とある女神の独り言と空気の読めないおっさん

私はルビシア。


この世界の創世神として創造主ゲームメーカーに生み出された。


創世神が創造主に生み出される。

矛盾している様に聞こえるが、それがこの世界の成り立ちだ。


最初は単なるデータの集合体に過ぎなかったこの世界が、どう言った訳か1つの独立した世界としてその存在を確立してしまった。



それが私の地獄の始まりだった。



これが完全に独立した世界なら良かった。

真なる創造主の事など関係なく、私はこの世界の創造主として存在出来たのだ。


これが単なるゲームなら良かった。

今まで通り単なるデータで出来た人形でいれたのだ。


しかし私は中途半端に意思だけ持ってしまい、その全てをデーモンクエストのストーリーと言う名の運命に縛られた。


もう顔すら思い出せない数千年前の恋人と会える日を夢見てこの世界を管理し、魔王に封印され、勇者を呼び、そして解放される。


まるで果てのない運命と言う檻に囚われた囚人だ。


刑期は終わる事はなく、創造主が私の物語の続きを創るまでこの地獄は終わらない。


どれだけ狂おうとも、どれだけ全てを呪っても私の口からはこの世界への慈愛の言葉しか出てこない。



ある時、終わりのないこの牢獄に穴が空いた。


遥か悠久の時を経て、龍神王がその運命を打ち破りこの世界の在り方を変えてしまったのだ。


最初は誰が犯人か分からなかったが、彼だと知った今はその思いは痛いほど理解が出来る。



これは言ってしまえば自殺なのだ。



いかにクソッタレなこの世界でも、寿命のある人間や魔物なら問題はない。


しかし、神や魔王クラスになると自ら死ぬ事は出来ない。何せ寿命が設定されていないのだから。


この牢獄から抜け出すことは出来ないのだ。


いや、魔王や大魔王ならまだ良いだろう。


何せ彼等の前にはこの運命から解き放ってくれる勇者と言う救世主死神が現れるのだ。


問題は私達、神サイドだ。


神に死という概念はなく、自らの意志と行動を制限されている。


世界が混じり合い、その余波で死ぬ事があったとしてもそれはむしろ救いなのだ。



これで死ねる―――。


世界が混じり合った時、私の胸には黒い希望が満ち溢れていた。


しかし、圧倒的な開放感の片隅で重く暗い絶望が声を上げる。


『勇者だ』

『勇者を召喚しろ』

『勇者が消えるぞ』

『運命が狂う』

『アードリックに会えなくなる』

『約束を果たせ』

『使命を全うしろ!』



「―――私はアードリックなんて知らない……。

全部貴方達に植え付けられた記憶じゃない!

もう、もう嫌なの!殺して!もう殺してよ!!」


どれだけ叫ぼうとも、私に植え付けられた運命は決して許してはくれない。


絶望は私の手をとり、口を操り、勇者を召喚する。



そして、彼が現れた。


この世界では珍しい黒髪黒目の偉丈夫。

この世界の運命すら見通す深い知識を持った生粋の勇者。


そして何より、彼はこの世界を愛していた。



その証拠にデッドゴッドの力で再現された彼の部屋にはゲームであるデーモンクエストの様々なグッズが溢れている。


本棚に並べられた様々な書籍には丁寧にカバーが掛けられ、小さな人形は透明なケースに入れられて整然と並んでいた。


どんな人なんだろう?


最初は単なる興味だった。

興味の赴くまま、封印の隙間から外界の情報を読み取っていく。


これでも主神だ。封印されていてもこれくらいは出来る。



「え、何してんの?あの人……?」



目に飛び込んで来たのは、いい歳をした厳しい男がスライムの前に四つん這いになり、薄い板を掲げて転げ回っているシーンだった。


おそらくもう何時間もスライムの周りを転げ回っている。薄い板がパシャパシャと音を立てる度に「いいぞいいぞ。目線をこっちに。か、可愛い……!」等と怪しげなセリフを呟いている。


