第5話

 沙也加はベッドの端に腰かける琢磨の股間に目をやった。スラックス越しにも、期待で大きく膨らんでいるのが分かる。緊張であらぬ方に目を向けている後輩のそれを、沙也加は無造作に掴んだ。

「う……わっ!」

「元気だな。やっぱり期待してる?」

「そ、それは、もう……」

「ふ、ふふふ……」

 口角の端から洩れるような笑いを見せた沙也加は、男の股間に手を当てたまま身体を寄せてキスをした。

 ――なんだろう、この感覚は……。なんか、楽しい……。

 考えてみれば、今まで男に抱かれることは有っても、自分から男を抱くことは無かった。自分よりもスペックの高い男を求めていた沙也加は、明確に意識してではないにしろ、ベッドでも男に自分を超える要素を求めていたのだ。だから、いつでも男にリードを任せ、身体を任せ、自分から積極的に愉しむことは無かったのである。

 しかし、今は違う。

 ハッキリ言って琢磨は、これまで自分よりも下に見ていた存在であった。しかし、今日は予想外に好い男振りを見せてくれた。やりすぎなところは否めないが、自分の良い処をただ魅せようとあくせくしていた男たちとは違う、真摯で強烈な印象を沙也加の心に刻み込んだのだ。

 それが、ベッドルームに入ったところで一転、今度は初心な少年のように身体を固まらせている。

 それをほぐし、導き、一人前の男にすることに、沙也加は心が震えるような楽しさを感じていた。

「そんなに固くなるな。……固くなるのはここだけでいいぞ」

 下手な冗談であったが、彼の気持ちを軽くできただろうか。だが、出来なかったとしても構わない。なにしろ、時間は呆れるほどあるのだ。普通であれば、百二十分しかないのだから。

 沙也加は琢磨から一歩離れると、ベッドに座ったままの後輩の前に立った。そして、艶っぽい仕草で髪をまとめていたバレッタを外す。ボリュームのある髪がはらりと広がり、沙也加本来の魅力的な風貌が現れた。

 自分を見上げる後輩の視線を心地好いものと感じながら、沙也加はスカートのジッパーを下ろして手を離す。清楚なプリーツスカートは、沙也加の足元にはらりと広がって落ちた。

 琢磨の視線が、自分の下半身に向いているのが分かる。

 沙也加は今、ブラウスに下着だけという、実に艶めかしい姿をしているのだ。ブラウスの裾から下には当然ながら黒い下着が見えており、そこからさらに視線を下げると、ムッチリとした太腿が露になっている。普段の仕事時にはパンツスタイルが多いということもあるが、下着と同様に太腿を他人に晒すことなどはほとんどない。

 琢磨の視線が情欲に満ちた光を湛えているのを意識しながら、続けて沙也加はブラウスに手を掛けた。ボタンを一つ一つ、意識してゆっくりと外していく。やがてすべてのボタンを外した沙也加は、胸を張るようにしてブラウスを脱ぎ捨てた。

 後は、一組の黒い勝負下着のみ。

 沙也加は腰に手を当て、もう片方の手で後ろ髪をかき上げた。ロングの髪をはらりと広げ、モデルのような立ち姿で後輩に身体を見せつける。

 身体には、一応自信はある。男に高スペックを求める以上、自分も生半可なスペックでいることなど出来ない。ジムに通ったり、エステを利用したり、女を磨くことには手を抜かなかった。

 下着姿の自分を見つめる後輩に、沙也加は艶然と微笑んだ。

「緊張しているみたいだから、一つ良いことを教えてやろう。女とするときに、自分の経験を素直に言うのは好印象だぞ。変に上手いつもりの男よりも、よっぽど良い」

「そう、なんですか?」

「そうとも。だから、今のお前は、最高に好印象な状態で女の前にいるんだ」

「……それ、褒めてるわけじゃないですよね」

「ふふっ。最高の初めてが経験できるという話さ。ところで……、何か言うことはあるんじゃないのか?」

「え? えーと……」

 沙也加は、ちょっとした意地の悪い質問を琢磨にぶつけてみた。もしも会社で他の部下に同じ質問をしたのなら、それは注意や叱責の前振りである。聞かれた方もミスの心当たりがないかどうか、必死に頭を回すだろう。

 今はもちろん、会社でもなければ琢磨が叱責される状態でもない。

 だが、話術は会社と同じだ。沙也加は答えを誘導するように、胸の谷間に手を当て、艶やかに微笑む。

「さっきまでの見事なエスコート振りはどうした? 女が素肌を晒したときは、素直に感想を言うものだぞ」

「お、大きいです……」

「ふ……く……、あははははっ!」

 『綺麗』だとか、『スタイルが良い』だとか、そう言った感想を言うものだと思っていたのだが、返ってきた答えは予想外に直球なものであった。

 確かに、沙也加の胸は大きい。普段はタイトなビジネススーツを着ているせいか、男性社員の視線が自分の胸元に来るのは珍しくない。自分の身体にはそれなりに自信もあるから、そういった視線は、むしろ自分の魅力を確認できるものだと思っている。

