黒の足取り
旅に出て一週間目、午前10時。
俺たちは小高い丘の上で紅茶を飲みながら、マリオンの作ったバター餅を食ってくつろいでいた。
ポカポカ陽気に花そよぐ風。一見するとピクニックみたいだが……そんなにいいもんじゃあない。
しばらくすると、連絡員と会いに行ってたウラギールが戻ってきた。
彼は、浮かない顔で言う。
「悪い知らせです。うちの国で、デュラハンの犠牲者が出やした」
その言葉に、俺は頭を抱えた。
「くっ……間に合わなかったのか!? 目いっぱい、急いだつもりだったのにっ!」
落ち込む俺の背に、マリオンが心配そうに手を重ねる。
ウラギールも励ますように、俺の肩をポンと叩いた。
「気に病まないでください。殺されたのは2日前……どれだけ急いでも、あっしら間に合いませんでしたよ。とにかく今は、目の前のデュラハンです。殺されたのはアーノルド・フォン・バルトリ卿、61歳の王国騎士ですな」
シャルロットが、その名を聞いた瞬間に身を乗り出す。
「な、なんだとっ! 殺されたのは、アーノルド殿なのか!?」
俺はシャルロットに尋ねる。
「知り合いか、シャルロット?」
「はい。五年前、剣技大会の決勝で手合わせしました。……アーノルド殿は、本当にお強かった!」
シャルロットに続き、ウラギールも頷く。
「アーノルド卿はシャルロット隊長が倒すまで、王国一の剣の使い手でした。レアではないですか、『チャージ』と言うスキルも持っていやした。老いて隠居したとは言え、そうやすやすと殺されるはずないんですが……正面から一撃ですよ。剣を抜いた状態で、こう……真っ二つに!」
ウラギールは、自分の額を手刀で縦に叩いた。俺も真似をする。
「真っ二つ?」
「ええ、頭から股間までバッサリと。唐竹割りって奴ですな。剣技なのか、もしくはスキルを使ったのか……どちらにしても、油断ならない相手なのは間違いない」
シャルロットが、わなわなと震える。
「うぬぅ……本当に信じられん! あのアーノルド殿が、剣を抜いたのに殺されるなんて!?」
アホに、お世辞は言えないはず。
俺も腕を組んで唸った。
「うーむ。シャルロットがそこまで言うくらいだ。そのアーノルドって爺さん、本当に強かったんだな?」
シャルロットは、力強く頷いた。
「はい! アーノルド殿と戦った当時、私はまだ16歳でしたが、あと2年も若かったら、私の方が負けていたと思います!」
……なんだ、そのコメント。褒めてんのか貶してんのか、よくわからんな。
ウラギールが苦笑する。
「今の言葉が、アーノルド卿の隠居のきっかけなんですがね。剣技大会は、スキルなしの真っ向勝負。言い訳なしの剣の腕のみ。……ただでさえ16歳の小娘にコテンパンに負けてショックだったのに、直後の優勝インタビューで今のを大声で言っちゃったもんだから……公衆の面前で侮辱されたと思い込んで、プライドはズタズタ。人間不信になっちまってねえ。今回も、避難するよう伝えてはいたんですが……
シャルロットは、心外そうに大声で否定する。
「ウラギールっ! 私は侮辱などしていないッ! 思ったことを素直に話しただけだ! ジュータ殿、信じてください! 本当に2年早く対決してたら、負けてたのは私に違いないのです!」
いやいや。そうかもしんねえけどよぉ、シャルロット。
……もうちょっと、人の気持ちを考えようね?
ちなみに剣技大会で優勝すれば、その場で国王直属の騎士に任命され、これは普通の騎士よりも位が高いとされている。アホのシャルロットも、正式には『卿』の称号で呼ばれる身分なのだ。
それなりに金持ちの家に生まれたシャルロットは、7歳の時に『姫騎士ローズの物語』という絵本を読んで感動し、騎士道に憧れたそうだ。
以来、一日も欠かすことなく剣を振り続けて特訓し、12歳には町を襲った凶暴なトロールを斬り伏せて、14歳から剣の道場に通い、全ての技をたったの2年で習得する。
そして16歳で剣技大会で優勝し、名実共に王国一の剣の使い手となり、見事に夢を叶えて騎士となった……まさしく、『アホの一念、岩をも通す』である。
ほんとエライよ。しかも、レアスキルまで持ってんだからさ。
天才だよね。すんごいアホだけど。
ウラギールが腕を組みながら言う。
「アーノルド卿……逃げずに立ち向かったんですから、騎士の本分を全うしたんでしょうなぁ。周辺の情報は、兵士を通じて集めさせてやす。目撃情報もありますし、デュラハンが近くにいるのは間違いないんです……しかし、見つからない! どうやって隠れているんだか、見当もつきませんや!」
少し考えた後で、俺は言った。
「なあ、ウラギール。そのデュラハン、一般人は戦いに巻き込まないんだろ?」
ウラギールは頷く。
「え? はい……今、入ってる情報だけでやすが。被害者は大抵、一人のところを襲われておりやす。護衛がいる場合は複数人を殺すこともありますが、その際も一度は逃げるように警告し、従わない相手だけを殺してやす。また、情報集めに人に話しかける事もあるようですが、一般人には興味がないようで、話を聞いたらそのまま立ち去ってやすね」
俺は、膝をポンと打つ。
「よし……ウラギール! この辺りで、宿が取れそうな町か村はあるか?」
「ありやす。馬車で二時間ほどの所に、小さな町が。元は妖精族の住んでいた土地でして、不思議な泉が湧き出しておりやす。療養地として人気の場所ですよ」
「なら、こうしよう。俺らは、そこに泊まる。そして、噂を流すんだ」
「噂……ですか?」
「ああ、そうだ。俺らが、そこに
ウラギールの顔が曇る。
「し、しかし……居場所を相手にバラすのは、不意打ちの危険がありやす! ジュータさんも、ご自分の欠点はお分かりでしょう? 確かに、『メガクラッシュ』は強力無比です。その上で『霊剣マクドウェル』を持てば、魔の山のエンシェントドラゴンにすら勝てるでしょう……だけどそれは、剣を抜いて始めて成り立つもの。油断してる所をバッサリ斬られたら、スキルもなにもあったもんじゃないですぜ?」
俺は、お気楽な調子で言う。
「大丈夫だろ。だってそのデュラハン、話を聞く限りじゃ不意打ちとかしないタイプじゃん? どの道、『霊剣マクドウェル』での『メガクラッシュ』は、街中じゃ使えない。だったらこっちから、広い場所に行こうと提案してやりゃいいんだよ。その間に剣を抜けばいい」
ウラギールの顔は冴えない。
「デュラハンは、それでいいかもしれませんが……世の中には、血気盛んな身の程知らずの連中もいやす。王都ならまだしも、ここは国境近くです。妙な奴らが名を上げるため、襲ってくる可能性だってありやすよ?」
俺は、ポケットからナックルダスターを掴み出して見せる。
「それくらいなら、護身用の武器があるから平気さ。ウラギールやシャルロットだっているしな」
シャルロットも大きく頷いた。
「うむ! 心配いらぬぞ、ウラギール! ならず者如きに負ける我らではない!」
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