「こ、これが異界の勇者……?」


意思を持って数千年。

ここまで開いた口が塞がらないのは初めての事だった。


そこから彼の行動から目が離せなくなった。


見た目こそ歴戦の勇士みたいな顔をしている癖に、彼のやる事は常にハチャメチャだ。


この世界のシステムの穴を利用してカジノで大勝をし、戦わずしてレベルを上げ続け、通常の方法では攻撃が通らないはずの魔王を屠ってしまった。


100万の魔物の群れを前に「なら1億人を用意して戦えばいい」と言い放ち、定められた運命ゲームでは大して力のない人達に勇者にすら匹敵する力を与え、本来なら1発しか撃てない究極魔法を連発する。


そんな彼の行動を私は逐一見て一喜一憂する。

私の凝り固まった感情が動くのが自分でもよく分かる。


次第に、でも確実に私は彼に惹かれて行った。


しかし、そんな動き出した感情が私に告げる。



―――この勇者もいつかはいなくなる。



あぁ、そうだ。そうなのだ。

私は神で彼は人。


覆せない大きな隔たりが私達の前には存在する。


もうこれ以上惹かれては駄目。

彼に惹かれればそれだけ別れが辛くなるだけ。



『····例えゲームの影響を受けて常に書き変わり続ける世界でも、お前が創り、俺が愛した世界なんだ。ほっとける訳ないだろ。』


『――だから、ちょっと待ってろ。』



あの時彼が私にくれた言葉が胸に突き刺さる。


創造主が私に植え付けた偽りの記憶じゃない。

私の、私だけの大切な記憶。



……うん。待ったよ。

ずっと待ってたんだよ。


でも、もう待つのは辛過ぎるの。

どれだけ待っても、きっとこの牢獄からは抜け出せない。


全ての悪魔を倒す?


そんな事出来るわけない。

だって、たとえ聖域の力を使っても未来の悪魔はまだ存在しないんだもの。


ごめんね。シュウ。


私、嘘をついた。

この聖域を埋め尽くす悪魔はなくならない。


聖域とリンクした私を殺すまで……。



だから、せめて貴方の手で私を―――。



壁のように蠢く悪魔の群れをシュウが掻き分けるように突き進む。


どんな悪魔だって今の彼の前では紙切れだ。


彼の身には創造主の御業が宿り、その手にはあの破壊神が鍛えたこの世の理外の力を宿した剣がある。


きっと、神である私ですらも斬り殺せる。


必死に戦う彼が近付く。


身体の至る所から血を流しつつもその歩みを止めることなく、真っ直ぐに私の方へ。


煌めく黒の剣閃が私の目の前に来る。



あぁ、もうこれでようやく―――。




「見つけたァああああぁあああぁあっ!!!」



……ん?



彼は私の傍にいたスライムを片手にガッツポーズをしていた。



「ふぅ……。ルビシアの近くに居るとは思っていたが、いくら探しても見つからなかったから焦ったぜ……。」


そんな事を言いながら手に持ったスライムをぷにょぷにょ揉みしだく。


え?本当に何してるの?この人……。



「コードU800!全悪魔の消去!後、種族変更!創世神ルビシアの種族を神から人へ!!」


『了解しました。』



スライムが喋った!?


その瞬間、バシュっと気の抜けた音と共にフロアを満たした悪魔の群れが消える。



「……え?、あれ?な、なんで……?」



おかしい。私の身体から神力を感じない……?

力が抜けたと言うか、重いというか……。



「……ん?もしかして知らなかったのか?

デモクエのデバッグルーム操作は伝統的にNPCキャラとの会話操作形式だろ。」


……えっと、つまりさっきのスライムがこの聖域のコントローラーみたいなもの?


「私、わざわざ聖域と自分をリンクして操作してたんだけど……?」


「そんな事しなくてもあのスライムに命令すれば何でも出来るぞ?」



はぁ!?



どうやら私の想い人は空気を読む所か、叩き潰すのが得意らしい。

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おっさんのゲーム世界転移生活日記 太郎冠者 @kyo0320

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