第2話 1ON1(座敷童の実力)

夕方4時50分、空は赤く焼けて道路も仕事終わりの車で多くなってくるこの時間に、どこかで汗を流し練習している二人がいた。

その場所は、高校から徒歩20分ぐらいの場所にある。かぐや姫総合体育館のサブコートだ。ダムダム音とキュッキュ、キュッキュと何かが擦れる音が聞こえていた。


「いえーい、バスケットボールにバスケットシューズー。一年前まであんなにやってたのにとても懐かしく感じる」


美里が制服とスカートのまま、靴紐を結んでないバッシュを履き皮のバスケットボールをドリブルしながら、コートを走り回っていた。


ス――――、スンスン


「あ――――、この匂いも懐かしい、なんか落ちつくなー」


体育館の匂いを嗅ぎながら思い出に浸っている。


「どうだ、久しぶりのバスケは楽しいか?」

「うん、もうバスケ何てやらないと思ってたけど、いざこうしてやってみると楽しいね」


ドリブルを続けてスリーポイントラインから、リングに向かってシュートを放つ。


「入れー」


そのシュートはリングのわずか手前で落ちて届かなかった。弾む音が段々と小さくなっていき、終いにはコロコロと転がり止まってしまった。

(エアボーだ)心の中で一言だけつぶやく。こんなに広い室内なのに時計の秒針の音が耳に入ってくるほど静かになる。


「・・・・・・帰ります、お疲れさまでした」

「いやいや、久しぶりにしたから感覚が鈍ってるだけだから、帰ろうとするなー」

「離して、最悪のスタートだわ、これは気を取り直して練習は後日ってことで、じゃあ」


かなり本気で抑えているのに力が強くて、簡単に振り解かれてしまう。さすが美里、小さいけど体幹がしかっりしてるのか、元々筋肉があるのか力が強い。もう、抑えるのが無理なので物で引き留めることにした。


「おーい、ジュースおごるから練習をしましょう、お願いしますよ・・・美里さん」


そういうと帰るのを急にやめて、こちらをゆっくりと向く。


「あら、そうですか・・・それでは今日は大人しく練習をしましょう。私、Lサイズのアイスココアで砂糖・ミルク・生クリーム多めでお願いします」

「へっ、そのパワーと遠慮しない図々しさ、それでこそ美里だ。いいぞー、その調子でさっさと感覚を取り戻して、優勝目指すぞ」

「お――――!!!!」


壁に備え付けられている椅子に座り、スマホをいじりながらやるせない返事で右腕を上げていた。


「じゃあ、買ってくるから着替えて靴紐結んで、ストレッチしとけよ」

「ほーい」


顔もあげずにスマホだけを見て、適当に相槌をうちながら返事をするその姿に、怒るどころか関心してしまう。この堂々とした態度こそが、スカウトをした一番の要因だ。彼女は中学の時にSGシューティングガードで3Pポイントを入れるのが最も得意な武器としていた。どれだけ接戦だろうが相手のDFディフェンスが厳しかろうが、持ち前の勝負強さでプレッシャーをものともせずに、次々と決めていくことができる。何度、彼女の3Pポイントに助けられたか分からないぐらい、ここぞという時には必ず決めてくれた。そして、全国でもいかんなくその実力を発揮する彼女の姿に人々は魅了されて、異名がつくようになった。その異名とは、小さな体格からは想像もつかないほどの“パワー”と“ハート”の強さ、“マシーン”のような精度を誇る3Pシュート、この3つのワードの頭文字からつけられたわけではなく、名前からつけられたわけでもなく、彼女のチャームポイントである前髪パッツンからつけられた“座敷童ざしきわらし”である。彼女の顔と名前はあまり覚えてもらえずに、パッツンという特徴と異名である座敷童ざしきわらしだけがかなりの人に受けたらしく、それだけが人気になり彼女としては微妙な気持ちであるらしい。


