闇色の液体
しばらくしてから俺とマリオンは、ユーフィンの町へと歩き出す。
すると目の前に、ダリアが立ちふさがって声を掛けた。
「お疲れ様ぁ! 喉ぉ、渇いたでしょお? これ、アタシからのご褒美よぉ」
そう言って、ジョッキを差し出す。
中を覗きこむと、氷を浮かべた真っ黒な液体が入っていた。
プチプチと泡が立っている……不気味だ。
俺は、引きつった顔で言う。
「えっ? なにこれ、こわい。俺、いらない」
首をブンブン振って拒絶する。
しかし、ダリアは意味深な笑みを浮かべて、ジョッキをグイグイ押し付けてきた。
「いいから、飲みなさいってぇ! アタシが男に優しくする事なんてぇ、滅多にないんだからねぇ?」
俺は、すんげえイヤだったが、ダリアは正体不明な所があって怖いし、怨まれたら厄介そうなので、渋々受け取った。
ジョッキを手に、しばしの逡巡。
だが……うーん? そもそも毒とかなら、食事にでも誘ってこっそり混ぜればいいだけで、こんな風にあからさまに飲ませたりしないだろうしなぁ?
そう思い、俺は覚悟を決めてジョッキに口をつけ、一気に傾けた。
キンキンに冷えた強い甘みの液体が、酸味を伴って滑り込んでくる。とびきり強い炭酸が喉でバチバチ弾け、飲んだ後は胃から空気が上がって……げっぷ。
えっ! こ、この独特のフレーバーと現象は……まさかっ!?
俺は目を見開いて叫んだ。
「こ、こここ……コーラだ、これぇーっ!!」
マリオンも、俺のジョッキを奪い取って口をつける。
「ほ、本当だ、コーラだよ! なんで、異世界にコーラがあるんだ!?」
その疑問に、ダリアが言う。
「アタシのかつての仲間ぁ……『黒の勇者カレン』。本名をカレン・ミズタニぃ。あなたたち風に言うなら、水谷花蓮と言うのかしらねぇ?」
「俺たち風……? あ、あんた、一体っ!?」
ダリアは、驚く俺の顔を見つめながら、意味深な笑いを浮かべて言う。
「ジュータ・イスルギぃ。カレンと同じ、夜を思わせる髪色と瞳ぃ。奇妙な響きの名前だから、もしかしてと思ってたけどぉ……あなた、転生者ねぇ? 実は、黒の勇者も転生者だったのよぉ。アタシは彼女を元の世界に帰してあげたくてぇ、次元魔法を勉強したのぉ」
彼女は、とびきり遠い目をして言葉を続ける。
「カレンは常に、黒い液体を入れた瓶を持ち歩いていたぁ。それを料理に掛けたり、飲んだりしていたぁ……そんな所から付いた呼び名が、『黒の勇者』だったぁ。だけど実は、その液体は黒かったけど、どれも別の物だったのよぉ。……黒の液体は、本当は三種類あったのねぇ」
そして、ジョッキを指差す。
「三つとも、アタシがカレンに頼まれて作ったわぁ。彼女の記憶を基に再現したのよぉ。ひとつはコーラぁ。今飲んでる、それねぇ」
俺は尋ねる。
「あとの二つは?」
「……『ウスターシャ』と『ショーユ』。カレンは、この二つの調味料が大好きでぇ、どんな料理にも掛けて食べてたわぁ。カレンはある日ぃ、行きつけの酒場のマスターに頼まれてぇ、ショーユとウスターシャのレシピを教えた。ところが、どう誤解が生じたのか……あるいは、酔ったカレンが伝え間違えたのかぁ? ショーユはウスターシャ……今は
ダリアは懐から、小瓶を取り出して俺に渡す。
「これが、カレンの愛用してたウスターシャよぉ。作り方は今や、アタシしか知らないぃ」
俺は慌てて蓋を開き、手の甲に数滴を落としてみた。
ほとんど粘度のないサラリとした液体から、
期待に高鳴る胸を押さえて、舐め取った。
舌に感じるのは、ピリッとしたスパイシーさ。甘み、酸味、しょっぱさが複雑に絡み合う。そして、フルーティな後味がじんわりと……ああ、そうだ! 忘れもしない、この味は……。
「ソ、ソースだ。……これは、ウスターソースの味だよ」
不覚にも、涙が滲む。まさか、またこの味に出会えるなんて。
……懐かしさで、胸が張り裂けそうだった。
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