったことをアピールしてくる。


「ほら見えたぞ、あれが“がらっぱアリーナ”だ」

「綺麗で大きい体育館、入口にいる二匹の河童かっぱが可愛い」


美里は駆け寄って、バシャバシャとスマホで写真を撮り、かしこみー、かしこみーと変な言葉で挨拶をしていた。


なぜ河童なのか簡単に説明すると、ここ“川内せんだい”という町は、アリーナと同じように、歩行路や公園・お店のシャッター・橋の上など、たくさんの河童の銅像や絵が置かれている。この町のシンボルでもある、“川内川せんだいがわ”が一本大きく町の真ん中を流れている。その川に河童かっぱんでいるとされている。そこから昔の人々は河童のことをなまりで“がらっぱ”と呼ぶようになり、今では普通にがらっぱ=河童と認識するようになった。


「さあ、入るぞ」


受付を済ませてこちらでもサブコートを使わせてもらう。


「コートもピカピカ、コートには河童が相撲をとっている絵が描かれてる。可愛い!」


またもや撮影タイムが始まってしまう。本当に女子高生ってこういう珍しいものや可愛いものに、目を奪われるな。全く可愛いという感情が出てこない、むしろ顔は可愛くデフォルメされて優しい表情をしているけど、体のぬめっとしたリアルさや甲羅の痛々しい傷や血管が細かく書き込まれた水かきが、グロテスクで気持ち悪い。

(絶対、顔を描いた人と首から下を描いた人、別人だろ)

このアリーナの河童推しは他にも、リングのボードに皿に水をかけて涼んでいる河童が描かれている。壁にも河童の子供たちが人間の子供たちと、相撲を取っている絵が描かれていた。


「河童・河童・河童、このあまりの河童の多さに、今夜化けて夢に出てきそうだ」

尻子玉しりこだまを抜かれないように気をつけなくちゃねー」


写真を撮り終えた彼女がリュックから荷物を探しながら助言してきた。


「何だ?その尻子玉というのは?」

「知らないの?河童に相撲で負けたら、尻子玉を取られて腑抜ふぬけになってしまう架空話かくうばなしを・・・妖怪好きなら常識、常識」

「知らない、今初めて聞いた。伝承や噂話などいっぱいあるんだな」


ちょびっとその話を聞いて怖くなった縁呼は、彼女が更衣室に着替えに行っている間、自販機で飲み物を買って扉の前で待機、美里が着替えて出てくるのを待っていた。

(あんな話を聞いてしまったら、一人でサブコートに待ってられるかっての・・・怖すぎてやる気がなくなってきたー)

彼女に怖い感情を悟られないように偶然を装い合流して、一緒にサブコートに入る。


「そういえば、言うの忘れてた。明日、新しいメンバーが来るから楽しみにしとけ」

「マジ、やったねこれで三人目か、こっちの方も上手く交渉できそうだから、もう少しだけ待ってて」

「葵さんだっけ?その人が入ってくれたら4人目、あと一人で試合できる」

ストレッチしながら体を動かす。しかし、二人ともまだ靴紐を結んでおらず、話しながら壁に背をついてゆっくりしていた。

「そうだね、あと一人はだれか心当たりいないの?バスケ部にバレないように内密でスカウトをしてたから、これ以上動くと先輩や先生に目をつけられて勧誘しに来るよ」

「すでに俺たちは中学の実績で顔は割れてんだ、4月の時にいろんな先輩に勧誘されただろう。あの時は、俺は飽きたから、美里は燃え尽きてしまったからと理由をつけて断った、しかし今度は違う・・・今の俺たちはやる気が復活した。そんな俺たちをあの顧問の先生はほっとかずに、大会に出ると知ると必ず入部させにくるなー」

「そうそう、またやる気をだしたと知られたら自由にやれなくなる。今はまだバレてないからいいけど、どのみち大会に出るんだ。遅かれ早かれ・・・時間の問題だよ」

「その前にメンツを集めて、さっさとリーグに登録するか・・・登録さえ完了すれば口出しはできないはずだ」


いつも通りの体操・DFの練習・ドリブル・シュート練習をこなし、軽い汗をかく。ここまではいつもと変わらない同じメニューだ、後は、1ON1とシューティングをして終わりになる。しかし、今日はいつもの総合体育館ではなくアリーナだ、ここには豪華な筋トレルームがある。


