第5話
辰巳家に向かう道中、手にいれた鳩の中身を検めていた。
「前に雀をむしってなかったっけ」
「鳩も何回かある」
「じゃあしなくていいやん」
「ネェさんは、名作を観返さないタイプなんかもな。僕は再見で楽しむタイプ」
辰巳家は幹線道路すぐに面したマンションの10階である。私が住所を確認しているとセンリは鳩を街路樹の真下に埋葬していた。
「で、僕はこの人のところで何したらいいの」
「離婚を認めずに奥さんを監禁してるらしい」
「警察にいえばいいやん」
「ウチに言われても」
エントランスのインターフォンを押すと男の声がした。猫の肛門を舐めていたとは思えないが、 ふいに怪電波を受信して奇行に走るまでは真人間だったというのはよく聞く話だ。「おとなしくて真面目な印象でした」というのが先日、家族を殺した青年を知る近所の人の意見だった。
「すみません、奏さんと同じゼミのミクニと申します。奏さんはおられますか」
もちろんここにはいないことを知っている。辰巳奏がはした金を握りしめて私の元に来たとき、大学構内がざわつくほど無惨な姿だった。
「奏は……でかけてます」
「しばらくゼミでも見かけないのですが」
「ネェさん不自然すぎない」
「とにかく奏はいません、どうかお引き取り「だれかっ、」」
女性の声が聞こえた瞬間、向こうで受話器を叩きつけたらしい。
「真っ黒だね、ネェさん」
「とにかくあの奥さんを助け出すこと」
「うん」
「最後に聞くけど、ほんとに何をしてもいいの?」
「電波にジャックされてるようなら、仕方ないかも」
「わかった」
私は奏から預かっていた鍵で解錠した。しかしドアチェーンによりドアは開かなかった。
「どいてネェさん」とセンリは自分の喉の高さのところにあるチェーンに牙をたてた。奥歯で噛み潰すだけの音がボーリング作業をしている建設現場のような豪快なものだった。
何度も何度も噛みしめ、やがてチェーンの方が耐えきれず、あっけなくちぎれた。タバコの匂いの唾と血ともにチェーンの欠片を吐き捨ててセンリは土足で侵入した。
「おいおっさん」と大声でセンリは叫んだ。そしてタバコをとりだてくわえた。
「火だけを残して死ねや」
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