第6話

一目散にキッチンに向かうがIHであった。天ぷらの準備があってエビや白身魚やアスパラガスや玉ねぎなど、そして充分に熱されたサラダ油。しかし、誰もいない。

「くそっ」とIHコンロを憎々しく叩いているセンリを無視して私は辰巳夫妻を探した。

「なぁネェさんは火もってる?」

「ベランダからは、まあ逃げられないか」

10階から短時間で逃げられるはずもなく、リビングの向こうの寝室やバスルームや奏の部屋なども確かめたがいない。


私の視界で火花が散った。後頭部に鈍痛を感じて振り向くと辰巳氏がいた。どうやら天井の隅から私の後頭部に向かって飛び降りたようだ。真上の確認を怠っていた。大人の男の体重ののった蹴りをくらった私はたった一撃で起き上がれなくなった。

「なぁ、奏はいないって言いましたよね。どうして、どうして奏がいないんですか」

「奏さんなら、安全なところに避難していますよ」

「安全、安全、ってまるで我が家が危険みたいに聴こえますね」

辰巳は立ち上がろうとした私の延髄を膝で蹴った。後頭部に太股の肉の弾力を感じた束の間、空気の層の中にねじ込まれ三半規管が無茶苦茶になったまま顔から壁に激突した。崩れ落ちる私を容赦なく辰巳は蹴りあげてから私の右顎を殴った。顎関節がちぎれるような気がした。


「なぁ、奏は、家族は俺が守るんだ。このうちより安全なところなんて他にないだろ?」

辰巳は私の手を踏みつけてから寒さに凍えるように身震いした。

「裕子もだ。何があったか知らんけど、俺がいなけりゃ穴があるしか役に立たない屑女じゃないか。なのに俺が不幸の原因だと? 」

ふざけんな、と叫びたかったであろう辰巳氏だが、妻の裕子氏が彼の頭にファンヒーターをぶつけていた。そして動きが鈍ったところに、背後からコンセントで首を巻き付けた。みるみる赤くなる辰巳の顔、苦悶の顔。

「あんたに何がわかる あんたに何がわかる あんたに何が……」

しかし裕子氏の健闘もむなしくコンセントが千切れてしまった。解放された辰巳氏はなりふり構わず裕子氏を殴っては蹴りを繰り返した。

「家族は、ずっと一緒のはずだったんだ。それをお前らが、家族を壊したから」

裕子氏はファンヒーターで身を守ろうとしていたが、あまりうまくいってなかった。

「家族なんだ。俺たちは。でも家族なんかいなければ俺はもっと幸せになれた。お前らさえいなければ」


「ならお前だけ消えな、おっさん」

センリが燃え盛る布を投げた。それはカーテンだった。燃えたカーテンは辰巳氏を取り囲んだ。私は玄関に向かおうとしたがセンリが手招きするから、裕子氏の手をとりリビングに向かった。



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