チート

じ、地面!地面だ!


数分ぶりの地面の感触に安堵し、倒れながらワサワサと地面を撫でる。


たまたま空に浮かんでいた何かに剣を刺した事で、シトリーに吹っ飛ばされた勢いが弱まり、無事にギアスの大穴の縁に着地する事が出来た。


もうこれは完全に運である。

危うく地面の汚い染みになる所だった……。


しかし、俺は何を刺したん―――。


あ……。


目の前には胸の辺りから真っ二つに切られたエルギオネル・クロウの半身が落ちていた。


あー、これはつまり……。



「ええ。お考えの通りですわ。シュウ様。

ギアスの大穴から飛んで来たシュウ様が真っ二つに斬りました。」


ボソリと背後からフィルに声を掛けられる。


……やっぱりか。



「相変わらずだね。お父さん。」


「全くだな。その空気を読まずに気軽にめちゃくちゃな事をするのを何とかならんのか?シュウ。心臓に悪い。」


「ステラさん。シュウさんにあまり無理を言っちゃ駄目ですよ?」


おぉ!ミレーヌ!ステラ!リリー!

無事だったか!


後、オッサンでも空気くらい読めるんだぞ!


「年齢は関係ありませんわ?シュウ様。」


うぅ……。やっぱり俺がダメなのか。

後、フィル。そのセリフはもっと色っぽいシーンの時に言って欲しいぞ。


「後で2人の時ならいくらでも。それより―――。」


フィルが油断なくエルギオネル・クロウを見据えて杖を構える。


「まだ終わっていません。」


ガチャガチャ!


「「「!」」」


さして大きくないフィルの声にも機敏に反応し、武器を構える仲間達。


その動きから練度の高さが感じ取れる。

俺がいない間もレベル上げに勤しんだのだろう。


「後で話を聞かせてくれよ?旦那。」

「正直、貴方はいたら困りものだが、いなければいないで困りものですな。勇者殿。」

「全くですな。貴方がいないだけで我々がどれだけ苦労したか……。」

「後で愚痴を聞いてもらいますよ?勇者殿!」


ロンフー達守備隊のメンバーが口々に声を掛けてくれる。


……そもそも何でお前達ここにいるの?

しかし、口々に軽口を叩いて武器を構えるその姿は頼もしいの一言だ。



「あー、よく分からんが、俺は酒は強い方だ。後で皆でゆっくり呑もうか。」


先ずはコイツを倒してしまおう!



【……くっくっく。やはり竜神王様の言う通り、貴様は危険だ。まさか、強化された筈の私をこうも簡単に切り伏せるとは……。】


上半身だけになりながらも宙に浮かぶエルギオネル・クロウが嗤う。



うーん。ゲームではコイツは第2形態に変身をするのだが、こっちではどうなんだろう?


と言うのも、コイツは既に第2形態の姿なのだ。


元々エルギオネル・クロウは天使だ。


デモクエ9は天界に住む天使と、地上に住む人間が織り成すストーリーだ。


その中でもコイツは人間に裏切られ堕天使となった天使で、その第1形態はもっと天使っぽい姿をしていた。


そして第2形態でこの6枚羽根の悪魔の姿になる。

この形態の先はゲームにはなかった筈だ。


しかし、聖域の力を手にした竜神王なら―――。



【ぐっががっ!!!がぁああああああああ!!

ぢがラがぁ!!みぃなぎィルぅうあああああ!】


バキバキと嫌な音を立てて悪魔の顔にヒビが入る。

グニョグニョと奴の上半身が骨格を無視して蠢く。


まるで生肉で出来たスライムみたいだ。

しかもどんどん膨らんでいる。



「な、何だこのキモイの!?」

「う、うん。気持ち悪い……!」


ステラとミレーヌが狼狽える。

うん。君達正解。


エルギオネル・クロウはゲーム内でも主人公の相方の腹黒ガングロ妖精にエルきもすなんて揶揄されている。



【ぐはははははははは!!!doダこのチカラ!!

このチカラを持ってスレば!!!】



「―――取り敢えず、元に戻れ。」



俺が手を向けるとバシュっと音を立てて急速に萎む生肉スライム。



「「「【!?】」」」



エルギオネル・クロウと仲間達が間の抜けた顔でその動きを止める。


な、なんだよ?

揃いも揃ってこっちを無言で見るなよ。


「竜神王のやった手法は予想がついたからな。

ラインバルト王国北の古代遺跡の毒の沼地だろ?」


【お、お前―――何故……!】



やはりか……。



デバックルームと言う物がある。


ゲーム開発者がイベントチェック、バグ探しやその他諸々を行いやすくする為の場所である。


各種イベントを自由に見る、ステータスや所持金を最大にする、全職種マスターにするなど様々な事が実行できる。


デバッグの為の機能を用意する事自体は、ほぼどんなゲームにおいても行われているが、それ用のアイテムだったり、外部から入力する特殊コマンドだったりと、その形態は様々である。


デモクエにおいては、実際にマップの中にデバッグ用の「部屋」を用意する方式だ。


大抵のゲームは作品完成段階でデバッグルームが削除されているが、デバッグルームそのものがプログラムとして組み込まれている都合上、削除が原因でバグが生まれる可能性もあるため、通常の方法では到達できないように処置を施した上で、あえて残すケースもある。



そして、それはデモクエでも実在する。



恐らく聖域と奴らが言っていたのはここだろう。

ここなら世界の法則全てを変更出来る。



竜神王はチートに手を染めたのだ。




【うがあああああああ、私の腕、肩、手がぁあああ!!何故!?Why!?どうして!?何故私に!?貴様!お前!汝!私に何をしたぁああああああああああ!!!??】



俺のバグで強制的に元に戻され、痛覚が復活したのかエルギオネル・クロウが叫ぶ。


「お前達がチートをするなら、チートで返すだけだ。」



そう。俺の最終最後の隠し玉。


『魔鳥の翼』と魔法の袋を使ったバグ。

通称、魔鳥バグである。



俺がアイテムを増殖する為に使っている、デモクエ3のバグ技なのだが、実はこのバグ、それだけに留まらない。


やり方は簡単だが複雑だ。袋に魔鳥の翼を入れた状態で使うだけ。袋内のアイテムを置く順番や並びで、その効果は変わる。



今したのは奴の全ステータスを初期値に再設定した。



【これは……?お前!汝!竜神王様と同じ奇跡を起こせるのか!?聖域の御業を!!】



そうなのだ。実はこのバグ、チートと同じ効果がある。

その気になれば全アイテムを呼び出したり、ステータスを異常値に変更出来る。


異常ステータスが戻ったからか、徐々にまともに戻ってくるエルギオネル・クロウ。



「言い残すことはあるか?」



【ない。この世界から勇者を消すという事は、守るべき人間達を切り捨てると同義だ。その瞬間、私は天使ではなくなった。単なる魔王として切り捨てた前。】



魔王エルギオネル・クロウ。


人を愛した天使だった彼は、その愛ゆえに人を恨み、魔王に堕ちた。



「また。いつか会おう。」


そうして、狂った堕天使は塵となって消えた。

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