第10話 The Desired END(望んだ最期)


 人々は私を殺人鬼と罵るだろう。事実そうだ。私は多くの人間を殺した。それもなんの罪もない人々を。社会からすれば私ほど排除すべき人間は居ないだろう。


 だが、私だけが悪なのだろうか?私だけが……。なぜ私と彼女らを、これほど追い詰めた奴らは、社会は罰せられない?なぜだ?どこまでが被害者でどこまでが加害者だ?


 理不尽なのだ。すべてが。


 私は泣き寝入りするような弱者ではない。力を持ち、そして行動する勇気もある。


 私が社会に教えてやろう。――我々の痛みを。我々の怒りを。我々の生き様を。




 駅前近くの大通り。静かに車内に響くエンジン音。目的地まではあと信号が2,3個程度。助手席には慣れ親しんだナイフが1本。ハンドルを握る手に力がこもる。


 幸いにも前方の車道に空きが見えた。私の心臓は五月蠅いほどに高鳴っていた。


 赤信号を無視してアクセルを全開に踏み込む。大きなクラクションが鳴り響く。私は構わずアクセルを踏み込みハンドルを大きく切る。


「嗚呼、素晴らしい」


 駅前の雑踏が見える。


 猛スピードで突っ込んでくる車に雑踏は悲鳴を上げる。いち早く左右に逃げる者、驚いて立ち尽くす者。


 私は構わずアクセルを踏み込み、駅前の雑踏に突っ込んだ。


 ――衝撃。フロントバンパーに1人、2人とぶつかり強い衝撃が伝わってくる。7、8人を引き倒し、車は強く柱に激突し停止した。


 運悪く柱と車の間に挟まれたOL風の女性が口から血を噴き出している。


 私は落ち着いて助手席のナイフをシースから抜き出し、車を降りた。


「さぁ、始めようか」


 辺りに響き渡る悲鳴の中、私は静かに呟いた。


 状況を把握できていないサラリーマン風の男、腰を抜かしてしゃがみこんでいる女性、泣き喚く子供。情け容赦なくナイフを喉笛に突き刺してやった。


 4,5人刺し殺したあたりでさすがに野次馬共も状況を理解したのか、一目散に逃げ始めた。


「あまり走りは得意じゃないんだがなぁ」


 ナイフを逆手に持ち替え、走って逃げる者達の背中に片っ端から突き刺していった。


 12、3人は殺めただろうか。私の体力も限界に近かった。そんなとき、


 ――サイレン。2台のパトカーが横目で見えた。4人程の警官が拳銃を向けていた。


「――武器を捨ててその場に伏せろ!」


 テンプレ的なセリフを吐く法の犬が4匹。


「本当にこの世界は憎たらしいな……」


 誰に言うでもなく天を仰ぎ、呟いた。


 大きく息を吐き、私はナイフを握り直し死へと猛進した。


「――止まれ!撃つぞ!止まれ!!!」


 警官の顔は焦りと恐怖に染まっている。


 次の瞬間、


 ――乾いた発砲音が鳴り響いた。同時に、胸のあたりに強い衝撃が走る。


 少し遅れて激痛が。


「うっ……」


 2,3歩進み、私はその場に倒れ込んでしまった。


 弾が肺を貫通したのか呼吸が苦しい。


 気管に血液が流れ込み、咳き込んでしまうが血が口から吐き出されるだけで苦しさは変わらない。


 警官たちが銃を構えながら近づいてくる。


 近くを見てみると何人もの人々が床に倒れ込み、血を流している。


 あぁ、私がやったのか……。


 私は辛うじて動く腕で上着のポケットを探った。


 折り畳まれた"5枚"のコピー用紙。私はその文面を思い出していた。





 田原浩二。


 申し訳ありません。謝罪の言葉で許されない行為を僕はしているでしょう。両親、会社の方々、そして美幸と賢太。


 僕は必死に生きる苦痛から目を背けようとしてきました。ですが、もう限界なのです。少しでもご理解いただければ幸いです。この様な最期を選ぶことを本当に申し訳なく思っております。


 僕は醜い人間でしょう。絶望するだけで飽き足らず、羨望に流れ、怒りを持った。愚かさは承知の上です。


 ですので最期の言葉も謝罪で締めくくらせてもらおうと思います。僕を支えてくれた方々、本当にすみません。




 知立恵。


 咲。私は貴方の事を愛していました。貴方だけが全てだった。貴方が私を救ってく

 れた。


 でも貴方はもう居ない。


 孤独な私に未練なんてない。


 逢いに行くよ。咲。




 大野木俊也


 伝えるべきことは既に伝えた。


 ただこれだけは改めて書いておこう。俺を助けてくれた数少ない人へ。

 ありがとう。




 白山愛華


 お父さん。お母さん。ごめんなさい。そして、ありがとう。


 わたしは何か不満があったとか、特別なにか思い悩んでたとかじゃないよ。ただ小さなことが積み重なって、わたしを不幸にしていったの。でもそれはわたしだけじゃない。誰にだってあるような程度のことだっていうのは分かってる。


 わたしはただ単に弱かった。この世界を生きていくにはあまりにも弱かった。悲しませちゃってごめんなさい。


 今まで育ててくれて、産んでくれてありがとう。




 西雄介――書いた後、私はこの名を消してしまった。


 私は常日頃より疑問に思うことがあるのだ。それは、”なぜ人々は生きるのか?”という問いだ。それなりに人々を見てきたつもりだが、彼らはこの生き辛い社会でなぜ苦労して生きる?私は不思議で仕方ない。


 我々が行った行為は重罪たる殺人だ。だが、私はこれを救済だと捉えている。彼らの中の怒りの感情を解放したのだと。抑圧された不満、蓄積されていく怒り、耐えがたい絶望から彼らを、そしてこの世に彼らを縛り付ける血肉の牢獄から魂を解放したのだと。


 狂人の妄言と映るかも知れない。私の精神は既にこの世に侵され常軌を逸したのだからな。


 ふと見る美しき夜景の中に一体何人の人間が生きているのだろうか。彼らは何のために生きている?――ただ、無意味に、惰性的に生きているのだ。まだ死ぬほどの苦悩を味わっていないだけにすぎん。そう思えて仕方がないのだ。


 一方で我々は死を選んだ。我々と彼ら、その差はどこにあるのだろうか?そこの差を生み出したのは誰であろうか。私には結局のところ答えを見つけられなかった。


 だから私はただ憎むのだ。その差を。この街明かりを。そして人々を。私はただ怒りにのみ従って生きてきた。決して冷めることのない煮え滾る灼熱たる憤怒の中に私は常に居た。


 そして私もまたようやく解放されるのだろう。この忌まわしい牢獄から。





 ――そこで私の意識は深い闇に飲まれていった。


 燦々と降り注ぐ陽の光が妙に心地よかった。


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弱者の慟哭 Aconitum @alc_rebellion

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