最高級の2つの呪い

 俺は、焦りながら怒鳴る。


「だーかーらーっ! それ、どーゆー意味だよっ! ……あれか、『一期一会』の奴隷は、ヘンタイ趣味に買われる事が多いって話か!? そりゃ俺も知ってるけども、全部が全部じゃないんだろ!?」


 ウラギールは、首を傾げた。


「あれれ……? まさか、本当にご存知ない?」


「ご存知ない、ご存知ない! ご存知ないから、説明してくれ!」


 俺は、鼻水垂らしてエグエグ言ってるマリオンを、なんとかなだめて部屋にあった椅子に座らせる。それからウラギールの話を聞くことにした。

 ウラギールは、床に落ちてた拷問器具をヒョイと拾って言う。


「奴隷用の呪いには、特別な物が2つありやす。ひとつが『絶対服従』。そして、もうひとつが『一期一会』。あらゆる呪いの中で、『主人に対する暴力の抑制』ができるのは、この2つだけです。この呪いさえ掛ければ、いわゆる不慮ふりょの事故を別として……確実に安全な奴隷になりやす」


 俺は、ウラギールに尋ねる。


「他の呪いには、暴力の抑制効果はないのか?」


 ウラギールは即座に首を振る。


「ありやせん。『絶対服従』は、神が人間を支配してた頃の呪いでしてね。とある天才魔術師がそれを改造して作り出したのが、『一期一会』なんです。今をもって『無意識』を操れるのは、この2つだけ」


 ウラギールは、チラリとマリオンを見て言葉を続ける。


「命令違反に苦痛を与える『阿鼻叫喚』や、特定のワードで目と耳を塞ぐ『暗中模索』……ただの奴隷なら、この程度でも十分に従う。しかし、戦士奴隷は絶対に勝てない強敵には、突撃を命令しても死ぬよりマシって理由で、従わない可能性がありやすよね? もしも、そいつがレアスキル持ちなら……暴れられたら、手がつけられないでしょう?」


 俺は、ポンと手を打った。


「あーっ、なるほど! つまり、この2つだけが奴隷の反逆を防げる呪いなんだな」


 確かに『一期一会』と『絶対服従』なら、奴隷は暴力を振るえなくなる。戦士奴隷には武器を持たせるわけだし、安全対策は必須である。

 ウラギールは、手の中の拷問器具をポンポンともてあそびながら言う。


「で……実は性奴隷にも、その2つが掛けられる事が多いんですよ」


「へえ。そりゃあ、なんでだ?」


「性奴隷もね、普通に扱う分には安い呪いで十分なんですが……ヘンタイ趣味が絡むと、ちょっと話が違ってくる。……そうですな。例えば、ジュータさん。自分が奴隷だとして、ウンコ食えって命令されたら、さすがにブチっとキレちゃいやせん?」


「あ? うーん、そうだなぁ。ウンコ食えは、さすがにブチギレるかもなぁ」


 言われたことないけど、そりゃムカつくだろう。

 俺はマリオンを慰めようと、背中をポンポンと叩きながら同意した。

 ウラギールも、うんうんと頷く。


「自殺しろ、肉親を殺せ、人間としての尊厳そんげんを捨てろ……そんな命令をされると、他の呪いでは怒りが恐怖を上回る場合がありやす。ましてや性奴隷には、己の大事な一物を触らせるわけですからね。もしもうっかり……」


 言いつつ、空中でガチンと歯を鳴らしてみせる。

 俺は、無意識に股間を押さえた。

 ウラギールは、それを横目で見ながら言う。


「これもいわゆる、反逆ですな。そんなプッツンにも効果があるのが、『絶対服従』と『一期一会』ってわけですよ」


 俺は、そこで首を傾げる。


「……あれ? でもだったら、『絶対服従』だけで良いって話にならね? 『絶対服従』なら命令に逆らえないし、暴力も振るわれない。……なんでわざわざ、『一期一会』なんて掛けるんだ?」


 ウラギールは拷問器具をいじるのに飽きたのか、足元にゴトリと置きながら答える。


「『絶対服従』には、デメリットもあるんです。例えば戦士奴隷だと、主人が近くにいると緊張して、冷静さを欠いて弱くなる。……なにより、奴隷の性格が変わってしまうでしょ? 呪いを掛けられたら最後、どんなプライド高い奴でも、恐ろしくて主人に逆らえなくなる。命令されればウンコも食うし、肉親だって殺すようになる……」


 奴隷市場の、『絶対服従』を掛けられたエルフを思い出す。尻を叩かれただけで、あの怯えっぷり。ありゃあ、酷いもんだった……俺は頷く。


「ふむ、そうかもな」


「ですが世の中には、それを好まない主人もいやす。……生意気な奴隷を力で屈服させたいって、サディスティックな人間がいるんですよ。そういう主人にゃ、性格が変わらない『一期一会』は、まさにうってつけ。やりすぎて、つい廃人にしちまっても……記憶させなきゃ、次の日には元通り。他にも、身体に酷い傷をつけて忘れさせれば、奴隷は身に覚えのない傷に混乱する。それを見て、大笑い……と」


「うぅ……。ひ、ひでえ話……最悪だな!」


 俺は懐から取り出したハンカチで、マリオンの鼻水を拭いてやりながら、思わず顔をしかめる。マリオンがハンカチを受け取って、思いっきりズビーッとはなをかんだ。

 それを見てウラギールは、苦笑しながら言う。


「あっしは、ジュータさんがそこまでやる人とは思いやせんよ。ジュータさんは、優しい人だと知ってますから。……でも、その娘っ子。とてもじゃないが、戦えるようには見えんでしょう? 顔も綺麗だし、部屋の中にはこんなもんが転がってる。だからてっきり、そういう事かと」


 一応、マリオンだって使えないだけで、レアスキルの『カウンター』、所持してるんだけどなぁ……?

 だが、それを聞いた俺は、ある可能性に思い至っていた。俺は、左手をウラギールに見せる。


「な、なあ。もしかして……『一期一会』の刻印って、有名なの?」


 ウラギールは即座に頷き、俺の手の甲を指差す。


「ええ。『一期一会』と『絶対服従』の2つの刻印は、最高峰にして最高級。金持ちの証みたいな印ですからね。王都の大人なら当然、一般常識として知ってやす。もちろん、刻印は奴隷によって違いやすが、この中央の羽……ここの術式が同じなんで、すぐに見分けがつきまさぁ」


 それを聞いて、俺は合点が行った。


「あ……ああーっ、なるほどぉ!」


 俺は、真っ赤な顔で鼻水すすってるマリオンの手を掴み、瞳を覗きながら言う。


「マリオン、聞いてくれ! やっぱり誤解だったんだよ! あれは、俺が欲しくて注文したもんじゃない! いいか、こういう事なんだ……!」


 そして俺は、事の顛末てんまつを説明する。

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