満たされぬワケ

 俺がなぜ満たされないのか、マリオンにはわからない。この人は、まだ俺を知らないから。

 そう、『昨夜のマリオン』ならともかく、『今のマリオン』にわかるわけない。

 だからこそ、俺は自分で言わなきゃならないんだ。

 昨日の『恥ずかしい板』は、突発的なトラブルだった……しかし、これは俺の覚悟だ。呪いの事を忘れてて、マジでごめん! マリオン!

 俺はギュッと目をつぶり、精一杯に声を振り絞る!


「なぜならっ! 俺はっ! あなたと同じ、二次元コンプレックスだからっ! 現実の女の子は怖いからっ! そして俺は、二次元の素晴らしさをっ! たくさんのエロゲーを! その魅力を知っているからぁーっ! 俺にとっては現実のエロより、二次元のエロが圧倒的に上なんだ! 俺は、二次元じゃないと気持ちよくヌケないっ! 満たされないんだよ! その絵は俺の大切な宝物……オナニーのオカズだーっ!」


 俺は、酸欠と羞恥しゅうちで顔を熱くしながら、ぜいぜいと荒い息を吐く。

 ……誤解しないで欲しい。俺は、決して『恥知らず』じゃない。むしろ恥辱ちじょくに弱く、傷つきやすい。今だって、死にたい気持ちになっている。そんなタイプの人間だからこそ、セーブ&ロードとかアホな事を言い出すわけだしね?

 だが、俺は微笑を浮かべ、強く静かな声で言った。


「あなたに描いてもらったエロ絵は、俺の『希望の光』です! 確かに俺は、記憶の許可を忘れてしまった……そんな俺を信じられないのはわかります。でも……自分のエロ絵まで信じられませんか!? 俺は、あなたがエロ絵をたくした男ですよっ!」


 オナニーのオカズを見せつけて、誠実さをアピールする……あまりにも下品で、明らかに人の道を外れている……とんでもない『外道』であった!

 だが、しかし……。マリオンは、しばらくポカーンとしていたが、やがてハッとして真面目な顔でイラストをじっくりと見始める。そして、ブツブツと呟き始めた。


「む……っ!? この筆致ひっち、エロさ、構図……力をいれて描き込まれた股間。……これは絶対に、イヤイヤ描かれたものじゃない。なのにロリ巨乳とか……明らかにオレの趣味じゃない絵も混じってる? ……これは、オレ自身が欲望のために描いた絵ではないのか……!?」


 どうやらマリオンは、冷静さを取り戻したようだ。

 俺は、固唾かたずんで見守った。だか、なかば確信していた。

 だってマリオンは、聡明そうめいな人だから。パニックさえ起こしてなければ、正しい判断ができるはずなのだ。物事を客観的にとらえ、論理的に答えを導いてくれるはずだ。

 そして、マリオンの目から恐れが消えていく……。


「ああ。魂で……理解したよ。……いや、すべてを理解したとは言いがたい。それでもオレは、確信した。オレはこれを……誰かのためを思って、描いたんだな……」


 マリオンが妙に生温くて優しい目で、こちらを見上げて言った。


「それはきっと……お前のためなんだろう」


 マリオンはパッと立ち上がり、頭上にある俺の右手を両手で取って、胸の辺りでギュッと握る。


「ジュータ……オレ、お前を信じる! オレも一度は、エロゲ絵師を志した身だ。オレの絵が、若い男子の生きる糧となるのなら、こんなに嬉しい事はない!」


 俺は、自分の恥ずかしい告白が、そして苦心が報われたことを知り、涙声で言った。


「や、やった……! わかってくれたんですね……坂口さん!」


「ああ! お前のその性欲に燃える目は、決して嘘を吐いてない。だってお前は、オレがいないとすごく困る……そうだろう?」


「ええ、まったくその通りです! 坂口さんに嫌われたら、俺の息子は満足できません! ぐすっ」


 マリオンは手に力をこめて、にっこり笑う。


「うん、そうか。……辛かったんだな。オレはさ、この身体になってから、そういう方面はちょっと縁遠くなっちまったけど……。男だった時は、お前と同じ悩みを抱えてたもんだ。オレは自給自足ができたからいいが……普通はそういうの、無理だもんな?」


 俺は頭を掻いて、照れ笑いする。


「え、へへへ……実は、俺も自給自足してました。『愛らぶ☆魔女侵犯』の京極ミスズで……」


「お、そうか! ミスズはオレも大好きだ! よかったら、見せてくれないか?」


「もう昨日、見せましたよ。アドバイスも頂きました。新しく描いたら、また見せます!」


「ああ、楽しみにしてるぞ。もしもマンネリになったら、オレに言えよ? ……オレも新作、描いてやるから!」


 そう言うとマリオンも、照れくさそうに笑う。

 こうして、俺の下品で外道な説得がこうそうし、男の友情が此処ここ再誕さいたんしたのである。

 もちろん、すべてが元通りではない。昨夜ほどには、仲良くない……。

 だが少なくとも、マリオンとの『絆』は繋がった。マリオンはもう、俺を怖がらない。

 よかった、本当によかった。

 俺はマリオンに、おずおずと言う。


「あ、あの。……それで、坂口さん。実は、昨日まで坂口さんのこと、マリオンって呼んでたんです。……そう呼んでも、いいっすかね?」


 マリオンは、ニカッと笑って親指を立てる。


「ああ、もちろんだ! その代わり、お前もタメ口で頼むよ。敬語はなしってことで……な? それじゃ、『また』よろしく頼むぜ、ジュータ!」


「……っ! あ、ああ! 『また』よろしくな、マリオンっ!」


 失った物は戻らない。だけど、もう一度積み上げることができるんだ!

 俺がそんな風に、感動的に考えていた、その時だ。玄関で呼び鈴がカランカラーン! と鳴った。

 それを聞いて、俺は言う。


「あっ、もしかして、マリオンの服が届いたのかな?」

「え……オレの服?」


 俺は頷く。


「うん。昨日、一緒に買い物に行った時……って言っても、覚えてないだろうけど。服屋で注文したんだよ。その一着だけだと、何かと不便だろうしね」


 マリオンは嬉しそうな顔をした。


「そ、そうか!? 悪いなっ! 実はこの服、ゴワゴワして肌触り悪いから、別の服が欲しいなーって思ってたんだ!」


 俺とマリオンは、ニコニコしながら玄関へと向かう。だが、俺は知らなかったのだ。

 この呼び鈴の主が、新たなトラブルの種を持って訪れた事を……。

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