攻撃力二十一億四千七百四十八万三千六百四十七からのフルボッコタイム
* * *
やばかった。
生命力を六五五三五にしていなかったら、この無理ゲーに耐えられなかった。
どうやら、攻撃の上限は三二七六七らしい。
ドラゴンブレスは、俺の生命力からごっそり三万以上の生命力を奪ってきた。
ギリギリ後一発は耐えられるが、それでおしまいだろう。
俺はこんな場面で死ぬつもりなんてなかった。怒りで心が満たされる。
「ふざけんなよっ。フリータープログラマーを舐めんなっ」
そう叫んだ後、俺がやることは簡単だ。
戦闘系の数値。攻撃力、防御力、魔法防御力、敏捷性。
この四つの数値を変更した。
つまり三二ビット符号付きの上限値に。
それは、二十一億四千七百四十八万三千六百四十七だ。
変更は何の問題もなく設定できた。
今の俺は、残り生命力三万二千七百六十八。
攻撃力二十一億四千七百四十八万三千六百四十七。
防御力二十一億四千七百四十八万三千六百四十七。
魔法防御力二十一億四千七百四十八万三千六百四十七。
それから、敏捷性二十一億四千七百四十八万三千六百四十七。
そして、フルボッコタイムだ。
エンシェントドラゴンの六万五千倍以上の攻撃力を持って殲滅する。
俺がドラゴンに接近するのは一瞬だった。
敏捷性二十一億が遺憾なく発揮される。
軽く殴っただけで、ドラゴンは断末魔の叫びを上げた。
だけど、まだ死んでない。
それが分かった。
だけど二撃目の前に、周囲を霧のようなものが覆った。そして可愛い声が響く。
「ま、待ちなさいよ。あたしの負けだから、ちょっと待って。降参よっ」
――一体なんだ?
俺が霧の中で立ち尽くしていると、目の前に青あざを作ったボロボロの小さな女の子がいた。
「誰だよ?」
「あんたが殴ったドラゴンに決まってるでしょ――です。謝ってあげるから、戦いは終わりにしていい――終わりにさせて下さいっ」
ところどころ、高飛車な部分が消えない感じで、それでもなんとか丁寧にお願いしている感じが見え隠れしている。
ドラゴンが人間化したってこと?
俺はその女の子を見つめた。
緑色の髪に違和感があるが、中学生くらいの美少女に見える。
何というか、髪型がツインテールっぽいのはなんでだろう。
そのせいで某ボーカロイドが見え隠れする。そして当然のように身体に凸凹がない。
見た限り、確かに綺麗な女の子だけど、まったくエンシェントドラゴンっぽくない。
というか、あのドラゴン雌だったんだ? なんで老女じゃないの?
しばらく見ていると、プロパティが現れた。
生命力が赤くなっていて一となっている。
そして、タイプが『少女(エンシェントドラゴン)』となっていた。
間違いない。
「謝るってことは、もう人間を襲わないんだよな?」
「むーっ、人間の方がちょっかいかけてきたんだけどっ!」
不満そうに言う女の子に、俺は聞き返した。
「あれ? 戦いを終わらせるって言ったのはそっちじゃなかったっけ?」
俺の言葉に慌てて言ってくる。
「わ、わわ、分かった。もうしないよっ」
あわてて頭を何度かさげる様子は、確かに可愛かった。
女の子は正義だ。
プロパティの生命力は一日一度だけ変更できる。俺は既に変えたけど、この子も変えることが出来るなら一人に付き一回であることを確認できる。
その意味を込めて、三万二千七百六十七に戻してあげた。
すると女の子が文字通り飛び上がった。
「え、ええっ! あんた、今何をしたの?」
その女ドラゴンはびっくりしたようだった。
「別に生命力を戻してあげただけだよ。もう人間を襲わないんだろ?」
「あんた、一体何物? あたし、人間の姿になったときの生命力は一万をきる筈なのに、ドラゴンの姿と同じ生命力になってるっ。一体なんで?」
まずった。
安易なことをしてしまったかも知れない。
話をそらそうと思って、プロパティを見ているうちに、『Real Name』という欄があることに気付いた。
そこには『none』、つまり『ない』と書かれていた。
「あれ、お前って名前がないの?」
「あるわけないでしょ。あたしみたいなエンシェントドラゴンは、唯一絶対のものであり、そこに名前なんていらないの――」
「俺に負けたけどな」
俺がそうツッコミを入れると、しゅんとした顔をしてくる。
「だって、あたしに名前を付けるような甲斐性がある男なんていなかったんだもん」
「じゃあ俺がつけて――」
そう言いかけて、これ、ヤバイイベントのような気が猛烈にしてきて口ごもった。
だけど遅かった。
勢い勇んでその子が言ってくる。
「やったっ。あんた、あたしに勝ったんだから、あたしに名前を付ける権利をあげるわっ」
何だ、その権利?
