第10話

「お前に琢磨の何が分かる! アイツはただ、人付き合いと喋りが苦手ってだけだ! 大体、そんな琢磨を焚きつけたお前に言われたくない! お前は……!」

 と、そこまで怒鳴ったところで、沙也加は千佳の表情に気が付いた。いきなり怒鳴られたはずなのに、恐れ入った様子は微塵も見せていない。落ち着き払ったその顔に浮かんでいるのは、悪戯を成功させた小悪魔の微笑みだった。

「……! お前!」

 沙也加は思わず自分の口をふさいだ。だが、覆水盆に返らず。口を突いて出た言葉は、もう取り返しがつかない。

「見つかったみたいですね、白馬の王子様」

「いや……、そんなことは無い……」

 勢いよく立ち上がった沙也加であったが、今度は反対に力無く元のスツールに腰を落とした。

「おかしいと思ってたんですよ。センパイが言うほど男にスペックを求める理想主義者なら、もっと積極的に男を探すはずですもん。婚活とまではいかないでしょうけど、合コンくらいには顔を出してもいいはずなのに、行ったとかいう話も全然聞かないし」

「合コンとか……、ヤりたいだけの集まりに顔を出す趣味は無い……」

 なんとか反論を試みたが、その声はさっきまでの剣幕とは裏腹に消え入りそうな声である。

「かと言って、他の方法で男を探すでもなし、ただひたすら待ち一辺倒。誘い受けするようなセックスアピールも全然してない。まあ、黙って立ってれば、女の私でも見惚れちゃいますけど」

「男に媚びを売るような趣味も無い……」

「センパイ、素直になりましょうよ。たった一日のデートでしたけど、センパイの中で、琢磨クンはアリだったんでしょう? ……ああ、今気付いたんですけど、これってお見合いみたいなものになってましたね。あたしが仲人さん?」

「お見合いなんて、絶対にお断りだ!」

 予想外に強い反応に千佳は驚いた。

「な、なんでです? むしろ、白馬の王子様を求めるなら、お見合いが一番だと思うんですけど」

「だって、私の母さんとか親戚が持ってくるお見合い相手って、とんでもないのばっかりなんだ!」

「ええと……、例えば?」

「金持ちだけど、四十代でバツ二とか!」

「それは……、キツイですね」

「地元の政治家の息子だけど、女をアクセサリーくらいにしか思ってないヤツとか!」

「うわっ! あからさまな男尊女卑。未だにそんなのっているんですねぇ。センパイの田舎ってどこなんです?」

「ベンチャー企業の社長だけど、借金が五億あるヤツとか!」

「よくそんなのとお見合いしましたね」

「とにかく、どいつもこいつもパッと見は優良物件なんだ。だけど、あとで調べてみると、とんでもない不良物件ばっかりなんだよ!」

「もしかして、センパイの実家って没落貴族か何かですか?」

「はあ……。古いだけの、名家の残骸みたいなものだ。そのくせ母さんも祖母ちゃんもプライドばっかり高くって……。だから私はこっちで就職したんだ」

「なるほど。逃げおおせたはずなのに、向こうはまだあきらめていないって事ですか。だったら別に白馬の王子様でなくても、テキトーにいい男を捕まえて既成事実を作っちゃった方が早くないですか?」

「ダメだ。食われるか、潰される」

「えーと……、センパイの家って、横溝正史の小説に出てくるような家なんですか?」

「……おおむね、イメージとしては合っている。だから、私と結婚するような男は、生半可なヤツじゃダメなんだ」

「なるほどねー。そりゃ理想がエベレスト並みになるわけだわ」

「だから、この話はこれで終わりだ。アイツはめでたく童貞を卒業できたし、私もそれなりに楽しませてもらった。琢磨が実は好い男だったのは予想外だったが、まあ、うれしいハプニングってヤツさ。だけど、せいぜい愛人止まりだ」