「ふふっ」

「ん?どうした一人でにやけて、何かおもしろいことでも言った?」

「いや、美里のボール持ってる姿を見てたら、座敷童ざしきわらしをおもいだしてさ」

「あぁ、あったねー・・・あれは私としては嬉しいような、悲しいような、なんか複雑な気分になるんだよねー、もっと可愛い異名やカッコいい異名が良かった」


前髪を触り枝毛を見つけては、ちょびちょびと親指と人差し指でつまんでいた。


「やっば、枝毛があんじゃん、最悪~」


そんな彼女を後にして、近くのカフェに向かいアイスココアの砂糖・ミルク・生クリーム増量を頼み、ストローをぶっ刺して千円札をレジのお姉さんに渡す。


「800円になります。・・・おつりの200円です。まことにありがとうございましたぁーーーー」


お釣りをポッケにしまうと、急いでまた体育館に戻る。


ガシャーン ガッシャ―ン バスッ ダムダム ガシュ


コートに戻るとさっそくシュート練習をする美里の姿があった。綺麗な放物線を描きリングに向かう軌道ではなく、鋭い速さでリングすれすれの低空飛行で放たれている。この届くか届かないか分からないぐらいのシュートが彼女の武器だ。現役の頃は10本連続で入れるまで、毎日部活が終わってからシュート練習をしていが、かかった時間はいつも一時間はかからずに、あっという間に入れて颯爽さっそうと帰る彼女を今でも鮮明に覚えている。


「あー、ちくしょう全く入らなーい」


ぶつぶつと文句を言いながら、シュートを打っては自分でボールを取りに行っている。本当なら打ったシュートが意思があるように彼女の元に戻ってきて、場所をあまり動かずに済んでいたのだが、回転がかかってなかったり、リングにかすりったりと、微妙に毎回毎回シュートタッチがずれていた。


「まあ、しかたない体がなまってるし感覚を忘れたんだろうな」

「おっ!ちゃんと買ってきたー?」


ビニール袋を彼女に渡し俺も更衣室で着替えてバッシュを履く。久しぶりのバッシュに心が躍る。サブコートに戻ると彼女は右手にココアを持って飲みながら、左手にバスケットボールを乗せて、くるくるくるくると上手に手首を回しながら遊ばせていた。


「あいかわらずそういう、小手技こてわざみたいのうまいねー」

「小さい時から練習試合や大会などに出れないときに、暇すぎてボール遊びばっかりやってたからねー、・・・あっ、ココア美味びみです。ありがとうございまーす」

「おう、それ飲んで元気出して、さっさと感覚取り戻せ」


そう言ってリングに向かって走り出す。シュートの中で最も基礎的な種類に当たる、レイアップを放つ。リングに向かい走り出し右足で踏み込み、左足で地面を蹴り宙を舞う。右手にボールを持ちクリアボードに描いてある白の四角い角に優しくぶつけて、ネットに入れる。


「入ったー、よっしゃー」

「ただのレイアップじゃん、しかも超慎重でウケる」


大げさに喜ぶ俺に向かって、ココアを飲んでいた彼女が、少し吹き出して笑っていた。


「どうだ、綺麗なシュートフォームだっただろう?」

「あっはっはっは、綺麗すぎて体育の教科書に載ってる絵みたいだった」


ハンカチで拭きながらゲラゲラと腹を抱えて笑っていた。どうやらとてもつぼに入ったらしく、何度も思い出しては笑っていた。


「分かったから、早く練習しようよ。今は、5時20分だから、後は約1時間30分しか残ってないよ。5時から7時までの2時間しか借りれなかったから、掃除の時間も入れてそんなにもたもたしてられないよ」

