第3話 執事の勘

「おなかすいたー、もう歩くことすらキツイ、これは明日、筋肉痛間違いなしだな」

「ちゃんとお風呂の時間や寝る前に湿布を貼るなり、ストレッチをしておけよ。睡魔に負けて寝てしまったら最後、地獄をみることになるぞ」

「・・・もうそうなったら学校を休もう」

「おい、そこはちゃんと来いよ」


駐車場に向かいながら歩いていると、クラクションが2回鳴らされる。


「うおー、あいかわらずヤバい車だね」


クラクションを鳴らした正体は、黒塗りでピカピカと光っており、いかにも高級そうな車だった。その車のライトをは車体に負けないぐらいビッカビカに眩しく、二人とも顔を腕で覆い薄目で見ていた。


「ぎゃあー・・・ハイビーム、あれ絶対にハイビームじゃん。運転手さん気付いてないよ」

「そうだな、おい!今すぐ消して、目がやられる」


縁呼が手でライトを指さしして運転手に気付かせる。


バタン


「失礼しましたお坊ちゃま、道中は暗くハイビーム強化月間だったもので、うっかりロービームに戻すのを忘れてしまいました」

「そうなんだ、それにしても今日はいつもより輝いてるね」


車から降りてきたのは白髪でポマードをべったりと塗り、オールバックにしており、ちょびひげがトレードマークの“叶 九十九かなえ つくも”さんだ。この方は、御爺様おじいさまの代から玉枝家に仕えており、お父さんが生まれてくる前より玉枝家にいることになるので、第二のおじいちゃん的存在だ。


「えぇ、旦那様から頂いたこの“ゴースト666サタンカリファニウムが生誕200周年らしく、記念に洗車いたしたばかりです」


666の看板を持った白の幽霊がボンネットの一番先につけられている。この幽霊こそがエンブレムらしく、暇を見つけては常に胸ポケットにしまってあるハンカチで拭いている。


「あのー、こんばんわー」

「おや、あなたは美里様ではありませんか・・・気づかずに挨拶あいさつが遅れてしまいました、こんばんは、そしてお久しぶりでございます」


この二人が何故顔見知りかというと、小学や中学で練習試合や大会などで遠くに行くときは、保護者による送り迎えの当番があり、仕事で忙しい両親に変わっていつも爺やが担当していた。もちろん、そのときもこの車で乗ってくるので、他のチームメイトからは人気があり、常に乗りたい人たちでジャンケンをするほどだ。


「あぁ、はいお久しぶりです。今日はよろしくお願いします」

「えぇ、遠慮せずに乗ってください。それはそうと坊ちゃん、この時間帯に女子と二人きりとは・・・ふむふむ・・・これは・・・これですか?」


小指をあげて彼女かと遠回しに聞いてくる。


「違う、また一緒にバスケを始めることにしたの、ただそれだけ」

「ほぅ、照れ隠しですか・・・小さいときはおじいちゃん、おじいちゃんと胸に飛び込んできていたあの坊ちゃまが、うぅ、うっ・・・とうとうガールフレンドをお連れに」


ハンカチを噛みしめてポロポロと涙をこぼし余計なことを話し出す。


「違うって言ってるだろうが、いったい、どう解釈かいしゃくしたらそうなるんだ」

「叶さん、帰りにコンビニ寄ってもらっていいですか?お腹ペコペコで何か食べ物を買いたいんです」

「そうですか、そうですか、それならば私が奢って差し上げましょう。未来の花嫁になるのですから」

「えっ!本当・・・やったー、今日は本当に運がいい」

「花嫁とか言ってんじゃないよ、美里、お前もお前だ・・・しっかり否定して本当のことを教えてあげるんだ」

「いやいや、悪くないねー・・・縁呼との結婚。アンタ良く考えたら御曹司じゃん、夢が叶わなかったらそっちの方も考えて置こうっと」

「・・・っえ?本当に言ってる」


意外な返答に言葉が詰まる。さっきの1ON1の見つめ事件に、自分が口をつけたストローを平気で飲むとか差し出してくるし、ひょっとしてひょっとする。美里さん、あなた本当は俺のことをす・・・好きなんじゃないだろうね。心臓がバクバクと鼓動をはやくして、血液を全身に3段階くらいギアを上げて、力強く循環させるのが伝わる。胸が張り裂けそうだ――――


どぎまぎしながら嬉しそうにしていると


「やっぱないわー、いくらアンタが金持ちでも今は全く、そういう目で見れないわー、全く興味ないもん」


心臓が止待ってしまうぐらいのクリーンヒットだった。


「だ、だよねー・・・俺もお前なんか興味ないわー、あはははー」


渇いた笑い声がとても寂しく思える。


「フフッ、・・・さあ二人とも乗ってください、早くコンビニに行きますよ」


運転席と後部座席は隔離されており、バックミラーで二人の様子を観察する。言い合いながらも、お菓子を見つけたふたりは仲良く分け合い口に運んでいた。

そして、にぎやかに笑い合いながら会話を始める。

(お坊ちゃま、ちゃんと聞いていましたか?彼女はと言ったんです。もしかしたら、美里様もあなたと同じ照れ隠しで、瞬時に訂正したのかもしれませんよ。あなたの反応を楽しむために・・・今は興味が無かろうがお互いが合わないと思おうが、人生は何があるか分かりません。数年後には結婚していても何ら不思議ではありません。それに、二人のことを遠くから見ているとカップルにしかみえませんよ・・・フフッ、坊ちゃま、興味がない人間と二人きりになって、近くで口を開けて笑顔を見せてくれることなどあり得ないんですよ)

九十九は彼女の嘘をそうそうに見抜き、心で二人の行われる可愛い心理戦を見守ってキーを回す。ゆっくりとレバーをDドライブに入れて徐々にペダルを踏んでいく。


二人だけの空間をできるだけ長く楽しませるために――――


「二人ともシートベルトを着用してください」


備え付けのマイクで後ろの二人にお願いする。その持ち方はバスの運転手さんみたいに右手にハンドル、左手にマイクを若干斜めに持っていた。シートベルトを着けたのを確認したら、出発の進行確認をして駐車場を後にする。

美里はその夜、ココアで汚した服をカバンの中にしまって寝たらしく、ママさんに雷を落とされた。

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