大きな入れ物には得てして不幸が詰まってる

 思ったとおり、呼び鈴の主は昨日の服屋だった。服屋は「ご注文の品です」と言いながら、大きな箱と小さな箱(と言っても、一人でやっと持てるくらい)を、連れてきた数人と共に運び込む。俺が、一階の空き部屋に荷物を置くように頼むと、彼らはエッチラオッチラと持っていった。


 部屋の真ん中に置かれた大小2つの箱を前に、マリオンがそわそわしながら「なぁ……もう開けて、着替えていいかな?」と聞く。

 俺は、「ああ、いいよ。じゃ、ちょっと代金を払ってくるから」と言い残し、その場を後にする。で、玄関ホールで服屋に代金を支払い、他の人らにチップを渡し、部屋に戻ってくると……アレ?


 な、なんかふたの開いた大きな箱を前に、マリオンがすごい顔でこっちを見てるぞ。

 え……なにっ。

 マリオンさん、めっちゃキレておられるんだが?

 え……こわっ。

 ……なぜ? なぜなぜなぜ???

 い、意味がわからん! 全然わからんっ! なんで服をプレゼントした俺を、そんな目でにらむんだ!?

 と、マリオンが妙に低い声で言う。


「ジュータ。お前……本当にオレと同じ、二次コンなのかよ? それって嘘じゃないのか?」


「は???」


「だってさ。これが……こんなのが、オレの服って……? 一体、どういうつもりだよっ!?」


 言いつつ、マリオンは何かをつかみ出す。出てきた物体を見て、俺は目を丸くした。


「そ、それは……鞭ィ!?」


 そう、マリオンが掴み出したのは、いわゆる一本鞭と呼ばれる代物だ。長さは2メートルほどで、鞭の先端はバラけている。叩かれたら、めっちゃ痛そう。きっとミミズ腫れどころじゃない。


 ……なぜ服屋の持ってきた箱に、そんな物が入ってるんだ!

 予想外すぎる展開に、絶句する俺。するとマリオンは、さらに箱からジャラリと金属音のする物体を掴み出した。手錠であった。他にも荒縄、革製の口枷やアイマスク、重そうな拘束具、見るからに卑猥ひわいな服や、男性器を模した物体、凶悪な拷問器具のような物まで……次々と出てくる。

 な、なんだよ、その箱。こええよ……大人のオモチャの缶詰かよ!? 卑猥な金のエンジェルなんて一度も送った覚えねーぞ!

 と、マリオンが鞭を手に、ボロボロと泣き出す。


「う、うわーん! 信じてたのに! やっぱりこいつ、オレのこと騙してたんだ! 最初だけ優しい顔して仲良くなって、夜になったら豹変ひょうへんする感じのプレイなんだ! きっとオレの事、この道具でめちゃめちゃにイジめるつもりなんだ! 鬼畜系のエロゲみたいに……鬼畜系のエロゲみたいにぃーっ!」


 言うや否や、マリオンは手に持った鞭を頭上でカウボーイみたいに振り回し始めた。


「い、いや、エロゲのくだりはもういいから……っ、うお、ちょ!? 鞭、振り回すなよぉー!」


 『一期一会』の効果だろう、俺に直接は鞭を振るえない。でも、ヒュンヒュンと部屋の中に風切音が鳴り響き、おっかなくってかなわない。本人に当てる気がなくても、事故ってうっかり当たるかも知れないし、自爆する可能性だってある。早めに止めた方がいい。俺は焦りながら叫ぶ。


「誤解だよ! お、俺はだね、マリオンのために……っ! ほら、今の服一着だと、洗ったら素っ裸になっちゃうでしょ!? 俺の服じゃ大きいだろうし、全裸なのもアレかなーって思ったから、良かれと思って、ただそれだけで……っ!」


「バ、バカーッ! 全裸とか言うなーっ! お前、一気に信用なくなったぞ!」


 よっぽど全裸がトラウマなのか、マリオンはウエーンと泣きながら、もう片方の手で箱の中の物を投げ始めた。呪いの効果か、どれも俺とは見当違いの方に飛んで行き、いかがわしいアイテムが部屋の中に散らばっていく。それらは鋭かったりギザギザしてたり、こんな物が自分の身体に使われると想像したら、身震いしそうな物ばかり。


 だ、だけど、おっさん……お前、いい大人だろ!?

 不安で怖いのはわかるが、いい加減に子供っぽい怒り方やめろよな! あー、もう! せっかくマリオンの信頼を取り戻した矢先に、なんだってこんな事になっちまうんだ!?


 俺が頭を抱えた、その時だ。突然、マリオンが「ぐえっ」と呻き声を上げながら、床に突っ伏した。その背後に黒い影がじわりじわりと集まっていき、一人の男が出現する。眼帯をした白髪の男である。

 その姿を見て、俺は声を上げた。


「お前は……ウラギール!?」


 男は、名をウラギールと言った。20代後半、長身猫背で、ガリガリに痩せた男だ。いつも唇の端を片方だけ持ち上げて、酷薄こくはくそうな笑いを浮かべている。レアスキルの『ハイディング』を所持していて、これは自分から攻撃を仕掛けなければ誰にも存在を気づかれないという、非常に強力でチートくせー能力だった。

 こいつはドラゴン退治をした時に一緒に同行した仲間で、知り合いの女騎士、シャルロットの部下である。見た感じ、思いっきり小悪党というか盗賊っぽい姿だが、騎士の部下なので、当然そんなことはない。

 ウラギールはマリオンの首筋に、鋭いナイフを押し当てながら言う。


「無断で入って、すいやせん。ジュータさんの叫び声が聞こえまして、つい。で、なんです、この娘っ子は? とりあえず危険なんで、捕まえやしたが……」


 俺はウラギールに掴みかかる。


「やめろ! その人に暴力を振るわないでくれ、ウラギールっ! すぐに離すんだ!」


「……え? は、はあ。ジュータさんがそう言うなら、離しやす……」


 ウラギールは、不思議そうに首をひねった後でマリオンを離す。ゲホゲホと咳き込むマリオンを、俺は慌てて助け起こした。


「だ、大丈夫か、マリオン!」


「あ、ああ……。ううっ」


 背をさすってやると、苦しそうに何度もえづく。

 ウラギールが不思議そうに俺らの様子を見て、部屋に散らばったあやしげな品々を見て、それから俺の左手の甲を見て、合点が言った様にポンと手を叩いて頷いた。


「ははあ……なるほど! ジュータさん、奴隷を買ったんですね。しかも『一期一会』の幼い女奴隷とは……そういう趣味がおありでしたか!」


 彼の一言に、俺は眉をひそめる。


「なんだよ、そういう趣味って……?」


 ウラギールは、うんうんと何度も頷く。


「あっしには隠さなくても、大丈夫でさぁ。あっしは、ジュータさんを尊敬しておりやす。確かに、厳しい性癖ですが……付き合いを変えたりしやせんよ。いやしかし、女性に奥手とは思っておりやしたが……なるほど、なるほどぉ!」


「おい、一人で勝手に納得するな!」


 ウラギールは、片目でチラリとマリオンを見て言う。


「だって、『一期一会』の掛かった若い娘なんて、まさか戦士じゃあるまいし……。そりゃ用途は、ひとつしか考えられんでしょう?」

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