「はいはーい、ちょっと待って、あんたのせいで服汚れたじゃん。あー、シミが残らないといいけど」


美里はゴシゴシとココアがかかったところを念入りに拭いていた。


「大丈夫、洗濯したら全部落ちるだろう。日本の洗剤を信じろ」

「それは信じてるけど、・・・この汚れをママに見つけられたら怒られる、そっちの方が心配でこんなに必死になって拭いてるんでしょうがー」

「あぁ、お前の母さん怖いもんなー・・・でもその汚れは俺のせいじゃねーぞ。勝手に噴き出した美里が悪い」

「分かってるよ、まったくー、今日は本当についてない」


それから二人でオールコートを使って、ドリブルを突きながら何周も走ったり、パスをしながら往復したりとウォーミングアップを始めた。


「はぁ、はぁ・・・ちょっと休憩・・・私、かなり体力落ちてる。少し走っただけで息が切れるとは、思いもしなかった」

「それでいいよ、ゆっくり取り戻していって本格的な練習は1ヶ月後にしようと思ってる。今はただ、体力をつけることに専念しよう」

「賛成、それでいいよ。これは思ったよりも時間がかかりそうだね」


美里の体力が回復したら、二人でストレッチと体操をして怪我をしないように体を十分に解す。


「1、2、3、4ー・・・5、6、7、8」


背と背を合わせ両手を持ったらおんぶして、背中を伸ばす。


「あー、いいー・・・もっとぐーって私の腕を伸ばして・・・そうそう、いいよー背中の筋肉が伸びてるよー」

「もういいだろう、十分体がほぐれたでしょ。ていうか、もう限界」

「おーい、それって遠回しに私のこと重いって言ってるもんだから、・・・あー、心が傷ついたからあと一分、この体勢でお願いしまーす」

「はいよー」


ようやく解放されて、今度こそやっと練習が始まった。レイアップシュートを交互に決めて、リングの後ろに回り込み、レイアップの基本的な種類の一つであるバックシュート、ミドルシュート、3Pシュートと基礎練習だけを黙々と続ける二人。お互いブランクはあるが、長年やってきたこともあり息がぴったりで、流れるように次々と止まることなくシュート練習をこなしていく。


「次はゴール下」


縁呼が一言だけ教えると、美里はドリブルしながらゴールに向かい走り出す。スピードに乗りレイアップするかと思ったら、急にストップしてゴールの右下からボードに向かいシュートを放つ。

(おー、キレのあるストップ&ジャンプシュートー)

てっきりレイアップするのかと思い騙されてしまった。美里はシュートしてネットをくぐって落ちてきたボールを、地面に落とさずにそのまま左下に移動する。先ほどストップ&ジャンプシュートをしたときは、左足、右足の順にステップを踏んでいたが、今度は右足、左足の順にステップを踏みシュートを放つ。それを10回連続で入れるまで続けるのだが、一回で終わらせてしまった。


「さすがー、これぐらいはまだ余裕だね」

「5本目と7本目がリングに当たって、外れると思ったー。はい、今度は縁呼の番だよ」


ボールを渡されて俺もゴール下の練習を始めるが、一本目で外してしまう。


「へいへーい、どうしたー。キャプテーン、リングが思ったほど高かったー?」

「うるせー、久しぶりで緊張してるんだよ」


ここぞとばかりにからかってくる美里を無視して練習を再開するが、3本目で外してしまい、3回目の挑戦も7本目で外す。結局、4回目で成功して次の練習に移行する。


「4回目でっせ、キャプテーン・・・これじゃ優勝は夢のまた夢だー」

「さっさと忘れろ、いずれお前も負のスパイラルに陥るはずだ」


そんな会話をしながら今度はフリースローの練習を始める。


「2本連続で成功、1本でも外したら2往復ダッシュ。分かった?」

「どうせこれも私だけが成功するからね、まあ見てなって」


ドリブルを二回ついてからシュートを放つ、一本目はボードに当たりリングを弾いて落ちそうになるが、吸い込まれて成功する。


「・・・・・・あぶなー、外すとこだったー」

「おしい、今日はついてないといいつつも、運持ってるなー」


縁呼は、左手の親指と中指でパチンと音を鳴らし、外れなかったことに悔しがる。


「はい、二本目も成功・・・邪魔してあげるね」

「いい、いい、邪魔しなくていいから」


手で追い払うが、美里はゴール下に立ち拍手をしている。


「頑張れー、入る入る、良く見るとカッコいいー、イケメン」


思ってもないことをペラペラと喋り、プレッシャーを与えて来る。実際、この手の妨害はシューターにとって、かなり効く。

(無視、無視・・・集中・・・入れ)


ガコン


俺が放ったシュートは、見事にリングに嫌われてしまった。


・・・・・・・・・・・・


「おいおーい、ダッシュダッシュ・・・早くダッシュしないとー」


嬉々として喜ぶ彼女の顔は、無邪気な少年のように輝いて笑っていた。


「・・・おっほ、ゴホッ・・・あー、もう無理、休憩しようか」


体育館の中にある自販機でスポーツドリンクを買っておいたので、それを飲みながらぼーっと休憩する。現役の時はこれぐらい何ともなかったのに俺もかなり体力が落ちたなー。彼女も同じように息を切らしタオルで汗を拭いながら、ココアを飲んでいた。よくもまあスポーツの水分補給で甘ったるい飲み物を飲めるものだと思いながら、じっと観察していたら彼女が気付き、ストローから口を離してこちらに手を伸ばしカップを差し出してきた。


