人の好みは千差万別

 デビットと別れた俺は、『銀の三角亭』の前でフォクシーを待っていた。

 といっても、別にデートを待ち合わせてるわけじゃない。持ち帰りで酒を注文し、それが届くのを待ってるだけだ。

 店の奥から、酒瓶を持ったフォクシーが姿を現す。手にしてるのはブランデーである。高級品なので、『銀の三角亭』でも棚に鍵を掛け、大事にしまってあるんだとか。

 フォクシーは俺に優しく微笑みながら、瓶を差し出す。


「ジュータさん、どうぞ。ご注文のお酒です」


「あ、ありがと。えっと、これ代金……」


 俺はブランデーを受け取り、彼女の手に銀貨を5枚、乗せた。

 フォクシーはそれをエプロンのポケットに落とすと、酒瓶を持った俺の左手を見つめながら言う。


「買ったんですね、『一期一会』の奴隷。……女の子ですか?」


 俺は迷ったが、正直に答えることにした。


「うん、マリオンって女……えっ、女の子? ……あれ、マリオンは女の子って言っていいの? う、うーん……複雑だ。説明しきれん。……まあ身体は幼女だし、建前は女の子かな? そう、女の子。マリオンはね、俺と同じ国の出身なんだ。親友だよ」


「え……お、お友達ぃ???」


 フォクシーは目を丸くする。

 俺は、はっきりと頷いてみせた。


「ああ、そうだ。俺の大切な友達だ」


 フォクシーは俺の瞳を覗いてから、ホッとした顔で言う。


「そ、そうですかぁ! ……そーうですよねー! ジュータさんみたいな優しい人が、女の子に酷い事をするわけないですもんねっ! うふふーっ」


 フォクシーは嬉しそうに笑う。

 で……そのまま、笑顔で俺を見つめ続ける。

 なかなか帰ってくれない。女子と話せるタイムリミットは2分間、ウルトラマンより忍耐力のない俺は、そろそろ居心地が悪くなってきた。

 フォクシーがいつまでも見つめてくるので、おずおずと俺は言う。


「あ、あのー……フォクシー? もう店に戻った方が良いよ。忙しいだろ?」


 フォクシーは、ねたような目つきで俺を見た。


「そんなぁ! 久しぶりなんですから、もう少し一緒にいさせてくださいよぉ!」


「え。でも、俺みたいなキモくてデブな男と話してても、楽しくないっしょ?」


「……? キ、キモ……それって、どう言う意味ですか? あたし、ジュータさんを気持ち悪いと思ったことなんて一度も……あらっ?」


 ふとフォクシーが、意外そうに首を傾げた。そして、俺の胸の辺りに顔を近づけて、鼻をフンフンと鳴らす。それがあまりに唐突なので、俺はワタワタしてしまう。


 ……えっ。なに、もしかして、臭かった? バ、バカな……ちゃんと風呂に入ってきたぞっ!

 そういや、獣人族は鼻と耳が獣並みに鋭いって聞いた覚えが……でも、そこまでは無理だろーっ!?

 持って生まれた顔はともかく、清潔感は人並みを心掛けてんだからさ。それは勘弁してくださいよ、フォクシーさぁんっ!


 そんな風に焦る俺の匂いを、存分に嗅いだフォクシーは、少し考える顔をした後、照れた表情で言う。


「まあ確かに。出会ったばかりの頃のジュータさんは……太ってて、ちょっとオドオドしてました。でも……最近のジュータさんは……とてもカッコいいですぅ」


「……はっ?」


「身体も、前より引き締まってますし……それに今夜はなんだか、いつもより堂々として……余裕があります!」


「そ、そうかなぁ……?」


 言われてみれば……こっちの世界じゃ大盛りペヤングなんてないし、俺の身体も前より痩せてる。


 ……あー、ペヤング食いてーっ!

 あの、安っぽくて油っぽくてすぐ伸びるフニャフニャの麺と、注ぐと底にドップリ溜まって「え、なんか水気が多くね? え、これだいじょぶ? えーっ、湯切りに失敗したかなぁ?」と、不安になる液体ソースが懐かしいっ!

 ちなみに堂々として余裕があるのは、マリオンのおかげで夜のオカズに困らなくなったからだろう。前はなんつーか、欲求不満だったからなぁ……以前の俺なら、さっきの露出エルフ娘とか、寝たフリしながらめっちゃガン見してたわ。ロリでも巨乳でもないけど、本能にはあらがえない。男の子だもんね、仕方ないよ。


 でも、基本的には俺は俺。日本にいる時と、なんにも変わってないはずなのだが……?

 そんな戸惑いを口にする。


「だけど……俺ってブサイクだから」


 フォクシーは、ぶんぶんと首を振る。


「そ、そんなことないですうっ! あたしはジュータさん、すっごくハンサムだと思いますよ! ……キャー、ついに言っちゃったー!」


「はぁ!? ……ハンサム? えっ、俺が!? んんっ、どゆことそれ?」


 フォクシーは膝をすり合わせ、チラチラとこちらを見ながら答える。


「実は……ジュータさんの顔って野生的で、とっても獣人族好みなんです! 大きな鼻、つぶらな瞳、丸くて強そうな顔の形……あたし、ジュータさんほどの美青年、他に見たことないですぅ!」


「マ、ママママ……マジぃ、ですかぁーッ!?」


 フォクシーは、俺の耳に口を近づける。獣人族特有の口呼吸が、耳にハアハアとくすぐったい。

 そして、そっと囁く。


「……大マジです! ジュータさんって……ウスダージャがお好きだったんですね? その上着から匂いがします。あれ……あんまり人気ない調味料ですけど。あたしマスターに掛け合って、ウスダージャを使った料理を、なんとかメニューを加えてもらいます。だから……その。ま、また……飲みに来てくださいねーっ!」


 そう言うとフォクシーは、お盆で恥ずかしそうに顔を隠して、『銀の三角亭』に戻って行った。

 一人残された俺は、マリオンへの土産の酒を手に、立ち尽くす。


 ……へっ? な、なんだこれ。

 もしかして……フォクシーとのフラグ……立ってるのぉ!?

 え、えーっ!? リ、リリリリリリ、リアルな女の子に好意を抱かれたのなんて……う、う、生まれて初めてじゃねっ!?

 って言うか……俺が……ハンサムでカッコいい美青年ってえ? し、信じられーんっ!


 ふと夜空を見ると、まん丸お月様が黄色い光を振りまいている。


「ふっ、へへ。……今夜は一段と、月が綺麗だぜ」


 俺は目を細めて、渋い声で呟いてみた。

 美しい月下で、こんな独り言。

 許されるのは……※ただしイケメンに限る。

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