その覚悟は「朋」のため!

 俺は今、『開かずの間』で椅子に座っている。『大人のオモチャ箱』は邪魔くさいので、先ほど全力で押し出して、なんとか壁までずらしてあった。あんなの動くわけないと思っていたが、イベントを前にしたオタクは、通常の3倍のパワーを発揮するのだ。


 わくわくしながら待つ俺の前に、メイド服姿のマリオンがおずおずと部屋に入ってくる。ちゃんと髪型はツインテールにしてるし、手には鞭を持っていた。

 マリオンは、モジモジしながら上目遣いに俺を見て、それからボソボソと呟く。


「え、えっとぉ……。それじゃ……『ご注文はハッピー&アンハッピーセット』……歌います。……せ、戦略ういろう無知蒙昧むちもうまい、ご注文は味噌煮込みうどん、セットで撲殺ぼくさつエビフリャー……」


 こ、声……ちっさ!

 そもそも歌っていうか、歌詞を読み上げてるだけだぞ、これは!?

 動きも、手足をフラフラさせてるだけだし、挙動不審で見てると不安になってくる!

 俺は慌てて立ち上がり、叫んだ。


「マ、マリオンっ! 表情硬い、硬いってば! 動きも変だよ! あと、声ちいさい! ほとんど聞こえないっ!」


 マリオンは真っ赤な顔で、涙目になって言う。


「だってぇ……。むっ……無理だよぉ……これぇ。思ってた以上だ……死にたくなるっ!」


 あ、ヤバい。

 これ、もうちょい押したら泣くパターンだ。

 あんまり厳しいこと言えないなぁ……俺は、優しいトーンで励ますように言う。


「うーん、そうだよね? マリオンだって、恥ずかしいよね? だけど、ほんの少しだけ頑張ってくれないかなぁ?」


「あ、あうー。……わかった、頑張ってみる」


 マリオンは、また歌い始める。

 さっきよりは声が大きいが、まだ十分とは言えない。動きも、挙動不審を抜け出していない。


 まあ……マリオンだって、これでも精一杯やってるんだろうなぁ。

 だってマリオンが着ているメイド服は、思いっきりミニスカである。大きな動きをしたら、下着だって見えちゃいそう。

 マリオンは、普段から少女服を着てるとは言え、おとなしめのシンプルな服装を好んでいる。今みたいな、フリフリレースがたっぷり付いたコケティッシュなメイド服なんて、人前で着た事ないはずだ。


 マリオンは、涙目で歌い続ける。

 だけど声がグスグスにごってきて、ついには鼻をすする音まで混じるようになる。

 なんだか、たまれなくなってきた……違う。

 俺が見たかったのは、こんなマリオンじゃない。もっと楽しくて、テンションの上がる光景だったはずなのに……そんな落胆が顔に出てたのだろう。

 マリオンは俺の顔を見て、ハッとしたように硬直した。鞭がポトリと落ちる。そして一瞬の沈黙の後、「チ、チクショー!」と叫び、走って部屋を出て行った。


 残された俺は、絶望感で頭を抱えてしまう。

 ……ああ、なんて事だ! こんなの俺のワガママで、マリオンを苦しめただけじゃないか!

 俺って奴は、なんてバカなんだ。後で、マリオンに謝ろう……マリオン、許してくれるかなあ?


 と、その時だ。バターン! 扉が乱暴に開かれる。

 マリオンが戻ってきたのだ。手に、ブランデーの瓶を持っている。

 マリオンはブランデーの蓋を開けると、仁王立ちで叫んだ。


「ジュータ! ……悪かったな、ガッカリさせて! 身体が変わってから心まで弱くなっちまって、本当に情けないぜ! オレってばクリエイターがどうとか、偉そうなのは口ばっかじゃん! でもこうなったら腹ぁくくって、お前のためにとことんやってやんよっ!」


 マリオンはゴクゴクとラッパ飲みをして、ブハーっと息を吐く。それから、俺にも瓶を突き出してきた。


「ほら、お前も飲め!」


「あ……ああ」


 俺はマリオンに気圧されるように、言われるがままにブランデーに口をつけた。

 普段、愛飲しているエールより、何倍も濃くて熱い液体が、胸の奥に落ちていく。

 アルコールで頬を染めたマリオンが、おもむろに落ちてる鞭を拾う。

 それをピシィーっと床に打ち付けると、笑顔でウィンクしながらグリコの体勢、つまりは『名古屋ニャア子の決めポーズ』を取って、舌足らずな可愛い声で叫んだ。


「みんなー、おまちかねっ! 名古屋ニャア子の世界征服ぅ……はっじまぁーるにゃあー☆ミ」


「うっ、おおーーーーーっ!!」


 瞬間、俺のテンションゲージがググーっと上昇しまくった!

 俺は椅子から腰を浮かせて前のめりにガッツポーズを取る。それはまさに『名古屋が征服♀雀くふうど』のタイトルボイス……そのまんまだったからだ!

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