「今日は筋トレルームも借りてるから、練習を早めに切り上げて、肉体をきたえに行きます」

「えー、私はパスでお願いします」

「ダメだ、“鬼童きどう”先生も一番大事なのはシュート力やスキルもよりも、怪我をしない体づくりが大事と、常日頃つねひごろから言われただろう」

「耳にタコができるほど言われたけど、筋トレは死ぬほど嫌い」


手でばってんを作り、断固拒否する美里を無理矢理連れていく。先ほど話の中で出てきた“鬼童きどう”先生とは、俺たちの母校である“蛹御門さなぎみかど”中学のバスケ部総監督である。身長は2mを超えており、白髪の長髪を後ろで結び、常にバリっとした黒いスーツを着ている。滅多なことでは喜ばず、大会で優勝した時も涙一つ、笑みさえも見せなかった。冷酷な先生に思えるが、それはコートの中だけで外では優しく接してくれ、親父ギャグが大好きな一般の40代男性に戻る。


「そうブーブー言うな、肉体管理をおごそかにして、いつか急にバスケをできない体になっても知らないぞ」

「でも嫌なものは嫌だ―」


全く話を聞いてくれない美里に早くも最終手段を使う。


「ちゃんと筋トレしたら、ハンバーガーも奢ってやってもいいと考えている」

さりげなく言ってみると目の色を変えて走り出す。

「さあ、行こう!遅いぞ玉枝君、時間は待ってくれないぞ」

「それでいい、そのやる気を筋肉に変えろ」


そう、本当にこれでいいのだ。鬼童先生もやる気を出させるために、アイスやジュースで釣ってご機嫌をとっていた。それでもやる気が出ない生徒に関しては、休憩や別メニューをやらせていた。そうやって、生徒たちと上手くコミュニケーションをとり、信頼を築いていた。俺のやっていることは、鬼童先生の指導方法を真似まねて少しなぞっているしかない。メンバーもそうだがやはり、指導してくれる監督が必要になってくる。ベストは鬼童先生だが、中学の方に全力で取り組んでいるため、頼むことはできない。まぁ、時間はあるんだ、ゆっくり探せばいいか。