「このココアはやっぱり美味いねー、何度飲んでも飽きないし、アンタも飲む?」

「いや、遠慮しておく・・・汗かいた後にそんなもの飲んだら、気分が悪くなってきそうだ」

「そう・・・ならもう私が全部飲むねー」


彼女はまたストローを咥えて、一気に残りのココアを吸い込む。まだ半分は残っていたのに凄まじい早さで水位が下がっていき、カップの側面のと底に壁クリームだけが残っていた。そのクリームを器用にストローを動かしながら吸っていた。


「もう、飲み終わっただろう?」

「いいや、まだ氷と生クリームがほんの少し残ってるんだなぁ、コレが」

「そうか、ところで美里・・・残りのメンバー探しの方は順調にいってる?」

「いいや、全然うまくいっていない。同じクラスの女子の何人かに声をかけてみたけどバイトや勉強、彼氏が大事とかいって相手にされなかったよ。賞金の話をしてもあざ笑うかのように信じてくれないんだよねー。きっと、無謀むぼうな夢だと思われてるよ」

「当然の反応だね、優勝何て夢のような話さー、経験者なら特に本気で目指そうとは思わないだろうね。でも、何も知らない素人やこの大会の厳しさよりも金に目がいく奴なら入ってくれる確率が高そうだけど・・・どっかにいないかなー」

「一人、今日先に帰ってしまってて話ができなかたけど、望みがありそうな人がいる」

「本当?・・・それってバスケ経験者?素人?それと男性?女性?どっち」

「まず性別は女性、そしてバスケの・・・経験は・・・ありませーん」

「無いかー、でも、なんでその子が望みがありそうなんだ?」


彼女は綺麗に完食したコップを椅子に置き、ボールを腕の中で転がしながら真剣な表情でこちらを睨みつけて笑った。


「ははっ、それは・・・彼女が超がつくほど真面目で、高身長の持ち主だからさー」

「えっ?それがどうして望みがあるということに結び付くんだ」

「真面目で頭脳明晰ずのうめいせき、学年でもいつも5番以内に入るほどの彼女ですが、意外にもノリは良い方なんだよ。クラスの皆からも人気があるし。それに本気で優勝までの経緯を細かく説明すれば、何かいける気がする」

「おー、何か分からないけどいいねー・・・その人の名前は何て言うの?」

「“萩原 葵はぎわら あおい”ちゃん」

「葵ちゃん・・・うん、可愛い名前だね。覚えたぞ、後は明日話してみて絶対に首を縦に振らせるんだー」

「任せろ、成功したそときは報酬として・・・ココアおごってね」

「いいぞ、何杯でも飲ましてやるよ」


固い握手を交わして約束を交わす。縁呼の頭の中には、どんな容姿をしているのか様々な葵の顔のイメージが浮かんでいた、一方の美里は大量のココアに埋まれて優雅な至福の時間を過ごす自分を浮かべていた。

(どんな人なのかなー、優しくて上品なお嬢様みたいな人かなー)

(ぐへへへ、コッコアー、ココア―、飲みほうだーい、最高―)

少し休憩するはずががっつり30分以上、おしゃべりをしていたので時間はすでに6時をまわっていた。外もだいぶ暗くなってきており電気をつけないといけなくなるぐらいに、室内は薄暗くなっていた。


「よし、最後に1ON1して終わるか―」

「何本先取にする?」

「7本先取で3Pは2本2Pが1本ね。シュートを外したら終了で攻守こうしゅ交代。リバウンドは無し。ファールされてもフリースローは無しで、仕切り直し・・・これでいいか?」

「OK、それでいこう。まぁ、7-0で私が完封かな」

「逆だろ、俺が7で美里が0でしょ」


和やかな空気が一瞬で凍りつき、両者が睨み合う。美里が、まだ腕の中でころころと転がしていたボールを右手一本で掴み上げて、縁呼に差し出す。握力も想像以上に強く、ボールの溝に指をひっかけて今にも握り潰す勢いで力を入れていた。