「そういえば、童貞はオッパイに目が行きやすいって聞いたことがあるな。お前もそうか」

 モデルのような歩き方で、沙也加は身体を固くして自分を見つめる後輩の前に立った。両肩に手を置いて、艶っぽく囁く。

「ブラを、外してくれないか?」

「は、はい……」

 琢磨は震える手を沙也加の脇から背後に回し、手探りでホックの位置を探し始めた。

「あんっ」

 恐る恐るといった手付きでホックを探しているせいか、その触れ方は薄く淡いフェザータッチのようになっていた。そのせいで、沙也加の口から自分でも思ってもみなかった声が漏れてしまう。

「あ、すみません……」

「ふふ、謝るな。セックスって言うのはな、お互いの服を脱ぐところからもう始まっているんだ。だから、もっと堂々と触れていいんだぞ」

「でも……」

「こういう風にな」

 そう言って、沙也加は琢磨の頬に手を当て、顎の線を確かめるように指先を喉元へ伝わらせていく。

「ん……ふ……」

 後輩の切ない声に、沙也加はドキリとした。

 ――男でも、可愛く喘ぐんだな……。

 沙也加は人並みにセックスの経験はあるつもりだったが、今日は本当に目新しい事ばかりが体験できる。

 沙也加よりも背の高い、いい歳をした男が、自分の指先一つで震えている。琢磨の反応を可愛いと思いながら、沙也加は後輩の胸に空いた手を当てつつ、ワイシャツのボタンを外していった。それも、ただ外すのではない。一つ外しては鎖骨に触れ、一つ外しては息を吹きかける。三つ四つ外すころには、はだけた胸に手を挿し込んでいた。そして、男の乳首を探り当てると、指先でカリカリとイタズラする。

「ちょ……、沙也加……さん……」

「と、いった感じだ。ブラを脱がす時は、私を抱き締めろ。背中に優しく触れろ。そのついでにホックを探して外す、というくらいがちょうど良い」

「はい」

 素直に応じた琢磨はベッドから立ち上がり、背中に回してウロウロさせていた両手で先輩OLを抱き締めた。

「……」

「……」

 だが、後輩は抱き締めたままで、それ以上は何もしてこない。

「……琢磨?」

「ちょっと、このままでいいですか? なんか、沙也加さんの身体を抱いているだけで、気持ち良いです」

 沙也加を抱く腕の力がさらに強くなった。

 それは、沙也加の豊かな胸が押し付けられているせい、という訳ではないであろう。肉体的な気持ち良さではない。

 なぜなら、沙也加も同じように気持ち良いからである。

 男の腕に力強く抱かれる心地好い圧迫感。身動きできないはずの拘束感は、安心感の裏返しなのかもしれない。

「ひやっ!」

 同じように後輩の背中に手を回し、お互いに抱き締め合うことを楽しんでいた沙也加は、思わず可愛らしい声を上げた。抱き締めていただけの琢磨が、沙也加の背中を撫で回し始めたからである。

「は、あん」

 琢磨の手は、背中の筋に沿うようにして薄く淡く上下していた。腰骨の辺りからゆっくりと上がり、ブラのホックの辺りでまた下がっていく。

「ん……」

 背中を優しく撫で回す動きを何度か繰り返したあたりで、後輩の手はようやくホックにたどり着いた。

 ――ふふ、外すところで苦労するかな?

 ブラジャーなど、男には無縁のものである。自分でも着け始めは上手くハマらなくて苦労した沙也加は、後輩が外すのに手間取るだろうと思った。だが、琢磨は意外と簡単にホックを外してしまった。

「お前、本当に童貞か? 随分と簡単に外すじゃないか」

「あ、た、たまたま、ですよ」

「ふふ……。ほら。どうだ?」

 豊かな胸を抑えていた下着を取り去り、沙也加は童貞の後輩に魅惑的な乳房を見せつけた。

 下着を外しても形の崩れない、張りのある見事な乳房に、琢磨の目は吸い付けられた。

「き、綺麗、です」

 ようやく望んだ答えを得た沙也加は、淫らに微笑んだ。

「ところで、私だけに恥ずかしい格好をさせて、お前はそのままなのか? それとも、着たままするのがお前の好みか?」

「いや、脱いだ方が、いいです」

「それじゃ、今度は私の番だな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る