沸き立つ怒り

 とっくに限界だった。耳が腐りそうだ。

 ただ、黙って金を受け取って帰れば良かったのに。

 こんな話を聞かされたら、もう無理だ。

 俺は、ゆっくりと立ち上がる。


「……お前さ……人に呪いをかけて、奴隷にして、見下して……他人の一生を食い物にして……そうやって、肥え太ったんだな。……奴隷商人なんて、そこら中にいるもんな? お前ひとりが、特別な事をしてるわけじゃない。……んーなことはよぉ……俺だってわかってる……わかってるんだけどよぉっ!」


 怒りが抑えられなかった。目の前のテーブルを、思いっきり蹴っ飛ばす。ガァン! 金貨が散らばって、キラキラと宙を舞う。

 俺は、怒りに燃える目でランドルフを睨み付け、力一杯に大声で叫んだ。


「俺だってなぁ、他人に自慢できるほど偉くはねえよっ! 見て見ぬふりも、何度もしてきた! 他の奴隷には怒らないんだから、偽善者って言われても仕方ねえよな!? それでも、それでもなぁ……ムカつくもんはムカつくんだよ!」


 ランドルフは驚愕きょうがくに手をブルブルと震えさせ、目を丸くして俺を見る。


「なっ、なっ……なっ!?」


「マリオンはなぁ、俺の故郷の人間なんだ! 俺の仲間なんだよ! それを、てめえ……よくも、よくも、よくもーっ! マリオンに酷い事しやがったなーっ!?」


 俺の剣幕に気圧されたのか、奴隷商人は背後の奴隷2人に目配せをする。


「お、おいっ! 危険だ、わしを守れ! ジュータ殿を取り押さえろ!」


 その声と共に、奴隷が俺に向かってくる。どちらも素手だ……しかし。


 ……こ、このバカ野郎っ!

 相手がどんなスキルを持ってるかわからない以上、捕まるわけにはいかない。俺はポケットから、護身用のナックルダスターを掴み出す。

 瞬間、頭の中に『スイッチ』がイメージされる。それを、意思の力でオンにした。

 俺の身体が回転すると同時に、半径2メートルの範囲をバリバリと衝撃波が吹き荒れる。奴隷達はあえなく弾き飛ばされ、ランドルフを巻き込んで、壁に強く叩きつけられた。

 『メガクラッシュ』の範囲と威力は、手にした武器に左右される。今回はチャチな得物を使ったので、この程度で済んだが……それでも床はめくり上がり、窓ガラスは砕け、部屋の中は滅茶苦茶である。


 俺はランドルフにツカツカと歩み寄ると、胸ぐらを掴み上げて怒鳴った。


「二度と、俺の前に顔を出すな! 次に、てめえを見たら、絶対に、絶対に、絶対にっ! 何があろうと、お前に襲い掛かって、ブッ殺して、ぐっちゃぐちゃにすり潰して、挽き肉にしてやるからなーっ!」


「ひ……ひぃーっ!?」


 ランドルフが、ジョボジョボと小便を漏らす。俺は、舌打ちしてから乱暴に突き飛ばした。

 腰を抜かしたランドルフは、奴隷2人に抱えられ、這々ほうほうの体で逃げて行く。怒りの収まらない俺は、その背中に叫び続ける。


「いいか!? 俺は、倒威爵だぞ……ドラゴンを倒した男だ! それが、お前の命を狙ってる! いつでも殺そうとしてるんだ! しっかり覚えとけよーっ!? 命が惜しかったら、二度と王国には来ない方がいいぞー! ……ああ、そうだ。また奴隷を買いに行くかもしれないから、奴隷市にも顔を出さない方がいいなぁー! うっかり道で出くわすと危ないから、もう外にも出ない方がいいんじゃねえかーっ!?」


 ぜいぜいと荒い息を吐き、俺はひっくり返ったソファを起こすと、そこに身体を預けた。


 クソ……あのままだと、本当に殺すとこだった。それくらい、あいつに腹立った。あー、さっさと逃げてくれて、良かったわ……。

 この部屋はもう、ダメだな。修理も面倒だし、あいつが小便漏らした部屋なんて、絶対に使いたくない。まあいい、空き部屋は沢山ある。

 それから俺は部屋を見回し、ふと気付いた。


「あいつ……金を忘れてってやがる」


 しばらくしてから、カランカランと呼び鈴が鳴る。

 俺が億劫おっくうな身体を引きずって玄関へ行くと、さっきの奴隷が1人、そこにいた。

 奴隷は俺を見て怯えた顔をしたが、やがて意を決したように頭を下げて言った。


「あ、あの。ご主人様に言われて……お、お金を……取りに来ました。……どうか、お願いします。持って帰らないと、怒られます」


 俺はつい、笑ってしまった。失禁するほど恐怖を感じても、金は諦めきれなかったらしい。

 だが払わなければ、後で問題になってしまう。こうして取りに来てくれたのだから、手間が省けたと思うべきだろう。

 俺は、極力優しい声で言う。


「ちょっと待っててくれ。今、取ってくるよ」


 俺は部屋へ引き返し、散らばった金貨を全て集める。それを新しい袋につめて、玄関で奴隷に渡す。


「はい、これでいいだろ」


 しかし、金貨を受け取った奴隷は、モジモジして動かない。ややあって、おずおずと口を開く。


「あ、あの……っ! マ、マリオンは……元気ですか?」


「……ん? ああ、元気いっぱいだよ」


「あの子……いつも変な事ばかり言ってて……水浴びの時も、一緒に裸になるの嫌がって……それで、他の奴隷とも馴染めなくて……反抗的だからって、ご飯もよく抜かされてました。私、心配で……でも、ご主人様が怖くって、ほとんど守ってあげられなくて……」


 それから、また頭を下げる。さっきよりも、深々と。そして、大きな声で言った。


「マリオンは……マリオンは、絶対に悪い子じゃないので……大事にしてあげてくださいっ!」


 俺は、泣きそうになってしまった。

 マリオンは、彼女の存在に気づいてたのだろうか?

 俺は彼女を見つめながら、力強い声で言った。


「……ああ。大丈夫だ、安心してくれ。マリオンはこれから、幸せになるんだ。俺が、マリオンを守る。だってマリオンは俺の……かけがえのない親友だからな」

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