無垢なる叫び

ザパーンっと断崖絶壁に波が打ち付ける。

逆巻く波がおどろおどろしくこの先が魔の領域なのだと告げてくる様だった。


崖の縁に俺とオルテガスとシトリーの3人が並ぶ。



大魔王退治である。



「問題はこの海をどう超えるかだ。」


目的はこの海の先、水平線にぼんやりと見える大魔王城である。



「いや、普通に泳げば良いでしょう。さ。行きますぞ!」


ドボン!


ふぁっ!?早速飛び降りやがった!!

行動早すぎるだろ!?



崖から恐る恐る数百メートルはあろう崖の下を覗き込むと、バシャバシャとオルテガスが泳いでいる。


生きてるのも大概だが·····。マジかよ?


「おいおい·····。」


「ふぅ。オルテガスはいつもこう。困ったもの。」


やれやれとため息をつくシトリー。

無表情ながら呆れているようだった。


「そうだよな·····。普通は――」


船とか魔法のアイテムとか·····。




「そう。普通は走る。」


なんて!?


「走った方が泳ぐより早い。」


「·····それはまさかあれか。右足が沈む前に左足を前に出すのを交互に繰り返すとか言うやつか·····?」


「シュウは頭が悪い?そんな事は物理的に無理。」



ですよね!

となると何だ?何か魔法か?

もしかしてそんなアイテムがあるのか?


いや、でも、デモクエの魔法やアイテムは大抵把握しているが、そんな物あったか?


あ、そうか!

ゲームでは意味の無い効果が現実では凄い効果だったりするもんな!さてはそう言う類の――。



「コツは思いっきり水面を踏み付けながら走る。粘性力と慣性力は速度や加速に比例する。私達のステータスなら本気で踏み付ければ、空すら走れる。」


何を論理的ロジカル力技フィジカルな事言ってんの!?

脳筋超理論じゃあねぇか!

ゆで理論だよ!!



いや、確かに!?人の走る平均速度は時速16キロくらいだと言われている。俺の素早さのステータスは999。平均的なキャラのステータス値が10とするなら単純に約100倍。つまり、時速1600キロ。

マッハ1.5で走れると言う訳の分からん事になる。

法の神殿の地下ダンジョンでも全力では走ったが、あくまでもダンジョン内で出せる全力だ。

そう言う意味では本気の本気で走った事は今の所ない。いや、だが待て。普通に考えてそんな事できる訳がな――――!




「さっさとして。」



ゲシッ。


あ。



比喩でもなんでもなく、文字通りシトリーに崖から蹴り落とされた。


暗い海に向かって真っ逆さまに落ちていく中、40年余りの走馬灯が一気に流れて来た。



産まれた時からデカくて厳つい見た目だった為、周りから距離を置かれ、性格的にも割と引っ込み思案で友達もろくに出来なかった小学生時代。


そんな息子を心配した両親が買ってくれたのが、販売されて間もないゲーム機とデモクエだった。


そしてクラスメートに馴染もうとデモクエの話題で声を掛けたらカツアゲと勘違いされた中学生時代。


しかも見た目と無口な性格も相まって、裏番みたいな扱いを受ける羽目になった。

勿論貢がれたデモクエはちゃんと元の持ち主に返した。当時は社会現象になるくらい人気だったしね。


そんな悲しい現実からコソコソと隠れるように生きる術を覚えた高校生時代。


しかし、そうやってろくに人とコミュニケーションを取ってこなかったツケは、大学になってサークルやクラブ、友達の輪に入りたくても入れないと言う形で払う羽目になった。



ふふふ。社会人は良い。

仕事の話題なら皆、俺と話してくれるからな。

プライベートはかわらず無言でおひとり様だが·····。



それに、この世界に来てから全ては変わった。


リリーの健気さが、ステラの気高さが、ミレーヌの純真さが、フィルの母性が、ルビシアの愛が、そして何より、この世界の全てが俺を変えてくれたのだと思う。



····それに、だ。


前の世界ではとうの昔に諦めていたが、この世界に来てからその可能性に気付き、恥ずかしくも年甲斐もなく期待しているんだ·····。



「このまま·····」


このままでは死ねない。

そう思った瞬間、身体は自然と直立になり、地面に向かって足を突き出した。




「童貞のまま、死ねるかよっ!!!」




まさに魂の慟哭とも言える無垢なる叫びと共に、

鎧の脚甲に包まれた足が空中諸共、暗い海を蹴る。


その瞬間、俺の身体は音を置き去りにし、遥か彼方へ飛んで行った。




そうだ!


リリーのキス、ステラの胸の感触、ミレーヌの危なげな発言、フィルのちっぱい、そして後ちょっとでいけてたルビシアとのシチュエーションが、俺を変えたんだ!!



『さいてー』



何処かでルビシアの呆れた声が聞こえた気がした。

ごっつあんです!!



何度か海を蹴り付ける度に、グングンと大魔王の島が近づいてくる。



「その調子。ちゃんと走れている。」



シトリーが追い付いて声を掛けて来た。

慣れの違いか、俺の方は余裕はなく声も出せないが、シトリーの顔は涼し気で声を掛ける余裕もあるみたいだ。



「そう言えばシュウ。生殖行為をしたいのなら私とする?」



!?!?!?

聞いていたのか!?


その瞬間ガクッと力がすっぽ抜ける。

あ、やべ。力加減が――。



盛大にコントロールを失った俺は、そのまま大魔王の城に向かって吹っ飛んで行った。










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