「フン・・・フン・・・フン、フ――――ン」


ガシャン ガシャン ガシャン ガッシャ―ン


やかましく筋トレをする美里、顔を真っ赤にしながら25kgのダンベルをこれでもかと言わんばかりに、あげていた。


「腕が、腕の筋肉がプチプチ切れるのが分かるっ!」

「うるさい、静かにやらないか・・・そんな乱暴に筋トレをすると怪我をするぞ。回数・時間・セットを決めてゆっくり負荷をかけながらやるんだ」

「今の私はバスケット選手じゃなくて、ボディービル選手さ、こう見えて筋肉に愛情を持って接しているんだ。腕筋ももっと鍛えるんだと声が聞こえてくるよ、ほら!」


パンパンに膨れた腕をサイド・チェストして、見せつけてくる。何でボディービル選手の人が良くやるポーズをしてくるんだ。しかも、美しいポーズがなんか腹立つ―。


「いや、全く聞こえない・・・気のせいだ」

「ふん、心が綺麗な人しか聞こえないのさ、冷たい人の心の持ち主には声を聞かれたくないらしいよ」

「そうかよ・・・あっ、これを渡すの忘れてた」


リュックの中から縁呼は紙袋を取り出し、美里に渡す。紙袋には、“筋肉牧場”と太い黒字で書かれた名前のロゴがプリントされている。


「それは筋肉愛用者の御用達ブランド“筋肉牧場”、じゃあ、中身はあれかい?」

ガサゴソと音をたてて中に入っている物を取り出す。

「これはプロテイン専用シェイカーじゃん、しかも一番人気のシャッフルマッスル社の限定品、水の如く飲むべしシェイカー“ブルーマッスル”・・・これを私に」

「詳しいんだな、一応店長さんに女子に人気のシェイカーはどれかと尋ねたら、NO.1商品がそれだと教えてくれた」

「ありがとうございまーす。良く手に入ったねー、これはあまりの人気に販売中止となった代物だよ」

「カウンター奥に消えて持ってきたから、隠してあったんだろうな。帰り際に肉体美アダルティーになったら、また店に来なと言われたが・・・どういう意味か分かるか?」

「へー、ずいぶんあの店長さんに気に入られたんだね。あの店長さんは元ボディービルダーで、世界でも有名な肉体美の持ち主だと聞くよ。それにジムも経営してるから、縁呼の体を見て何か思いあることでもあったんじゃない」

「マジか、そんなに凄い人なのか・・・今度そのジムにも行ってみよう」


美里はシェイカーを包装用紙から出して、デザインを眺めていた。シェイカーには鯨が海を泳ぐ絵になっており、水を入れると大きくジャンプする絵に変化すると店長さんに教えられた。それが筋肉ベイビーさんたちに受けてヒットしたらしく、シェイカーの中でも断トツに人気らしい。実は美里にあげた物は買ったのではなく、店長さんに貰ったものだ。普通のシェイカーを買おうと悩んでいたら話しかけてきて、買いにきた事情を話したらこれをくれた。

なぜ、そんな高価な物を無料で譲ってくれたのかは分からないが、応援しているよ天使の筋肉スイートベイビーと言ってくれた。その言葉が妙にグッと来たことを覚えている。


――――同時刻、“筋肉牧場”のレジカウンター


この店の店長、“若松 遊わかまつ ゆう”が帳簿ちょうぼをチェックしている。


「久々にアイゴッドを宿し、我流セルフで鍛え手にした肉体美スイートの両方を持つ、筋肉エンジェルちゃんに会えたわー、理由を聞けばバスケットボールB.B大会フェスティバルMBモンスターレアバスケで優勝すること・・・今どきの若者ヤングにしては中々、気合オーラが入っているわねー、あれは応援キスしたくなるわー・・・うーん。それに、ドリームを立てる程の実力パワーを持っているわねー、あれは超応援ディープキスする価値マネーがある。これからは、バスケ情報B-information監視チェックしておきましょうかね」


――――場所は戻り“がらっぱアリーナ”サブコート


「やっと終わったー、もう体中が痛い・・・うっま」


文句を言いつつもプロテインを作り、味わって飲んでいる美里。味はチョコにストロベリー、バニラにヨーグルト、そしてスポドリのようなレモン味、どれもこれも店長さんオススメの美味い味ばかりだ。会社はそれぞれ違うが、あの店で売れているランキングでトップ5に入る味らしい。ちなみに一番人気は、スポドリレモン味。


「美里は何味をシェイクした?俺はモーモー社のチョコ味プロテイン」

「私はメーメー社のヨーグルト味、中学の時からこれしか飲まなかったぐらい大好き」

「へー、それじゃやるか?」

「うん」


プロテインを飲み終わり、リラックス状態になった二人は、目を閉じて合掌がっしょうをすると、かたうではらしりもも脹脛ふくらはぎと上から下へ強くなーれ、強靭になーれ、と心を込めて優しく揉んでいく。特にこれの効果は無いが、中学のときに筋トレの後は必ずやることになっているのだ。げんかつぎらしく、これを教えてくれたのはもちろん、鬼童先生であり、中学の時にこれをおこたるものは罰として、10分間の瞑想をすることになっていた。


「よーし、これで私の力が100は上がったー、今なら魔王も拳で倒せるきがする」

「上がりすぎだろ・・・後は後片付けして帰るぞ」

「今日は早いね、少ししか借りれなかったの?」

「あぁ、5時30分から予約していた人が使うらしい、今は5時20分・・・ちょうどいい時間だ」


モップでコートを拭き終わり、帰ろうとした瞬間に入口の扉が開く。


ギギ――――イ


「よろしくお願いしまーす」


挨拶あいさつをして入ってきたのは俺よりも大きい金色の髪をしている女性と、黒色でショートボブの女性が入ってきた。黒の方は目つきが鋭いが美人さんだ。金の方は身長も大きいが、声も大きい。先ほど元気に挨拶をしたのは、こっちの方だろう。会話声も金の方だけこちら側に丸聞こえだ。俺たちに気付いた二人は軽く会釈えしゃくをしてくれた。


