その服屋は多くを語らず
あの時、俺はマリオンに買い物を任せて服屋に入り、商人にこう言ったのだ。
「あ……そ、その。えっと……実は俺、貴族でして……。そこの屋敷に住んでる、ジュータって言います。あのですね、あそこで買い物してる子に、『ピッタリのを一式、揃えて欲しい』んだけど……できますかね?」
おずおずと指輪を見せる。この辺りに住んでる貴族なんて俺だけなので、これで話は通じるはずだ。
すると商人はマリオンを見て、こう言った。
「あそこにいる、奴隷の娘ですか?」
「ええ、そうです」
それから商人は、俺の手の甲をジッと見て言う。
「そちらの印は、あの娘の刻印で?」
「あ、はい」
「かしこまりました。あの奴隷に『ピッタリのを一式、揃える』んですね。道具なんかはどうします? よかったら、他の店から取り寄せますが……」
「ど、道具……? ああ、靴とかかな。まだ、なんも買ってないんで……みつくろって、全部まとめてください」
「では明日、お届けにあがります」
これで、会話は終わりである。
つまり俺は、『マリオンの身体にピッタリの服や小物』が欲しかったのだが、あの商人は、俺の左手の刻印を見て、『奴隷としてのマリオンにピッタリの品』を揃えて持ってきやがったのだ。
……い、いやー、ありえねーだろ!? なに考えてんだ、あの商人っ! お前は服屋だろうがっ!
すでにマリオンは落ち着きを取り戻しており、俺の手を握り返しながら、説明を聞いては黙って頷く。さすがに泣き過ぎたと思っているのか、恥じ入るような顔をしてる。
しかし、俺がマリオンに一通りの説明を終えると同時に、ウラギールが爆笑した。
「キィーッヒッヒッヒィヤァーッ! そりゃあ、服屋が災難ですよ! そんな言い方されたら、誰でもそっちの用途と勘違いしまさあ!」
俺は驚いてウラギールを見る。
「え……な、なんだって!? まさか、俺の方がズレてたってのか!?」
ウラギールが苦笑しながら言う。
「ケヒヒッ、そうですねえ。まあ、貴族ってのは平然と無茶を言いますから。ワガママは当たり前だし、庶民は貴族に命令されたら、納得いかなくても従うのが世の常です」
「で、でも……服屋だぜ!? いくらなんでも、服屋で拷問器具なんか注文するか?」
問い返す俺に、ウラギールは首を振る。
「いやいや。それが貴族に限っては、そうとも言えない。あっしもね、長旅で馬が潰れたってんで、武器屋で馬を注文した貴族を見たことありやすよ。その武器屋、しぶしぶ荷運び用の馬を提供しておりやした」
「ん……そ、そうか……? え、じゃあやっぱり……これって、俺の責任なの? ……マジでー?」
納得いかない顔の俺に、ダメ押しのようにウラギールが大きく頷いた。
「残念ですが、そうなりやす。ジュータさん、こっちに来てから半年ですよね? まだ、常識を身につけてるとは言いがたい。貴族に文句つけられたら大変だってんで、不足がないように頑張って揃えた服屋に、罪はないと思いやすぜ?」
ウラギールは、正直で公平な男である。それに数少ない友人(変人ばかり)の中で、最も信頼できる常識人でもあった。
だから俺は、参った! という風に両手を上げる。
「わかった! ウラギールがそこまで言うなら、そうなんだろうな。……あ、ところでさ、ウラギール。なんでうちに来たんだよ?」
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