「縁呼、あんたに決めさせてあげる・・・先攻・後攻どっちがいい?」

「先攻」

「よし、じゃあ始めようか」


二人はコートに向かい闘志を剥き出しにしながら、3Pラインのトップをんで向かい合う。美里は腰を低く落としてリングを背に、絶対にゴールさせまいとDFの構えを取る。


「さあ・・・始めようか」


美里の目が座り、顔つきが変わる。隙があればボールを奪いにくる気満々だ。

(まずは一本確実に)

ボールを彼女に渡してバッシュの底を手で拭いて、コートをキュッ、キュッと二回鳴らして滑らないか確認する。それが終わると彼女からボールが戻ってきて、右足、左足とステップを踏んで勝負が始まる。


「いくぜ!!」

「来い!!!」


左足を半歩前に出してボールを左腰に持っていく、それと同時に彼女も右足をずらし右半身を後ろにそらしてこちらの出方をうかがう。ピボットを踏んで読み合いを始めるが、ぴったりと俺の動きについて来る。


「あいかわらず、プレッシャーがすごいねー」

「早く攻めてきなさいよ、じゃないと・・・ボールをはたくよ」


にゅうっとボールに手が伸びてきて危うく取られそうになる。右肩辺りにあったボールを素早く左の足元にスイングして移動させる。

そしてドリブルを突く。


「隙あり―」


ボールを無理に取ろうと上半身を起こしてしまい、バランスが崩れた彼女を見て攻撃を仕掛ける。


ダムッ


左から一瞬で美里を抜き去りゴールに向かい走りだす。後はレイアップして一本楽に先制するだけ、そう思った、簡単な行動のはずだった。


「やっぱり左にいったね」


後ろから不気味な声が聞こえてくる。完璧に俺の癖を覚えていたのか、わざと抜かせて後ろからボールをカットされる。左手で突いたボールがコートに弾み、跳ねてまた、左手に帰ってくるはずなのに、いつまで経っても戻ってこなかった。ボールは俺のはるか前にあり壁にぶつかる。そこで、初めてカットされたことに気づく。


「なにー、全部バレてたのか」

「あっはっはっはっは、まんまとわなってくれてありがとう」


振り返るとギラギラした眼光でこちらを見上げて、不敵な笑みを浮かべていた。


「次は私の番だねー、これからはもうずっと私の攻撃だよ」


手のひらを擦り合わせてグーパー、グーパ―と手の体操を始めて準備をしている。ボールを渡すと瞬時にシュート態勢に入る。胸の前でボールを構えて膝を深く落とす。


シュッ


少し丸まった体が一直線に伸びて、ジャンプする。そのあまりの速さに反応できずにただ茫然ぼうぜんと立ちくし、見ることしかできなかった。そんな俺を見向きもせずにリングだけを見つめている彼女は、おでこの所でボールを放ちシュートする。女子では珍しいツーハンドのシュートフォームではなく、ワンハンドの右利きのシュートであり、とても美しかった。


バスッ


「まずは2本、このままスリーを全部決めて完封してあげる」

「もう打たせん、距離を詰めてゴール下かミドルシュートをブロックしてやる」


ボールを受け取り地面に二回叩きつけてキャッチする。気合を入れて美里に優しくパスをする。


「近っ!・・・じゃあ抜くしかないか」


3Pをあきらめてすぐに右手でドリブルを始める。ゆっくりと右に移動しながら機会を狙っている。俺もサイドステップしながら微妙な距離を保ち、シュートかドライブどちらにも対応できるように守る。


「どうした?かかってこいよ」


挑発しても突っ立ってドリブルを一定のリズムで突いていた。

(なんだ急に・・・ボール取っちゃうぞ)

そう思うぐらい隙だらけだった状態を不思議に思い顔を上げると、何も喋らずにまばたきだけを繰り返しながら、ジーっとこちらを見ていた。

(いや・・・何でこの子俺の顔をガン見してるんだ・・・確かに顔は可愛いけども・・・何、好きなの?・・・そうなの?・・・ねえ何で黙ってこっちを見つめてるの)

色々と頭の中で考えるが答えは見つからない、それもそのはずだ、彼の頭の中では好き・付き合う・デートなど色恋の文字が頭を駆け巡り邪魔していた。ここに、一人の恋を知らない男子高校生が勝手に心を揺さぶられていた。平静を何とか装うとポーカーフェイスをしているが、実際は邪なことを考えているのが彼女にバレていないか、少し顔を赤らめていた。そして感心すべくは、そんなことになってもしっかりと、彼女の行動には気を配り警戒していたことだ。きっと、体に染みついた練習の賜物なのだろう、縁呼は初めて辛い練習を乗り越えて良かったと思った。