「誰?あいつら・・・縁呼知ってる?」

「すごいよ美里、あの人たちは“純心蝶羽じゅんしんちょうば高校”のバスケ部だよ」


金の方が名前を“真田さなだ クレア”と呼び、アメリカ人の父と日本人の母を持ちアメリカで15年育ち、“セスタ高校”出身で州チャンピオン・MVPを獲得した後、アメリカの強豪にいくと誰もが思ったが、彼女は日本の高校でバスケをやりたいと決意。今年の4月から、母の実家に移り住む。そして、たくさんの留学生がいる純真蝶羽高校に入学。1年にしてスタメン入り、最近はベスト8止まりの蝶羽高校はベスト4の壁を突破した。優勝はできなかったが確実に、蝶羽高校のエースであり超新星オールラウンダー。

一方の黒の方は、“川内北玄武せんだいきたげんぶ中学”出身のSGシューティングガードで名前を“黒霧 舞くろきり まい”という。高校1年時にクレアと同じでスタメンに抜擢される。疾風しっぷうドライブと正確なパスでDFディフェンス翻弄ほんろうする。中学の時とは比べ物にならないくらい上手くなっている。


「なんでそんなに詳しいの?ひくわー」

「ひくな!ちゃんと、県週間バスケット日記というバスケ雑誌ざっしを買ってんだ。それに掲載けいさいされてたのを読んだまでよ」

「好きだねー、そういう情報誌を見るの、私はそういう雑誌には全く興味が沸かないんだよなー」


聞かれないようにコソコソと話し、帰りの準備をしていると金が話しかけてきた。


「こんにちはー、バスケやってたんですか?・・・それよりも、お二人とも仲いいですね。もしかして、デートのお邪魔でしたかー?」

「いや、そんなことないよ。もう、帰るから気にしないで使ってください」


そそくさと帰ろうとしたが、今度は黒の方に止められてしまった。


「ちょっと待って、ねえ、アンタたちもしかして・・・蛹中サナちゅうPGポイントガードと・・・座敷童!」

「中囿 美里だ!妖怪じゃないわ」

「あぁ、ごめんなさい、美里さんだ、そうだそうだ、つい異名で呼んでしまったわ」


瞬時に訂正されて驚く黒霧さん、目は鋭いが性格は真面目で優しそうな人だ。


「じゃあ、これで・・・さようなら」


何度もお辞儀して俺たちはサブコートを後にする。


「どうしたの?そんなに驚いて・・・ひょっとして舞の知り合いだった?」

クレアが舞に質問する。

「知り合いではないよ・・・ただ憧れてた人がいたからびっくりしちゃって」

「ふーん、あの子たちは何者なの?」

「私たちが準決勝でぼろ負けした相手、“草獅子くさじし高校”を覚えてる?」

「当たり前じゃん、あんな苦い思い出・・・まだ少し引きずってる・・・それがどうした?」

「草獅子にいた絶対的エース、“後光 茜ごこう あかね”のことは?」

「覚えてるよ。あいつに何点取られたんだろう・・・まるで神の如く、やることなすこと全部美しく、神のように思えた」

「そうだったねー・・・」

「アイツがどうした?」

「さっきの二人と後光 茜は、同じ中学出身だよ」

「Really!・・・あの有名な“蛹御門さなぎみかど中学”出身なの?舞の世代の蛹御門は、恐ろしく強かったんでしょ?」


興奮したのか、思わずあっちのテンションとネイティブな発音の英語が飛び出す。


「県は負けなし、全国でもベスト4に入る強さだった」

「Wow・・・そんなに強いのに・・・上には上がいるもんだねー、後光に関してはアメリカでも類を見ない強さだよ。」

「いや、後光さんは県大会の準決勝で足を骨折してしまい、決勝や全国大会にも出ていないよ」

「エースを欠いて、良くベスト4まで勝ち上がったね」

「そこだよ、エースを欠いてなお強かったのは、あの二人が奮起して全国の猛者を相手に圧倒したんだ。最後はそのとし優勝した、京都の“京香きょうか中学”に敗れたけど、点差は78対76と接戦。間違いなく、蛹御門さなぎみかどは後光さんがいたら全国の王者になってい・・・」