「……ゴメンなさい。なんか、面白半分で琢磨クンを焚きつけたんですけど、センパイには結構マジメな話だったんですね」

 間を置くために、沙也加はマティーニを一口舐めた。

「別に謝ることはない。私もアイツも、お前のおかげでいい夢が見れたんだ。たった一日のデートだったが、そうだな、多分……、一生忘れない」

 これで終わりと態度で示すように、沙也加はグラスに残ったマティーニを一息に煽った。

「でも、センパイはホントにそれで良いんですか? 現れることのない白馬の王子様を待ち続けるなんて……。あたしだったらイヤだな」

「私だってイヤさ。それに、別に可能性はゼロじゃない」

「素直になれば良いと思うんだけどなー。センパイは琢磨クンの初めてを色々貰ったんでしょ?」

「色々というほど、そんなに貰った覚えはないぞ?」

「初デートにファーストキス、童貞卒業にアナルバージン」

「尻までは許してない!」

「そうですか? じゃあ、初フェラで」

「うぐっ……」

「センパイ可愛いですねー。分かりやすくって」

「ううううるさい!」

「センパイも彼に、初めてをあげたらいいじゃないですか」

「だから、尻から離れろ」

「いやいや、尻なんて言ってないじゃないですか。尻にこだわってるのセンパイですよ。えーと、なんの話でしたっけ? そう、センパイの初めて」

「自慢じゃないが、男性経験はそこそこある。いまさら初めてなんてないぞ。十代の小娘じゃあるまいし」

「ありますよ」

「ないって言ってるだろ?」

「あるじゃないですか。……センパイの、初恋」

「…………は? はつ……こい……? い、いや、いやいやいや……」

「実家がそんなんじゃ、学生時代もまともな恋愛なんてしたこと無いんじゃないですか? こっちに来てからはスペックばっかり求めて、男性自身を求めた訳じゃないでしょうし。……男性自身って、アレの事じゃないですよ?」

「分かってる! そうじゃなくて! 私が……、私の、初恋……?」

「セーンパイ♪ さっきはなんで、あたしに怒ったんです?」

「そ、それは……」

「素直になりましょうよ、先輩」

 そう言って、千佳はやおら立ち上がると芝居じみたポーズをとった。そして、謳い上げるように沙也加に語りかけ始めた。

「……彼のコトが気になってしようがない。寝ても覚めても彼のコトばかり。ふと気付くと、彼を視線で追っている。頭の中には彼との楽しい思い出。もう一度会いたい。もう一度キスしたい。もう一度彼に抱かれたい。……あー、最後はちょっと違うかな? もう一度彼を抱きたい!」

「わざわざ言い直すな! ……そんな風に見えるのか?」

「見えますね。私としては、切っ掛けとコーディネートだけで先輩を恋する乙女に出来たのは、してやったりって感覚ですけど。でも、センパイがさらに先へ進もうとするんなら、全力でお手伝いしますよ。私も、センパイのコトが大好きですから」

「……その『好き』の意味は聞かないでおこう。はあ……っ。そうか。私はアイツに……、琢磨に恋してるのか……」

「それが初めての感覚なら、やっぱりそれは初恋ですよ。彼に捧げるにふさわしいものだと思いますよ」

「なかなか上から目線の物言いだな、遠山?」

「そりゃ、色恋に関してはセンパイよりも先輩なつもりですから」

「女しか知らないくせに……」

「うふ、なんでそう思うんです?」

「は? だって、お前は女が好きで、女と付き合ってて……」

「わたしは別に、『女だけが好き』なんて一言も言ってませんよ」

「はあああっ?!」

「ふふっ、わたしのストライクゾーンって、普通の二倍はあるんです」

 千佳は、見る者がイラっとするドヤ顔で、沙也加に向ってVサインをした。

「……お前、実は先に琢磨に手を出していた、なんてことはないよな。エスコートの特訓とか何とか言って」

「さて、どうでしょう?」

 千佳は、わざとらしく目線を泳がせた。

「遠山っ!」

「正直に言うと、グラッとは来ちゃいました。だって、予想以上に好い男が出来上がったんですもん」

「さっきは普通フツーとか言ってたくせに。……手は出してないんだな?」

「出してませんよ。安心してください。もしもウソだったら……、そうですねぇ、私の身体を好きにしていいです」

「お前には得しかないじゃないか……」

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