そんなことを思いながら苦しんでいる俺を彼女は、ずっと見つめるのをやめてくれなかった。それでも負けじと見ていると気づいてしまった、その瞳に、鏡を見ているように俺が俺をみているのが映っていたことに・・・

(うん・・・俺の顔なんか赤くね・・・ドキドキしてるのバレてないよね)

彼女の顔ではなく、彼女の瞳に映るその光景に興味をかれて目線を移すと、パッとその俺がどこかに消えてしまった。

(しまった)

そう思った時にはすでに決着がついていた。彼女は俺がそこに気を取られるのを待っていたかのように、すかさずドライブを仕掛けてきた。


「もーらい」


上体を低くして右にドライブして俺の左腕の下を一瞬で潜り、するっと抜けて楽々とレイアップシュートを決められてしまった。


「あー、3本目も取られた―・・・」


頭を抱えながら悔しがる俺に彼女がボールを渡してくる。


「ほら、次も私の番だよ」

「お、おう・・・次は絶対に止める」


今度は見つめてこないで、股の間を通してドリブルするレッグスルー、後ろでドリブルするバックビハインドと技を見せながら、軽快にドリブルをしていた。


「宣言しようか、次も抜いてあげる」

「なめんな、もう油断しねーよ」


段々とドリブルするスピードが速くなり、何歩か後ろに下がり距離を取る。3Pよりもさらに50cmは後ろに下がった彼女は、走って距離を詰めてドライブをしてくる。右手で一回ドリブルして膝下でチェンジする低いフロントチェンジを噛ましてくるが、俺もその程度の切り替えは抵抗できた。


「止めてやったぜ、次はどうする?」


また黙って左手に持ち替えたボールをドリブルして今度は、フロントチェンジで様子を見ていた。左右に体を揺らして振り子時計のように、ボールを大きくスイングしたり、小さくスイングしたりとその場から動かない。


「いいね、私いますごく楽しくなってきた」


素直に自分の気持ちを伝えてきてニコっと笑っていた。


「そうか、俺は早くお前からボールを奪って、攻撃がしたくてうずうずしてるんだ。さっさと仕掛けてこい」

「今するって、とりあえずアンタに攻撃はまわってこないよ」


言い終えると、先ほどと同様に右にドライブしてくる。スピードはそんなに無く、ゆっくりな速さで抜きにかかってくるが、すかさず体を彼女の進行方向に入れてガードする。彼女もまた、ドリブルを強く1回突いてぶつからないようにストップする。そして、俺の目の前でくるっと体を回転させて今度は左方向に転換する。いわゆる、ロールターンというドリブルで今度は抜きに来ていたのだ。

(小回りが良く効いてすばっしこい)

このために初めにゆっくりとドライブしてきたのかと納得して、左足でコートを蹴り追いつこうとするが、すでにシュート態勢に入っており、今度はリングに向かって真ん中からアプローチをかけて、フローター気味にシュートを放つ。


パスッ


ロールターンしたのがフリースローラインで、そこから左足、右足とボールを持ってレイアップの形に持っていく。しかし、下からのレイアップでは彼女の身長じゃ届かないと判断して・・・それを瞬時しゅんじに上からのシュートに切り替え放物線を描きシュートする。リングに当たらず置いてくる感じで放ったので音も小さく、ネットを揺らした。


「はい、4本目ー・・・これはもう決まったね」


ガッツポーズをしながら、まだ勝負がついていないのに、もう勝利を確信していた。


「まだ終わってないぞ、ちょこちょこ技を仕掛けてきやがって・・・もう引き出しは全部開けたか?」

「いや、まだあるよ。とくとご覧なさい・・・全部開ける前に7本先にとって勝ーつ」

「よーし、分かった・・・もうドライブよりもシュートを優先させる。距離を開けるからガンガン打っていいぞ」

「スリーを沈めてやっぱりどっちを守ろうかまた、迷わせてあげるね」

「言ってろ座敷童・・・」

「あーーーー、絶対泣かしてやる」


ドリブルがこれまで以上の速さを見せる。これでもまだ本調子じゃないんだから、ポテンシャルの高さに驚かされる。練習をこなしてもっと上手くなれば、全国クラスの選手が相手でも決して負けやしない。