事細かに説明していると、ジェシーはサブコートを走って出て行った。


「まだ、話が終わっていないんだけど」


――――がらぱアリーナ売店


「さっきの金髪外国人見た?滅茶苦茶太腿めちゃくちゃふとももがデカかったよ」

「外国人じゃなくて、真田さなだ クレア、顔じゃなくまずそこに目がいったんだ」


ピッ ガコン


160円入れて一番上の列にあるお茶のボタンを押す。


「うん、あと腕の太さもハンパないねー、長袖で良く見えなかったけど・・・」

「はい、お茶!」


取り出し口から取り出して美里に投げる。


「thank you」


美里の肩の後ろから手が出てきて、お茶をキャッチする。


「あっ、私のお茶が・・・返せ金髪、それは私が買ったお茶だぞ」

「俺が買ったんだよ」

「はぁ、はぁ、探し回ったよ・・・息が切れてのどかわいてるから少しちょうだい」

「ならしかたない、いっぱい飲んでいいよ」


ぷはー


「生き返ったー、ありがとうぱっつんちゃん」


美里に抱き着いて軽々と持ち上げるクレア。宙ぶらりんになりながら、顔を胸で押さえつけられ苦しそうにもがいていた。


「ン――――、ン―」


じたばた暴れてようやく解放された。


「死ぬかと思ったー、何をぬいぐるみみたいに扱ってくれてんの?金髪」


ボサボサになった前髪をすぐに手櫛てぐし綺麗きれいに整える。


「ごめーん、あまりにも可愛かったからつい・・・それと金髪じゃなくて、真田 クレアだよ。クレアって呼んでどうぞ」


途中急に変な口調になるのは、アメリカでの生活が長かったためなのか、拙い日本語が可愛くて一気に俺はファンになった。


「クレア、わたしの名前は中囿 美里、美里って一回呼んでみて」

「み、みさと・・・合ってる?」

「OK、完璧に言えてる。それでさっき捜し回ったと言ってたけど、私たちのことを探してたの?」


すっかり仲良くなった二人は、普通に会話をしだす。


「そうそう、今から私たちと一緒に練習しない?」


満面の笑みで誘ってくれるが、美里は即却下する。


「ハンバーガーを食べに行くから無理。私の体力はすでに0に近いか・・・」

「ぜひ、お願いします。練習を一緒にやりましょう」


美里の言葉を遮り縁呼が誘いを受ける。


「おい、ハンバーガーはどうした。こっちはお腹が減って死にそうだよー」


お腹を押さえてがっくりと肩を落として、嘘じゃないことを伝えているが茶番だ。


「まぁまぁ、この二人と練習できるのはとても貴重なことだ。県下トップクラスの現役プレイヤーとブランクがある今の俺たちが、どこまでできるのか試したくはないかね」

「うぅん?うん・・・おー、そうだそうだ・・・うん、いいよその誘い乗ってあげる」


三度の飯よりバスケが好きな彼女にとって、絶好の機会だ。しかも、相手が格上の強者とくれば対戦好きの美里は、絶対にやる気を出す。


「おい、お腹はどうした、さっきまで腹ペコアピールしてただろう」


はっ!


