浴場の乱劇

 そして時は、現在に戻る。

 俺らが足を踏み入れた大浴場は、体育館みたいに天井が高くて、だだっ広い一室だった。

 真ん中に石造りの四角い大浴槽があり、中央部からはコポコポと水が湧き出ている。それを四隅にある魔法の湯釜的なもので沸かしてるらしく、断続的に蒸気が噴き出していた。

 向かい側に、高い木製の壁で区切られた一角がある。おそらく、あそこが女湯だろう。女湯はどちらかと言えば、「仕方なしに目隠しを設置しました」みたいな風情があった。


 一般人は仕事してる時間なので、大浴場は空いている。それでも20人ほどの男たちがいて、風呂に浸かってくつろいだり、床に寝そべって涼んだりしている。

 人間だけでなく、ドワーフや獣人、竜に似た爬虫類系の亜人に加え、人に擬態した悪魔までいた。

 と、友人と楽しそうに談笑していた、ハタチ前後と見られる人間の男が、マリオンをチラリと見る。そしてまた友人との話に戻ろうとして……慌ててもう一度、マリオンを見る。それから友人の肩をトントンと叩いて、言った。


「お、おい……女の子がいるぞ!」


 友人の方は冗談だと思ったようで、笑いながら俺らの方を見て、そして固まった後で叫ぶ。


「うおっ!? ほんとにいるぅ!」


 その一言に、浴場内の男たちの視線が、一気に集中した。

 そして、次の瞬間。


「「「えええーっ!? な、なんでーっ!?」」」


 男たちの疑問の声が、唱和した。

 マリオンが不安そうに俺の後ろに隠れて、彼らの視線から逃れようとする。

 しばしの間をおいて、ざわざわと話し声が聞こえてきた。


「ほ、本当に女の子か!?」

「待て! 細身で女っぽいエルフ少年って可能性もある!」

「耳を見ろよ。人間だろうが。っていうか男なら、もっと堂々としてるはずだ」

「幼くてわかりづらいが、体つきは女だよなぁ」

「じゃあ、スライムが擬態してるとか? あいつらには性別がない」

「スライムは風呂に入れないだろ。溶けるぞ!」

「一緒にいる男はなんだ?」

「腹に刻印があった。おそらく、あの娘は奴隷だ。だから主人じゃないか?」

「なんでわざわざ、女奴隷を連れて男湯に来るんだよ!?」

「さあ……そういう趣味なんじゃね。見せびらかしたいとか」

「つまり、あの可憐な娘さんは、無理やり男湯に入れられてるってのか……ひでえ話だぜ!」

「男の方が美形だから、余計に気持ち悪さが際立つな」

「どこが美形だ? 獣人族は、男の美形の基準が狂ってんだよ。お前らな、少しは自覚しろよ」

「絶世の美青年だろがー! だから気持ち悪いんだろうがー!」

「見るからにブサイクだろがー! だから気持ち悪いんだろうがー!」


 お、おい……もう、やめてくれよ。それ以上言われたら、俺が泣いちゃうからっ!

 とにかく彼らの中では、『嫌がるマリオンを俺が無理やり連れて入った』となったらしい。「いくら奴隷でも、これは許せん!」とか「そういうプレイを人前でやるなよ!」とか「モラルってもんがあるだろ!」とか「可哀相だ!」「助けてあげよう!」なんて言葉が飛び交う。そして、腕っ節に自信がありそうな何人かが、俺の方へと歩み寄ってきた。

 え。これ放っておいたら、俺が袋叩きにされんじゃね!?

 俺は慌てて口を開く。


「あ、あのー! 男湯って本人が希望してれば、誰が入ってもいいって聞いたんですけどっ!」


 男たちを代表して、人間に擬態している一本角の悪魔が言う。


「それは間違いない。僕はずいぶん前からこの浴場に通っているが、そもそも昔は男女の区別なく、一緒に泉に浸かっていたからね」


 どうやら彼は、良い悪魔らしい。

 俺は、マリオンの頭をワシワシと撫でながら言う。


「い、いやぁー、なんか誤解されるとアレなんですけどっ!? これ、本人が希望してるんですよー! なっ!? マリオン!」


 マリオンはおずおずと頷いて、それから言った。


「う、うん。……こう見えてもオレ……男なんで……」


 しばしの沈黙の後。


「「「いやいやいやー、そりゃないだろーっ!」」」


 マリオンの顔が真っ赤に茹で上がった。

 そして、「うぐー」とか言いながら涙目になってしまう。

 あーあ。だから、止めとけっていったのに……。

 それでも一応、『本人が希望してここにいる』と伝わったらしい。

 男たちは「そういや、たまーに女のエルフが男湯に入ってるよなぁ」「ああ、あの胸の貧しいエルフ娘な」「うちの婆ちゃんも男湯だよ。広い方がいいって」「うーん、なら問題ないのかなぁ?」なんて相談し始める。

 やがて意見がまとまったらしく、さっきの悪魔が気遣うようにマリオンに言う。


「あのさ。僕たち、できるだけ見ないようにするけど。でもやっぱ、こういう場だからさ。どうしても僕らの目に入っちゃうけど……そこは大丈夫かな?」


 マリオンは、俺の手にすがり付きながら言う。


「あ……ああ。それはもう仕方ないから……我慢するよ」


 というわけで話はまとまり、男たちは散っていった。


 その後、やっぱり何人かがマリオンに視線を送っていたが……さっきの悪魔が妙な正義感を発揮して睨み付けると、急いで顔を逸らしてしまう。

 うんうん、それが懸命だよ。擬態できるような高位の悪魔なんかに目をつけられたら、一般人じゃまず勝てないもんなぁ。

 名も知らぬ悪魔さん、マジありがとう!


 こうして俺らは浴槽に浸かり、お湯にありつく事ができたのだった。

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