「勝つと言ったら私が勝つんだ」


三回目も右にドライブしてくる。もうこのパターンは覚えたので体を寄せて止めようとするが、彼女はこっちに来なかった。一歩目でストップして真顔でこちらを見て口元をにやけていた。


「とまることぐらい分かってたぜ、さあ次は何だロールかミドルか?何でもかかってきなさい」

「じゃあ、スリーで」

「・・・えぇー!」


フリースローラインぎりぎりで止まっていた彼女は、そこから前に進むのではなく後ろにポーンと飛んで、3Pラインの外に再び出てシュートを放つ。ステップバックシュートは体の軸がぶれやすく、バランスが取りづらく、真っすぐシュートを放つことすら難しいのに美里はブランクがあるにもかかわらず、平然とフォームを崩さずに放っている。


「今度はステップバックかよ」

「正解、さあ入れー!!!!」


ガシャーン


軌道はしっかりとリングに向かって入ると思ったが、大きくリングに弾かれて外れてしまった。


「ぷっふー・・・良かったーこれで美里の攻撃は終了、俺の番だぜ」

「焦ってリリース時に少し指にひかかって、外れたかー」

「早く、ボールを渡せ・・・その前に今何時だ?」


時計を見るとすでに6時30分を超えていた。このままでは決着がつかないまま途中で終了するしかない。


「時間ないけどこのまま続ける?」

「安心して、すぐに奪ってから二本シュートを決めれば5分もかからずに終わるから」


ピースしながらあごをあげてほおはぷくーとフグみたいにふくらませて自信満々のドヤ顔を見せていた。

(くそっ、やっぱり普通に可愛い・・・その顔に俺の闘志がジワジワと薄れていくのが分かる)


「これが俺の得意技、秘技ひぎ“どすこい相撲ずもう”だー」


美里の方へ背を向けて体をぶつけながら押しのけるドリブル、パワードリブルで一歩・一歩確実に進みリングに近づく。


「どうだ、このままゴール下までこれで行ってやる」


フリースローライン辺りまで来て急に押し込めなくなった。まるで快速で飛ばしていた車が急ブレーキをかけるように、ガクンと体が前に飛びそうになりシートベルトが確実にロックされる衝撃しょうげきが体に走る。


「・・・あれ?何で急に止まった」

「ふっふっふっふー、それをやってくることもお見通しだわ。アンタが後ろを向いた瞬間にあえて引き込ませて、調子づいたところをガツンと言わせてやったまでさ。あっ、舌を噛まなかったよね?」


怪我をしていないか聞いてくるあたり、普段は口が悪いのに優しい子だと・・・そのギャップにれそうになる。


「あっ、大丈夫です。すみません」

「ハードなコンタクトプレーは大好物、さあ、このまま力比べしようか」


棒たちDFではなく、自分の右腕を俺の腰に当ててしかっりと腰を落とし、梃を使っても動かないように足に踏ん張りを効かせて、壁のようなDFをしていた。


「オラー、オラッ、押し込めねー」

「軽い軽い、そんな力じゃ何度やっても無理だよ」


パワーじゃ明らかに美里の方が上だ。俺が182cmで彼女が約160cmと20cmの差はあるのに、負けているって俺の力なさすぎ。女子に力で負けている事実にショックを受けて若干じゃっかんへこみ、ドリブルをやめてシュートに切り替える。


「まだフリースローラインだけど・・・ミドルは難しいよ」

「ステップを踏んで距離をかせげば、ゴール近くでまだ打てることができるぞ」

「それをさせると思う・・・このわたしが」


右足を軸にして体を小さく右に振る、彼女も軽く反応するがついてはこない。それを確認して左足を右に大きく持っていき体を回転する。


「やあ、久しぶり」


対面する形になり挨拶を交わす。


「早くそのボールを寄越よこせー、そしてココアをおごれー」


そこには鬼のような形相をした女子高生、“座敷童”《ざしきわらし》がうめき声をあげてたたずんで仁王立におうだちしていた。

シュートを構えて彼女をジャンプさせようとフェイクするが・・・


パシ――――ン


目にも止まらぬ速さで叩き落とされる。家の中を優雅ゆうがに散歩していたハエが、急にハエ叩きで墜落ついらくさるように容赦ようしゃがなかった。


「コシュ―・・・遅すぎて目の前に来た瞬間、ボールに反応してしまった」


胸辺りにきたボールがちょうど彼女の目線だったらしく、脳が意識する前に手が出てしまったらしい。

(そんなバカな、いくらなんでも早すぎる)