「あー、腹の音が鳴りやまないー、今すぐバーガーを入れてあげないと」

「今更遅いんだよ、下手な演技しやがって・・・ほら、さっさとサブコートに行くぞ」

「やったー、ありがとー」


クレアは美里を抱え上げてお姫さまを誘拐する恋の泥棒のように、走り去って縁呼の目の前から消えていった。


「おい、降ろせ―・・・恥ずかしい・・・うわー」

「美里を軽々と持つとは、恐ろしいパワーの持ち主だ」


そして再びサブコートに戻り、二人はバッシュを履かされる。黒霧 舞は、練習着に着替えてシューティングを始めていた。


「舞、この二人のこと連れてきたよ。これから一緒に練習することになったからよろしくね。別に構わないでしょ?」

「えぇー!勝手にクレアが巻き込んだのは謝ります。そちらが迷惑ではなければ・・・ぜひ、よろしくお願いします」

「うん、よろしく」

「いえいえ、急にすみません。こちらこそ、よろしくお願いします」


時間は5時30分になり、縁呼はひとまず受付に行き、借りていた時間の料金の支払いと氏名の記入を済ませて、サブコートに戻る。


スパッ ダムダム スパッ ダムダム


一定のリズムで狂うことなくフリースローの練習をしていた黒霧さん。さすがの集中力ですぐに5本連続で決めて、スリーのコーナーラインに移動する。そして、同じように5本決めて、右のコーナーから45度、90度、45度、左のコーナーに移動しながら、5本連続で決めて見せた。

(安定して気持ちよく打っているから、これだけで彼女のシュート精度が、高いことが分かる。毎日シューティングをしている証拠に、ルーティンのように打つ場所を決めて、無意識のように移動しており、何回打ってもシュートの軌道が同じだった。)


一方、美里とクレアは荷物を置いている場所で、うつぶせに寝っ転がり、何かをしていた。気になって、近づいてみると・・・


「この写真良くない?」

「ウマそー、どこのお店?今度、一緒に行こうよ」

「いいよ、この店はさっきここに来る途中で見つけた。繁華街の路地裏にひっそりと看板が立ち、気になって見てみると大盛りのメニューばかりで、感動した」


美里のスマホを見ながら、美味しい料理の店に行く会議をしていた。ついさっきまで、顔も名前も知らなかった二人は親友のように仲睦まじくなっていた。女子のこういう、フィーリングが合ったらすぐに打ち解けることができるのは、本当にうらやましい。


「ほら、二人とも練習の準備をして早く始めないと、すぐに終了時間が来るよ」


盛り上げっている二人に後ろから声をかける。すると二人はコソコソしながら、こちらを見て来る。


「この人、なかなか厳しいね。鬼みたいで少し怖いよー」

「そうなんだよ、本当融通ゆうずうが利かないぐらい頑固がんこ堅物かたぶつで苦労してるよ」


二人とも地声が大きいからひそひそ声で話しているのかもしれないが、丸聞こえだ。


「聞こえてるよー、頑固で悪かったな。じゃあ、もうアイスもバーガーもおごららなくていいよな」

「いや、冗談です。この通りすぐ謝るから、ごめんなさい」

「そうそう・・・君も何か言ったよねクレアさーん、鬼とかなんとか、あーん・・・こっちはわざわざ付き合ってあげてるのに・・・帰ってもいんだよー」


縁呼は眉間を寄せて、ガンを飛ばしながらクレアを睨みつける。その顔はまさに鬼そのもの。


「ヒィ――――!、monster――――妖怪ー・・・鬼とか言ってごめんなさーい」


二人はすぐにバッシュを履いて、練習に取り組んだ。

(すごい、あのわがままなクレアが一発で言うことを聞いてる。美里さんも気が強そうなのに、素直に命令に従っているけど玉枝君は、本当に何者なのだろう?)

その様子を黙って見ていた舞が、縁呼に対して疑問を持つ。関りをもったことは無かったが、中学ではさつまと川内は、離れているが同じ地区に分類され、地区大会や県大会などバスケを通して、お互いの名前と顔ぐらいは知っていた。だが、知っているのは外見だけで、内面のことは知らない。舞のイメージとしては大人しく真面目そうな人だと思っていたらしく、実際に話してみてイメージとは少ししか合っていなかったので、混乱している。


そして、この黒霧 舞くろきり まいと言う女子高生は、バスケの楽しさや上手くなろうと心に、きっかけを作ってくれ憧れの人になったのが、玉枝 縁呼たまえ えんこだということを縁呼はまだ知るよしもなかった。

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