だったら、適当な名前を付けて――。
「だけど変な名前を付けたら承知しないからね」
その子は釘を刺してきた。仕方がない。
ドラゴンの女の子って言えば――。
「ドラ子――」
と俺が言いかけたとき、その子に凄い睨まれた。だから、もっと真剣に考えたけど、何も出ない。
元々名前がないんだからゼロ――レイとかでいいんじゃないか。
「レイ、あたりでどうっすか?」
「悪くないわね。もっと長くて、魔法的な意味が込められた方が良かったけど、変なもの付けられるよりか、ましだから」
なんだか悪し様な言葉に、俺はむかついた。ちょっと強めに聞き返す。
「なんだか、お前、俺に負けたこと、忘れてない?」
怒気を込めて睨み付けると、ドラ子は頸を横にブンブン振っていた。
じゃあと思って、名前の所に『REI』と入れた瞬間、その子の様子が一変した。
「ま、真名を付けた? あたし、あんたに真名を付けられちゃったっ」
その子は、頬に手を当てて、当惑したように呟いている。
何かまずいことをしたんだろうか。真名って何だ?
「真名? いや、確かに今名前を付けたけど」
「それ、愛称とか単なる名前じゃなくて、あたしの存在に名前を付けちゃったでしょ! なんてとんでもないことすんのよっ」
その子は抗議をしているって言うより、びっくりしている割合の方が大きいように見えた。
「なんかまずかった?」
「いや、あのさ、あたしが驚いているのって凄いレアな訳よ。それを普通のように思われるの、とっても心外なんだけど」
「なんのことだよ」
俺が聞くと、なぜだか呆れたように返された。
「あのね、あたしってば長いこと生きているわけで、その中で大抵のことは経験している訳よ。なのにあんたってば、とんでもないことばっかりしまくって、全然理解できないわ」
とんでもないこと?
何のことだかまったく分からない。
「とんでもないことなんてしてないと思うけどなあ」
「まあいいわ。あんたがあたしに責任をとりたいって事は良く分かったから、真名を受け容れてあげる。だけど、あたしのことを大切にしなさい。それから、エッチなことはいけないと思います」
何を言ってるんだ、この馬鹿?
取りあえず聞くしかない。
「意味わかんないからちょっと説明してくれよ」
「あんた、ひょっとして真名のことを知らないのに付けたわけ? というか、そんなこと出来るはずがないんだけど。そもそもエンシェントドラゴンに真名が付いたなんて、あたしが史上初めてじゃないかなあ」
「だから、その真名って何だよ」
「その存在に刻みつけられた真の名前」
ドラ子が説明をはじめる。
「信頼し合うパートナーを見つけたときに魂に刻みつけられるもの。刻みつけられたものは、その真名を与えたものに生涯尽くすと言われているわよ」
「え? じゃあドラ子って俺に――」
思わず聞き返すと、次の瞬間、スピード豊かな平手が俺を襲った。
「誰がドラ子よっ!」
信じ難いが、それは二十一億の俺の敏捷性を超えるスピードだった。
パチンと言う乾いた音と共に、二十一億の防御力も突破してあっという間に頬に痣が出来上がった。
「あんた、あたしに真名を付けた直後に別の変な名前で呼ぶなんて、ホントにいい度胸しているわねっ」
「あのなあ、お前、俺に尽くすって設定はどこ行った?」
俺が頬をさすりながら声を上げると、ドラ子――レイは妖しい目で見つめてきた。
「へぇ、あんたってば夜になるまで待てないの? まあ確かにあたしってば可愛いもんね」
「はあ?」
俺が変な声を上げると、痣の出来た頬にレイが手を伸ばしてくる。
そして、薄い光を発すると、頬の痣が綺麗になくなっていた。
「バカね。あたし達見られてるけど、ホントに今、あんたに尽くしていいの?」
レイが指さした方向を見ると、遠くにうっすら騎士らしき集団が見える。
こっちに向かってきているようだ。
「何を尽くすって言うんだよ」
「え? そんなのあたしの美しい身体でもって、あんたに蕩けるような快楽を与えるのに決まってるでしょ?」
俺はあきれかえって宣言した。
「エッチなことはいけないと思います」
「大丈夫。痛くしないから。ちょっと入れるだけだから」
どう考えても男女が逆だ。
それにエイシェントドラゴンというにはこの子は小さすぎて、綺麗な子というのは認めるけど、そういった感情が全然湧かない。
「悪いけど、もう少し成長してからじゃないと、そんな気になれないぞ」
「はぁい。わかりましたー」
レイは簡単に同意すると、あっという間に光に包まれた。
そして、一四歳くらいから二〇歳ほどの姿の巨乳に変化してきた。
「え? それって何?」
俺がじっと認めてプロパティを出すと、タイプが『成人女性(エンシェントドラゴン)』に変わっていた。年令は自分でコントロールできるらしい。
そして、困った事にその姿は俺の好みにど直球だ。
だけど、さすがにここでその種の行為をする気はなかった。
「分かったから、元の姿に戻ってくれ。さすがにあそこの騎士達に見られながらする趣味はないから」
「えー? せっかくその気にさせておいて、それはないんじゃないの?」
「黙れ。ほら、あそこの騎士がこっちに向かってきてるから、おとなしくしてくれよ」
俺が悪し様に言うと、不満そうだったが不承不承頷いてきた。
「分かったよう」
レイはすぐに元の少女の姿に戻った。
そして、気配を感じて、振り返ると、馬に乗った騎士達はもうすぐ傍まで迫ってきていた。
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