タッタと走り転がったボールを取りに行き攻撃の準備をしだす美里に、変化が見られた。それは髪がピリついて静電気が起きたのか、手で触ったのかツンツンしており、攻撃力がありそうな髪型にになっていた。


「髪が大変なことになってるよ」

「なんか分かんないけど、バスケに集中してきたらいつもこんな感じに・・・髪が針みたいに尖ってくるんだよ・・・ね!」


言い終わると左にドライブしてくる、今までで一番速く完全に感覚を取り戻してきているようだ。


「甘い」


ボールに手を伸ばしカットしようとするが、左手から股を通して右手に持ち替えられて、なめらかに右に方向転換する。


キュキュッ


バッシュのスキール音が激しく鳴る。いつ聞いても飽きないこの音が、俺は大好きだ―。


「危ない、危ない・・・もう少しだったねー」


俺は彼女に調子づかせないために、余裕ぶって挑発しているが、実は彼女のキレが半端なく、足を揺さぶられて体勢を崩しそうになるのに焦っている。

こわー、尻餅しりもちつくとこだったー)

騒がしい俺と対照的に静かな彼女は手と一緒に口もかすかに動かしていた。


「右・左・右・声・左・・・・・・」


ぶつぶつと独り言を話しながら、レッグスルーで後ろに下がっていく。その間もずっと何かを言っており、何かを企んでいる。


「・・・イケる」


独り言が終わりそう話すと、右にドライブしてくる。反応が遅れてしまいファールしそうになるが何とか止めた。それでまた落ち着いてくれるだろうと思っていたが、フロントチェンジで左に・バックチェンジで右にと怒涛の攻撃を仕掛けてクールダウンするどころか、ヒートアップしてきた。


「コケろー」


いきなり美里が大声で叫ぶ。そのあまりの声量の大きさに縁呼が怯み、動きを止めてしまう。その瞬間を狙いすましたように、彼女は絶妙なタイミングでシュート態勢に入る。

(しまった)

左手でチェックするために軽く飛んでしまった。しかし、彼女はシュートを打つどころか、ボールすら手に持っていないのだ。ボールは彼女の胸の少し下あたりで宙に浮いていた。そう、手の形だけシュートのフォームを作りドリブルは継続している高等技術“シュート”を繰り出していた。見事にシュートフェイクに引っ掛かり、悠々と彼女はドリブルをして右横を抜いて行ってしまった。


「はい、これで6本目」

「おい、大声を出すのは反則じゃない?」

「普通の1ON1なんてつまんないじゃん、ちょっとの反則には目をつむって・・・お願い」


手を合わせて右目を閉じてウインクしながら、可愛く頼み込んでくる。


「・・・・・・分かった」

「さっすがー、話が分かる。それじゃあ、最後の1本もいただいて良い気分で帰りますかね」


最後はボールをもらいすぐにシュートをする。俺もどうせ外れると思い手をパタパタと動かしチェックするふりをして、結末を見送った。


バスッ


あっけない最後だった。あれほど気合を入れて頑張ったのに本当にあっけなく勝負がついた。勝者は美里、結果は宣言通り7-0の完封で手も足もでないぐらい、清々すがすがしいほどの敗北。


「スポンサー、掃除はよろしく」

「誰がスポンサーだ・・・お前もモップかけるの手伝え。もう6時50分だし時間ギリギリだわ」

「分かった手伝うから、帰り送ってくれない。もう外は暗いし徒歩で帰るのもめんどくさい」

「それでいいから、早くもう一つのモップを用具室から取ってきて・・・俺がこっちの半分をかけるから、美里はそっちの半分をお願い」


オールコートのうち半分を手分けして、ちゃっちゃか終わらせる。


「ありがとうございましたー」


受付のおじさんにお礼を言って体育館使用用紙に記名と電話番号を書いて、かぐや姫総合体育館を後にする。

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